LiliaeyesJaponais Beautrium


   H i s t o r y

                イケてない子ども時代(生まれた時〜12歳まで)

                悲劇は中学生から(13歳〜15歳)

                お化粧は高校生から(16歳〜18歳)

                厚化粧と薬漬けの大学時代(19歳〜21歳)

                全ての毛穴からニキビが(22歳〜23歳)

                πウォーターとホシカツヒラ美容室との出会い(23歳)

                食事と体と心の循環作用(23歳)

                「世にも美しいダイエット」と「聖なる予言」(24歳〜25歳)

                ケーシー高嶺や三枝よりもひどくなったニキビ(26歳)  

                 自分を見直す機会(26歳)

                 リン子先生との出会い(26歳〜27歳)              

                 宇宙エネルギー製品を知る(27歳)

                 阿蘇の伊藤さん(27歳)

                 体の中からきれいになる(27歳〜28歳)

           髪を染めたらいかん(28歳) 

                 ストレスとの格闘(28歳〜29歳)

                 多目的に使えるオゾン(30歳)

                 素敵な人生を生きるために                 


イケてない子ども時代(生まれた時〜12歳まで)
  生まれた時は3200kgで、色が白くて髪も赤くてきれいだったらしいけど、結局母乳でしか育てられなかったせいかずっと牛乳嫌いである。普通母乳で育った人は免疫力が強いというけど母乳次第だと思う。
 小学校に上がるまではとにかく食べない子で、食べることを拒否し続けて、おまけに神経質な子どもだったので「自家中毒」という病気に何回もかかってしまっていた。この病気は食欲がなくなり続けて昔だったら死んでしまう病気だったみたい。もうその頃は薬で治る病気になっていて、私はこの薬で生かされてきたようなもの。
 とりわけストレス耐性がこのころから弱かったのか、クラス替えがあるたびに病気して寝込んでいた。
 そのころの肌はまあ子どもだったから
そばかすができる程度であったけど
 ただ髪が癖毛でその頃流行っていた「聖子ちゃんカット」をしたら髪がふくれあがって、「たわし」とか「たわしギャルとあだながついていた。

悲劇は中学生から(13歳〜15歳)
  ニキビが出来はじめたのはこの頃から。はじめはこめかみやおでこにあたるところまで、鼻や鼻の下にできることも。
 このころから毎日常時顔のどこかに生産されることになる。
  当時のスキンケアとしてはビオレとかエクボシリーズを使っていて、ニキビのあるところにはクレアラシルとかオロナインとか使ってた。
 中学2年ぐらいから視力が急に低下していきなりメガネ使用。両親が二人とも近眼だったからかも・…
 
視力はすぐに0.1をきってしまった
  あととにかく髪の性質が悪くて
癖毛で縮れていて、直毛のさらさら髪にすごく憧れていた。

お化粧は高校生から(16歳〜18歳)
  とにかく肌が汚かったのでファンデーションは毎日使用。今の高校生はみんな化粧してるけど当時は化粧している高校生はおろか眉毛を書いてる高校生さえいなかったから結構珍しい方だったと思う。
 パウダー付きの油取り紙は必須で、シャインフローネとかの安いリップクリームをつけて今思うとバカ殿のようだった。
 スキンケアはクリニーク使用。結構クリニークにはお金をつぎ込んだ。けど今思うと結構強すぎたのかも。
 いつも赤ら顔だったし、潤いが必要だったのかもしれない。
 このころからエステとか通い始めていた。
  髪は当時ワンレン主流でみんな髪をのばしていたので私も顔を隠すために髪をのばしていたんだけど、
痛みやすくて枝毛ばっかり。髪が多いわりに細すぎてこしがなくて、授業中はもっぱら枝毛切り専門だった。
 いちばん肌も髪もみずみずしいこの時期がわたしはとても荒れ果てていた。

