お友達の事 病院で色々な人とお友達になりました。 みんな必死に病気と戦っています。
悲惨な状況の人も結構楽しい時もあったのです。
みんな素晴らしい人達です。みんなお友達です。
☆☆ 病院で出会った人々 ☆☆
2月23日に1回目の入院 大きな病気を抱えて入院
 不安と家がどうなるのかなと言う心配があったが病気を
 治す事だけを考えて出来るだけ積極的な入院生活を送ろうと思った。
 2回の入院で色々な人々と会うことが出来た。残念にも多くの人が病気に負けて
 しまって天国に旅立っていったが、印象に残った人が沢山いた。


@お寿司屋をやっている人 
難病指定になっている 潰瘍性大腸炎と言う病気大腸は30歳位の時に発病して
癌センターで全部取ってその時から人工肛門にしているそうです。
今回は20年位前の人工肛門を作り変えた様です。
彼女が人工肛門を初めて見せてくれた。
なにも予備知識が無かったのでびっくりした。
たとえ半年でも自分が人工肛門になることが納得できない。
でも命と引き換えだから納得して人工肛門に慣れないとしようがない。
潰瘍性大腸炎の人は2回目の入院の時も1人いた。
この人は3回手術して最終的には自然排便が出来るようになる様です。
大腸は全部取って小腸で大腸の代わりに成るものを作って、私のように人工肛門に
一時しておいて最終的には取り外して自然排便になる。
時間の経過と医学の進歩を目の当たりに見た。
私が2回目に入院している時に2回目の手術をしていた。
1回目は8月頃で、2回目は12月に手術3,4ヶ月の間に
2回の手術は随分身体がきついだろうと思うが彼女はとても明るく、
前向きな人で手術後重湯を初めて口にした日に通過障害を起こしてしまって、
せっかく取れた管が又今度は十二指腸まで入れられたり、高気圧酸素のタンクの治療が始まった。
私が退院する時はまだこの様な状態だった。
3回目の手術は私と同様に人工肛門の取り外し手術だそうです。
早く全部終って元気になってください。
A スーパを3件やっている人
肺がんがやっと見つかったらしいのだが
心臓に非常に近くてすぐには手術出来ないので
28日周期の抗癌剤を3クールすることになって抗癌剤治療が始まった。
何日かたったある夜、怖い夢を見たらしく大きな声で寝言を言った。
家族全員の名前を呼んで助けて助けて言うので様子を見に行くと
酸素の管が外れていた。
管を鼻に着けてあげて起こすと気がついて落ち着いて眠ることが出来た。
翌日 同室の人に迷惑がかかると言って、個室に移って行った。
彼女の部屋にはそれ以後退院するまでほとんど毎晩消灯までお喋りに行った。
抗癌剤も身体に馴染んで来たようだったの、
私が退院して1ヵ月後初めて1人で病院の外来に行けたので、
久しぶりに大好きな和菓子を持って面会に行ったら亡くなっていた。
信じられない。抗癌剤治療と言うのは手術が出来ないと言う事?
あんなに気さくで如才なかったのに! 
寂しがりやで夕食が済むと遊びに来てねというので、
毎日飲み物を持参して消灯迄の1時間位いろんな事をおしゃべりしていた。
手術は怖いけど抗癌剤の治療が終って癌を少しでも心臓から離して
手術すれば治ると信じていたのに 
2回の抗癌剤の点滴で心臓が持ちこたえられなかったなんて!
初めはわからなかったようだが、気管支鏡の検査で癌を発見することが出来た。
でも、心臓に非常にくっついていてすぐには手術出来ないと言われたようです。
あのような時は家族にはひょっとしたら手術出来ないと言われていたのかな?
