2002年8月 日記帳

8月31日(土)
父のところに行ったらちょっと歩いてた。
集中治療室から個室に戻って少し落ち着いた感じ。
よかった。
しかしバイト空けの今日は朝から忙しく
病院行く時に梨奈が寝やがって
病院でずっと抱きっぱなし状態やった。
寝不足でかなり消耗してるのになぜか痩せへん…。
蓄積、多すぎるのか。
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8月30日(金)
2日続けて雨降りやったから今日の天気は嬉しい。
なのに洗濯機、変や。
何度やっても脱水でけへん・・・
朝8時から布団干して洗濯初めて張り切ってたのに
洗濯機の説明書引っ張り出していろいろやってて
結局終わったんは夕方4時。
結局父のところに行かれへんかった…
少しは良くなっているやろうか。
バイトしてるところから病院がすぐ近く。
夜中いつも病院眺めて父を思う。
梨奈の足の虫刺されがすごいことになってしまった。
2日かかってもジュクジュクで汁だらけ。
横に新しいジクジクまで出来はじめてしまってて…
コレってもしかしてとびひなんじゃ・・・??
こんなとき、強酸性水があればいいんだけど、
さもり小児科までもらいに行く時間も体力も無い。
自力でなんとかするか…。
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8月29日(木)
今日病院に行ったら父はもう目がしっかり開いてて
順調に回復しているっぽくて嬉しかった。
傷口は相変わらず痛そうやけど。
妊娠後でも傷口は1ヶ月はたっぷり痛かった。
だから父の痛みは想像できへんくらいやと思う。
梨奈は最近よく寝てくれる。
昼寝を一度、30分くらいで終わる代わりに
夜私が帰ってきたときに起きて来ないくらいぐっすり。
コレが一番安心。
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8月28日(水)
父のところへ行くために
梨奈を保育所の一時預かりに1時間ほど預けようかと思っていたけれど
ベビーカーにベルトつけて、
絶対ベビーカーから離れないようにして出かけた。
でも騒いだら、即出てこなあかん。
4本も身体から管出してる状態の父の周りを
少しでもうろうろさせられへん・・・。
結局ちょうど出かけたら寝るように出来て
(でも歩いて30分やからその間寝てしまったら
あまり残りの時間はないねんけど…)
おかげで病室で30分弱ほどいることが出来た。
父はしんどそうで目は閉じたままやったけれど
割とよく話をしてくれた。
人間の身体ってすごい。
昨日の夜まで12時間もおなか開けっ放しやったのに
既にしゃべれる状態になってしまうんやから。
こんな父を見ているとすぐに治ってしまうんじゃないかと錯覚する。
父の精神力には敬意を感じる。
ところで、梨奈の足に虫刺されが2つ出来てた。
痒そう…。
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8月27日(火)
朝から緊張する。
今日は父の手術の日である。
昨日は夜中のバイトはあったけれどそのあとも眠れなかった。
朝8時半には父の病室に行くことにしていた。
梨奈を食べさせて梨奈の食事を用意して
(こういうとき、なんでも食べれたらよかったのにって思ってしまう)
梨奈のおやつや飲み物を用意して病院へ。
手術前は手術室前まで家族は同行できる。
手術室に入る直前に父とみんなで手を握り合った。
ちょうど朝の9時、手術開始。
午前中が過ぎる頃まで手術が続いていると認識した時
ちゃんと手術できる状態やったんやと家族3人で安堵した。
昼3時ごろから2時間ほど梨奈の昼寝ために一時帰宅。
(梨奈が寝られるような場所が全くなかった)
私もいっしょに寝ておいたほうが…と言われたものの
帰宅中に父に何かあったらどうしようと思うと全く眠れない。
こういう時は寝なくても何とかなるものだ。
10時間の予定の手術やから終了予定は夜7時。
ちょうど夜7時に家族が手術室に呼ばれた。
直前に旦那が駆けつけてくれて梨奈を預かってくれた。
でなければ梨奈を連れてなんて、手術室には入れなかった。
まるで邪魔扱いみたいで、梨奈には申し訳ないけれど…
でもすごく長い間、梨奈はずっと機嫌よくしてくれていた。
それ、すごく梨奈に感謝だった。
「一応予定通り行きました」
嬉しくて泣きそうになったけど、一時だった。
摘出した肝臓と癌を見せられ、説明を受ける。
血管への転移、リンパへの転移…
知らされた事実に悔しくてまた泣きそうになる。
でも、大元は取れたんだ、手術自体は成功したんだ、
そう思わな、あかん。
ココであきらめるのはまだ早い。
父にも元気になってもらわなあかんし。
夜9時父が病室に帰ってくるのを待って
