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俺の仕事
この年の夏は例年より涼しいそうだ。クーラーを一日中かけている俺の部屋はなんともいえない湿気臭いにおいがした。
帝京興信所とどこかで聞いたことのあるような名前をしている俺の事務所は、大阪の御堂筋通りから1本西側の通りに面していた。そこからは道頓堀川がのぞけた。
周囲を居酒屋と喫茶店などに囲まれた少し賑やかな場所だ。冬はましだが、夏になると酔っ払いやジャリどもが騒いでうるさい。一基だけ設けられたエレベーターとひびの入った階段がある。
俺の事務所は4階にある。部屋の三分の一ほどを仕切りで区切って、客の待合室にしてある。だから俺の今いる事務室自体は12畳ほどしかない。
それでも、帝京興信所は俺を含めて3人しかいないからなんとかやっていける。その二人は、副所長ということになっている俺の相棒の田原と、秘書兼受付の吉野美佳だ。
俺は靴も靴下も無作法に脱ぎ捨てデスクの上に足を投げ出した。イトーキ製の革張りのエグゼクティブチェアを思い切って後ろにそらす。その椅子は自由な角度で背を伸ばすことができた。俺の事務所には不釣合いな高級品だ。その椅子の後ろにも勿体をつけるために購入した質流れ品の金庫がある。その中には重要な書類や日銀の株券などは入ってあるはずなかった。
氷割のジンに輪切りのレモンを浮かべたグラスを口に運んだ。
「所長、もう一週間もカモがやってこないんじゃ、こっちのほうが干上がってしまいますよ」
俺から見て右側のデスクに座っている田原が呟いた。俺より4ヶ月ほど早く生まれた32歳のハンサムな男だ。くそ暑いのにしっかり銀色のネクタイを結び、ぱりっとしたスーツを着こなしている。女関係の仕事では、俺も一目置いている。
「分かっているよ。このままじゃ、今月の家賃の支払いのも窮する。だけどな、あんまりケチな仕事に飛びついたんじゃ経費倒れになっちまうからな」
そう言って、俺はジンを一気に飲み干した。
「贅沢言っちゃいられないよ。所長がなんと言おうと次に来た客は俺が引き受けますよ」
田原は言った。
「ああ、頼んだよ。俺や美佳の給料も稼いでくれよ」
俺は答えた。
「今度、給料を遅配したら、わたし断然クビにしてもらうわよ」
待合室に一番近いデスクに座っている美佳がいった。顔の割りに胸は小さい。しかし、俺好みだった。
「君が辞めたところでこっちはなんとも思わんがな。そうなると田原の仕事の能率が落ちてしまうのが厄介だな」
俺は強がった。
「やめてくださいよ。俺はこんな小便臭い小娘には興味がないんだ。年上の女でないと、ガッツがわかんのです」
田原はドギマギしながらいった。
俺は、田原と吉野がいい仲だということを知っていた。口惜しかった。だが、先を越されたのだから仕方がない。
その時、ブザーが鳴った。俺は吉野にあごをしゃくった。次に靴下と靴をはきはじめた。吉野は立ち上がり、待合室に消えた。待合室で彼女が男と何か押し問答しているのが聞こえてくる。
吉野が再び事務室に戻ってきたとき、俺は人にあう格好に戻っていた。
「依頼人の方なのですが、どうしても名前をおっしゃられないんです。ここにきたことを誰にも知られたくないそうで・・・」
吉野は事務的な口調でそういった。そして、
「調査を引き受けてくれたら、料金は通常の倍はらってもいいそうよ」
と、こっそり付け加えた。
俺は吉野の甘い香水の臭いに鼻をぴくぴくさせながら、
「お通ししなさい」
と、言った。
入ってきた男は50前後のちょっと垢抜けた風体の男だった。身長は俺より低い170ぐらいで、中肉中背だ。紺色の背広を着ている。
「どうぞ、お楽になさってください」
俺はデスクの前の応接セットの肘掛け椅子に座り、相手にも椅子を勧めた。吉野が冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出す。
「さあてと、忙しいので早速用件をお聞きしましょうか。まず、お名前をお聞かせ願いますか?看板にもありますように、当所は依頼人の秘密を厳守するのがモットーなのですから」
「では、鈴木とでもいっておきますか。それで、スムーズに話が進むのならね」
男は言った。吉野が運んだコーヒーに口を運ぶ。 |
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