告知されてから、入院!・・・放射線治療、手術・・・不安がいっぱいでした!

告知 検査 治療方法 入院治療 放射線治療 抗癌剤投与 効果 手術
1.告知 2000年1月20日に大腸のカメラの検査をして、直腸にガンを発見!!
カメラ検査を受けるきっかけはおならをトイレでした時に微量の出血を見て、
痔かなとも思ったが、丁度その時風邪で病院にかかっていたので話したところ
念のために、大腸のカメラを受けるように言われ1月20日に検査を受ける。

検査の途中でお医者さんが看護婦さんに何センチと聞いているので何か変だなと思った。
診察室に行って説明を受ける時 すぐに先生が「残念だけど直腸がんです。 
ここでは手術できないよ。どこか知っている病院はありますか? 
ガン研とか、大学病院は行かなくてもよい。R病院が良いのじゃないかな。
あそこはグループ性を取っているから何人かの先生が見てくれて全員が病状を理解しているので安心できるでしょう。後のケアーもよいからね」何の覚悟もないうちの告知で、ショックを受けるとかギョッとして泣き叫ぶとかはなくて、自分でも後で感心するほど冷静にお医者さんに聞いていた。
「原発性ですかそれとも転移しているガンでしょうか?」
先生の話では原発性のガンだけど初期ではない。
多分1年以上前に発生したものだと思われますとのことでした。
2.検査 すぐ次の月曜日1月24日にR病院に紹介状を持って診察に行き検査の予約を取って
約1ヶ月の検査が始まった。入院の予約を入れたが約1ヶ月待ちとのこと。

1週間に1〜2回の検査、胃、大腸のカメラ、大腸のバリウム検査、超音波検査
胸のレントゲン、CT、MRI検査、ダイナミックCT等 頭以外はほとんど全身の検査が始まった。
ほとんどの検査が、朝食抜きの検査で空腹の上にまだ下剤まで飲んで車で病院に通院するのは少しきつい時もあった。

約1ヶ月間かかってダイナミックCTが終わった時点でS先生との話し合いが持たれた。
3.治療方法  A)すぐ手術をして人工肛門にする。入院期間は1ヶ月くらい
B) 手術前に約1ヶ月放射線を照射して、患部を出来るだけ小さくしてから手術して一旦は人工肛門にするが半年から1年の間に自分の肛門を使う手術をもう一度する。

理由 
手術後すぐに自分の肛門を使って生活しようとすると、

殆ど四六時中トイレに入りっぱなしになって外出さえ出来ない生活になってしまう。
ガンの出来ている位置が肛門に非常に近いので肛門の筋肉を残して
S
字結腸も取ってしまうので、新たに、便を溜める部分を形成するが、
これに少しでも便が溜まると我慢が出来ないので、1日中トイレに行きたくなるそうです。

 * この方法で放射線を照射する為には、原発で他の臓器に転移していないこと
他に転移している場合は転移した癌の進行を早めるので、駄目だそうです。
4.入院治療 2月23日に入院 10時までに外科外来に入院用意をして手続き病棟に案内される。
この時点ではまだはっきりと治療方針がA、B、とはっきりと決まっていなかったので、
S先生ともう一度話し合いをする。

約1時間位話し合いした結果
@       他に転移していない
A       年齢がまだ若いこと(大腸癌の患者にしては)
B       肛門の筋肉がきちんと活躍している
以上の条件がそろっているので約1ヶ月放射線照射して患部を少しでも小さくして

手術をして、一旦人工肛門を取り付け手術で縫合した腸が落ち着いてから、
人工肛門を
取り外すという(B)の方法に決定すぐに治療にかかる。
入院期間約
3ヶ月位
A. 放射線治療 まず 放射線科の外来で診察を受ける 以後月曜日と金曜日診察
月〜金曜日は1Fの治療室で放射線の照射ベッドの上に大きな回転出来るカメラのようなものがついていて約1分位放射線を照射 毎日同じ方向からではなく、上からと下から一日交代で照射する。照射にあたって患部に照射範囲の図を描くこれは間違って、
他の内臓を放射線照射で傷めないため。


