要因2

−自分の力がもっとあると信じている− 頑張れば出来ないことはないと信じていました。 どんなことでも努力して、死に物狂いで頑張れば いつか出来るはずだと思っていました。 そして、みんなが出来て自分が出来ないことは、 自分の努力が足りなくて、みんな頑張っているけど 自分が弱くてどうしても出来ないのだと思っていました。 けれども、それは、どうも違うようだということに気付きました。 私は自信過剰だったのかもしれません。 他のひとに出来ることは、当然自分も出来ると思っていることが 間違っていたのです。 自分はそんなに出来がよろしくないし、 それが出来ないからって何も良くも悪くもならないのです。 何か他人に迷惑がかかるような時は そういう状況に自分から進めるようにしないか、 勝手にそういう状況になってしまった場合は、 風邪引きましたとか、頭痛いとか、お腹いたいとか言って 逃げればいいのです。 絶対逃げられない、と大抵の人は思うでしょう。 逃げると、ものすごいものを失うような気がするからです。 でも、今の時点で相当なものを失っているのです。 それは、「楽しい日常」です。 みんな笑って暮らしています。 楽しそうです。 それなのに自分は、と私は思っていました。 みんなが何で能天気なのか不思議でした。 私は自ら楽しい日常を逃していました。 私はなんと、楽しい日常と引き換えに、 自分に鞭打ってがんばることを選んでいたのです。 そうして、頑張った結果で何かを得ることが 自分にとって幸せなことだと思い込んでいたのです。 自分に努力を強いないこと これに気付くまで2年以上かかりました。 深刻に考えていなかった時期を足すと 10年くらいになるかもしれません。 努力をしなければならないことは 小学生のころから、校長先生のお話や何かあるたびに 言われ続けたように思います。 でも、努力することは、すべてにおいて努力するのではなく、 自分にとって一番幸せになることに対して 努力することを意味しているのです。 何でもかんでも努力しなくちゃいけないなんて 勘違いしたまま育ってしまったので 勘違いしないままで育った人よりも 考えることが多くなってしまったのだと思います。 トップへ戻る