B Tさん この人は2年毎に癌が再発して今度は3回目の入院だそうです。
彼の風貌はヤクザヤさんがヤクザと間違えて挨拶をしていくというほどの人です。
入院患者なのに、朝6時になるとシャワーを使って、頭も毎日ドライヤーできちんと決めている。
頭が又短いのにパンチパーマのような感じ 鼻の下に髭がきちんと手入れしてある。
これはどこから見てもヤクザでしょう。
彼の病気は普通の一般的な肺がんでは無くて、何回も肺の中で再発するらしく
平成8年、10年、12年と2年毎に発病して2回は胸と背中から切り開いて手術をしたが、
今度は3回目なので手術出来ないと言われて放射線治療をしていた。
放射線をやっているのに毎日胸の線描きをきれいに洗ってしまうので,
殆ど毎日放射線の技師の人に描き直してもらっていた。
胸の放射線をやっている時に、腰痛が起きて整形にかかって牽引をやったところ、
飛び上がるくらい激痛が走ってCT検査をすると、腰に癌発病。
腰にも放射線治療その後も太もも、食道、ETC 他の人なら1ヶ所以上は同時に放射線治療はしないのに
彼は同時に3〜4ヶ所放射線治療をしていた。
何ヶ所も放射線治療をやると当然食欲もなくなるし、体力も無くなる。
でも、朝はまだ少し食べれるので6時にシャワーを浴びるとパンとコーヒー、果物を食べたりしていた。
また奥さんや娘さんが煮物を作ってきて冷蔵庫に保管しておかずにしていた。
イソジンのうがいもマスクをかけることも教えてもらった。
色々な事を教えてもらって、又奥さんが作るおかずも度々ご馳走になって,
食欲の無い時は非常に助かった感謝しています。
奥さんは腎臓が悪くて人工透析を2日に1度行っているそうです。ご夫婦で病気とは大変でしょう。
私が1人で外来に行ってスーパーの奥さんが亡くなったと聞いて 
会いに行くと、彼は「Hさん死んじゃったよ! 
そんなに悪かったのかな?」と言っていたが,その時の顔が異常に黄色ぽくてビックリした。
ベッド゙に寝ていることが無い人なのに元気が無い様子でベッド゙に寝ていて起きようともしない。
そんな様子なのでそれ以後 外来のときもTさんに会いに行く勇気が無かった。
9月になって春入院していた時のAさんから電話がかかってきて、
丁度外来の日が同じだったので病院で会って、Tさん会いに行こうということになった。
看護婦さんにTさんに会いたいと言うと個室に入っているので、
奥さんに聞いてきてあげると言って聞きに行ってくれたが、
具合が悪いので断られた。
その後3日くらいして亡くなったようです。
どうして仲良くなった人が次々に亡くなっていくの! 
やはりこの病棟は癌病棟だ!
Aさんの話では、肺癌で手術出来なくて、放射線治療をするのはもう治療はとても、難しいという事らしい。
肺がんは転移が早い! 
Aさんと同じ時期に入院手術した、Iさんは会社の検診で肺に影が有ると言うので、
病院からR病院に廻って来て気管支鏡で癌が見つかったがその時にはもう頭に少し転移していたと言う。
Aさんも春手術をして半年後の検査の時には頭に転移が見られ、病院に入院して
ガンマー線治療(ガンマーナイフ)をして病巣を小さくしたと言っていた。
その他 手術出来なくて放射線治療を終って退院していっても、
多くの人が再入院して、亡くなっている。
C NさんとYさん
Nさんは秋に入院した時に同室になった。
彼女はお乳がなんだか変なので、3軒も病院の診察を受けたが、
3軒とも乳腺炎と診断されたので安心していたが、
やはり変だと思ったのでR病院にやってきた。
先生も初めは手術をしようね!といわれた様ですが、検査を進めているうちに
もうお乳以外に何ヶ所か転移していることが判明 手術が出来ないので全身治療に決定。
7月に入院して12月下旬迄抗癌剤の点滴治療の為に入院。
先生から転移の為手術が出来ないと聞いた時は頭が真っ白になってしまって、
病気を受け入れるのにはしばらく時間が必要だったそうです。
病気の説明の時には余命半年とまで聞いたそうです。
その時のことは何も覚えていないと言っています。彼女はとても気さくで如才なく 皆を明るくしている。
秋に入院して彼女に出会った時お乳を見せてもらった時は、乳首が上に上がってしまって、
その上にもう1つチョコレート色の乳首みたいなのが有って硬く動かなかった。
どうしてあんなになるまで判らなかったのだろうか?
風呂に入った時に鏡で自分の胸をよく見て乳首の位置、形が変形していないか?
さわってみてしこりがないか?