厚化粧と薬漬けの大学時代(19歳〜21歳)
 妹に息が臭いと言われ、空腹時とか胃が痛むので病院に行ったら十二指腸潰瘍と診断された。受験のこととか自分が気が付かないうちにストレスになっていたのかも。
 ニキビの原因は胃なんだと認識する。
 その病院に紹介状を書いてもらい、上京。
 近所のビルの2階でやっている小さな診療所に行って治療を始める。
 薬がなくなり調子がよくなると薬をやめる。そしてニキビが増えてどうしようもなくなるとまた病院に行って薬だけもらってきて、なんか肌の調子もよくなっているような気がしていた。そんな日々が4年間も続いた。
  お化粧はかなり濃くて、コンシーラーからファンデーション、パウダーとしっかり塗っていた。にもかかわらず夕方には油とともに取れかかっていた。
 スキンケアもクリニークからルビンスタイン、ランコム、ロレアル、資生堂といいといわれるものはみんな試した。ヘチマコロンも使ったことある。
 髪は高校卒業してからすぐに痛まないといわれるパーマをかけてソバージュにした。
 しかし痛んだところを修復することなんてできず、痛むと切るの繰り返し。
 普通のストレートにしているときもあったけど、なんにもしてないのにパーマやストパーを繰り返した人のように毛先が痛みきっていた。当時はサロンドプロとか安いものから、レラとかいう高いシャンプーを使ったりしてたな。とにかく何にもしないのに美しい人を見てなんでなんだろうと不思議に思ってた。

全ての毛穴からニキビが(22歳〜23歳)
 大学3,4年ごろから本格的にエステに通いだした。美顔と脱毛である。
今はもう倒産している会社だからあんまりいいエステではなかったと思う。
とにかくニキビが次から次に出てくるもんだからいつもクレンジングと毛穴とりと沈静パックで特別なエステはほとんどしなかった。いつも「ニキビがなおったらマッサージとかしてあげるねー」とか言われ結局2年間のうち何回かしかしてもらえなかった。
 大学4年の時だったか。ひざが急に痛み始め、階段を降りることもままならず、地下鉄を下れないなら私は住んでいる町から出て行くことも出来ない!というつらい体験をした。
近所の整形外科にいったところ、
血液検査の結果、膠原病の一歩手前、リューマチの気配があると言われたのだ。まだ22歳だったのに。とにかく肝臓の数値が悪くなっていたらしい。
いろいろ探ってみると4年間も飲んだり飲まなかったりしていた胃薬がとても強い薬で普通は急性期に胃の痛む人の特効薬のような薬をコンスタントに飲んでいたことが原因だった。
ひざは鎮痛剤を飲んでいたら自然と痛みはなくなったけど、それからが大変。
毛穴という毛穴から次々に黄色い膿みのあるニキビが一日10箇所くらい出来始めたのだ。
特にあごのまわりはすごくて、黄色い苔がはっているみたいだった。

πウォーターとホシカツヒラ美容室との出会い(23歳)
 それからはいろんな皮膚科に行くことになる。ただ軟膏をくれるところ、注射をするところ、
近所で新しく開業した女性の皮膚科に行き、今あるニキビは出すだけ出さないといけないと言われ、顔が血でだらだらになるくらいニキビを潰された。
ファンデーションはそこで売っているNOVというものに代えた。
 そんな時雑誌で秋野暢子さんがすごく敏感肌で、
πウォーターとホホバオイルを使用していることを知り
購入を始める。そんな中肌も落ち着き始める。
 髪もソバージュを伸ばした髪が痛んでるといわれたことがきっかけで、毛髪の研究にはとりわけうるさいといわれる現代美術館前の
ホシカツヒラという美容室で髪を切る。
ここは私の叔母御用達のお店で、昔から着付け等でお世話になっていたが、私の髪の性質が悪いのでとにかく怒られていた。がしかし心を入れ替えて、
見栄えよりもまず髪質の改善。それから徹底的にホシカツヒラで切りまくって、先生作成のシャンプーやリンスを使用して、少々伸ばしても枝毛とはおさらばすることになった。このホシカツヒラ美容室でもπウォーターを使用していた。

食事と体と心の循環作用(23歳)
 当時の学校の先生に
「ナイチンゲール研究」に詳しい小南きよみ先生という方がいて、実に感銘を受けた授業があった。それは、今コンビニのおにぎり一つにもたくさんの添加物が含まれていること。それぞれの加工品の中には科学的な物質がふくまれていて、食材の裏側に記載されていること。等を始めて知った。
また
人が体調を崩したり、病気になることには、その人の心の問題やストレス、また周りの環境などが大いに関係していることなどを知った。医者が細胞レベルで病気の治療にあたるという役割があるが、看護婦は現在の日本においては、医者の補助的役割が大きいが、看護婦には看護婦の役割があって、それは患者にとっての快適な環境を整備すること。寝具や住環境や食生活や身辺介助までを含めてトータルに考えることが大切な役割であると説いた方でした。
今では多いに知られてきている理論であると思いますが、昔は病気と心の関係なんて論じることはなかったので、当時の私としてはとても衝撃的な理論でした。
そのため、あまり自分を追い込まずに、
自分を大事にして、適度にリラックスしながら生きること。食生活や住環境についてもキチンと考えることが身につきました。

