治療第二ステージ03年12月
12月1日
イレッサ服用382日。朝から冷たい雨が降っている。土・日のHP整理と年賀状デザイン選定に時間を割く。
11月は衆院選があり、積み残して課題が一気に噴出さしてきた感じが強い。道路公団総裁決定、道路公団民営化案(国土省案)公表、イラクゲリラ活発化、イラク自衛隊派遣時期混迷。外交官殺害、等々と一段と混迷を深くしてきた。イラクへは決して踏み込むべきでないと従来の気持ちに変わりはないが、しきりにこれはテロだとの発言に疑問を感じる。イラク国民は自国へ侵略した軍隊と関係国へのレジスタンスだと思っているのだろう。亡くなられた2名の外交官に哀悼の意を捧げる。イラク国民にとって今一番して欲しいことは、侵略軍の撤退ではないか。日本政府は判断基準は何なのかと大いに疑問である。侵略軍の撤退後に民間による復興支援の話し合いを進めても決して遅くはない。
今日から12月。新年を元気に新たな気持ちで向かえるためにも、リフレッシュして一歩を踏み出す。
12月2日
イレッサ服用383日。天気は快晴。ベランダからもくっきりと富士山が見える。暖かい。午前中にHPの整理と更新を行う。
午後から自宅を中心としたウォーキング本を見つけに立川へ向かう。書店にて見つけたのは「多摩・武蔵野散歩」。購入して家に戻り眺めていたが、有力な情報が沢山載せられている。今までは、それすらも知らずただ一生懸命ウォーキングを続けていた自分に反省。これからは、この本を持ちながらゆっくりと観光ポイントを散策することも付け加えていこう。
12月3日〜4日
3日 イレッサ服用384日。年賀状の素材となるイラスト(無料)をHPにて探す。中々気に入ったのは見当たらず出直しとなる。食欲はまだ回復していない。
4日 イレッサ服用385日。天気も良く、10時に「矢川緑地から多摩川沿いを歩き、残堀川から立川市内へ」。矢川緑地は立川病院の近くにあり、何度も周辺へ出掛けた記憶あり。しかし情報不足で気がつかなかった。矢川緑地は思った以上に広く、散策には良い場所にあり。矢川緑地から多摩川沿いを行き、競技場から残堀川沿いをウォーキングして市内に向かう。諏訪神社経由で駅に向かい、クルリンバスで自宅に戻る。久し振りに3時間近くを歩き疲れた。
夕食は少なめ。食欲回復には、まだ時間がかかる感じ。夜就寝後朝まで4回トイレに起きる。
12月5日
イレッサ服用386日。朝から曇り空で寒い。メールのためにPCを立ち上げるが、キータッチがおかしい。色々調べ最終的には[Numlk」が押されていることに気づく。こんな簡単な事に気づかないのかと、我ながら憮然とする。現役を2年近く離れたことが原因か、それともボケが始まったのか。
年賀状用のイラストは候補を何枚かダウンロードする。プリントして女房と長女に今年利用の作品を相談しよう。
長兄から美味しい走水の海苔を送って戴く。この海苔は本当に美味しい。
12月6日
イレッサ服用387日。午後TBSの絵門ゆう子さん「がんと生きる」を見る。目標を持ち生きる絵門さんの勇姿に力付けられる。明るく力強い彼女は美しく、自分の姿と比較してしまう。絵門さんの「告知と余命」の考え方は非常に参考になる。私の考えも、いずれキッチリとHPに述べて見たい。誰でも「貴方はあと何ヶ月」とは言われたくないし、患者本人のダメージは大きい。医者はどのような姿勢で患者に余命を告げているのだろうか。
12月7日
イレッサ服用388日。昨日夜遅く長男帰宅。だいぶ酔っ払っている。先週会社からボーナスを支給されたとのこと。我々両親にもささやかなボーナスを送られる。嬉しい反面、ちょっと照れくさい。でもここまで育ってこれたことに感謝。今日は仲間と遊ぶとのことで10時過ぎ家を出発。
スキンヘッドの頭を寒さからカバーするため昨日からマフラーを頭に巻く。寝る時も同じ姿勢を保ったためかトイレは朝までに2回と少な目。暫くこれで行こうと自我自賛。鏡で見た自分の姿に、今度はデジカメで記録と考えたが、インチキなアラブ人見たいで、家族には不評。
12月8日
イレッサ服用389日。午後腹部CTを受けに立川病院へ。自転車にて移動したが、さすがに寒い。また自転車が少しふらつき、身体のバランス感覚が少しずれているようだ。13時20分病院着採血、採尿を済ませ13時50分腹部CT撮影を受ける。受けながら考えたが、胸部(肺)と腹部が一体でCTできないかと思った。次回の診察で相談してみよう。結果は12日の内科診察で明らかとなる。