最低これだけでも自分で確認することが大事だと思った。
おっぱいは胸に近いので肺に、リンパ腺に入ってしまうと、何処に転移するか、わからない。
彼女も胸に転移している。
又足が痛いと言っていたが足の骨にも転移している為だ  と言う。
Tさんの時も足腰が痛いと言っていたら骨に転移が見られた。
癌の患者は足腰が痛くなったときは、簡単に整形外科にかからずに
転移を考えて、骨の検査をする必要が有るとラジオの番組で聴いた。本当にそうだと思った。
でも、Nさんは抗癌剤治療の効果があって12月頃又胸を見せてくれて触ってみると
あんなに硬くて動かなかったしこりが 2ヶ所の間に隙間が出来ていて柔らかくなっていた。
それと今まで骨の治療がなかなか出来なかったのが、
R病院ではじめて骨の治療を始めると言う。
こんな状況を正確にしっかりと受け止めて、「治らなくても良い。
今より少しでも良くなるか、今のままで10年病状が維持出来れば、
きっと良い薬が出来て又5年10年と、命をつなぐ事が出来るから
先生を信じてがんばりたい!」と彼女は常に口にしている  
尊敬するばかりです。

乳がんの転移
入院中に乳がんの転移をよく見ていたが肺に転移した場合が多く
その時肺に転移したら、肺がんなのにどうして呼吸器の先生の診察が無いので、
ずーと、不思議に思っていた。
12月28日の朝日新聞にワット・隆子さんと乳がんの権威の先生の対談が出ていて
乳がんが転移すると転移した場所が頭でも肺でもどこでも乳がんだそうです。
だから肺に転移していても肺に出来た乳がんなので、乳がんの治療をしなければいけない。
例えば、肺に転移している場合転移は1ヶ所ではなく、星を散りばめたように何ヵ所かに転移しているので
手術出来ないというか手術しないで、抗癌剤を投与して、全身治療をするのが良いそうです。
乳がんの場合は、ホルモンが関係しているので全身治療が1番効果的らしい。
これは、私の場合も考えられるのかな?と思って
1月に外来に行った時に担当の先生に聞いてみた。
すると大腸がんの場合も転移した時は転移性大腸がんだが、手術は出来るそうです。
乳がんはホルモンが関係してくるので他の癌とは別に考えたほうが良いのかもしれない。                             
Yさん彼女は5年前に乳がんの手術をしている。
その時癌は米粒大だったと言う。片方のおっぱいを全部取っている。
病巣が米粒大だったので95%転移は考えられないと言われたそうです。
以後毎年定期的な検査をしていたら、2000年の検査の時に肺に転移が見つかった。
彼女は初診で説明を受けたときに大泣きしたと言う。
そうするとそれ以後新しい治療を始める時の説明は、
必ず家族を呼ぶように言われるそうです。
彼女もNさん同様に肺に転移。
治療も全身治療抗癌剤の点滴
先にNさんが入院していて同じ治療をしていたのでYさんは随分力強かったそうです
確かにNさんは病気を良く理解して受け入れて前向きに考えて治療している。感心するばかりです。
Yさんは彼女に会ってとても良かったと言っていた。
2人とも完治する可能性は無いのに今の状態を維持してでも良いので、
次の新しい治療が発見されるのを待っているしかない。
ガンバって!としか言えない。
2月になって、背中と胸に転移が見つかったので、放射線治療を始めたようです。
やはり転移してしまうと次々とあちこちに転移して、又その転移の速度が非常に早い!
あんなに前向きなNさんが少し元気がなく顔は浮腫が少し出ていた。
ついTさんを思い出してしまった。
Nさん気を強く持ってがんばろうね!
新聞のチラシ等にはアガリスク、キトサン、プロポリス、等を服用して癌が治ったと、
言う体験記が沢山掲載してあるので退院後は服用している人も多いようですが、
本当に効果があるのか? 
先生はそんなものは飲まなくても そのお金で美味しい物でも食べたほうが良いと言う。
しかし、いざもう手術は出来ない!
抗癌剤、放射線治療しか治療方法が無いという状況になってしまうと、
藁をも掴む気持ちになってしまうだろう。
私が同じ状況になったらどうするかな?と考えた時
Aさんのようにきちんと先生の言うことを理解して、指示に従いたいと思っているが出来るかな?
Nさん放射線が少しでも効果が上がると良いね!
貴女のことを山田さんもみてるからね!!私も見てるよ!
皆同じ状況だからね!誰も自分の事と思っているからね!
D わがままな奥様
私が人工肛門の取り外し手術を受けてNさんの向かい側の部屋にいる時に、
入院してきた。個室で入院したいと言っていたらしいが個室が空かないので
「個室が空かないのでここで我慢してね!」
すると「私こんな部屋では入院できないすぐに個室を用意して下さい。」
文句を一杯ならべて荷物はベッドに置いたまま帰ってしまった。
当然のことのように、奥様が帰った後
入院患者の中ではうわさの中心になってしまった。
次の日の夕方になって病院に帰ってきた。
入院時と同じく息子夫婦とお手伝いさんのようなおばさんを連れて...