「世にも美しいダイエット」と「聖なる予言」(24歳〜25歳)
 私の友人の西尾さんが「世にも美しいダイエット」をして肌がきれいになったと言うので、とにかくやって見ようと始めた。ひたすら糖分を控えるもので、ご飯を食べなかったり、根菜を食べなかったりと制限の多いダイエット法だったけど。このダイエットのおかげで砂糖をほとんど使わないイタリアンが大好物になったし、特に
食材にとことんこだわることが身についた。とりわけ口に入れるものの成分からこだわって食品を選別していたので、普通の添加物の入ったものなんかは絶対ご法度。
おかげで大分肌の調子は良くなったけど、このように分子レベルでいいものばかりを摂取していると、ちょっと違反したものを食べるだけで、熱が出たり、ニキビがとりわけひどく出てしまったりするようになったのだ。つまり毒に対する免疫力というものがなくなってしまったのだ。とことんこだわりすぎた結果だった。
今ではこの作者も亡くなってしまって果たしてこのダイエット方法がいいものかはわからないけど
炭水化物を少なくして、食材を吟味していいものを摂取していく姿勢は大いにためになった。
このダイエットを止めても、自然食品にはこだわりつづけて、私が東京を離れるまで、野菜や水を
ライフリーというところから通販で取り寄せていた。ライフリーは高田馬場にあってよく買い込んでました。
この頃は仕事も落ち着いていて、土日は完全休日だったし、残業もなかったので、このように仕事以外のことにおおいに打ち込めました。精神世界のことに興味を持ち始めたのもこの頃で、これも西尾さんの影響なんだけど「聖なる予言」という本を教えてもらってから、人とのかかわり方とか運命について考えるようになって、その関連の書物をだんだんと読み始めていきました。
そこから
波動とか直感力なんかについても学び始めたのです。

ケーシー高嶺や三枝よりもひどくなったニキビ(26歳)
 社会人として仕事にも慣れ、仕事がらみの新しい友人も増え始めた頃、ニキビも多少落ち着いたこともあったし(完全には治ってなかったけど)、忙しかったこともあって気を抜いてあまり自然派ではない化粧品を使いはじめていた。
そんな時、すごくストレスを抱え込む事件に会い、自分ではそこまでの苦しみとは思ってなかったんだけど、体が反応してか、どんどんどんどんニキビが増え始め、顔の正面から見るとそんなにわからなかったけど、ある時横顔を見た時、ものすごくひどいことになっていた。
赤くただれて、次から次にできるので、陥没も激しくなっていた。おまけに頭皮にまでニキビができるようになって、もう自分ではどうすることもできない状態になっていた。
まさしく原因もわからない。治る見込もない。

自分を見直す機会(26歳)
 ただただ辛い出来事を自分ではクリアできずに、自分を見失った。自分を否定されたというショック一筋で忙しかった日々が一転して孤独な日々を過ごし…
自分とはなんなんだろう。なんでこんな人間になってしまったんだろう。と考え、そして自分が生きてきて影響を受けた人間に一人一人会ってみようと思うようになった。
そして小学校時代の友人から一人一人郷里に帰って会うことになる。
そこで
やっこちゃんとの再会をする。友人に再会して思ったことは、みんなそれぞれ変わったところもあるけど、どこか昔のままのところも多々残っていて、自分がなんでこの人間の影響を受けて、今みたいな考え方とか生き方が身についているかわかった時、あー自分は今のままでいいんだ。自分は自分なんだと思えるようになった。
 やっこちゃんとは長い間会ってなかったけど、精神世界のこととか、社会情勢のこととか考えていることが共通していて、話が盛り上がった。
 やっこちゃんは美容関係にも知識が長けていて、私が郷里に戻ってきてはいろんなことを教えてくれた。
 時間に余裕が出来た分、自分を成長させる機会と思い、いろんな本を読んだ。
 人間の善悪の判断はどこからきているのだろう。自分のやってきたことを少しづつ見直すつもりで、旧約聖書から読んでみたり、般若信教や波動に関する本。
人生相談の意味で読み始めた美輪明宏の本にはだいぶ共振共鳴した。

