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YAHOOチャットOFF会
昨日は、YAHOOチャットのOFF会にいってきた。

メンタルヘルス部屋と健康全般部屋の合同OFFということだった。私はメンタルヘルス部屋の住人なのだが、行ってみるとメンヘル部屋の住人は私ともう一人。あとの8割は健康部屋メインの住人だった。

話してみようとしたが、いつものように、どうも話題から取り残される。何か話さねばと思うのだが、どうしてもきっかけがつかめない。

もともと部屋が違うのだから、難しいことは難しいんだろうが、浮いてはいないんだが、溶け込めてもいない状態で、状態は推移した。

どうしても、周囲の顔色うかがって相槌をうったりすることが多くなってしまう。自分が話したいことを話していいのかどうか迷ってしまう。周囲に合わせねばと、気がはやるのだが、なかなかうまくいかない。

なんでみんなあんなにたわいもない会話で話がつなげるんだろうね。えらいよ。自分には到底無理な相談だ。

昔だったら自分の話したいように話して浮きまくっていたんだろうけど、今はそうはできない。かといって、周囲に合わせて話すこともできない。中途半端。

ケンタッキー→膳丸→カラオケと場は移っていったのだが、自分は会話にほとんど参加しないまま推移していった。存在価値がない。

まあ、慌てることはないのかもしれないけどね。次にチャットで会ったときに話のネタになるのは事実だし。そしたら、次のOFF会ではもっと楽に話せるだろうし。いきなり一気に求めすぎなのかもしれないな。

いずれにせよ、1つだけ言えることは、自分の意思でトレーニングとしてOFF会に身を投じれたことはえらいということだ。1つの経験にはなったさ。

そんな感じで。
2004年10月03日 21時29分21秒


新しい時代を作るのは老人ではない!
と、タイトルを打ってみたが内容はあまり関係ない。

昔、機動戦士Zガンダムというアニメがあったんだが、それのワンフレーズ。

自分は、昔はずいぶんアニメを見たものだが、今はほとんど興味がなくなってしまった。

なんか、精神を病んでから、外界のすべてに興味を失った時期もあって、それは今もそうなのかもしれないけど、よくないことではある。

アニメオタクならオタクらしく、稼いだ金の何割かをDVDとかに投資すべきなんだな。たぶん。
2004年09月28日 00時37分41秒


今日も出社
今日も出社して仕事。

帰りに上司に「仕事がすすまないんですよねー」と愚痴ってみると、「何やってるの!」と逆にきつくいわれびびった。考えてみれば、上司に愚痴るとそうなるのは当然のことだ。上司は仕事をうまく回してくれることを期待して自分に仕事振ってるわけで、期待を裏切られて優しい言葉をかけてくれるはずもない。