放射線治療の副作用
1.患部のケロイド化                
2.脱毛                      
3.白血球の減少                  
4.食欲不振(吐き気)               
B.    放射線治療と併用して
抗がん剤投与
治療の効果をたかめるために錠剤の抗がん剤の投与が始まった。
抗がん剤のことは聞いていなかったので、最初はびっくりしたが先生の指示に従う。
抗がん剤が比較的弱いものらしく吐き気や食欲不振もあまり出なかったが、やはり病院食は飽きてきて妊娠時のつわりのようになって、臭いが鼻についてくる。
夫が和食弁当やおにぎりを買ってきてくれるのでそれを食べると、おいしく食べる事が出来るので、一日一食はかってきたものを食べる。
(このことは非常によいことだと思っています。
手術前に体力を落とすことはどうしても避けたかったので、食べたい物をを一生懸命食べた。)体重はあまり変化はなし。主人には本当に感謝しています。

どうも有り難うございます。
※※※ 大変!!  大変!!  ※※※
毎週水曜日に血液検査をしていましたが、放射線を照射している間は
白血球の変化はあまりなかったのが、照射が終わって検査をしながら手術を待っている時に、
白血球の減少が始まった。毎週血液検査をする度にはじめは4000以上有った数値が
4000以上 → 3200 → 2400 → 1600  と減少が始まってしまった。
入院時  放射線治療中  放射線終了 手術前
放射線が減少しても手術日は放射線治療終了後2〜3週間の間(417日)と決まって、いるので白血球の増加する注射をすることになった。
C.効果 ※※放射線を21回照射して、効果があったかどうかの検査が始まる。※※
大腸バリウム、大腸カメラ、超音波、MRI、放射線照射によって患部が縮小しているか?
検査の結果効果はあったらしく、先生がカメラの写真を見せてくれた。
私にははっきりとした違いはわからなかったが、ガン組織の上、下(根)、周囲が小さくなっていると説明があった。
放射線はガンの浸潤する先端の組織をやっつけてくれるそうです。

まずは、放射線治療が終了したことと、それなりの効果が得られたことに乾杯!!
 5.手術 4月17日の手術の為の説明が、4月14日(金)午後6時
外来と入院時の説明と殆ど同じで、それに加えて放射線の結果の写真の説明 
次男は初めてなのでS先生が一生懸命次男の顔を見ながら説明してくれる。

親切な、やさしい先生で良かった! 良かった!
手術は4月17日午前9時から約6時間位の予定。
直腸の殆どとS字結腸を切除して結腸を形成、人工肛門の造設
     ☆誓約書、輸血の同意書の提出☆ ☆
手術の誓約書の内容  万全を期して手術は行うが予期せぬ出来事が生じた場合
1. 輸血の承諾書(殆ど輸血の予定はないがどうしても輸血が必要な時)
   輸血をする場合も冷凍保存している血液を使用する。
   使用する時には消毒の為に放射線を照射してから使用する。
2.  縫合不全、癒着等が不幸にも生ずる場合があることを承知してください。
     手術室の看護婦さんの手術に関しての説明
内容 手術前に手術室の看護婦さんか麻酔の先生が手術前の説明、アンケート
(アレルギーがあるかどうか?等・・・)
一通りの説明を聞いて書類に承諾の署名をして提出した。
時間が遅く婦長さんも約束があったらしく余り丁寧な説明とは思えなかった。
先生が懇切丁寧な説明なのでもう少し不安を取り除く為に丁寧な説明がほしい。

他の患者さんは手術室の看護婦さんが丁寧に緊張を和らげる為に流す音楽の
希望まで聞いて行くので少しは期待していたのにチョット残念。
(^_^メ)
土日に手術室からもう一度説明があるのかな?と思ったがそれは無くて 
少し不安なまま 月曜日の手術の朝を迎えることになった。
D.手術日の決定 最初の話では放射線治療終了後2週間位で手術をしないと組織が硬くなってしまって、 非常に大変な手術になってしまうので手術日の変更は出来ないから、
風邪などひかないようにと注意があったので 放射線の治療が始まってからは
@       朝、昼、夜と13回 イソジンでのうがいの励行
A       マスクの着用
B       衣服の調節(病棟の散歩のときチョッキやガウンを着ること)
C       外出禁止病院の外には出てはいけない。
   駐車場に散歩に行って大風邪をひいて手術が出来なくなってしまって、
   いつ手術になるか予定の立たない患者さんが出ているそうです。

