ひとりっ子コンプレックス
あたしは、人に物を頼んだり、割り振ったり、
いわば甘え上手ではありません。
これは、自分が「ひとりっ子」だということに
大きく起因しています。
ひとりっ子って
今では珍しくないのかもしれませんが
自分らが育ったころは
「ひとりっ子即イコール甘やかされただめな子」
というイメージでした。
厳格な家庭で育ったあたしは
大学へ入るまでアルバイトなどしたことがありませんでした。
友だちに誘われて、最初のアルバイトの面接へ行ったとき
面接にあたった店長からこういわれました。
「アルバイト初めて?ひとりっ子?最悪だなぁ」
あたしは、ひとりっ子だからこそ
甘えずになんでもこなしていかないと
世の中には通用しないんだという気持ちが
非常に強くありました。
母もある意味、そうだったのかもしれません。
高校生のとき、あたしは駅前まで、
母に忘れ物を届けてもらいました。
母は「あまったれさん!」と言って
忘れ物を持ってきました。
その母の声を聞いた周囲の人々が
あたしにむけた冷たい視線。
あたしは今でも思い出せます。
(ところが今、息子が忘れ物をしたとき、
自分が勤務で学校へ届けられなかったりすると父や母は
「おまえは母親なのになぜ当然すべき息子の世話ができないのか!」
と、言わんばかりの目であたしを見ます。
それでも勤務の場合はどうしようもないので
あたしは、親に頭を下げて
「どうかお願いします」と丁重に頼まなければなりません。)
あたしは、それ以来
忘れ物をした場合、それは自分が悪いのだから
あきらめるしかないと思うようになりました。
だから、極力忘れ物をしないように
何か忘れ物があって、当日の流れに支障をきたさないように
念入りに念入りに準備をします。
ひとりっ子コンプレックスの
ほんの一例をお話しました。
ひとりっ子の方ならわかっていただけると思うのですが
ひとりっ子は「ひとりっ子にみえない」と言われるのが
最高のほめ言葉であります。
そのために、あたしは相当無理をしてきました。
ですから、母はよく外で
「すばらしいお嬢さんで、さぞかし上手に育てられたのでしょうね」とか
「ひとりっ子なのに、よくこんな立派に育てられた」
とか言われるといいます。
決して立派なわけではないのです。
無理をしないわけにはいかなかっただけなのです。
そして、今、あたしは外でかなり無理して評価され
その評価が下落することがないよう
さらにさらに無理をしなくてはならない。
それでも、外では評価を受けるのだから
あたしにとっては、
家にいるよりも外のほうが快適なのであります。
だから、あたしはさらに無理をします。
無理をせざるを得ないのです。
あたしは家では、最悪の母親として非難されています。
(韓国語で母親のことを「オモニ」というそうで
母と娘がゲラゲラ笑っていました。
あたしは家では「重荷」にすぎないのです。)
あたしは家の中でも、さらにさらに無理をしないと、
あたしが救われる道はないのです。
あたしは、ほんとのあたし
情けないどうしようもないあたしをうけとめてくれる
あたたかい言葉の毛布に包まれるしか
あたしには逃げ道がないのです。