昨日、図書館から借りていた図書を読み終える。山本一力さんの「あかね空」(02年直木賞)、宮本輝さんの「森のなかの海」は読み応えもあり、面白かった。人間の温かさと柔軟さを改めて学ぶ。
12月9日
イレッサ服用390日。8時45分からの頭部MRI受診のため立川病院へ。徒歩とバスを使った移動だが寒い。いよいよ冬本番か。今日受けたMRIは初めてで、今まで受けた器械と違い少しうるさい。しかし頭部固定後付けられたミラーで外の作業が一部確認できることは不安感を軽減。中々良いアイデアと思う。今日の造影剤注射は痛みも軽く、注射後のMRI撮影中も楽だった。
自宅に午前中戻るが階段にて改修作業中。コンクリートを一部壊す作業音とMRIの磁気発生音がそっくりだ。午後図書館にて図書の借り出しを受ける。前回同様面白いものを借りようとじっくりと選択。
足元が多少ふらつくのは腫瘍の影響か三半規管への放射線の影響か。次回診察の時確認しよう。
12月10日
イレッサ服用391日。12月9日、日本政府はイラク派遣の基本計画を閣議決定した。いよいよ国外へ武力を持ち出し交戦する意図。何とも言い難い忘れられない日となった。なぜ政府は国民の気持ちを入れないのだろうか。これでは戦前と変わらず、権力者の野望が常に通るルールではないか。後から「あの時」を反省しても遅い。取り返しのつかない事態はもうそこに来ている。イラク派遣反対、戦争反対を権力者に明快に伝え、実行する手段はないものか。選挙が全てとは、あまりにも悲しすぎる。有識者よ評論家よ、沢山お金を貰っているのだから何か良い知恵を出せ。
今日讃岐より殻付き牡蠣届く。Kさんありがとう。娘は今日届くと見て、授業をお休み。夕食は牡蠣を焼き。バターとレモンでお腹一杯食べる。最初は随分残る心配をしたが、逆に翌日分確保の算段となった。3人で30コほどを食べ満足。息子には申し訳ないが諦めてもらおう。
午後暖かい時間に2時間ほどウォーキング。途中で休憩を入れたが寒い。
12月11日
イレッサ服用392日。朝から冷たい雨。午後年賀状のイラストを揃え、デザインしてプリントするが適度の大きさに調整できない。息子のPCで最終的に出力することになるが、調整完了までもう少し時間がかかりそうだ。私の知識が落ち、昔のことも出来ない自分にちょっと愕然とする。
殻つき牡蠣を夕食で食べる。二日続いて食するがうまい。明日はMRI検査結果、腹部CT検査結果の報告と定期診断日。腹部に腫瘍が転移していなければ良いが。少し不安。
12月12日
イレッサ服用393日。今週月曜日の腹部CT撮影、火曜日の頭部MRI撮影の検査結果報告日。8時30分自宅を出て病院へ。天気予報では日が差し暖かいとあったが、全くの外れ。小雨が降り続き寒い。10時30分内科診察の予定であったが大幅に遅れて、11時30分予約の放射線科を先にして診断。11月撮影のMRI写真と今回撮影分を比較。I医師は腫瘍部の大きな変化は見られないと見立てたが、私は全体に小さくなっていると見立てた。いずれにせよ進行は止まり、わずかでも改善の方向。足元のふらつきは全脳照射の影響、三半規管が影響か尋ねるが一般的には影響がないだろうとのこと。東京女子医大でガンマナイフ治療を早急に行うことはないとの見解は同意。報告は来週にでも。
12時20分内科診察。火曜日の腹部CT撮影分を診断。結果は転移は全く見られないとの見解に安心する。足元がふらつくこと、食欲低下を報告するが、血液検査結果から原因らしきことは思いつかない。栄養補助剤としてAHCCを1日3袋、プロポリス1錠服用中を報告。イレッサ以外で服用中のものを考えると多少影響があるかも知れないとの見解。内臓に転移が見られないことから、当面AHCCの服用を中止して様子を見ることにした。
今日は明るい診察となった。女房のほっとした様子に緊張が解ける。次回診察は1月23日にMRI、1月30日に内科、放射線科診察。一ヶ月診察もなく心穏やかにお正月を迎えられそう。
12月14日
