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創価学会革新派







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創価学会をこよなく愛する故の暴走と捉えてください。

    今でも鳴り響いています。学会歌の歌声が。
楽しかった。全てを信じ切って闘っていたあの頃。
苦しかったけれど、楽しかった。

創価学会をこよなく愛する故の暴走と捉えてください。
 創価学会革新派は荘n価学会を脱会せず,創価学会に留まる。何故なら「広宣流布への情熱は創価学会にのみ存在する」「法華経の源流は創価学会に流れている]「広宣流布への情熱が存在する処こそ宗祖・日蓮大聖人の魂が存在する」と確信する故である。
 法華講には広宣流布の情熱が存在しない。法華講は勤行して御書の勉強をして,それで終わりである。創価学会員の横取りのみ行うだけである。
 創価学会および創価学会員を大事にして創価学会とともに歩む。
 荘n価学会は素晴らしい。現在まで広宣流布を行ってきたのは創価学会である。宗門は広宣流布を邪魔してきたのみである。
 そして創価学会に対する最大の魔の軍団である日本共産党と厳しく対決する。日本共産党と厳しく対決する急先鋒として創価学会革新派の存在を認めて貰いたい。
                    (aug, 6, 2003)


 nゥ分は苦しい少年時代を御本尊様と聖教新聞と人間革命の本と育ってきました。苦しい少年時代でした。
 最高幹部の手記なんかは自分には衝撃は与えませんでした。

 よく考えてみると信仰とはやはり情なんだと思います。理屈でなくて情なんだと思います

 今の世の中は唯物思想に覆われていますが、僕らの魂は物ではなくて心というか情で生きてこられたし生きてきたし、理屈に負けてはいけないんだと思ってきました。
 周囲の人たちは批判精神もないと思ったでしょうが、逆に言えば「情に脆い」と言うことも出来ます。「情に脆い」人たちが学会に溢れていますし、学会を造ってきました。
 僕たちは愛情がなければ赤ちゃんから子供にまで育つことは出来ませんでした。僕たちが育ったのは未だ貧しい時代でした。今のような物に満ち溢れた時代ではありませんでした。

        

でも「何なのだ、この歓喜は!」ということに3度ほど選挙のとき襲われました。不思議な言いようもない歓喜でした。選挙は却って広宣流布の邪魔をしていると思っていましたが、みんなが頑張るのに自分が頑張らないのは良くないと思って自分も頑張ったときがありました。間違いなく一票も取れなかったはずですけど、自分なりに頑張ったとき、その不思議な歓喜に襲われました。また選挙で頑張ったとき不思議な多分、偉大な発見をしました。それは近い内に(10年以上も経って)論文に仕上げて発表しようと思っています。

 自分は未だ半信半疑です。信仰を始めて30年経ちますが半信半疑です。それほど自分は批判精神が旺盛なのかもしれません。ものすごく良い経験も、ものすごく悪い経験もしてきました。

また、信仰の倦怠期というものがあると思います。僕は今まで3度、退転しました。4度目の退転が迫っていましたけど、4度目の退転は今夜で終わりにします。10日ぐらいの退転というか心迷いでした。今回の自分のは退転ではなくて「心迷い」だったと思うようにしようと思います。

この信仰は元気になります。泣きながら学校から帰ってきても御本尊様の前に座り、唱題と勤行を心ゆくまで行うと次の日には元気一杯に学校に出てゆくということを何度も経験しました。主に中学時代にそういう経験を繰り返しました。


だから柱ウ気過ぎて、誤解や批判をされるようなことをしてしまうのだと思います。元気一杯になってしまう信仰だから、そうなるのは致し方のないことだと思います。反省しなければならない暴走は元気になり過ぎるほどの信仰だから起こってしまうものです。

社会の底辺で苦しむ人々に生きる希望と喜びを与えてきた信仰です。法華経は元気になる教典です。生きている一瞬一瞬が歓喜となる教典です。暴走するほど元気になるというのは言い過ぎでしょうか?

 広宣流布の精神の漲っているところに法華経の歓喜が湧いてくる。そして暴走してしまう。これは仕方のないことと自分は思っています。創価学会には灼熱の熱気が存在します。宗門や妙信講には存在しません。宗門や妙信講には歓喜は存在しません。

「この法門申すには必ず魔出来すべし、魔競わずば正法と識るべからず」

 法華経は魔との闘いです。元気になり過ぎたところを魔は巧く突いてきます。

自分は御本尊様と聖教新聞と創価学会と人間革命の本と辛い少年時代を生き抜いてきました。自分にはこの信仰が必要なのです。






 師敵対を画策する魔性との対決。幼い頃より池田先生を師匠として生きてきた人はこれからも池田先生を師匠として生きてゆくべきです。自分も厳しい少年時代を池田先生への想いとともに生きてきました。池田先生・御本尊様・聖教新聞が自分の心の支えでした。題目を挙げすぎて中学一年の冬、半年間、不明熱が続き、痙攣性発声障害(疑)に罹り、中学二年の冬も半年間、不明熱が続きました。今も痙攣性発声障害(疑)に苦しんでいます。痙攣性発声障害(疑)で30年間苦しんできました。社会生活上、かなり苦しい病気です。

 信仰とは理屈でなくて感性です。理屈で正しそうでも歓喜が伴わなければ、それは間違いと言うことになります。

理屈で正しそうでないような処があっても歓喜が湧いてくるならば、それは正しいということになります。

よって自分は創価学会に完全復活することに決めました。 魔が降り掛かってくるかもしれませんが。

自分は、幼い頃より池田先生を師匠として生きてきました。どんなに批判されても、これからも池田先生を師匠として生きてゆ く決意です。

池田先生と心の中で唱えると元気が湧いてきます。また、苦しみも苦しみでなくなります。自己暗示 では説明不可能です。 また、勇気が湧いてきます。怖いもの無しになります。何故なのか、不思議です。 日本の社会には創価学会に対する強い偏見があります。それを社会の信頼の灯台となって行く闘いが今の現在の我々の使命と同時中継に於いても言われました。 社会の信頼の灯台となることは難しいことですが、社会の信頼の灯台になってゆくしか在りません。



師弟不二  泣き言と愚痴を言いたくなる日々だが、「師弟不二」の言葉を思い起こし頑張ろうという気力が湧いてきた。明日は学会活動全て休んで休憩しようと思っていたが「師弟不二」の言葉を思い起こして頑張ろうと思い始めた。  現実は厳しいと泣き言と愚痴に満ちていた自分の心は「師弟不二」の言葉を思い出して勇気が湧いてきた。  池田先生の活躍、その千分の一、一万分の1でも近付こうと思い始めた。 泣き言と愚痴を言いたくなる日々だが、「師弟不二」の言葉を思い起こし頑張ろうという気力が湧いてきた。明日は学会活動全て休んで休憩しようと思っていたが「師弟不二」の言葉を思い起こして頑張ろうと思い始めた。  池田先生が今の自分の姿を見たらどんなに悲しまれるか、「師弟不二」の言葉を思い出して再起を誓う。  池田先生は絶望に沈む人々の窓辺に希望の灯火を与え続けた。そして今日の学会がある。千分の一、一万分の1でも師に近付こう。