はじめに
はり・きゅうは古くからある治療法ですが、新しい医術として生まれかわろうとしています。
医学の進歩とともに、こらまでわからなかったはり・きゅうの効く理由がつぎつぎに明らかになってきたからです。
実際に効果があっても、どうして効くのかその理由がわからないと、なんとなく不安であったり、また、迷信などと勘違いされやすいものですが、医学的に効くことがわかりますと、いっそう安心して治療を受けられるのではないかと思います。
簡単な解説ですがはり・きゅうを理解していただくためにお役に立てば幸いです。
障子の外から天皇におきゅう
はりやきゅうは、今から約千六百年ぐらい前に仏教と一緒に中国から日本に伝えられてといわれ、その当時は僧が医師をかねていました。
『医学天正記』によると、第57代の御陽成天皇が頭痛で困ったときにおきゅうをすすめられ、大徳寺の高僧がきゅうをしたことが書き残されています。当時は高僧といえども直接天皇の御身体に手を触れることができないので、天皇が縁側の近くに出られ、高僧が障子の外から紙を少し破ってその穴からきゅうをしたということです。
また医師は天皇が病気になられても直接脈を診ることができないので、手に糸をくくり、それを次の部屋にいる自分のところまで延ばして診たそうです。現在では信じられないような記事が残っています。果たしてこれで天皇の病気が直せたかどうかわかりませんが。天皇もずいぶんご不自由されましたね。
243才の長寿者 長生きの秘法は?
下って江戸時代、天保十五年、永代橋の架けかえ落成式に三河の小泉村の百姓万平の一家さん夫婦が揃って渡りぞめをしました。万平は慶長七年生まれで年令二百四十三才、その妻たくは元和旧年生まれの二百二十二才、せがれの満吉は慶安二年生まれで百九十六才、その妻もんは承応四年生まれの百八十三才、孫の満蔵は元禄八年生まれで百五十一才、その妻や巣は宝永四年生まれの百十三才という気の遠くなりそうな長寿者揃いであったことが記録に残っています。万平はその後、たびたび八代将軍徳川吉宗公や十一代将軍徳川家斉公などの慶事に召しだされています。
長寿の秘法はと聞かれるたびに「先祖代々欠かさず三里のきゅう仕り候」と答えました。この話うそではないかと思われていましたが、名古屋の郷土史家森嶋市衛氏が最近古文書を発見してそのことがしるされていたとのことですが、事実であったかどうかはともかくとして、当時としては考えられないほど長生きしたということは確かなようです。
日本で国際鍼灸学会
世界ではじめてのはり・きゅうの国際学会が昭和四十年十月、東京上野の文化会館で開かれました。
参加した国は日本、ドイツ、フランス、アメリカなどの主要国を含め二十数カ国に及び、外国人の参加者だけでも百名をこえました。はり・きゅうといえば、日本だけの古い治療法と思っていた人たちが驚いたのも無理がありません。日本国内の著名な鍼灸師や、医学者など一千名を超える盛大な学会でした。学会では日仏英の三ヶ国語の同時通訳で、はり・きゅうの研究が討論されました。
西洋と日本では多少はりのしかたがちがっています。まて、一般的に日本以外の国のはりは太いようです。技術的には日本が一番すぐれているように思えました。
これは土外国ではり・きゅう治療が普及していようとは学会を開くまで想像もできなかったことです。世界的な治療法としてますます発展することでしょう。
ツボ(経穴)はからだの呼びリン
はり・きゅうをする場所を経穴(けいけつ)といいます。俗にツボとか急所といわれています。この経穴は全身に三百五十四ヶ所もあり、それぞれ名前がついています。
針灸師はその名前をいっただけでどこにあるのかすぐにわかります。
たとえば肩井(けんせい)にある「つぼ」です。病気になると、この経穴のところに圧痛(おさえると痛い)硬結(グリグリしてかたい)陥下(凹んでやわらかい)などいろいろな病的変化が現れます。その変化を目標に、はり・きゅうをするわけです。およそどの病気にはどことどこというように、経験的に変化の出る「つぼ」がわかっています。病気が良くなると、この辺かも消えてしまいます。
はり・きゅうは経穴を目標に治療するのですが、ちょうど玄関の呼びリンをおすようなもので、からだの外から内蔵に通じるようになっているわけです。
身体のなかの高速道路
経穴はそれぞれのグループにわかれています。そのグループを経絡といっています。
全身には内臓と直結した経絡が十四本あり、これを十四経絡といって、はり・きゅう治療をするうえに重要な役目をしています。