D       ☆☆ 同じ病室に風邪を引いたお見舞い客があるときは大変迷惑する。☆☆
   お見舞いは原則的にはディルームですればよい。
   お互いにどんな病気を持っているかわからないし、静かに眠りたい患者さんもいるので、 個室以外では出来るだけディルームを利用したい。
E.手 術
(2000
417)
手術は午前9時より、前日から絶食、下剤の投与があるので夜はトイレの往復で 
殆ど眠っていないし、あんなに何度もトイレに行っているのに、まだ出そうで 困ってしまう。

8時半ごろにはT字帯と手術着になって看護婦さんに前麻酔剤を肩に注射されると
少しぼんやりしてしまって、ストッレッチャーに載せられて3階の手術室に運ばれたのは、覚えているが、そのあと硬膜外麻酔をして、先生や看護婦さんと会話をした事は全く覚えていない。午前9時から午後2時頃までかかったらしい。
次に目覚めたのはICUで、体中に管がついている。
酸素、血圧計、心電図、尿、点滴・・・ETC足が暖かくてきつい靴下を履いてるような
感覚なので看護婦さんに「私どうしてソックスなんかはいてるの?」と聞くと
手術したあと両足に包帯を巻きつけてあるといわれた。理由は今は忘れて
しまったが、 たしかしっかりと包帯を足にまきつけていないと血管がどうにかなってしまうといわれたような気がする。
回答は (静脈血栓)静脈に血が固まって、肺梗塞等を起こす合併症の予防の為だそうです。
ICUのことは2日間位あまり覚えていない。
おかげさまで、2日目の午後には、酸素がとれ、次々と管が取れて、尿も3日目位でトイレに行けるようになった。
2日目にガスが出たので、まず吸飲みで一口水を飲む少しすると腸がキュットと、大暴れ本当にびっくりするほど腸がうねっているように動くのがわかる。
2日目から おもゆ、三部粥、5部粥、7部粥、全粥とほぼ順調に食事は取れた。
胃の手術の時とは違って消化はスムーズにしているので贅沢は言わなければ食事の事は大丈夫!
本当に良かった。胃の手術をして、5部粥位まで快調に進んでも
突然詰まった
ようになって食事が止まって、点滴に逆戻りする人を何人も目の当たりに見ていると
本当に感謝、感謝です。

食事が7部粥になると腕の点滴が外れた。点滴が外れるとトイレも食事も散歩も自由に、
こなすことが出来る。点滴も殆どの人が手術前から胸に管を通す点滴を採用しているが、
私は食事をきちんと取りたいと担当の先生に進言し、又先生もその方が良いと言う意見なので、
手術の後に腕からの点滴になった。
     ※人工肛門※ ※
手術をしたので当然人工肛門になっているが、ICUにいる間は看護婦さんが世話をしてくれるので、
あまり自覚がなかった。又、
ICUには5日間いたが、その間は食事が流動食だった為に,
便がそんなに出ていなかったので、最初に看護婦さんに「見てみる?」と言われて
鏡を持って来てもらってみた時
覚悟は当然していたがショックがとても大きかった。
お腹の左側お臍の少し下のあたりに袋がぶら下がっていて、その中に便が溜まっている。
病気の為、又命と引き換えに作ったものだと頭では理解できても、
どうしてこんな事に成ったのか許せない気がしてしょうがなかった。
でも、私は半年経ったら
取り外しの手術が出来ると、一生懸命自分に言い聞かせていた。
(一生人工肛門になった人には本当に贅沢な悩みで御免なさい。)

看護婦さんが一生懸命慰めてくれるので、自分では半年の辛抱と理解出来ているのに涙が止まらなかった。
その看護婦さんの話によると、もし膀胱の方にガンがあった場合は、もっと悲惨な状態で、
尿というのは便と違って休まずに、24時間出ているので
尿袋は常に取り外すことが出来ない
言うことになるそうです。
その点でも転移が無かったことに感謝します。
☆困ったこと☆☆ 私の人工肛門は、患部を大きく切除して、便を溜める結腸(結腸嚢)を作っている。
少し位大腸が長くても、人工肛門を作るときに充分な長さが無くて、
少し陥没状態の人工肛門に成っている。
この少し陥没気味というのが非常に厄介な事に成ってきた。
自分で人工肛門の中を始末するようになってから、便が溜まって周りについていると、肌荒れ状態になって、その肌荒れも例えを上げれば、
口内炎で口の中がミミズバレのようになってお醤油とかが非常にしみて
痛くて飛び上がりそうになったみたいです。
2〜3日は我慢していたが、一向に治る様子がないので先生や看護婦さんに
説明すると先生が塗り薬をくれた。