イレッサ服用395日。日曜日の朝、快晴。10時30分ウォーキングのため青梅に向かう。12時までに歩き始め、14時には終了を予定。やはり14時を過ぎると風が冷たくなる。東青梅駅より、永山公園通りを行き鉄道公園に入る。沢山のSLが壮観。12時45分鉄道公園を出発。青梅丘陵ハイキングを通って青梅駅へ向かう。永山公園の野球場では仲間達と昔ゲームをしたことを思い出す。懐かしい。第一休憩所で暫く休憩し、奥多摩の山を眺めるが、すっかり枯れた山に冬を感じる。青梅坂を通り青梅市内の観光も考えたが、既に14時に近い。楽しみは次に残して青梅駅から立川に戻る。やはり立川に較べ、青梅は寒く感じるがどんなものか。
立川で河豚ちりの材料を買うが、思っていたほど安くない。家族に購入を約束して出掛けたため、目をつむって購入。夕食に早速食べるが、やはり大人3人では河豚が少なすぎた。
帰宅後すぐにメールの整理。皆さんの励ましに感謝しつつ返信。Kさん戴いた牡蠣はめちゃめちゃ美味しかったよ。
名古屋のSさん、丁寧なメールをありがとうございます。私に若干の誤解があったようです。
HPの更新(MRI検査報告、腹部CT検査報告、、血液検査報告(12月12日))作業実施。
12月15日
イレッサ服用396日。日記に書くネタもなく、去年今頃の自分を思い出すため、日記を振り返る。驚いたことに体調は同じことが起きている。鼻の粘膜から血が滲み乾きやすい。従って鼻の中を洗い、鼻をかむ行為は昨年と全く変わらずびっくり。何でなんだろうと自分でも考えてしまう。
東京女子医大で診療予約を申し込むが電話が一向に話中で通じない。電話番号が違うのか。今日の予約はあきらめ、予約専用の電話番号を探しやっと見つけ出す。
12月16日
イレッサ服用397日。東京女子医大の診療予約は9時すぎ無事終了。どうも女子医大の診察券に記載されている電話番号は、より多くの方たちがかけるために話中となってしまうようだ。女子医大の脳神経外科に診察してもらうのは18日10時半より。
午後息子のパソコンでプリントアウトの調整をするが、肝心のプリンターが云うことを利かない。PCでは出力待ち状態となっており、プリンターの故障と思われる。それとも単純な設定ミスか。11日に同じプリントが出来たことを、実現できず悩んでいる。自分の実力低下にガッカリ。息子にヘルプ送る頃か。それとももう一日調査してみるか。
アクセスカウンタ9000突破。大台に乗るのも真直に迫った。
12月18日
イレッサ服用399日。東京女子医大の診療のため8時15分出発。10時30分より脳神経外科I医師の診察を受ける。診断には立川病院より持参したMRI写真(12月9日撮影分、11月4日撮影分)で行ったが、I医師は非常に良い結果が出ている。全く心配なしの状態で、今後は2ヶ月に一度の診察で良いとのこと。次回MRI検査を立川病院で1月23日、診察が1月30日のため、2月の前半で女子医大の診察を受けることとした。とにかくI医師の診察結果には、いつもホッとさせられる。肺がんから他への転移として脳腫瘍と骨への転移を指摘されているがと質問すると、イレッサが効いている状態であり、当面は現状通りで良いと指摘される。診察も済み精算の段階で、窓口からシステムの故障で精算出来ない。次回に支払いとのこと。これで2度連続してシステムダウンで支払い不能。窓口で案内するお嬢さんたちの、H社へのシステム不信は大きい。(●東京女子医大脳神経外科受診報告(12月18日))
帰路途中新しいマウスを購入。早速使い始めるが途中でディセーブルとなる。なぜかはこれから調査。
朝日朝刊の絵門ゆうこの「かんとゆっくり日記」を読む。内容は実に明快。主張は本当に良くわかり、こんな文章や日記が書きたいなと本当に思う。
絵門さんのHPは次の通り。http://www.asunet.net/emon/
12月19日
イレッサ服用400日。今日は映画でもと思っていたが、高校生は既に冬休みと聞き、映画を断念する。プリンタエラーの件はやっとマニュアルのある場所が分かり調査の結果、どうもインクカートリッジのインク切れのようだ。明日早速インクを買いに行ってこよう。
私のマウスが突然ディセーブルになってしまうため、昨日新宿ビッグカメラで新しいマウスを購入。ワイヤレスに随分そそられたが、乾電池必須それも2〜3ヶ月で交換とのことで断念。通常のものを購入(2980円)。早速使用するが快適な使い心地。今日改めてマウスディセーブルを調べると、ケーブルにわずかに断線の状況が見られ、イネーブル・ディセーブルを繰り返すようだ。更にUSBポートの接触部にも問題はありそうだ。私の身体だけでなくPCもプリンタもあちこちにガタがきているのか。