甘えん坊なのよね、要は。愚痴って優しい言葉をかけてほしいと思ってる。

今日も自己嫌悪。職場ではすぐこうなってしまう。
2004年09月26日 00時20分19秒


読んでくれる人がいた
今日また、日記を読んで共感してくれる人がメールくれた。同じ境遇なので共感してくれたらしい。

今のページは実質掲示板と日記しかないし、それ以上作ることが今はできないのだが、それでも、たまにこういうメールが舞い込んで、がんばって続けていこうという気になる。

問題は、おいらの愚痴がメインになってしまって、見ていただいてる方の救いになってないこと。知識も不足していれば、経験も自己の狭い経験しかないのだから当然か。

それでも、「日記やめないでください」と言われると続けようになるから不思議。がんばろ。
2004年09月23日 23時00分30秒


剣が峰
会計事務所の仕事は期限がある仕事である。

なので、毎日毎日〆きりに追われながら仕事してる。常にがけっぷち精神。

やりがいがあるともおもえんけど、がけっぷちをつたって仕事してると思うと、なんか燃えて来たり。

ゲームクリアする感覚。

そんな感じで、最近の日々はすぎていく。土日もなければ朝から深夜まで働く毎日。
2004年09月23日 00時33分32秒


休日出勤連続
昨日の土曜日、久しぶりに会社にいかなかった。

それぐらい、今の仕事は殺人的。初めてやる仕事が、どっさりと山のようにある。

自分は、何度も何度も同じ行動を繰り返して覚えるほうなので、いきなり一回目から正しい行動を要求されるような職場ははっきりいってむいていないと思うんだが。

しかし、ヒマな職場よりは忙しい職場の方がむいてはいるのは前述した通り。

最近は、今の職場で続けていってもいいような気がしている。

これから4ヶ月の気持ちの移りかわりを一番大切にすべきだと思う、今日この頃。
2004年09月20日 00時40分01秒


どうも
どうも、自分はヒマな職場がだめらしい。

今みたいにぎゅうぎゅうに仕事押し付けられたほうが余計なことを考えなくてすむようだ。

そういう意味では、今の状態は「自分の能力を最大限発揮できる状態」だ。

ちょっとでもヒマがあると「仕事干されてるんじゃないか〜」と思って疑心暗鬼になってしまうんだからタチが悪いよなぁ。
2004年09月12日 23時54分11秒


仕事一服
昨日今日と連続で出勤。土日もないっちゅうねん。

でも、おかげで、仕事にメドがついた。

9月頭から大量に押し付けられた仕事。がんばってがんばってメドをつけた。今日は同じく今日出勤していた人に「怒られる回数が減ったんじゃない」といわれた。

総じて、この9月頭は快調といえるだろう。ちょっと自信がついた。自分もなかなかやるじゃん。てなもんだ。

しかし、このままの状態が続くとも思えないところがミソ。どこかで落とし穴がくるわけで。

でも、今日ぐらい一服していてもいいだろう。明日からまた仕事なんだしさ。
2004年09月12日 22時53分11秒


今のところ
11月になって医者になりたい気持ちが強いようなら、年内いっぱいで退社し受験生活に入ろうかと思っている。

ちょっと親に相談しないといけないが。しかし、これは大決断だな。ほんとにこんなことしてしまっていいのだろうか。。。悩むというより迷うよな。
2004年09月05日 15時58分18秒


予想されたことだが
予想されたことだが、あまりに忙しくて、合唱の練習に行けていない。最初に一回いったきり、2週間いってない。土日出勤なんだからやむをえない。

合唱は雰囲気よかったから、いきたいんだけど、みんな発表会にむけて気合いれて練習しているのに、ちょこっとしか練習にいけない自分がいっていいものだろうかと悩む。一度楽団の長に聞いてみるのもいいかもしれない。

*****

仕事のほうはというと、完全に自分の処理能力を上回った仕事を押し付けられて四苦八苦している。

しかし、「どうせ周囲はおれが音をあげるとおもってるんだろうな」と思うと、何やら反発心もわいてきて、きちっと仕事をまわしてやろう、という意欲がわいてきた。

前向き、なんだろうな。ひねくれてはいるものの、いい感じじゃないのかな。

これで、実際に仕事ができない状態になってから、またヒトヤマあるに違いない。落ち込みまくるとか。

とりあえずは、前向きにやってみるか。
2004年09月04日 00時49分31秒


調子のいい日
今日は、帰り際に、遣り残しの仕事を2〜3片付けて、ハッピーに帰宅。

調子のいい日は、「今は今の職場で全力を尽くすことが大切」と思えるぐらいにはなっている。ジプレキサさまさまだ。ジプレキサは前向きに思考をもってく効果もあるから。

医者になりたいというのは夢だ。夢を持つのはいいことだ。しかし、今現にやっていることがあるのであれば、それを無視して夢に飛びつくこともできない。もう少し、今の職場で格闘してから医者を目指すべきなのではないだろうか。

・・・と、今日は思ってる。

調子悪い日になると、とたんに逃避半分で医者になりたくなるんだろうなぁ。
2004年08月28日 00時20分12秒


行けねえだよ
先週の日曜日は死んだように寝ていた。

今週の土日は仕事。ほんとに会計事務所ってのは給料安い割に働かされる。

せっかく始めた合唱、ぜんぜん練習にいけねえだよ・・・結構行く気満々なんだけどなあ。あまりいけないと、周囲のレベルにもついていけないし、コンサートにむけて気も遣うから行きづらくなっちゃう。