(結局手術は12時間だった)
母と妹を励まして帰宅した。
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8月26日(月)
梨奈と一緒に病院に行っても
梨奈の相手が大変で父のゆっくり話が出来ないので
昨日の晩父に手紙を書いた。
父を少しでも励ましたかったのと、
万が一明日の手術中に何か起こってしまったら悔いが残りそうで
言いたかったことを言っておかなきゃいけないと思ったから。
私、結婚の時にも「長い間お世話に…」などと言うことを
一言も言わず結婚してしまった。
やっぱり言うべき時に言っておかなあかん事もあると
今さらながら、思い知らされる。
母に私の手紙を読んだ父が泣いていたと聞いた。
夕方旦那も仕事帰りに一人で父のお見舞いに行った。
5分くらいの間に何度も何度も
妹の結婚式に出ないとあかんから…と言ってたと言う。
やっぱりそれが父の気持ちを支えているんや。
父の精神力なら手術は成功に違いない。
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8月25日(日)
今日は市民カーニバル。
楽団で演奏に出る。
午後3時から梨奈を旦那に預けて出かけた。
今月、正確には先月の末から私が夜バイトを始めたことで
梨奈もすっかりママが出かけてパパと過ごすことに慣れた。
「ママ、出かけてくるね。」と言うと
すぐにパパを誘って玄関に来て「バイバーイ」と言い、
ドアが閉まらないうちに「行っちゃったね」とパパに言っている。
例年に比べて今年のカーニバルは暑さはましだった。
今月はいろんなことがありすぎて、
カーニバルくらいの本番では全く緊張もしんどさも感じない。
どんな本番でも割と緊張感はあるほうやと思っていたのに。
でも、最後までおかげで楽にこなせたような気がする。
阪大NEW WAVEが出ていたので聞きたかったけど
家に帰ったら落ち着いてしまった。
やっぱり疲れたわぁ・・・・・
でも、今日は溜まったメールをちょっとでも返事書いて
あと、父に手紙を書いてから寝たかったのでやっぱり夜更かし。
今月に入ってからは時間の感覚が変だ。
夜中2時3時ならまだ早いと思ってしまう。
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8月24日(土)
今日は珍しく旦那が休みの土曜日だった。
夜もすれ違いの生活で話もロクにしていない。
久々に家族でゆっくり気分を味わう。
夜は楽団の練習。
明日は本番で今回は私が出る番なので
前日の今日も私が練習に行き、旦那が留守番。
楽器はいい。
しんどくても行けば夢中で吹く。
夢中で何かやるっていうのは精神的にもかなりいい。
それが大好きな音楽だからなおさら。
病気にかかりにくい身体作りに
横隔膜をつかうくらい大きな声でカラオケをするのがいい、
何ていうのも読んだことがあるが、
吹奏楽器をするのはまさに健康法じゃないかとも思えたりする。
もちろんそんなつもりでやってるわけじゃないけれど
暗い気分にどこまでも落ちこみそうな時
好きな音楽を聞くだけじゃなくて出来るっていうのは
すごいストレス解消になる。
今日は池田のがんがら火祭り。
私は練習だから見られなかったけれど
父の病室から大文字は見えただろうか。
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8月23日(金)
父の手術が来週の火曜日に決まった。
家族の方と本人に夕方6時半から話があるから
病院に来てほしいといわれたけれど、
もう、そんな時間では梨奈を預けるのは無理やからあきらめた。
保育園の一時預かりは夜7時までやし
家庭ではそんな時間、夕飯時やん。
旦那にはもう頼めなかった。
父や母に「ごめんね、いけないからあとで聞かせてね」と言っておいた。
夕方は早いうちに夕飯のしたくを済ませ、
話が終わったであろう夜7時半前には梨奈を連れて病院に行った。
するともうみんな、集中治療室に入ってた。
今日から手術の日まで、父はココで過ごすらしい。
手術の説明はかなりきびしめの話やったらしい。
家族で承諾書にサインしてきたと言っていた。
肝臓4割と胆嚢、周辺の管も摘出する10時間に及ぶ大手術。
9時開始で、おなか開けてみて手術が出来ると判断できたら
10時に阪大の先生が到着することになっているとか。
結局病院から家帰ったら8時半過ぎ。
ちょうどだんなの帰宅時間と同じくらいやった。
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8月22日(木)
私の心の友??と、今日は会えた。
私がたっぷり甘えることが出来る、数少ない親友で
今までアメリカにいたのがやっと日本に帰ってきて
新しい旦那の赴任先の千葉に行く前に関西に少し戻っている。
