坐禅修行記録

 

精神的安定及びレベルアップを図る為、毎週土曜日夕方禅寺で坐禅会に参加することにした。

毎回の発見や精神面での変化を記録することとした。

           

初日 18時から開始という事なので少し早めに禅寺へ到着した。寺は想像よりも新しく綺麗だった。チャイムを鳴らすと寺の窓から50代の男性が顔を出した。今日初めて参加するという旨を伝えると中へ入るようにと言われた。その男性から坐禅の作法を簡単に教わった。18時近くになると寺にポツリポツリと人が入ってきた。作法どおりに坐禅の間に入り結跏趺坐を組んで開始を待った。やがて始まりの鐘が3度鳴った。剣道や空手を少しかじっていたのでこういった類の静寂には若干親しみがあった。途中結跏趺坐で50分乗り切る自信がなくなったので半跏趺坐に切り替えた。しかし心を空っぽにするのはなかなか難しい。ふと気が付けば秋の虫の声のみが聞こえてきた。50分間という時間の感覚が永遠に感じた。ふすまへ向かって坐禅を組んでいるのだが自分と伏すなの距離感が一瞬わからなくなったり軽いめまいがして体が揺れているような錯覚を覚えたりもした。なんとか50分が終わった。それから経行(きんひん)を行った。経行とは部屋の中をゆっくり練り歩く作業である。それが終わるとまた2ラウンド目が始まった。2ラウンド目は途中から読経を行うので割と短く感じた。最後に正座したまま法話をテープで約30分聞く。その時お茶とカステラが振る舞われた。坐禅はそれほどでもないが正座はこたえた。30分後には足の感覚が全くなくなり当然その場から立てなかった。法話の内容は少ししか覚えていない。まだ少ししびれたまま自転車に乗って岐路へついた。苦痛から解放された足に快感を感じた。

2回目 2回目ということで事前に坐禅しやすいコスチュームをジャスコでゲットし、集中力と精神力の高まるブレスレットで武装していった。早めに現地入りしストレッチを行った。坐禅修行の目的とは自己の探求という事であるのでそれを目指して行ったが最初から50分乗り切る為の守りの体制になってしまったひょうで鈴鹿サーキットの走行イメージをフルタイム行ってしまった。おかげで?50分あっという間だった。経行のあとの2ラウンド目は懲りずに瑞浪モーターランドのイメージトレーニングの時間に当ててしまった。まあ2回目なのでこんなもんだろう。隣に座っていたのは外人でこくりこくりしていた。他人の様子が気になるうちはまだ修行の道のりは長い。正座で法話を聞く最後の修行がやってきた。これは修行というよりも苦行である。足が筋肉質で他人よりもやや太めであるため正座するとパンパンになる。それだけ足を締め付けることになる。お茶とお菓子が振る舞われたがそれを食べ終わるころにはすでに足の感覚がなくなっていた。やはり今回も30分後にはすぐに立てない状態であった。しかし又しばらくするとホットするような足に快感を感じた。

3回目 17:20分頃に家を出た。普通は土曜日の午後は仕事も休みでまったりと過ごしているはずなのだが坐禅を始めてから夕方になると戦闘モードに入り緊張感が高まる。自転車で約15分〜20分で寺に到着した。すでに何人か来ていた。スペイン人の男性が参加していた。外人には東洋的な修行は魅力的なのであろう。1ラウンド目が始まった。今日の課題は法界定印に意識を集中して50分坐禅する事にした。しかし雑念が次から次にわいてくる。前回こくりこくりしていた外人がまた居眠りしていた。今回は虫の声が少なかった。虫の声に集中してみたり、後ろの気配に集中する訓練を勝手に初めてみたいとなかなか無心にはなれない。雑念がわいてきてもそれを追わないことが大事らしいので雑念ありきで行う事になりそうだ。今回は50分という感覚が早くも身に付いたのかそれとも気配を読みとる訓練(だれもそんなことしろと言ってないが)の成果か終了の鐘がなるのが分かった。経行の後2ラウンド目が始まった。またサーキットのイメージトレーニングを気がついたらやってしまっていた。読経の時間が来た。前回よりも少し大きめの声を出した。大した事ではないが少し場になれて来た証拠だ。最後の正座30分1本勝負の時間がやってきた。お茶とお菓子を頂いた。いつものようにしびれたが少し足を動かしたりしてずるしていたので前回よりもチョヴィッとましだった。

4回目 少しいつもより遅めに到着。すでに坐禅していた。少し人数少なめ。今日は一人で中に入った。今日の課題は雑念を受け流すという事だった。しかし壁を見ている視界が左右不均等な事が気になってしまってなかなか集中できなかった。コンタクトが原因か?最後の方は呼吸を数える方法でなんとか集中した。第二ラウンドは呼吸数に集中していた為あっという間だった。なかなか雑念にじゃまされて呼吸数も途中で途絶えてしまう始末。まだまだ先は長い。最後の法話は相変わらず足がしびれて感覚がなくなっていた。一人だけあいかわらず立てなかった。

5回目 開始直前に寺の尼さんに半跏趺坐の左の足を修正された。いつもとかってが違い足が途中から猛烈に痛くなってしまった。坐禅に集中できない。最初の50分がとても長く感じた。経行を行うのもつらかった。第二ラウンドは我流?で行ったので楽だった。楽しても仕方がないが苦痛に耐える荒行ではないので適当にやりやすい方法でやってよいのではないだろうか?と勝手に思った。正座の時間は相変わらずしびれて立てなかった。