結局は問診とペーパーでの答えから、ADHDとの診断が下されました。
「何度も通ってこられるような余裕があればそのほかのテストもするべきなんでしょうが、」と話されていたので、通常はさらにいろんな検査があるようです。
「ADHDで間違いないと思います」と言われたとき、胸がどきんとした。
その直後はやっぱり少し浮かれた気分になりました。
根性以外の原因があったんだよ、といってもらえたという気持ちで、うれしかった。
わたしには、何がADHDと診断する要素だったのか、結局よく分かりませんでした。
全部なのかもしれません。
B先生は「ADHDに間違いないと思います。薬も飲んだ方がいいと思います。」と言っていたので、重症なのかも知れません。
自分で自分のことは分からないけれど、はたからみると、明らかにぼんやりしているところや、危なっかしいところがあるのかも知れません。
「リタリンというお薬を出します。」といわれたとき、「ああ、あのリタリンをもらえるんだ。」とまたどきどきしました。でも先生はとても怖い顔(無表情)をして、声のトーンも変えて、「でもこの薬には副作用があります。」と薬の説明を始めたのでこわかった。薬は気を付けて慎重に使おうと思いました。
リタリンについては名前はよく聞いていたけどその薬効や使用法については疎かったので、先生の説明で初めて知ったことばかりだった。
4時間くらいで効果が切れるとか。
何せ家が遠いので、治療のために近くの病院の紹介をお願いしました。
A先生は私の住む県に病院のこころあたりはないというので、
私が生きたいと思っている○○病院へ紹介状を書いてもらえるようにお願いしました。
メモのコピーをとって一緒に紹介状に入れてもらったので、メモは
参考になったようでした。
初めてADHDの診断を受けると多くの人が浮かれたようになると、エイメン博士の本に書いてありました。私もその通りでした。
でもその気持ちは、診察室をでて、診断書を書いてもらっている間にすぐ小さくしぼんでしまいました。
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初めて精神科にかかった感想は、とっても危険だということです。
今まで苦しんできたことや今困っていることなど、すべて吐き出して、先生はちゃんと聞いてくれる。
それが気持ちよすぎると感じました。
この気持ちよさは私には危険だと思いました。
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あなたはADHDです、と宣告されて薬をもらった帰り道、
一人で電車を間違えないように駅をうろうろしながら、
とても
心細Iかったです。
これから私は自分自身像の転換を迫られるだろう、という予感に圧倒されていました。
これからどんどんADHDとして生きるすべを見つけていくでしょう。
そして、いろいろなことができるようになるにつけ、いろんなものが見えるようになるにつけ、これまで失ってきたものの大きさを見せつけられるだろう。
その予感に圧倒されていました。
先生に「私はこれからどうしたらいいんですか?おしえてください。」と泣きつきたい気持ちでした。
でもその答えは分かっていました。
自分で自分を観察し、自分で自分のために勉強しなくてはいけない。そして自分で考えなくてはいけないのです。
これからどう生きるか。
これから自分をどういう存在としてとらえるか。
さみしい気持ちの中で、もう少し未来の自分が今の変化のまっただ中の自分を見守っている気がしました。
家に近づく頃には、「つらい気持ちになるだろう、けれどもすべてが良い方向に向かっている」という予感に変わりました。
無事に家に帰りつくと、夫が、「とにかく無事かえってきてほっとした。「なぜか新潟についたー」って電話がくるんじゃないかとひやひやしてた。よかったね〜診断付いて。」とやさしく出迎えてくれて、とてもほっとしました。