少しだけでいいから会いたかったから会ってきた。
こんな時だから遊びに行くとか、そういうのは出来ないけど。
お互い2000年に女児を産んでからもしょっちゅうメールでやり取りしてきた。
別に何をしなくても、顔を合わせるだけでOKの仲だから
こういう時でも会えるのかもしれない。
でも彼女、バリバリこてこての関西人なんよねー
で、アナフィラキシー経験者でもある。
もと保育者でもあり。
どんなことでも何でも話せてしまう。
昼間病院に行く時間が無かったので
夜バイトに行く直前に病院に寄ると、母はもう帰ってしまってた。
だから「健康食品の資料持ってきたから読んでもいいし、
しんどかったらお母さんに渡して読んでもらっといて」と父に言ってきた。
そこにちょうど健康食品の話をしてくれた看護婦さんがやってきて
そこでしばらく父と私とその看護婦さんと3人で
健康食品の話をすることが出来た。
健康食品は薬じゃないからバランスが難しい。
値段が高けりゃ効くというのはハッタリやと思えて仕方が無いし。
でも服用することで「何かしている」ことで少しでも気が楽になって
副作用も無くて、出来ればちょっとは効くかもしれなくて、
値段が負担にならない程度ならやってもいいと思う。
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8月21日(水)
今日は昼間、ようちゃんちに行ってた。
一緒にした出産祝いのうちの分のお金、
立て替えてもらっててそのままやって気にしてて、
お盆明けたら帰しに行くって約束してたので行って来た。
お金のことだけは、気になるからなあ。
梨奈は勿論大ハッスルやった!!
にいちゃんの元気っぷりに爆笑しまくり。
うちの子も女やのにしょっちゅう「野生児」扱いされてるくらいで
男の子が遊んでるの見てたら、目がキラキラしてんねん・・・・。
楽団の練習にも行った。
11月の演奏会の曲もそろそろ決めなあかんし、
今週末には本番もある。
ずっと寝てないからフラフラやけどなんとかなるもんやわ。
ははは。
夜、母に電話してたら
父が健康食品を1日も早く飲みたがっていると聞いた。
明日に資料持っていくから待ってて、とだけ言う。
プロポリス、副作用あるっていう話もあったしなあ。
そしてとことんまで夜更かしして調べてみた。
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8月20日(火)
台風来てたおかげでクーラー無しでめっちゃ涼しい。
梨奈と二人で痒み知らずの一日を送った。
今日も暇さえあったら水のこと、調べてた。
母に早くいろいろ渡してあげなあかんし。
浄水器買おうかな、とか言ってるので
浄水器のこともしこたま調べた。
うちが使ってる会社のやつが
還元水の大学の研究で使われてるやつやって知った。
今まで知らんかった・…。
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8月19日(月)
今日台風来てた。
今日からバイトも復活した。
いろいろ考えたけど、バイトやめへんことにした。
よく考えたらバイト先は、病院の目と鼻の先なんよ。
それに、やめるのはいつでも出来る。
自分に大切なことさえ見失わんかったら
そのときになったらちゃんと決めれるやろ。
母にも仕事やめないように言ったことやし。
母は仕事やめようか迷っていたけど、
今後の父の状態次第でそのときに考えたらいいし
やめないで休んでおいたらいいやんって私は言った。
休職扱いで出来る限りいたらいい。
母の人生はまだまだ続くんやから。
そう母に言って、自分のことも思いなおした。
ぼちぼち、にしてたらええやんな、バイトも。
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8月18日(日)
今日は水のこと、健康食品のことをネットで調べまくった。
看護婦さんからアガリスクとプロポリスの事を聞き、
ほんまにいいんかどうか、出来る限り調べてみることにした。
父本人は看護婦さんが言ってくれてるし、なににでも頼りたいから、
早く服用したいみたいだけど。
あと、アルカリイオン水。還元水素水。
私は水の方がいいんちゃうかとも思って、そっちも調べてみる。
調べていくと、アレルギーとかぶる。
民間療法も漢方も健康食品も、いっぱい例がある。
「自然治癒力を高める」「免疫力をつける」ために○○がいい、
なんて言葉はアレルギーでもいっぱい聞く。
西洋医学に限界がある病気っていう意味では
やっぱり共通するのかもしれへんな。
しかし、データの量、半端じゃない。
調べるほどなんぼでも出てきて、時間がいくらあっても足りへん。
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8月17日(土)
