〜続 闘うオメメ〜


2002年 <通院日記>                 2003年はこちら→次のページへ

5月28日

2ヶ月振りの眼科受診。
今日の眼圧は、すぐにレーザーと言うわけではないが、微妙らしい。
角膜は見た目にも混濁していて、やや痛みも。
夕方から見え方がおかしい。目脂はべっちょり・・・
流行目になる。( ┰_┰) シクシク


7月30日

自分でも調子が悪いのがわかる。  結果はもちろん悪かった・・・。
なので、緑内障のドクターに診てもらうよう予約を入れて帰宅。
角膜もかなり混濁。 教授は、腕組うなるばかり。ε-(ーдー)ハァ
このとき、既に光がわからなくなっていた
『終わったな』と思った。


7月31日

夕べから、強い薬(内服薬)の再開。
手の指先がしびれる〜! 足の指先もかかともしびれる。鼻までもっ!
そして、ひどく倦怠感...


8月15日

緑内障の先生と会う。 去年の11月以来!(実はこの先生結構タイプ♪)
Dr.H 「私のところに来たと言うことは・・・」
私 「はい。眼圧が上がってしまいました〜」
Dr.H 「(レーザー)やるしかないでしょうねぇ〜。どうしますか?」
私 「はぁ。・・・・・。(一気にブルー。でも)   やります(小声)」
恐怖のレーザー・・・・・私の中で、既にトラウマと可した恐怖が蘇る!

「あ、○○さん(私のこと)」人が落ち込んで帰ろうとしたのをDr.Hが呼び止める。 
振り返る私に放った言葉は・・・
Dr.H 「少し太られました?」

( ̄□ ̄;( ̄□ ̄|( ̄□ ̄||( ̄□||||( ̄□||||カガ゛ガーン!!
100年の恋も冷めるとは、こういうことか。

8月29日

4時半より、レーザー開始。(これで7回目!)
今回は、麻酔の仕方を変えていただいた。 もちろん、麻酔の量も増やしてもらった。
前回までは、下瞼に注射するやり方。 今回は、白目の下の部分を数ミリほど切開し、そこから注射する方法。
聞いただけで背筋が寒い…。

この麻酔がまた痛い!(針刺すんだから当たり前だけどね。)
しかしレーザーの痛みに比べたら、麻酔なんかちょろいもんだ!
てなことで始まったレーザーは、なんと… 痛くなかった!!

「い、痛くない!」(▼∀▼)ニヤリッ

そんなわけで、術中は余裕ぶっこいて先生と雑談などしてました。
私 「先生、この機械(レーザー)って、いくらすんの?」
Dr.H 「ん〜、○○○万。だから(ここの病院では)買えないんだってさぁ〜」(J大学病院ではレンタルしてます)
私 「へ〜! じゃあ、こっち(顕微鏡)は?」
Dr.H 「○○○○万。家が建つねぇ〜。 あ、○○さん、HPで値段書かないでね〜」
(ちなみにそっちは買ったらしい。新品!)なんだ、J大金あるじゃん!!!(爆)

そんな和やかムードもつかのまで。
痛みはその後(麻酔の切れた)頃にやってきたのです。
これも予測できたことなので、あらかじめ痛み止めの座薬をいただいていたのを、即!入れました。
激しい痛みはその夜だけで、次の日からは、痛み止めの内服薬でどうにか乗り切れました。


9月5日

1週間後の診察です。
眼圧は、たったの2mmHgでした。
なので、あの副作用の強いお薬 をやめることになりました。(´▽`) ホッ


10月1日

眼圧が、やはりと言うか、今度こその期待を裏切り、上がってしまいました・・・・・。
いきなり22mmHg 
角膜の痛みがあり、結構辛い。
それから、良いほうの目(右)になにか見える!気になる!
心配なので、眼底を見てもらいました。

結果、飛蚊症(ひぶんしょう)と言うものらしい。


《飛蚊症》・・・・・・目の前に、虫や糸くずなどの『浮遊物』が見える症状。まばたきをしても、目をこすっても消えないの〜。
《浮遊物の正体》・・・硝子体と呼ばれるゼリー状の透明な物質に、何らかの原因で にごり が生じたもの。生理的な原因によるものと、病的な原因によるものとがある。

私の場合は、生理的なものだということで、特に治療の必要もなく。このままでいいらしい。
慣れれば問題ない とのこと。
ま、人間 すぐ慣れますからね!