リン子先生との出会い(26歳〜27歳)
 やっこちゃんにまず教えてもらったことは、リン子先生というベルジュバンスの美容室の先生のこと。
ベルジュバンスというとよくおばさんが通っているちょっとダサめの美容室というイメージがあると思うけどやっこちゃんが言うには、しわができるのも頭皮のゆるみから、
頭皮を酸性にしてひきしめることで、体全体がひきしまるし、頭皮の毛穴から毒も出るというベルジュバンストリートメントというものを聞き、早速体験する。
 リン子先生は当時60歳くらいだったろうか。しかし肌は20歳並みのきれいさで、ぴかぴかしていた。
またものすごくグラマーな体型で体にぴったりの服を着ていて、まさしくボッ・キュー・ボーンといった感じであった。世の中にこんなきれいな人がいるのかと思い、目を疑った。
 私がトリートメントを始めてした時、ものすごく毒が出るので、先生の腕が真っ赤にまけてしまった。
[すいませーん」という私に、先生は「私は治し方を知っているから大丈夫よ」といってシュシュと腕に水をふりかけていた。
 これが
タキオン水という波動水というものだった。

宇宙エネルギー製品を知る(27歳)
 タキオン水はπウォーターの先行く進化した水で、飲むことで体からきれいになり、髪にもハリが出ますよ。とのことだったので、早速購入。東京にもどってから、先生からすぐ電話がある。食生活や化粧品についてすぐに指導があり、早速ベルジュバンスの化粧水が送られてきた。
 タキオン水は、福岡にある生活活性研究所というところで製造していて、やっこちゃんや先生の話を聞いて、自分に必要なものはそこの製品の「ポケットプラーナ」といわれるものに興味をもった。
 「ポケットプラーナ」はリラックス効果があり、願望達成や開運をもたらすといわれるお守りのようなもので、
数々の体験談も豊富にあった。
 職場の人間関係にストレスを抱えていた当時の私にとっては、その状況を好転させるいい機会になればと思ったからだ。
 ポケットプラーナを身に付けるようになって、すぐに転職の機会がもて、試験に合格することとなる。

阿蘇の伊藤さん(27歳)
 これもやっこちゃんからの紹介であるが、当時やっこちゃんはあらゆる宗教にのめりこんでいて、その時エホバの証人に通っていたころ、その信者の方たちが皆肌がきれいなことから、ゲルクリームを知ることになる。そのゲルとはアロエとかごぼうとかのねばねばしたものから出来る自然派のもので、エバメールクリームと称されるものであった。やっこちゃんは、販売している阿蘇の伊藤さんを訪ね、さまざまな体験をする。
 伊藤さんは製材所の一角でエバメールクリームの代理店を営む人で、クリームとの出会いを通して人生を変えた人であった。昔の写真を見ると、風貌さえもガラリと変わっていた。
伊藤さんも気の流れであるとか、宇宙からのエネルギーに関してとても詳しい方で、フーチという金属のふりこを使って、直感力を研ぎ澄ましていた。
 精神的にぼろぼろだった私をやっこちゃんは伊藤さんに会わせてくれて、私のさまざまな迷いを聞いていただいた。この時フーチで見ていただいたことによると、私は
29歳で、郷里に帰って結婚するよと言われた。
半信半疑だったその言葉が今となっては全て現実になる。

体の中からきれいになる(27歳〜28歳)
 転職して、初対面の人と会う機会が多くなると、少なからずニキビがあることを聞かれることがあり、もっときれいにならなくては、と思うようになる。
 やっこちゃん、リン子先生、伊藤さんが共通的に知っていたのが、ペプチド・プリマという健康食品。
とにかくまずくて吐きそうなくらいのものであるが、みんな
細胞の活性化を早め、新陳代謝が高まるというもの。特にいい細胞をガンガン作るということで、ガンの人がよく飲むといわれるのものだった。
 始めはかなり謙遠していたが、ふと思い立って飲みだすことになる。
 よくコラーゲンとかって聞くけど、コラーゲンは外側からつけるものではなく、たんぱく質とビタミンCが結合してできるものだそうです。
 このころから、かなり仕事の方も忙しくなり始め、ペプチドを飲むと元気が出るので、滋養強壮剤のような感覚で疲れたら飲むという飲み方をしていた。