やっぱり今の職場にいる以上、定期でなんかやるのって無理なのかもなぁ。
2004年08月28日 00時15分21秒


薬がかえってきてみると
土曜日に社内研修を蹴ってまで病院にいく。

「2週間薬のまないと結構きつかったはずだけど」といわれ返す言葉もない。その日からしっかり薬をのんでおく。

で、今日。

やはり薬の効果は偉大だなぁと思う。今日もいろいろと気になることは多かったはずだが、精神的に安定している自分を感じる。

やはり自分は病人なんだと再確認。
2004年08月24日 01時14分29秒


YAHOOチャット
最近、YAHOOチャットに出没している。当然、メンタルヘルス部屋。

同病相憐れむ。なのか、とにかく気持ちが通じ合う人がいっぱいいて癒される。

しかも、この手の病に倒れた人ってのは、どうしても周囲から遅れるから、再受験で大学にいこうという人が結構いっぱいいる。医療関係者も多いし。情報交換にもなる。

しばらくクセになりそうだ。
2004年08月21日 02時16分12秒


金曜日
薬がきれて5日目。

この日は、初めて自分に後輩ができた日。でも、すぐ抜かれるんだろうな・・・なぜなら後輩君は、コミュニケーション能力も高そうで、仕事に対する意欲も高そう。

自分のように金のために時間を切り売りして、かつ神経を病んでいるような人間とは違う。しかも若い。勝てるところが何もない。

まあ、勝つ必要もないが。

いずれにせよ、今日も仕事が手につかない。

まあ、この商売むいてないんだな。そう思って慰める。じゃあ何の仕事がむいてんのかという話にもなるが。

実務家としてはダメだな自分は。学者むきだ。

いずれにせよ、今日でなんとか一週間終わった。明日はようやく医者にいける。早く薬飲まないと。

今日は自分へのご褒美として、職場からタクシーで帰った。
2004年08月21日 02時12分48秒


木曜日
薬が切れて4日目。

さすがに仕事が手につかない。周囲が自分について何か言っているような気がする。何か悪口言っているような気がする。

つらいのはつらいんだが、こういうとき、「ああ、自分は病気なんだな」と思う。薬があればこうはならないのに、薬がきれたとたんに出る症状。

病気が治らない限り、まっとうな職業につくことなどできないのではないだろうか。と暗澹とする。医者になったりすることなど到底無理な気がする。

いずれにせよ、明日から上司が出てくる。つらいところだが、明日一日耐えれば、次の日は病院に行ける。といっても土曜日も出勤なんだが。ほんと、たまの休みになんなんだ。
2004年08月19日 23時14分49秒


水曜日
薬が切れて3日目。

とりあえず、振られた仕事を必死にこなす振りをしながら時間を経過させる。早く終業時間にならんかなあ。

一人で黙々と入力する作業があってよかった。

時間が来たから帰ろうとしたところで、この9月から、「あまりに大量の仕事が自分一人に振られる」ことがわかり絶句する。しかも、自分が一番苦手な「客と直接対話する仕事」が、大量に降ってくるのだ。

・・・できるわけねーじゃんよ。

先んじて辞めてやろうかとも思ったが、何とか踏みとどまる。

でも、この10〜12月はへこみ続けることになるよなぁ・・・どうしょうか。どこかで仕事辞めようか。
2004年08月19日 01時05分34秒


suiyoubi
2004年08月19日 01時00分39秒


荷の勝ちすぎる仕事
この9月の組織移動で、私の能力をは・る・か・に超えた仕事が私「一人」にふられることとなることが今日わかった。思わず、逃避のため酒を飲みまくる。

私は、自分の思考を言葉にする能力が、はるかに他人にくらべて低いと思っている。それにつれて、現実を判断する能力も他者にくらべて低いと思っている。

その私に「いきなり」「クライアント先と直に」対応するような仕事を「大量に」ふってくる職場も職場だが、まあ、私がつぶれようがなんだろうが、あまり真剣に考えていないにはちがいない。