10月10日

角膜が痛むので、コンタクトレンズを入れてもらう。
1ヶ月つけっぱOKのもの。 (前に何度かつけたことあるやつね。しつこいようだけど、1枚3000円!
これで少しは痛みから解放されます。

眼圧は・・・・・24mmHgもありました。 眼圧を下げる目薬が出る。
普通の人なら、この数値くらいだと痛みを感じるほどではないと思うのですが、
私の場合は、もう、ほんのちょっと房水が作られただけでも角膜が悲鳴をあげる状態(泣)
なぜなら、出口が1%もないから。 逃げ道がないのです。

Dr.Hと、これからのいろいろなことについて、話し合ってきました。
角膜は再移植をする必要があるのか ということ。
痛みに対する治療のこと。
この目がどのくらいここ(体)にあり続けることができるのか ということ。
そして、いつかは『義眼』という選択をしなければならないのか?ということなど。
ちょっとブルーになって帰宅。



10月30日

角膜外来。
前回の診察で予測していたのは、眼圧40mmHg くらい。
もしそのくらいあって痛みが激しい!ということがあったら、「すぐに私を呼びなさい」とDr.Hはおっしゃっていました。
が、高いどころか、計れないほど下がってしまっていました!!

自覚がなかったわけではありません。
2週間前程から、目の奥の痛みがあったので、気になり触ってみるとあきらかに柔らかい。
急に下がるなんて・・・・・。 
目薬は中止です。


11月1日

目の奥が痛い・・・・・。天気が悪いせいかしら?
||||||||||||||(_ _。)ブルー||||||||||||||||


11月12日

角膜移植をして、3年が経ちました。
この3年で、緑内障になったがために手術とレーザーを繰り返してきました。 
そして、もう『光』もわからなくなりました。
眼圧が安定してくれないばかりに、光も失い、そしてまた角膜に痛みが出てしまった。
提供してくださったドナーの方に、申し訳ない気持ちです。

ごめんなさい。


11月14日

DR.Hの診察の日。 
先生もあれれ?と思うほどの下がりよう。
目の奥の痛みを訴えると、丁寧な説明がありました。
目の機能が衰え、“萎縮” してしまったがための痛み だそうです。
何度もレーザーを当てた部分が、萎縮することで痛みを出している とか。
萎縮してしまったために、瞼がきちんと上がらなくなってしまいました。半開き状態。かっこわるい!
萎縮してしまったので、角膜の痛みがとれたのでは?とコンタクトを外されてしまいました。

不安は的中!      痛っ!!!


12月3日

2週間ほど前くらいから、萎縮の痛み 無し。 角膜の痛み 無し。
今日は珍しくDr.Aの診察。(2回目かな? 同じ中学の1つ下)
個人的にこいつ苦手。(^^;(お母様(眼科医)には中学からお世話になってますが)
痛みが無いので、特になにもなし。


12月26日

今年最後の診察。
眼圧ゼロ。 ゼロってあるんだ?
運良く 眼球の形 は保たれているようで、特に治療なし。

痛みがなければ考えるのは見た目のこと。それを相談した。

できれば、この白濁した(焼いた魚の目みたい)角膜を、少しでも良く見せたい。 女心。
私 「コンタクトみたいな義眼?そんなのがあるって聞いたことあるんですけど。」
Dr.H 「ありますね。うん、そういうのもいいんじゃないかな?
でも僕は処方したことがないので〜・・」
カルテに何か書いてる
Dr.H 「ここに(カルテ)そのことを書いておきましたから、次回、角膜の先生と相談してみてね。
角膜の状態が、義眼を乗せてもいいかどうか よく診てもらって。(^^)」
Dr.Hはやっぱり適切だ。
そんなDr.Hの診察も、なごりおしいが今日で一旦終了。
また眼圧がどうのこうのになったら、診てもうということで。


今年の診察はこれで終わりです。

2003年通院日記は、次のページです。
よろしくね♪


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