それから3〜4日すると段々と良くなってきて、それと便の調整が効いたみたいで、肌にくっつかなくなったことが幸いして、最初から考えると嘘のように良くなってきた。
親切に人工肛門のことを説明して手入れの方法を順序だてて説明してくれた。
人工肛門のトラブルが解消するともう退院できる。
5月の連休は残念ながら外泊も出来なかったが、5月17日に退院が決定!
2月末に入院して約3ヶ月の入院生活ももう最終段階にきた。

次は半年位あとに人工肛門の取り外しの手術を受ければ自然排便に戻る。
自然排便に戻った時は普通の人のように1日に1〜2回の便になるのには
時間がかかるのかどうか聞いてみないとわからないが、
旅行や観劇等に自信を持っていけるだろうか?
色々と心配事はいっぱいあるがまずは退院出来るようになったことは
本当にうれしいことです。

担当の先生はじめ外科の先生方と沢山の看護婦さんのおかげです。
本当にありがとうございました。
☆ 退院後は栄養指導の為に病院に行くことになった。
栄養士さんに1週間食べたものを全部書き出して栄養状態を調べてもらう為に
食べて良い物、悪いものの講義を受けた。
次の外来の時にカロリー数等を教えてもらう為に予約を取って帰る。
☆ 外来 ☆  初めは2週間に1回次からは4週間に1回の割合で外来に通院することになりました。
 白血球はそう簡単には回復しないようです。 
 外来は予約なのである程度時間が決められているがやはり1時間くらいは待つ事に成る

 あんなに沢山の人と入院中知り合ったのに外来で知ってる人に合う事は殆ど無かった。
 どんなに多くの人が病気なんだろうと考えてしまう。
 ここは殆どが紹介状を持ってきているので確実に大変な病気を持っている人が来ている。
 この病院は昼休みがなくて、先生は患者がいるかぎりはお昼ご飯も食べないで
 終るまで、 診てくれるので本当に大変です。
 待ち時間が少々長くても文句は言えない。

 先生も比較的1人1人に時間を取ってくれるので色々質問や説明を聞く事が出来る
     10月に入ると手術から半年が経過するので手術に向けての検査開始
   予定は11月初旬に入院、中旬に手術の予定
☆☆人工肛門の
取り外し手術☆☆
外来で検査をしている時は11月7日頃入院して1週間後位に手術しましょうと
言うことだったが退院予定の人が退院できなくなったとの事で延びに延びて、
11月16日にやっと入院することが出来た。

入院当時は11月の末週に手術になると看護婦さんが言っていたのに、
担当の先生がやってきて11月22日に手術をしたいと言われたので、
矢継ぎ早に検査が始まった。
前のように沢山の検査ではなくて、心電図、肺活量、止血検査、レントゲン検査位です。
尿を溜めるのも少しはしょった感じで手術に向っている。
下剤を手術前3日間飲んで最後は浣腸すると言っているが
下剤で下痢が3日間もなると恐ろしい
下剤はそんなにきつくない様で大変な下痢はしなかった。
良かった良かった
!!
 11月22日人工肛門の取り外し手術
手術は朝10時より2時間位の手術だそうです。
今度も手術室までは覚えているが後のことはまるで覚えていない。
次に目がさめた時はICUです。一旦目は覚めたようですが、
夫や次男が話し掛けた事も覚えていないし、帰ったのも知らない。
殆ど一日中眠っていたようです。
手術後2日目に急患が有ったとかで夫が面会に来ている時に4人部屋に変わる
手術自体は前と比べると簡単なもので3日目には尿管も外されて、
トイレも洗面も自分でいける様になった。

