
清水允熙先生は「老年期の痴呆は治らないものと決めてしまっておられませんか。この言葉の中には、老年期の痴呆は回避することや発病の時期を遅らせることが出来、更には進行をストップさせ改善の可能性があると言う事実をもすら、埋没させてしまっています。」と書いておられます。
そして痴呆の進行の様子を池やバケツに氷が張っていく状態と比較して、次のような表を用いて説明しておられます。
氷結の進行の様子 痴呆状態の様子 (1)寒い季節になり水の温度が低下する。
(2)あちらこちらの端から薄い氷が現れる。
(3)氷は薄く伸び、広がる。
(4)氷は伸び、広がりながら厚さを増していく。
(5)氷が水面すべてをある厚さで覆いつくす。な
かなか割れなくなる。
(6)氷は更に厚さを増し、まったく割れなくなる。老化が始まってきている状態
生理的機能低下の始まり
痴呆状態の出現
痴呆が進行している状態
改善・進行阻止が困難となる
状態
末期的状態
「私たちはこの事実を掘り起こし、お年寄りが最後まで元気で充実した日々を過ごせますように、その一助となることを願ってこの本※(1)を執筆しました。」と記され、その診断法や対処法が解説されています。
H10年11月26日付の読売新聞の医療ルネッサンス・北陸フォーラムで、浜松医療センター副院長の金子満夫先生は
「老人性痴呆の原因の90〜93%は生活習慣病です。背後には老化がありますが、脳を有効に使わないための脳の廃用性萎縮が原因と考えられます。中度のボケならば3〜6ヶ月で殆ど自立できるまでに戻して、それから7〜9年は再発させないで維持できることを実証しました。」
と発言しておられます。
私自身痴呆も症状と取り組み次第では、改善の可能性があるということを知識としては知っていたつもりですが、老人性痴呆の殆どは生活習慣病であるという言葉には、全く驚いてしまいました。生活習慣病であれば当然改善も出来ますし、予防も出来るということになってきます。
老人性痴呆の殆どは脳の器質的疾患ではなく、機能的疾患であるということですが、いつ頃から専門の先生方がそのような考え方をされるようになられたのかは私には解りません。唯これだけは言えるように思います。それよりもずっと前から、施設等で痴呆老人に接しておられる職員の方のなかに、接し方次第で痴呆の改善が見られると言う実感を持っておられた方は、少なからずおられたはずであるということを。
もちろん、日本の痴呆の原因の1位はアルツハイマー型痴呆であり、2位は脳血管性痴呆です。
清水先生は次のように書いておられます。
「アルツハイマー型痴呆もしくは、脳血管性痴呆と診断されている老人の中には、本来なら発病時期をもっと遅らせたり、発病そのものも避けることが出来たはずの人たちが大勢います。これは従来見過ごされてきたタイプの痴呆です。
したがって『治らない、どうしようもない』を前提とした考え方で痴呆老人に対応した場合、私達は大きな過ちを犯すことになるのではないでしょうか。」
このようの考え方は、まだ全ての専門家の先生方の共通の認識事項とはなっていないのかも知れませんが、少なくとも脳の病気で,治らないものと思われていた痴呆に対する考え方に、変化が起こってきていることだけは確かなように思われます。(詳しくは清水先生の本を読んでみて下さいませ。)
人のからだは使わないで済むようになれば、全ての面でその働きが落ちてきます。知人の50代の人が足を骨折して1ヶ月以上もギプスで固定されたときに、足が細くなったのには驚いたと言っていました。電卓を使うようになって暗算能力が低下し、ワープロにより漢字の筆記能力が下がることは誰もが経験していると思います。
無重力の宇宙に長期に滞在しますと、重力から開放されるために骨は次第に細くなり、運動していた人がそれを止めますと、必要のなくなった血管網は整理縮小される方向に傾いてゆきます。外部から体内にインスリンを補充し続けますと、膵臓のインスリン産生能力はそれに寄りかかってしまって低下し続けます。
筋肉だけにとどまらずに、脳や神経・血管・骨・内臓組織・内分泌系等全ての面で、人のからだは廃用性萎縮をおこすようになっています。
使われないで済むようになった能力は廃れていくということは、決してマイナス面だけではないはずです。絶えず必要として使われている限りはその能力が保たれるということですし、更にもっといろいろな使い方がされるときには、新しい能力が開発される可能性をも含んでいるということではないでしょうか。
訪問介護のケアーに携わっておられる人の中には、完全に寝たきりになり筋固縮から関節拘縮 (寝たきりになって何もしなければパーキンソン病の患者さんでなくとも、廃用性萎縮により筋固縮から関節拘縮へと進んでゆきます) そして褥瘡まで出来ている人でも、取組みようによっては褥瘡が改善され、ベッド上に起き上がり、椅子に移れるようになり、更に介助されながら歩けるようになるまで改善する可能性のある人がいる、という報告をされておられる人がいます。椅子に移れるようになるまでの改善ですと、もっと可能性は高くなってくるはずです。
何度も申しますが、改善する可能性があるということは充分に予防することが出来るということです。そして予防する労力に比べて改善する努力は、何倍にも大変なものとなってくるはずです。
現在全国で寝たきりの老人の方は相当な数になると思いますが、その内のかなりの方には、廃用性萎縮からくる生活習慣病の側面も含まれているとは申せませんでしょうか。先に述べました介護のケアーに携わる人の報告は、本人も周りの人間も脳梗塞後の後遺症として、諦めて寝たきりになっておられる人の改善報告です。
以前にNHKテレビで脳梗塞で緊急入院して10数時間後に、手術のためかまだ身体はいろいろな管に繋がれた状態であるにもかかわらず、もうすでに手足の関節の拘縮予防のためのリハビリから取り組み始めている病院のことが紹介されていました。このような取り組み方をされる病院はまだごく稀ではないかと思うのですが、リハビリは出来る限り早くから取り組んだ方が良いと気付き始めた病院が出てきだしたということではないでしょうか。
生活習慣病の一番の特徴は、大変に薄い紙を重ねていくように、長い時間をかけてゆっくりと進行してゆきます。そして機能の低下をはっきりと思い知らされるようになってから、いろいろなことをやってみてもなかなか改善されないために、これは年齢や病気等のせいなんだと、諦めてしまう人が殆どなのではないでしょうか。
生活習慣病を改善するためには、薄紙を一枚一枚丹念に剥がしてゆくような気持ちで、月単位、病気や症状によっては半年もしくは年単位で変化がわかって来るという、気の長い取り組みが求められるように思います。
そのような事に地道に取り組んでゆきますと、決してばかには出来ない病気の改善や、能力の回復が見られるようになる自動改善能力が、人のからだには生まれつき備わっているのではないでしょうか。 『自然治癒力』という自動改善能力が。
パーキンソン病そのものの解決にはならなくとも、一日でも長く前向きに生きたいと願う患者さんにとっては、決しておろそかには出来ない和解のための余地が残されているように思います。
※(1)『痴呆老人への接し方』 清水允熙著 信山社刊