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日時
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病院 |
医師
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内容・経過
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薬名
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日記から
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私の所見
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| 2000.秋頃 |
顔色がくすんで老け込んだ印象があった。今思えば確かにすぐに疲れがくるようだった。早い更年期なのかと思っていた。 |
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| 2000.11.28 | 高石病院 | 検査 | 彼女の勤めている病院での定期検診 | |||
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2000.12.25 |
高石病院 | 検査 | そもそもいつの検診で引っかかったのかよく覚えていない。「もしなにかあったらどうする?」なんて聞かれた覚えがある。私は「考えすぎだよ」と言って取り合わなかった。それはこれよりもっと前だったかもしれない。 | |||
| 2001.0108 | カキ食中毒で嘔吐・下痢 | 私も同じ症状 | ||||
| 2001.01.16 | 便秘 |
このころ、妻の日記には仕事での不満やストレスがかなりの量書き込まれている。 慢性的なストレス状態にあって、私にも相談していた覚えがある。 癌かもしれないと冗談のように言っていたが、私はまだ若いから違うだろう、もしそうだったらあっという間に死んでしまうよ。まさかこの言葉が本当になるなんて・・・・ |
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| 200101.29 | 泉大津市立病院・内科 | 稲垣 | 採血 |
内科初診。 この日が間違いの始まり。たぶん便に潜血があるので総合病院にかかったはずだ。迷わずこの病院にかかったのは、彼女の母親が4年前に救われているからだ。 |
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| 2001.02.02 | 貧血の薬 | |||||
| 2001.02.08 | 泉大津市立病院・内科 | 胃カメラ・便持参 |
胃の痛みあり、食道荒れている、ポリープがある。 もしかして何かあったらどうしよう。 |
この検査で便の潜血はこの病院でも確認されているはず。この検査は3回の検査が必要と聞いたが、4ヶ月も5ヶ月もかかるような検査じゃ、救われるものも救われないだろう。 | ||
| 2001.02.15 | 泉大津市立病院・内科 | 薬・診察 | ||||
| 2001.02.22 | 泉大津市立病院・内科 | 稲垣 | 薬(30日分) | フェロミア錠50mg | ||
| 2001.02.26 | 高石病院 | 薬 | ||||
| 2001.02.27 | 仲里眼科 | 薬 | ||||
| 2001.02.28 | 泉大津市立病院・眼科 | 診察・薬 | ||||
| 2001.03.06 | 泉大津市立病院・眼科 | 背中痛あり | ||||
| 2001.03.07 | 背中が痛くて眠れない | |||||
| 2001.03.12 | 泉大津市立病院・眼科 | 網膜裂孔手術 | こわーい、どうしよう | 弱り目に祟り目とはこのことだ。ひょっとすると、癌との関係があるのかもしれない。あるいはストレスからか? | ||
| 2001.03.12 | 泉大津市立病院・内科 | 薬 | ||||
| 2001.03.16 |
今日もストレスの1日でした。 仕事が楽しくない。でもA山河いるからがんばれました。 |
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| 2001.03.17 |
11時から1時間「つらい」。 もっと働きたいけれど、机に座っているのがストレスでした。 |
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| 2001.03.23 | 高石病院 | |||||
| 2001.03.26 | 便・採血・薬 | |||||