☆ 今度の手術の心配される点は
@ 傷が化膿する事 便が出ていた場所なので膿などがでるために、化膿する割合が高い。
A 自力排便がうまく出来ない。下痢が続くこれは下痢止めを調整して服用する。
     ☆結果☆ ☆
@     の化膿の件は全く心配はいらなかった。傷は順調に回復していった。
   ただ人工肛門がつけてあった場所なので皮膚が痛んでいたので普通は、 
   1週間後で
抜糸するのに2週間近くまで抜糸をしなかった。
A     の便通の件は本当に困った。術後ガスは本当に2日目位から数え切れない位
   出るのに、便は5日目に何度もトイレに通って6回目くらいから本格的に出だして
   最後は水様便になってしまった。 回数は全部で10回以上になった。
   先生が下痢止めを食後に服用するように指示をされたので、
   下痢止めを飲んでいると、今度は4日間もばったりと便が出なくなった。
   別に便が溜まっている感じはなく
   ガスは相変わらず沢山出ている。さすがに4日目位になると心配になってきて、
   今度は下剤を夜寝る前に2包飲んだ。
   すると、翌日は朝から便意があってトイレに行くと、少しずつ何度も出ていたが
   午後から夕方にかけては本当の下痢状態になって、
   最後は、まるっきりの水様便になってしまった。
   薬の力を思いっきり見せ付けられた様で怖いと思った。
   先生はこれからは薬で便の調整をすると言われたが、こんなことで本当に
   大丈夫だろうか?次の日からは又便が止まってしまって4日が過ぎてしまった。
   夜寝る前に前回が下剤2包飲んで大下痢になったので、今度は1包にした。
   すると今度は昼になってもまったく出ない回診の時に、
   T先生が昼食後に「もう1包飲んでみれば」と言われたので追加して飲むと、
   飲んで直ぐから下痢が始まった。
   多分最初に飲んだ下剤が遅れて効いて来たようです。
   追加して下剤を飲んでいるものだから
   それから2日間にわたってトイレに通うこと20回以上。
   本当に便の調整は難しい。退院してからどんな生活になるのでしょうか?
   出来ることなら下剤でなく乳酸飲料で調整して、2日に1度でもいいので
   自力排便にもっていきたい。
   便の調整をしてから退院という事にしたかったが病室が大変混み合っていて
   他の人も殆どの人が術後2週間位で退院している。
   私も12月13日手術後3週間で退院と決定。
   便の調整は家でゆっくりと自分でやってみることになった。
   前の退院と違って今度は便の回数に不安は残しても人工肛門がついていなくて
   自力排便が出来るので本当にうれしい。
     ☆ 抗癌剤の服用 ☆ ☆

5月に退院した時は抗癌剤の話は全くでなかったのですが
入院中に乳がんの人たちが退院すると抗癌剤を点滴でしたり、薬を服用すると話していたので
先生に聞いてみた 

前の時は次に手術を控えたいたので抗癌剤の服用はしなかったが
今度は服用します。
ただし白血球が少ないので白血球の様子を充分見ながら服用すると言うことです。
白血球は退院と決まった時点でも17002000位で
通常40006000という値から考えると非常に少ない。
ただバランスがよいから白血球を上げる注射をしないだけの事です。
これがガンの怖いところです。
普通の病気なら手術して悪い所を切ったので、体力さえ快復したら何の心配も無く
生活出来るのにガンと言うのは常に転移再発を考えて生活しなければいけない。
抗癌剤を服用しながら、定期的に検査をして常に自分の体をチェックして少しでも
おかしいな?と思ったら先生に診察してもらわないと転移の可能性がある。
手術の時には95%以上転移の心配は無いと言われたのに
抗癌剤を服用して出る一般的な副作用はときいたら、倦怠感ですといわれた
もちろん抗癌剤だからまた白血球の減少もあるので、
白血球のチェックも必要なんだろう。
抗癌剤を服用することはこれでしょうがない事なので受け入れるが
何年位で大丈夫という答えが返ってくるのだろう?
2回の入院でわかったのだが、転移して再入院の人が余りにも沢山いた
この現実を見てしまうと、95%と言う数字は本当なのだろうか?