12月20日
イレッサ服用401日。プリンターのインクを購入(カラー&黒)し取り替える。プリンター自身が表示していたエラーは解消される。しかし印字出来ずスプールに溜まったまま、うんともすんとも言わない。原因を探るものの一向に分からず、夕方ギブアップ。長男にヘルプのメールを送る。メール後連絡入り明日応援に来てもらうことになった。申し訳ない。
横倉は大雪が降っているようだ。インクカートリッジ購入で、近くの電気屋まで出掛けたが確かに寒い。
12月21日
イレッサ服用402日。長男到着するが娘睡眠中で目を覚ますのを待つ。高校駅伝男子の仙台育英高校は2時間2分前半で優勝。勿論高校新記録だが、その走りと若さ(1〜2年生主体)に驚く。
PCを立ち上げプリンタの状況を見てもらう。特に異常は感じられないとのこと。昨日はなんだったのか。電源を昨日全部落としたことが好結果を招いたのか。プリント可能状態から、宛先DBの更新と年賀イラストのレイアウト構成。私の分だけは夜22時過ぎに完了。女房・娘のプリントは明日を予定。
横倉雪の状態だが、夜間瀬スキー場が3日間で110cmの大雪であることから、家の周りも大変になっていると想像できる。25日ぐらいから横倉入りしたいが、単独で行動することは無理があり、どうしようかと思案中。
夜母と長兄に各々tel。母にはお餅送付のお礼と現状報告。兄には今日戴いた海老と先日の走水海苔のお礼と体調報告。
鼻の内側が乾き、血が滲むのは、相変わらず煩わしい。長男21時前に帰寮へ。大したことでもない事に出掛けてもらい感謝。
12月22日
イレッサ服用403日。女房と娘のために年賀イラストのレイアウト変更と出力レイアウト変更。調整中出力出来ない現象発生。プリンタ電源のオンオフ、PCの再起動等色々試みるが出力できず。一昨日と同じ現象のようだ。明日長男帰宅時に相談するが、原因と現象回避策をきっちりと掴めなくてはいけない。
夕方姉から屋久島のぽんかんが届く。20時頃電話してお礼と現状報告する。姉のメールが未だうまく動作しないようだ。どこかで一度バックアップしに出掛けなければいけないようだ。
正月明けの1月17日、走水にて母喜寿のお祝いを計画中。4人(本人、女房、息子、娘)参加で予定。
12月23日
イレッサ服用404日。プリンタはインクカートリッジが出しているエラー信号だったため、次の出力が出来なかったようだ。現象はインクカートリッジを再度取り替えたとしてエラーを解消しプリント可能に。カートリッジ(カラー)が1日のプリントで、インク切れとなるとは信じ難い。プリンタも7〜8年使用。ガタが来る年になったか。出力レイアウトを一部変更して、明日はプリント出来るだろう。長男をエビフライの夕食で釣って正解。
暫くウォーキングもサボっているせいか、部屋の中でもふらつくことがある。なぜだろう、注意しよう。横倉へ出掛けることはとりあえず断念。
12月24日
イレッサ服用405日。今日はクリスマスイブ。女房・娘のためのプリント完了。私の出力分の忌引き、住所変更チェック。住所変更が以外と行われていないために、5枚ほど旧住所のまま出してしまうところだった。内容は違うが女房・娘プリント用のものを少し分けてもらおう。明日皆さんへ少し手書き文章をいれ、一通り揃える予定。
食欲、ビールとも未だ回復せず。イブの夕食はライバル(女房)ほど飲めず、チョッと寂しい。
娘にクリスマスプレゼントに帽子を戴く。大きさも丁度いいし、両耳が完全に被れるタイプは、スキンヘッドに暖かく優しいのが嬉しい。横倉入りの時にはこの帽子に大活躍してもらおう。
12月25日
イレッサ服用406日。15時過ぎから年賀状のコメント書き。一気にやらないと31日を向かえそうだ。24時30分頃終了。2行くらいの書き込みなのにメチャ疲れたな〜。旧会社の仲間にはキチンと話をしたいが、大きく成りすぎてもいやだと思うと、暫くは現状通りの対応で行く。
昨年25日頃はイレッサ副作用の問題が新聞を賑わし、使えなくなったらどうなるかと随分心配をした。
鼻内部の乾燥と鼻血はまだ良くならない。少し軽くなった気はするが。
12月26日