ちかごろのように自動車が増えますと普通の道路を走っていたのではなかなか目的地までゆけません。東京や大阪などの大都会には高速道路ができて、信号なしで早く目的地につくことができます。
いわば経絡は内臓に直結した高速道路です。高速道路のところどころにはインターチェンジ(出入り口)があります。それと同じく経絡の主要なところに経穴(つぼ)があるのです。病気になればこの経絡の流れが悪くなりますが、この流れをよくするように経穴にはり・きゅうをするのです。この流れがよくなれば病気が直る道理です。
ツボ(経穴)の変化
はり・きゅうをするときは、体壁の変化を目標に治療をします。対壁というのは、体の外部を形作っているところで、皮膚、筋肉、神経、血管、筋膜などから構成されています。
視神経やリウマチなどになりますと、これらの組織に変化が起こります。視神経などの病気だけでなく、内臓の病気でも必ずこのような変化がでてきます。
経穴(ツボ)のあるところはこのような変化の出やすい場所で、外から触診すると良くわかります。
たとえば、グリグリと質しこり、ある程度圧迫すると痛みがあったり、また中のほうに筋張った感じなどがあります。
はり・きゅう治療をしますと、このような変化が目に見えて消えていきますが、それは病気がよくなったことを意味します。
ぎっくり腰
何か物を落とし後着に、急に腰の骨が音がしたようになって、伸びることが出来なくなることがあります。これをぎっくり腰とかキヤリ腰とかいいます。学問的には突発性腰痛症といっています。
腰部の軟部組織すなわち筋膜や腱などがいたんでなりこともあり、また腰椎の間にある椎間板と言う軟骨組織が脱出するために起ることもあります。レントゲン検査をすると、腰椎の間にあるパッキング様の軟骨が飛び出しているのが良くわかります。軟骨組織が出たのを椎間板ヘルニアといいます。万一このような病気になったときは、まず安静が第一です。つぎに、はり・きゅう治療をすると痛みが和らいできます。
椎間板ヘルニアは慢性化すると直りにくく、坐骨神経痛の原因となりますから、単に腰痛ぐらいと思わずに食に十分治療することが必要です。
関節の炎症のすすみかた
関節リウマチは主として二十から四十代の女性をおかします。主に手首、膝、指の関節がおかされ、ついには関節の強直をきたす病気です。原因はアレルギーによると考えられますが、疲労や風邪ひき、寒さ、湿じゅんなどが誘因となることがあります。
一度リウマチにおかされますと、直ったようにおもっても季節の変わり目に再発してなかなか完全に治癒しないものです。リウマチには、、はり・きゅうがよく効きますが根気よく続ける必要があります。少しぐらい痛みが楽になったからと言って治療をやめますと、また違ったところが痛くなることがあります。
関節リウマチと良く似た病気で老化性関節症がありますが、こらはリウマチほど酷くなりませんが、早く治療をするほど直りがようようです。
体は内臓に鏡 (内臓体壁反射)
肝臓の働きが悪くなると、みぞおちやわきのしたがはってきたり、右肩や背中のこりが出てきます。
これは肝臓に来ている自律神経の変化が身体の方にいっていいる脊髄神経に伝わるためです。これを内臓体壁反射といいます。このしくみを逆に利用して、こりのある部位にてあてをしますと、肝臓の働きがよくなります。
はり・きゅうが効くのはこのようなしくみを利用しているからです。
終戦後めりか占領軍から、はり・きゅうの禁止令が出ようとしたことがあります。このとき京都大学の石川日出鶴丸教授がはり・きゅうの聞く理由について、自律神経学説を用いて説明し、占領軍の了解を得たために事なきをえたことはあまりにも有名です。
からだちきと胃 (胃下垂)
胃はその人のからだつきに従っていろいろの形をしています。たとえば背が低く、横に太いからだの人は胃がよこに広がっています。反対にやせてほそい人はたてにのびたような形をしています。
胃下垂というのは、やせ型の人のように胃がたてにのびたような形をしていることを言いますが、このような形をしている人がすべて胃が悪いかというとそうではありません。ある大学の学生の胃のレントゲン検査をしたところ、半分以上がこのようなたてながの胃の形をしていたそうですが、自覚症状、すなわち胃が悪いと思っている人は1/3もなかったそうです。
問題肺の形よりも胃が働くかどうかということです、形が悪くても働きがよければよいわけです。
はりやきゅうをすると胃に働きが倍増し、消化吸収がよくなり、栄養がつくと胃の形のほうが体つきに従って変わってきます。