しかし、まずまちがいなく、この振られた仕事は完璧にはできない。どうすんだよ・・・

自分の鬱的性格から考えて、振られた仕事ができないことによって、かなりへこむことは間違いない。いっそ、先んじて辞めてやろうかとまで思ったが、へこんでから辞めても遅くないと思い、なんとかふみとどまった。

今の職場は、平均半年で辞めるような、激務の場所であるのだが、このいきなり大量仕事振り事件で、その原因の一端がわかったような気がした。
2004年08月19日 00時58分32秒


インターネットメール
職場で、私用メールを書くときは私はインターネットメール(YAHOO)を使っている。職場で与えられたメールアドレスは中身を検閲されているからだ。

しかし、うちの職場では誰がどのサイトを見たかのログも監視されている。インターネットメールの頻用がばれたか、このあいだ「インターネットメールの使用を禁ずる社内規約を作る」とミーティングで通達があった。

規約ができたら、さすがに使うわけにはいかないだろうが、私用メールができなくなって、ますます精神的に追い詰められることになるな。

最初会社に入ったころは、インターネットメールを使ってなかったのだが、精神的に追い詰められて大変だった。それが私用メールを解禁してから圧倒的に仕事にも好影響がでるようになった。精神的に気楽になったからだ。

まあ、私みたいな精神的問題者のことを考える必要はないのかもしれないが、あまりぎちぎち管理するのもどうかと思うんだがなぁ。

ああ、つらくなるなぁ。
2004年08月17日 22時52分06秒


火曜日
薬がない2日目。

今日から3日間上司がいないんだった!これは大きい。

今日は夕方に視線恐怖的になりかけたが、しばらく外に出て休憩してなんとか回復。

しかし、職場にいればいるほど、自分の仕事の遅さにがっかりする。話しかけるのが億劫なだけで、こんなにつらいとは。今の職場でダントツ抜けて仕事ができんよ。ほんとに。あーあー。

それでも、いけばいっただけ金が入ってくる。それだけを楽しみに毎日毎日いく。
2004年08月17日 21時46分10秒


月曜日
薬がない一日目。

午前中は退屈なミーティングで終わり。自分は当然一回も発言しないまま終わる。

午後からだらだらと仕事を続けていたが、夜になって大きなミスが発覚。

笑い飛ばした「ふり」をしてフォローに努め、午後11時ぐらいに撤収。

他人の視線で氷結してしまうようなこともなく、なんとか無難に過ぎた。

だからといって、ジプレキサなくてもやっていけるんちゃう?と思ってはいけない。油断は禁物である。

そして戦々恐々として火曜を迎える・・・
2004年08月17日 00時14分42秒


薬がきれた
今飲んでいる薬が金曜切れた。

土曜に病院に行って見たら「お盆で休診」だった!

つまり一週間薬なしで働くってこと。げげげげ。

明日からだよ。不安だよ。。。

前一回切れたときも、周囲の視線がばりばり気になって大変だった。
2004年08月16日 01時40分47秒


合唱
今日は、初心者歓迎と大々的にPRしている合唱団に見学に行ってきた。人間関係トレーニングがメインの目的。初対面の人ばかりの中、うまく溶け込めるであろうか・・・

集合場所にいってみるとすでに3人そろっていて、挨拶をして輪に入る。ここで結構緊張したが、相手も結構気を遣ってくださる方でいろいろと話しかけてくれた。とりあえず、東京は今日は雨で肌寒かったので、天候の話をして場をつないでおく。

練習場所に移動してしまうと、あとは合唱の練習だけ。みんなと同じように声を出してがんばっておく。

練習は午前からはじまって昼をはさんで夕方の5時まで。昼休みは近くの「なか卯」で食べたので、これまた少し緊張したが、またまた同席の人が気を遣ってくれる人で、ほっと一安心。

初心者なので、合唱のスキルはゼロ。下手も下手でだめだめだったが、まあ最初は誰でもそんなもんであろう。と自分を慰めておく。そこであまり卑屈になっては周囲も緊張するだろうから、卑屈にならないように気をつける。