Nさんの人柄がよくて如才ないことが幸いして
1時間もすると笑い声がしてきて話がはずんでいた。
その後も1日中話が絶える事無いので皆で夕食の時に様子をきくと
昨日とは全く違って、結構気さくな人らしい。
すっかり部屋が気に入った様子で
今度は「ここが気に入ったのでもう個室には絶対に行かない。
手術してもこの部屋に戻ってくる。」と言い出す始末。 
奥様は胆石で入院してきた。
身体に4ヶ所位穴を開けて石を取り除く手術になれば病室が変わらないが、
もしお腹を切開する手術になればICUに入らないといけないので、
部屋が変わってしまう。        
ただ今日もお嫁さんとお手伝いさんがずっと付き添っていてトイレにもついて行って
トイレの前でハンカチを広げて奥様が手を洗うとさっと差し出したりしている。
まるで、スナックにでも行ってホステスさんがお客さんを待っているみたい。
退院するまでいつも奥様が移動すると大名行列のようにお付きがついている。
ご主人はやさしそうな品のある人で奥様の我儘を受け入れているような感じ。
お嫁さんは非常にきれいな人でまるでモデルさんみたいねと、
皆がうわさをしていたが、本当にモデルさんだった。

息子さんはイギリスで格闘技を教えていると言う。
今回はお母さんの手術の為に帰国したらしい。
まるでロックでもやっているような風貌なのに行動はまるで武士
ある日、息子さんと同じような全員髭をたくわえて大柄で黒っぽいスーツらしい服装で、
一寸間違えればヤクザというような人が10人ほど奥様のお見舞いにやってきて
2〜3時間病棟にいたが少し特異な集団だった。
帰るときはさすが武道家らしく、礼儀正しくて病室の人はもちろんの事、
私の部屋にまで「お騒がせいたしました。
どうぞお大事にして下さい。失礼致します。」とまるで敬礼のような挨拶していく。
日本人は子供っぽく見えるので海外勤務の人はよく髭をはやしている。
そんな感じなのだろう。
この奥様が手術が前日になって恐い恐いを連発して手術をしないと言い出して大騒ぎになった。
丁度クリスマスカードを作って友達に出そうかなと思っている時だったので、
奥様にも作って力づけてあげようかな!Nさん、Yさんにもと何枚か作った。
奥様には 人生の先輩へ 手術は眠っている間に終ってしまいます。
先生を信じて全て先生にお任せしましょう。
ETCの内容で元気の出るようなイラストを入れカードを作って、ベッドの処に置いておいた。
私がベッドに横になっていると奥様のご主人とお嫁さんがやって来て、
びっくりする位喜んでお礼を言われた。
奥様は大感激して涙が出てしょうがないので、貴方達よくお礼を言って来てください といったと言う。
手術は幸いにして簡単な4ヶ所の穴あけ手術で元の病室に戻ってきた。
良かったね!!  普段タバコを吸っているので咳が沢山出て苦しそうだったが
段々元気になってきた。
生まれて初めてあんなうれしいカードをもらった一生大事にします。
と何度も何度もお礼を言われてこちらの方が恐縮してしまう。
E 可愛い奥さん
最初に入院した時隣のベットにいてその日乳がんの手術をした人手術の時に
お友達で同じように美容院をやっていて、
又乳がんの手術も受けて退院したばかりだと言う人が手術の為のストレッチャーに
犬の縫いぐるみを投げ入れて手術室まで持っていったそうです。
その縫いぐるみを退院する前に先生に「先生にガンッバッてと
いってもらうとがんばれるので、サインして下さい。」と言って、縫いぐるみの足にサインをしてもらった。
まだ40代なので孫がいるのに絶対におばあちゃんと言わせない。
自分で始めて手術後に胸をみた時に非常にショックを受けて、
先生方の朝の回診の時に「先生が手術前の説明の時に、胸は赤ちゃんの胸のように
なると言ったのに、こんなにえぐれてる!」と言ったら、先生がすごく怒って
命と引き換えにこのような胸になったのだから、
文句を言うのは間違ってると言うようなことを言った。
その後に、担当の先生が何日か後にやって来て
優しいい口調で丁寧に説明して彼女はなんとか納得したみたい。
先生の性格の違いといっても相手が病人なので、もう少し神経をつかってほしいなと思った。