髪を染めたらいかん(28歳)
 ペプチドを飲みだして、みるみるうちに顔にハリがでてきて、どんどんきれいになるので、調子に乗って、髪を染めてみた。1回染めた色が気に入らなくて、何度も染めた。髪も短かったし、だいぶ髪も強くなっていたので、昔みたいに痛むことはなかったけど、それからとにかくまたニキビが発生。
髪を染める時のブリーチ剤の中に相当毒が入っているのです。
私みたいにニキビは出来ないけど、染めた後頭が痛くなったり、かぜひいたり、熱が出たり、シミが増えたりする人はいませんか。それは毒に反応している証拠です。
こんなに髪を染めている人が多い世の中、黒い髪でいること自体恥ずかしいことかもしれませんが、本当の美しさを目指す人にとっては絶対髪を染めるべきでないと思います。経験上。
 どうやってこの毒抜きをしたかというと、ベルジュバンストリートメントを一週間に一回ぐらいの割合でやり、一年くらいしてようやく落ち着いたのです。

ストレスとの格闘(28歳〜29歳)
 転職して、郷里に戻ってきて、田舎だから仕事も楽になるかなと浅はかな考えでいたところ、とんでもなく忙しい職場だった。仕事が忙しいのはいいが、職員体制が悲惨なところで、正職員がたったの2〜3人しかいなくて、あとはみんなパートや非常勤のおばちゃんばかりで、とても人間関係が複雑。
パートや非常勤の人たちがやたらと勤続年数長くて、権力もってて、その中にふらっと私みたいに東京から大して実力もないのに、半端におしゃれして入ってきたもんだから大変。
私の一挙一動全てに揚げ足とられる。物事を悪くとられて誤解される。目の前でいやみ言われる。…
そんなこんなで、ストレスを抱え込むとニキビできる。特にアダルトニキビといわれるフェイスラインにできるニキビ。十二指腸潰瘍の再発。免疫力が低下してか菌が入り込んで水虫になる。白髪が増える。視力が低下する。…さまざまな現象が…
 そんな中でも仕事が順調に事が運んでこれたのもポケットプラーナ携帯やペプチドを飲んで生き長らえてこれたのかなあと思う。
 ケーシー高嶺よりもひどい頃に比べたら大分きれいになったものの、相変わらずニキビは生産されるし、症候状態が続く。

多目的に使えるオゾン(30歳)
 東京にいる妹が五反田にあるベルジュバンスで全身トリートメントを体験する。これは毛穴から毒を出すベルジュバンストリートメントの全身版でとにかくどんなエステよりもきれいになるという。
十未幸代がやっているらしく、五反田店にはオゾン室もあるという。
私ももっときれいになりたいという願望があったし、東京までいって体験しようかなと思っていた矢先に例のリン子先生が
家庭用オゾン発生器「オーロラ」に出会う。
 ベルジュバンスを知り尽くしたリン子先生が言うには、これはお風呂で使うと温泉みたいになって全身トリートメントと同じ作用があるとのこと。またオゾン本来の作用である殺菌、消毒、脱臭の機能があり、私のアパートの嫌なにおいがあって、空気清浄機を買おうと思っていたこともあったし、また無農薬野菜などを選んで購入していたのが、普通の野菜でも農薬を分解し、なおかつおいしくなるということで、購入。
 ベルジュバンストリートメントで毒の出るときに泡立つのと同じ要領でオゾンのお風呂に入ると、私の体から泡が出るわ、出るわ・・・農薬たっぷりの野菜やお肉、お米にも泡がでるのと同じように私の体からも泡が出たのです。
 この泡はやはりストレスがあったり、疲れているときにでるようです。きっと体が活性酸素に犯されているか、何か良くない物質を出しているんでしょうね。


素敵な人生を生きるために
 これでいいと思ったら後退のはじまり。今以上にもっともっときれいになって、人生を素敵に生きたい。
これはどんな方もそうお思いですよね。
今まではどちらかというとイケてない私。いつも肌にコンプレックスのあった私ですが、これからは誰よりも美しく、日本人としての美しさを誇れる自分になりたいと思います。
そのためには、コツコツとした日々の積み重ねなしには成しえない。
どれもいいとこ取りではなく、継続していくことで必ず美を獲得できると確信しています。
 どの皮膚科にいっても治らなかった。どのエステでも改善できなかった。
そのような方は是非Japonais Beautriumを参考にしてください。