☆ ☆2000年は終りました。21世紀は健康になりたいね!!☆ ☆ 
1213日に退院して無事年の瀬を迎えいつものようにお正月の準備も出来
新年を迎えることが出来ました。一昨年の今頃は病気になるなんて考えても
いなかった。ジムに通って体を鍛えようと考えていたのに
1年の内の4ヶ月も病院で過ごすとは考えてもみなかった。
1月5日 退院後初めての外来  今日から抗癌剤の服用が始まります。
1月12日 1週間服用して血液検査 抗癌剤の影響がどうでているか?
意外なことに白血球は
3900に増えていた。嘘みたい。あんなに何ヶ月間も
17002000位しかなかったのに 白血球が減少しなかったので抗癌剤の
服用は決定。 何か異常が起これば服用を止めて様子を見る事。
☆☆ 病院で出会った人々 ☆☆
2月23日に1回目の入院 大きな病気を抱えて入院
不安と家がどうなるのかなと言う心配があったが病気を
治す事だけを考えて出来るだけ積極的な入院生活を思った
2回の入院で色々な人々と会うことが出来た。残念にも多くの人が病気に負けて
天国に旅立っていったが、印象に残った人が沢山いた。
どうして仲良くなった人が次々に亡くなっていくの! やはり癌病棟だ!
新聞のチラシ等にはアガリスク、キトサン、プロポリス、等を服用して
癌が治ったと言う体験記が沢山掲載してあるので、退院後は服用している人も
多いようですが、本当に効果があるのか? そんなものは飲まなくても
そのお金で美味しい物でも食べたほうが良いと言う。
しかし,いざもう手術は出来ない!抗癌剤、放射線治療しか治療方法が無いと
言う状況になってしまうと藁をも掴む気持ちになってしまうだろう。
4月に入院していた時に大腸がんが肺に転移した人が 手術しようと言われたのに
手術を拒否して丸山ワクチンに賭けるといって退院してしまった人がいた。
大腸がん手術後丸山ワクチンを服用していても肺に転移してしまったらしい。
それなのに肺の手術を勧められているにもかかわらず、
もう少し強力な丸山ワクチンをやりたい!と言って退院してしまった。
先生は手術を勧めても患者本人や家族の同意をしなければ強制は出来ないので
退院を許可するようです。
私が同じ状況になったらどうするかな?と考えた時、先生の言うことを理解して
指示に従いたいと思っているが出来るかな?
多くの看護婦さんはとても忙しいのにいつも笑顔を忘れずに熱心に看護をしている。
看護婦さんが明るいと病気も良くなるような気がしてとても心強い!
私に付いてくれた多くの看護婦さんは皆とても親切で熱心で感謝しています。
☆ ☆ まとめ ☆ ☆
2000年の1月に大腸がんが見つかって約1年が過ぎてしまった。
手術して、人工肛門になって半年間嫌だ嫌だと思って過ごしていたが、
人工肛門を取る手術が終ってほっとしたものの今度は便通が思ったようにいかない。
でも、命と引き換えの現在だから感謝しないと申し訳ない。
あんなに熱心に世話をしてもらって担当の先生はじめ多くの先生や看護婦さん達
にはお礼をいくら言っても言い尽くせない。

でも、相手が癌だから100%安心とはいかない。多くの人は転移、再発に苦しめられている。
99.5%大丈夫と言われていても5年後には肺に沢山転移してしまって
全身治療しかないといわれて抗癌剤の治療をしている。誰もがこの様な不安を持っている。
何人も何人も元気になろうという気持ちは沢山あるのに、癌が大きく前に
立ちふさがって、
 あっという間に亡くなってしまう。あれを見ていると
元気になったら自分の為に有効に時間を過ごしたい。やりたいことは許せる限りやってみたい。
しかし、家庭の事は私がいなくても解かるようにはしておきたいと思っている。
最後に入院中に色々お世話になった沢山の人々に感謝している。
毎日毎日雨が降っても風が吹いても電車とバスを乗り継いで来てくれた
主人を始め
何度もお見舞いにきてもらったり、わざわざ夕方に来て
食欲が無い時に夕食を一緒に食べてくれたり、葉書や手紙を度々送ってくれて
元気をつけてくれたり、皆の親切や元気付けが私に元気を与えてくれたと思う。
感謝の気持ちをどのよう返したら良いかわからないけど、元気になればいつか
返すことが出来るかな?と思っています。どうも有難うございました。
癌はまるでストーカーのようなもの!
   見込まれると何処までも追いかけてくる。
   早めに処置をすることが出来れば退治することが出来る。
   しかしいつも不安が付きまとう。
   縁が切れたと安心していても いつかどこかで出くわすような気がして
   安心できない。
   又出会う危険が非常に多いような気がする。
   別のストーカーにも見込まれる機会が他の人と比べても多い。
   どんなに自分では気をつけていても
   何処までも追いかけてくる。
   速く逃げなくっちゃ!!! 負けるものか! 絶対に負けないよ!
   頑張ろう! 頑張ろう! 頑張ろう! 頑張ろう!
   私の人生だから、人生だから、色んな事と出会うんだ。
   その、出会いを大切にして、たとえ、それが、癌であっても、
   仲良く付き合っていくより、仕方ない。嫌でも、・・・・
   その内に、きっと、ストーカーをやっつけてくれる人が出てくるよ!