イレッサ服用407日。9時32分のクルリンバスで病院へイレッサ14日分を貰いに出掛ける。久し振りの外出だが、やはりバランスがおかしい。11時15分頃薬入手の手続きを終わり、薬局にて支給して貰う。途中ポストを見つけ年賀状の送付を無事済ませる。薬局からバス乗り場(クルリンバス)まで15分。ギリギリ間に合うと思い、急ぎ足で移動する。しかしわずかに間に合わず、空バスを見送る。次のクルリンバスまで約1時間。図書館にて日経専門誌をじっくりと読み時間を潰す。立川の街も夜のテレビ番組も年末・正月モードに入ったようだ。
身体を動かさず、少し堕落モードに陥ったようで反省しなければならない。
12月27日
イレッサ服用408日。朝から快晴だけど風が冷たい。昨日皆さんに送ったコメントの中にお袋さんの喜寿のお祝い、また22日の日誌でも喜寿のお祝いと記述してしまったが米寿(88歳)の間違い。皆さん本当に申し訳ない。女房にはボケが本格化したかと笑われる。でも88歳を77歳に見立て少しはいいかと慰めの言葉を貰う。鼻の中が切れる現象はいくらか軽くなったようだ。
SさんAさんの定年退職連絡ありがとう。Kさん牡蠣の情報ありがとう。Hさん娘と爺さんの写真をありがとうございます。あまり外出できない今、メール連絡はありがたい。
12月28日
イレッサ服用409日。図書館から借りていた図書を5冊を返す。しかし4冊目を途中迄、5冊目は1ページも目を通さず。読書力もいささか落ちた。次の借用として1月18日返却で10冊借用OKであったが、今は5冊読み終わるのにアップアップだろう。5冊借用で充分。
16時図書館から帰るが寒い。走ってと思ったが、背骨周辺が少し痛い。まさか身体がふらつく原因ではないと思うが。それと口の中が乾く現象は何が原因か。朝方ノドが痛くなる現象にウンザリ。
早く暖かくなり、積極的に歩きたいと思う時が来ないかと、今から待ち遠しい。
12月29日
イレッサ服用410日。今日は女房の誕生日。夕食準備に娘が手伝い私の出番は全くない。因みに女房は1951年生まれ。夕食はちらし寿司と鮪の中トロがメイン。美味しかったよ。
Aさんのメールアドレスを仲間に問い合わせ、Kさんのメールに返信メールを行う。
考えてみれば、毎年この頃はスキーに出掛けていた。前回女房の誕生祝いを一緒にした時はいつか、申し訳ないが覚えていない。
姉から谷川俊太郎の単行本届く。確かにポーポーの話が記載され面白い。同着した文面では現状を憂い、しかし政局が動かない状態を嘆いていた。私は日本人の将来を考えない、いい加減さにうんざりしている。
12月30日
イレッサ服用411日。14時過ぎ立川競輪場へグランプリの車券を買いに行く。狙いは福島勢を主体にするが全くの予想外れ。山田ー吉岡の着順は終わって見れば納得。山田軽視の予想に反省。
夕方風呂を出た後、身体がふらついて困った。頭を洗面台のカドにぶつけたのは、気を付けよの強い警告。息子・娘に新た心配の種を蒔いてしまった。
夕食は私希望のすき焼き。久々のすき焼きだが美味しいね。
Aさんのメールアドレスが分かり早速メールし返信が入る。今後のこと、一度会って話を聞きたいもの。
12月31日
イレッサ服用412日。一年を省みるならば、7月まではイレッサの制御力が強く、体調も良い日にちが続く。8月22日の診断ではMRI診断結果(8月12日)、骨シンチグラフィー結果(7月30日)が8月22日に公表。結果は脳に転移、背骨にも転移と最悪の結果となった。9月初めにセカンドオピニオンの診察を受け、脳の全脳照射を受ける決意をし、直ちに全脳照射に入る。この頃から全脳照射の影響か身体がふらつくようになる。10月MRIの結果をセカンドオピニオンに見せ、ガンマーナイフ治療の判断を依頼するが、結果はすぐ出ない。1ヶ月後に再度診察しようとの結論となる。11月〜12月も同様の結果であり、現在に至っている。今一番気がかりなのは、身体のバランスが崩れフラフラすることである。そろそろ10月に立川病院から戴いたイソバイドを飲む頃か。
でも1年間比較的大きな崩れもなく過ごせたことは嬉しい限り。来年は病状が収まり、安定した日々を送りたいもの。明日からは2004年である。
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