リストマーク インターフェロン単独治療 リストマーク

  平成6年7月25日入院、肝生検後、インターフェロン投与を開始、スミフェロンを毎日1000万単位投与、1ヶ月入院しました。肝生検の結果、肝炎としてはごく初期であることが分かりました。遺伝子タイプはあえて聞きませんでしたが、1bタイプであることを暗示されました。当時私としてはどのタイプでも完治させる決意でしたので気にしませんでした。副作用ですが、入院中のインターフェロン投与では、あまりありませんでした。最初の投与直後、発熱しましたがそれでも 37度〜38度程度だったと思います。2、3日後には発熱も無くなり、食欲もあり、入院期間中は、退屈なだけででした。
  副作用を感じたのは、退院後、職場に復帰し、通勤していた時です。私は通勤手段に自転車を利用していたのですが、通勤途中で足が動かなくなり自転車を押しながら通いました。また、階段で4階まで登った時、やはり息切れと疲労感で足が動かなくなり、手すりを掴んでよじ登るようになりました。通勤手段は、自転車から原動機付自転車、更に乗用車にせざるをえなくなりました。それでも、私がC型肝炎で、インターフェロン投与中であることは、職場の誰も気付きませんでした。インターフェロン単独治療の副作用に、仕事に余り支障なく耐えられたからだと思います。
  別の副作用は、6ヶ月間投与も終わりに近づいた平成8年1月に起こりました。入浴中、突然高所から落ちてゆくようななんともいえない不安感が襲って来たのです。まさに、パニック状態で、何とか別のもので気を紛らわそうとするしかありません。夜、町へ出かけたりして、何とかこの発作も切り抜けたように思います

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リストマーク 安定期 リストマーク

  ンターフェロン単独療法では、私のC型肝炎はすぐに再燃してしまいました。平成7年1月で、投与を終わりましたが、3月には疲労感で眠くなり、動けなくなってしまうのです。クラブ活動の付き添いをしていたのですが、続けることが出来ず、病院で再燃を告げられました。また、そのとき医者から完治は無理で、対処療法しか治療法は無い、具体的には1週間に2〜3回強力ミノファーゲンの点滴に通わなければならないことを知らされました
  相当気落ちしましたが、家庭や仕事のこともあり、また楽天的な性格もあって、すぐに割り切り、週3回点滴に通いました。それが良かったのか、GPT、GOPとも見る見る下がり1ヵ月後には正常値 GPT20,GOP20になりました。点滴も週2回でよくなり、症状も安定し元気になりました。同僚には肝炎のことは公表しませんでした。というのも私の病院は、夜診で7時半まで診察してくれ、仕事に支障はなかったのです。ただ、修学旅行やクラブ活動の合宿などは、予め近くの病院に点滴の予約をしておき、病気の治療ということで通院しました。GPT,GOPとも増加傾向にあったのですが正常値を少し超えるくらいで、週2回の点滴以外、健康な人とかわらない生活を送ることが出来ました。ただ、医者に、貴方はウイルス量が多い”定量測定で700以上である”ことを覚えておいて下さいとは言われていました。
  
私の病気の原因ですが、10歳のころ盲腸炎から腹膜炎を併発し、大量の輸血をしたことによると考えています。当時の輸血は、まさに注射から注射、注射針も変えず直接行っていました。私の枕もとで行われていたので良く覚えています


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リストマーク 再燃 リストマーク
  再燃は安定期が8年続いたあと突然おとづれました。8年も続くとこのまま週2回の点滴で持つのではないかと勝手に思い込んでいました。それでも新聞のC型肝炎の情報は丹念に切り抜き保存していましたし、新薬リバビリンが異例の速さで厚生省に認可される予定などは、知っていました。あと、漢方薬の片し庚や肝再庚、またウコンなど試してみました。また、インターフェロン再投与も考えていましたが、難治性のC型肝炎の再投与には保険が効かないこともあり、病状も安定していましたのでやめていました。
  平成13年3月 突然GPTが80に上昇しました。それまで、週2回の点滴の外、2,3ヶ月に1回の血液検査、1年1回のエコーなど必ず受けており、異変はみられませんでした。すぐ後の再検査の結果 GPT40であり、少し安心し、一過性のものかと楽天的に考えました。丁度、仕事も忙しく自分の体を過信していた気もします。半年後の平成13年11月、疲労感・倦怠感で、非常に疲れ易くなり、血液検査の結果 GPT240、GOP100もあり、即入院勧告を受けました。
同年12月5日から2週間の入院、これは単に強力ミノファーゲンを毎日点滴するだけの入院です。この日12月5日は丁度、厚生省リバビリンを認可た日だと思います。退院のとき GPT80、GOP60位に下がっていました。
  平成14年1月から職場復帰、リバビリン治療のことはずっと主治医に相談していました。主治医は、副作用が強いのでもう少し様子を見たほうがよいのではないかという意見でした。同年2月の検査で、GPT100、GOP100もあり、私は自分の判断で、リバビリン治療を決めました。保険法が改正され、長期に渡るインターフェロン投与や再投与にも保険が利くようになっていた事もあります。また、最初のインターフェロン投与の経験から身体的には副作用に耐えられる自信がありました。ただ、精神的には、以前パニックになった経験から主治医に、抗うつ剤など準備をお願いしました