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♯2 治療スタート(7月末〜8月)




2003年7月末(1週間目)
診断書を会社に送り、10月末までの3ヶ月間、自宅治療が決まった。
3ヶ月の休みなんてこの先定年まで、あるかわからない。きっと、1、2週間休めば治るだろうし、この際、やりたいことをやってやろう!なんて気楽に考えていた。

しかし、甘かった・・・薬のせいもあるが、食事の時間を除き、ほとんど1日中眠りっぱなし。食欲もなく、無理やり時間が来ると流し込むという状況。眠りっぱなしではあるが、小刻みに目が覚めて、眠りは浅く、目覚めても強い睡魔が襲ってきた。目をつぶっていてもめまいがして平衡感覚がなくなることもあった。とにかく横になっているしかなかった。

この悪夢のような日々が1週間以上続いた。

備考
■抗うつ薬等は強い薬で、体が薬に慣れるまで辛いそう(特に眠気、だるさ)。慣れるまで1週間おきに病院に通い、薬を調整していった。そして、慣れるに従って薬を少しずつ強くした。それでも一定(それも強い)の眠気、倦怠感(だるさ)は残る。

最近の薬は昔とは比べ物にならないほど副作用も弱く、中毒性もないとのことではあったが(本当か?と思うほどきつかった)、自分にあった薬とその量を見つけることが初期のポイントだそうだ。

8月上旬(2週間目)
先生にこの1週間の症状を伝えると、さすがに薬を弱くしてくれた。
「ちょっと、欲張りすぎたな。会社を休んでいるので強い薬でもいいかと思ったけど。今回は薬を弱くして、少しずつ薬を強くしていこう」(そうだったんですか・・・)

薬を弱くしたおかげで、眠気・倦怠感は軽くなった。それでも少し軽くなった程度。でもテレビを見られる程度にはなったのは助かった。しかし、夜は9時には布団に入った。朝は7時に目覚ましをセットするが、なんとか朝ごはんを食べるとまた寝てしまっていた。寝る時間、起きる時間はあっても、布団にいる時間のことで、結局、一日中居間でゴロゴロしているだけ。

毎回、病院に行くと先生とこんな会話をしていた。
「先生、眠くてだるくて何もできないんですけど、何とかなりませんか」
「今はそのくらいでちょうどいい。休むことが仕事です。へたに元気になって動かれたら困ります。そうそう、パソコンはメールチェック以外は禁止だからね」

それでも2週間程すると、午後の2、3時間だけは頭がすっきりした。自分はどうなってしまったのか?知りたくて、ネットで検索したり(すいません、違反行為)、書店で関連の書籍を読んだりした。

そのなかに、早寝早起と早朝散歩を勧める本があった。かなり個性的だが、内容に説得力があったので試したが、朝起きるのも辛く、10分歩くだけでめまいがして、ダルさが増し、かえって症状は悪化した。やはり先生のアドバイスにしたがって、寝ていることにした(回復後はこのリハビリ法は役立った)。

リハビリ、会社復帰は再発の危険が大きいので、医師とよく相談しながら行う必要がある。再発するとたちが悪い。また、再発するのでは・・・という不安もあり癖になるそうだ。
特に、再発しそうになったとき、リハビリをやめることが重要。もう良くなっているはず、という焦りからつい、無理をしてしまいがち。

8月中旬(3週間目)
3週間経つ頃には夕方、散歩に行ったり、喫茶店に行ったりできるようになった。しかし、家では相変わらず、めまいと倦怠感からほとんど横になっていた。外出が長いと、帰って来たときの疲労も大きかった。このバランスがなかなか難しい。

周囲の理解
さすがに最初に妻に病気を伝えたときは、相当、へこんだ様子だった。うちは出産を間近に控える妻と2人暮らし。これからというときに。
しかし、妻も大きなおなかが苦しいらしく、2人でずっと寝ていたようなもの。気がつくと外は真っ暗ということもしばしば。ちょうどよかった!?でも、こんなときに一家の大黒柱が休職中では、さぞ心細かったろう・・・それを口にも態度にも出さずに、一緒にぐーたらしてくれた妻はエライ。

この病気で家族から怠け者扱いされたら最悪。家族は本人が病気の辛さを話したら聞いてあげ、家族からああだ、こうだと聞かないほうがいい。
妻は出産を控え、それどころでないためか、私の病気のことはあまり話題にしなかった(もちろん、気にはしていただろうが)。これがいちばんである。

■私の母
たまに見るたびに、このままではいつか倒れるだろうと思っていたらしい。これを機会にきちんと治したらと当然のようにいってのけた。ただ、会社をクビにならないのか、妻に申し訳ないと言っていた。母は夫をがんでなくしているので(私の父、大学時代のことだった)、精神的に強いのか?
ばあちゃんも心配して、手作りのうめぼし、しょうがの醤油づけ、野菜などをくれた。
この年になって、親、しかもばあちゃんにまで心配をかけることになろうとは・・・


ばあちゃんのうめぼし。少しはちみつは入っているのが絶妙


しょうがのしょうゆ漬け。ごはんがすすみます。

■妻のご両親
お父さんが心配して、すし屋に連れて行ってくれた。ただ、病気の話を一切しなかったのが、お父さんらしく笑えた(うれしかった)。お母さんは妻が働いているから(産休中ではあるが)、良くなるまで生活は何とかなると言ってくれた。離婚だなんて言う親もいるんだからと冷やかされた。
※因みにサラリーマンは長期に病欠した場合、健康保険組合から「傷病手当金」が支給される。月給の6割。でも、そういう問題でもない。

■友だち
休職中、運悪く?会ったり、メールが来た友だちで、話の成り行き上、言った方がいい場合には伝えた。
少し良くなってからは、飲みにも行ったが、私は薬を飲んでいるのでお酒は×。病気のことを話すとみんなびびっていた。自分もそういえば・・・という友だちも多い。今の世の中、予備軍は多いのである。

経験上、病気を隠すより、言ってしまってネタにしたほうがいい。家にいると、だるいだけ。たまに友だちと話すことはいい刺激に。端から見て話していると、病人には見えないらしいが、これは気を張っているから。家に帰ると反動で疲れることも。ただ、こもるのは良くないので、「気分が良ければ」出かけた方がいい。

続く・・・


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