しっかし、この合唱の練習に来ていた人で、こんなに緊張していたのは自分ぐらいのもんであろう。みんな楽しげに練習していらっしゃった。本当に自分で自分を省みてアホだと思うのだが、やむをえない。

練習を終えて、みんなで晩御飯という感じであったが、自分は用事があったので失礼させていただいた。

全般としては、周囲に緊張を与えるでもなく、まじめな見学生を繕うことができたと思う。周囲も気を遣ってくださるかたばかりで、感じもよく、次回も練習にいってもいいかな、ぐらいの感触を得て、初回の練習見学は終了した。

自分の対人コミュニケーションレベルから考えると、ばん万歳というところであろう。

まあ、何度も何度も練習に行けば行くほど、対人関係は複雑になってくるんであろうが、ま、初回としては満点の行動がとれて満足した。

この見学会がなければ、どうせまた鬱々と休日過ごしていたであろうから、この見学会にいって上機嫌で月曜をむかえるか、鬱々と過ごして月曜をむかえるか、天地大きく違うわけである。そういう意味では、自分から積極的に行動して休日を過ごせた自分をほめたい。
2004年08月16日 00時39分07秒


集団活動に参加すること
仕事できないできない泣いているばかりでなく、少しは改善の努力でもしようかということで、都内の混声合唱団に入ることにした。

とにかく、集団の中での振舞い方、あるいはコミュニケーションといった部分が、引きこもった影響から確実に周囲より遅れているわけで、そこが仕事ができない原因にもなっているわけである。これを克服するためには、辛くても周囲から遅れていても、集団に入っていくほかない。

合唱団は、1つの目的(発表会)にむけて全員がコミュニケーションを取って努力していく場所であり、トレーニングにはうってつけ、という考えである。

一時期テニススクールに入っていたこともあるんだが、どうも黙々と球を打って、時間がきたらさようならぁ、という場所であり、トレーニングには今ひとつであった。

知り合いは格闘系の道場をすすめてくれたが、コミュニケーションを取って全員で1つの目標にむかう、という点で合唱団のほうが協力の度合いが強いように思ったので、合唱に手を出すことにした。すすめてくれた人、ごめんなさい。

とにもかくにも、これで1つ趣味ができたわけだ。

8/15が最初の練習会なのだが、はたしてどうなることやら。
2004年08月09日 23時34分17秒


わけがわからなくなってきた
その昔、高橋由信が入団に際して、「考えれば考えるほどわからなくなった」とコメントしていたが、なんかその状態に似てきた。

どの職業につけばいいのか、正解などないわけである。考えるだけ考えているうちに、なぜ考えているのかすらわからなくなってきたりする。

・・・それでも結論は出さねばならない。うーん。どうしたもんかなぁ・・・
2004年07月30日 21時54分02秒


失業者と引きこもりは明確に分けられるものか?
引きこもり関係の掲示板を、このあいだ覗いてみた。

そこで、職をコロコロと変えつづけて40代になって、まだ悩んでいる人が悩みを打ち明けていた。それに対して、「失業者は失業関係の掲示板に書きこんでください。引きこもりと失業者は明快に区別すべきです」との返答が書いてあった。

もちろん、一理あることは認めるのだが、実際問題、そこまで明快に線引きできるものだろうか。

自分は、今は対人恐怖的・視線恐怖的な症状を持っているが、薬で抑えて働きつづけている。これは、引きこもりとはいえない、が、薬を飲まなければおそらく辞職して引きこもりに戻っていたであろう。そういう意味では薬と出会えたかどうかが、引きこもりかどうかの一線になったわけである。

失業者の中の何割かは、おそらく自分のそういう状態を恥じているであろうし、そういう羞恥心から対人恐怖に発展している人間もいるだろう。

だから「あなたは引きこもりだから助けてあげましょう、あなたは単なる失業者だから自助努力してちょうだい」という線引きは、実際には非常に難しいと思う。

ま、それがどうした、といってしまえばそれまでだが。
2004年07月23日 01時12分34秒


曖昧
まあ、いろいろと悩む昨今。毎日毎日思考はコロコロと変化し、自分でもイイカゲンだなあと思う。

しかし、人生とはそんなものかもしれない。AかBか、どっちが完全に善で、別の選択肢は完全に悪である、と事前に把握できる選択のほうが実は遥かに少ないんだろう。大概は、迷いに迷いに迷って、一歩踏み出し、それでも迷って、だからこそその選択にも重みがでるようなきが、今日はした。

