サンプルイメージ
あるERの風景・・・


深夜の1時をまわろうとしている。

小さな子どもの元気な泣き声が隣接する診察ブースから聞こえてくる。待合室にはパジャマ姿の老夫婦が二人静かに座っている。その後ろの席には20代の女性がいすに横たわり洗面器を抱えながらうとうとし、夫が心配そうに背中をさすっている。廊下には診察を終えた高校生風の青年が、松葉杖をつきながら母親に付き添われ薄暗い薬局カウンターへと向かっている。ER内にある長テーブルでは酒臭い中年男性が小学生くらいの男の子と隣接し吸入を受けている。週末や連休の夜間などともなるとERには患者がごった返す。待合室には人があふれ、日中のような賑わいさえある。

そんな中、腹痛を主訴に男性が救急車で搬送されてきた。

ぐちゃぐちゃに積み重ねされた処置後の器械類を洗っていた私は、そのまま搬入口のドアを開けに走る。

搬入口に横付けされた救急車の後部ドアを開き、患者の状態をいち早くチェックする。ドアを開け一瞬で重症例の雰囲気を感じとる。

 ER内へ搬入し救急車のストレッチャーからERのストレッチャーへ移動する。血圧計を巻きながら救急隊からの申し送りを手早く聞く傍らでERドクターによる診察が始まる。

「どうしましたか?」

「うぅ!は、腹、腹が痛い!!」

ERナースはドクターの問診内容に耳を傾けながら手早くサチュレーションモニター、心電図モニターを装着し脈を取る。

冷汗は?脈圧は?顔面の色は?呼吸は?意識状態は?姿勢は?体熱感は?

ERナースは5感をフルに使いながら、数多くの客観的情報から直感的に緊急性があるかないかを検索する。あわせて、測定された数値や所見をチャートへ記入していく。

「血圧150の90、脈100です、サチュレーション98%」

ERナースからの報告を受けながら、ドクターの診察は続く。

「いつから痛いの?」

「昼間から痛かったらしいのですが、夜9時頃から急に痛みが強くなって・・・病院行こうかって言ったのですけど・・・」

家族が心配そうな表情で答える。

「どこが痛いですか?ここ??」

「痛いよぉ!う〜ん!!痛いよぉ!う〜ん!!」

左肩に刺青をいれ、丸刈り頭の屈強そうな大の男が、今にも泣きだしそうな悲痛な表情を浮かべながら、大声を張り上げている。体をくの字に曲げ、うなりながら狭いストレッチャー上で身悶える。

診察と平行して、酸素投与、点滴、採血、胸腹レントゲン・・・ERドクターは次々に指示を出す。指示はすべて口頭である。すばやくチャートへチェックし実施する。

腹部のディフェンスは?リバウンドは?ERナースはドクターのとっている所見をさりげなくチェックしている。ERドクターが何を疑い、どんな検査を必要としているか、検査後の処置は・・・点滴準備をしながら、壁掛け時計に目をやり、頭の中で優先順位を考え整理する。ERドクターの診察内容で考えている疾患を見抜いていることが多くある。

ピンクのスエットを来た妻とジャンバーを羽織った娘が心配そうに待合室の椅子に腰掛けている。検査へと向かうためにERを出たところへ、家族が詰め寄る。

「大丈夫でしょうか?」

「痛み止めを使ってもらえないのでしょうか?」

「これから詳しい検査を行います。診断が付けばすぐに痛み止めを使うと思います。おうちの方もつらいでしょうが、もう少しだけ辛抱してください」

ストレッチャーをレントゲン室へ運びながら説明する。家族への説明や精神的なフォローもERナースの大切な役割である。レントゲン室へストレッチャーを入れ、放射線技師に簡単な申し継ぎをする。

「急性腹症疑いです、フリーエアーチェックお願いします」

患者を受け渡し、その足で先ほど採った採血検体を片手に中央検査室へ走る。

「オペになるかもしれないから、血型、感染症も至急でお願いします。クロスも採ってあるので必要なら使ってください。」

 中央検査室から戻るとすぐに、放射線技師が現像したばかりのレントゲン写真片手にERへ飛び込んでくる。

「フリーエアーありますね」

「外科チームコールだな」

ERドクターの動きがさらにせわしくなる。

そこへ、もう一本のホットラインが入る。

「82歳、男性、現在CPA状態です、5分後に到着します」

「センセー!5分後CPA入りますよ!」

他のERナースが叫ぶと、ブースで診察していたドクターや介助に付いていたナースがERへと集まってくる。受け入れ準備をあわただしくしていると、サイレンの音が聞こえてくる。
 救命士達が心臓マッサージと人工換気を行いながら搬入口より入ってくるのが横目に見える。

「モニターつきました」

PEAだね、ラインとれたら生食全開、ボスミン、硫アトいって」

「挿管準備OKです」

「挿管するよ」

「ライン取れました、3分おきでいいですか?」

「3分おきでいって!」

「エコー準備して」

「血ガスは?」

手術準備を行っているカーテン一枚挟んだほんの数メートル向こう側で、激しいやり取りが行われている。止まってしまった心臓を再び蘇らせるための、つまり、生き返らせるための処置を行っている。ビーッビーッという心電図のアラームと充電完了を告げる除細動器のアラームが鳴り響いている・・・