お盆に旦那が休みを取るなんて、
仕事始まって以来だと旦那が言うほど、珍しいことやのに
このお盆、全くと言っていいほど家族で楽しんでいない。
事情が事情だから仕方ないんやけど
私だけの事情なだけに梨奈も旦那にもなんだか申し訳なくて、
いきなり朝、「ドラえもん展に行こうか」と誘った。
勿論、梨奈もだんなも喜んでくれた。
家族みんなで大ファンのドラえもん展に行くんやから、
心は久々にハッピー♪って感じやな。
しかし、すごかった。
人、めっちゃ多い。
チケット買うのにどんだけ待ったか。
でも中は期待以上に良かったし、梨奈も抜群に喜んでた。
夕方帰ってきてから病院に行った。
ちょうど24時間テレビが始まるところで、
なんだかそのまま母と父と3人でそのテレビを眺めていたら
西村○美が24時間マラソンに挑戦する前のインタビューで
「本当はそんなことできるのか、不安で不安で、
眠れないくらい不安で押しつぶされそうで……、
でも一人で頑張るんじゃないからできると信じて、
やるしかないな、と思っているのが本音です」と泣いて話していて、
それを見て、父が泣いてたのを見てしまった。
がんばれ。
阪大の先生に聞いた話父にして、
少しでも安心して手術にのぞんで欲しいと思ったけど、
その役は母にしてもらおうと思った。
今日は猪名川の花火大会だったけど行かなかった。
いくつもりやったんやけどね。
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8月16日(金)
今日も旦那には仕事を休んでもらった。
そして朝から車を出してもらい、
母と私を連れて阪大病院に連れて行ってくれた。
そのまま梨奈と旦那は家に帰った。
予約は10時。
病院に入ったのは9時20分だったが外科についたらもう10時だった。
待って、10時40分、先生と対面。
持っていった検査の資料を先生がくまなく見て
その間母と私はそれを見ながら待つ。
話が始まって終わったのは12時を過ぎていた。
手術は出来るそうだ。
それも今のところは検査した限りまわりもきれいで
きれいに癌が取れれば1年や2年、生きられる可能性があると言う。
もちろん胃や腸のようにカメラで見れる場所ではないので
手術の時に開けてみたらもう手遅れの状態で
そのまま何もせず閉じてしまう可能性もまだ残っているが、
まあ、大丈夫だと思いますよ、という感じやった。
手術の成功率も9割くらいと言われ、
母と私はかなり安堵して阪大病院をあとにした。
私は一度家に帰り、梨奈の食事の用意だけしてから
今度は父への癌の告知に立ち会うために病院へ。
今日は梨奈とはほとんど一緒にいてなかった。
父を含む家族4人が個室に呼ばれて癌の告知がされた。
その上でドクターは治療が3通り選択でき、
手術と放射線療法と化学療法とがあるが、
手術はかなり難しく大きな手術で、しない方法も取れるが
どうするかそのうち家族で考えて決めるよう、父に言ってきた。
父はずっと、ほとんどいつもどおりに黙って座っていたが
ドクターに「術後は退院までどのくらいかかりますかね?」と聞き、
1ヶ月くらいと聞くと、
すぐ母に「手術するしかないな、いいよな?」と聞き、
私たちにも同意を求めてきたので私は大きくうなづいた。
そして父からすぐドクターに「すぐにでも手術をお願いします」と言った。
正直おどろいた。
いくら父でも、取り乱すこともあるかもしれないと思っていた。
それほど、癌の告知は、恐ろしいものだと思う。
でも、父は恐怖を飲み込んですぐに手術の決断をした。
さすがにドクターも驚いていた。
ドクターはかなり脅かすような内容のことを言っていたのに。
病室に帰ってもみんな無言だった。
父が「心配しなくてもいいから、頑張るから」と言い、
逆に励まされてしまった。
母と妹はやっぱり泣いていた。
父が妹と私には帰るように言ってきたので
母と父を残して二人で病院を後にした。
妹が泣き止まないので今日阪大の先生に聞いてきたことを話した。
ココの病院の先生はかなり怖い話ばかりしていたけど
阪大の先生は自信マンマンって感じで頼もしかったし
まだ希望はあるって言ってくれたというと喜んでた。
結局妹と食事をして話し込んで帰った。
帰る間際に母から電話があった。
父の様子を聞くと、大丈夫そうだということだった。
母が父に、
「悪い旦那だったからバチが当たったな…悪かったな…」
「おまえ、癌のこと前から知ってただろ、見てて分かったぞ。
手術頑張るから、オマエももうめそめそ泣くな」って言われたって聞いて、
また泣きそうになった。
こんな時、こんな言葉を言える父を尊敬した。
父を支えているのは2ヵ月半後の妹の結婚式だと思う。
妹の結婚式に出るにはどんなに危険でも手術して
少しでもよくなる可能性にかけるしかないのだ。
今日は実は父の59回目の誕生日だった。