| 2001.03.27 | 泉大津市立病院・眼科 | 検診 | ||||
| 2001.03.27 | 泉大津市立病院・内科 | 診察・薬(21日分) | フェロミア錠50mg | |||
| 2001.04.12 | 泉大津市立病院・内科 | 稲垣 | 診察・採血・薬 | |||
| 2001.04.17 | 泉大津市立病院・内科 | 薬 | ||||
| 2001.05.09 | 検査こわーいョ! つらいつらい ため息いっぱい 腹痛、水溶性便連発 | |||||
| 2001.05.09 | 泉大津市立病院 | 診察・注腸カメラ | ||||
| 2001.05.10 | ||||||
| 2001.05.11 | 泉大津市立病院・内科 | 稲垣 | 検査結果・薬(30日分) | フェロミア錠50mg |
盲腸のあたりに腫瘍か? 薬6月3日で中止 |
どうしてこのとき手術にならなかったのだろうか? |
| 2001.06.04 | 泉大津市立病院・外科 | 診察・注腸カメラ・肺活量・採血・EKG | ||||
| 2001.06.05 | 泉大津市立病院・外科 | 紺谷 | 初診 | 入院決定 | この時初めて癌であることが判明。妻は医者からはっきりと告知を受けた。まだ若いから癌と向かい合うことがいいだろうとの判断だった。私はまだ、これだけ長い期間通院していたのに癌を発見できなかったことに疑問を抱いていなかった。もちろんまだ初期だと思っていた。 | |
| 2001.06.07 | ハルちゃんへの手紙 | |||||
| 2001.06.08 | 向井亜紀の本を読んでいたら涙が出てきた。 | |||||
| 2001.06.13 | 泉大津市立病院・外科 | 紺谷 | 主人と入院についての話を医師から聞く | 注腸カメラの結果と手術の説明を受けた。最初に癌のできている位置と状況が説明された。盲腸部位の癌はもっとも症状のでにくい部位で、かなり肥大していてカメラがそこから先には通らなかったので、開腹してみないことにはその先の状況はわからないと言われた。そしてもっとも進行の進んでいた場合、上腔結腸から横腔結腸の一部とそれに関わるリンパをすべて切除すると説明を受けた。次に手術に伴う合併症の説明を受けた。 | ||
| 2001.06.18 | 泉大津市立病院・外科 | 入院・検査 | 入院がんばるぞ、絶対に負けない、病気との闘い | 時間がどこに向かっているのか、自分がどこにいるのか、およそ訳のわからない感覚が支配していて、ただ漠然と家庭内の雑事をこなした。私はまだ未来を信じていた。 | ||
| 2001.06.20 | 泉大津市立病院・外科 | ハルちゃんへの手紙2 | 手術についての心得を先生から聞く。先生はとてもまじめそうな人だが、どこか患者を突き放したところがある。 | |||
| 2001.06.21 | 泉大津市立病院・外科 | 手術 | 手術が終わって、先生に話を聞いた。結果は先生が予想していたケースでもっとも悪いものだった。腫瘍は盲腸の付け根にゴルフボール位の大きさになっていた。そして転移再発の可能性が極めて高いと聞かされた。子供も小さいのでできるだけ早く退院できるようにしたいとも言った。彼の予測は正しかった。言いようのない悲しみがどっかりと肩に座り込んだ。私はそれを振り払うように病院をあとにした。妻には言えないと思った。 | |||
| 病院の誤診について | 結局妻の意見がどうなったかわからない。その後謝罪もなければ、報告も受けていない。半年も病院にかかりながらこの結果にははっきり言って不満だ。医師の無能を言うのは不当だろうか? | |||||
| 2001.06.26 | 泉大津市立病院・外科 | 薬開始・流動食 | 「もし私が死んだら誤診で訴えてや。絶対やで」妻は私に強く訴えた。私は死なせるもんかと思った。だが、この先に現れる強敵を予想してはいなかった。 | |||
| 2001.06.28 | 抜糸 | 手術後3日目で歩いてと言われて泣いた。ふらついてベッドに横になって、汗かいて、寒気して、息苦しくて大変だった。今やっと楽になって歩けるようになった。 | 手術が成功しただけでうれしい気持ちになっていた。もう二度とこのようなことにならないように努力しようと思った。 | |||
| 2001.06.29 | 泉大津市立病院・外科 |
今日はお腹の傷もずいぶんきれいになってきて、消毒もいらないんだって。(ホースを通した穴があるからバンドエイドタイプで貼ってある) 最近少し眠れなくて、眠れる薬を頼んでいます。今日は久しぶりに眠れる。 |
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| 2001.07.05 | アガリスク・鮫の軟骨服用開始 | 高価な補助食品くらいしか自力でできるものがなかった。 |