要因1
困っているときに助けてくれなかったこと 私は常に母に愛を求めてきました。 母はいたって明るい性格です。そうでなければ、父が卒中で 倒れ死ぬかもしれないという宣告をうけたときに精神的に落ち込んで 立ち直れなくなるでしょう。しかし、母は小さい私たち兄弟を 育てるために母なりに頑張ってきました。そして、私たちには、 家事手伝いくらいの要求しかしてきませんでした。 勉強しろと言われたことはいまだかつてないのですが、 家事をしないと怒っていました。 私は母の要求にも応えながら、 学校と家事と友達との遊びを両立させてきました。 しかし、私やほかの家族に対してあまりに無頓着でした。 (いまだにそうですが)家族やペットが病気になっても、 死にそうになるまでほっとかれました。 そして、ペットは死んでいき、 わたしは幼稚園とき、耳が聞こえなくなる直前まで耳鼻科に 連れて行かれませんでした。 学校で私たちがどんなことをやっているのか 必要なものがあっても、気にもかけず、 必要だったものを捨てられて私が怒ると そんなの知らなかったんだと言われ、 小学生の私には、かなりのショックでした。 常によその家とかなり違うことを不満に思っていました。 そして、それはいつも父の病気のせいになっていました。 いまもなにかあると父のせいになります。 しかし、今考えるとそれは違うのだとおもいます。 母の言葉や態度からは、愛情が感じられないのです。 母は会社務めで大変なのはわかりますが、 人のことに対して無頓着極まりないです。 何か大変だといくら騒いでも、耳も目も向けません。 これは、父が病気になったときの母なりの不幸への対処法なのか それとも小さいころからの性格なのかわかりません。 母は母自身のことで精一杯なのです。 私はそんな母を責めるつもりはないのですが、 もう少し理解が欲しいと感じるのです。 小さい子供にとって、 誰かに理解して欲しい、自分が大変なことになっているのを わかって欲しいと思ったときに一番近くにいるのは母親です。 そして母親に拒否や否定をされたときに 強烈な孤独感を抱くのです。 特に特別なことをして欲しいと願っているのではないのです。 言葉や態度に、 心配しているよ、 見守っているよ、 というサインが欲しかっただけなのです。 いまの私がこころ沈むときは、 やはり、誰かの理解を得たいという欲求が満たされないときです。 こうした原因が、良い子でいなければという無用な責任感や 良い子に到達できないという自分を追い詰めるといった 思考回路を作っていくのだと思います。 トップへ戻る