曖昧な人生だなぁと思うが、だからといって自分を責めたりしないようにしたいものだ。みんなそうなんだから。
2004年07月23日 01時05分38秒


大胆極まりないアイデア
最近、前にも書いたが、精神科医になりたくて困っている。

今の年齢からこんなことを考えるのは、あまりにもリスクが高い。わかってはいるものの、実は周囲も止めないで、逆に薦めてくれたりする。いかに自分が今の職場で苦労しているか、わかっているからだろうな。

やりたいことの一端は、精神保健関係の職にあることは、まあ間違いない。

問題は金銭的なものと時間的なもの。学力的なもの。・・・3つもあるじゃん・・・

今の職場からの逃避が入っているのは間違いない。

医者になったっていやなことはいっぱいあるんだし。。。今の職で頑張れば、という思いも消えない。オールハッピーというわけにはいかないだろう。

どーしたもんかなー。
2004年07月20日 17時08分20秒


コミュニケーション
いつものことながら、今日も仕事をしていてコミュニケーションが取れない自分を感じる。

仕事の上でわからないことがあるとする。わからないんだったら周囲に聞くしかない。が、それをするのがひじょーに億劫である。

6ヶ月もたって、こんなこともまだわからんのか、と相手に思われるのがイヤなのだ。

今日はがんばってがんばって、ようやく午後になって一つ聞けた。はー、なんでこんなことでくるしんでるんやろ。

一事が万事こうなので、仕事全体として見れば、めちゃくちゃ生産性が低くなってしまう。

だったら、なんでも聞けばいいじゃん、と思われるだろうが、それが「できない」のだ。それが簡単にできたらこんなに苦労はしない。

周囲でこんなことで悩んでいる人間は一人もいない。それだけにつらい。
2004年07月12日 22時01分56秒


辞めるかどうか
はっきりいって辞めるかどうか考えている。

今の職業に「適性がない」ことはこの半年でよくわかった。もっと「話さず」に「体を使う」職業につきたい。

自分は引きこもりの影響か何か、とにかく他人とコミュニケーションを取るのが苦手だ。今の職場は、まさにそれができないと話にならない。

というか、一般的にビジネス全体にそうなんであって、そういう意味ではビジネス適性自体がない。

今まで、ここで辞めるのは逃げだ、みんなこういう中頑張ってるんだと思って必死に耐えてきたが、いろいろ考えているうちに、もっと楽な職業に変われるんだったらそれはそれでいいんじゃない、と思うようになった。

「何をやっても大変なのよ」と母親に言われたが、肉体的な大変さなのか、精神的な大変さなのか、それはいろいろあると思うんだよな。自分が慣れやすい大変さを選べるんだったら選ぶべきではないかと。

前よりかなり真剣に悩んでいる。というか、悩んでいるというより、検討している。ほかの道をかなり具体的に検討している自分を感じる。
前は鬱々とねっころがって暗澹としていただけだったが、今はそうじゃない。

逃避するのも必死で逃避すればそれは逃避じゃないと最近は思う。
2004年07月09日 21時47分36秒


迷い
正直なところ、職場ではうまくいってない。将来的に、ずーっとこの職場で働いていけるとはとても思えず、どこかで失職する可能性はかなり大。

そこまで思うなら、今、何か別の職にかわるべきなのか・・・?

迷いまくり。

職を変わって、劇的に職場でうまくいくようになるのなら、いくらでも変わるんだが。そんなことはありえない。

ちょろっとでもいいんだが。。。事態が好転するのなら・・・でも職を変わったら悪化する可能性だってある。

ポイントは、おそらく、どこで働いていけるか、ではなく何が「やりたいか」なんだろう。「やりたい」仕事なら、いろんなことにも耐えられるはずなんだろう。

でも、迷ってる。迷ってるというより、悩んでる、というより鬱だな。たぶん。

それにしても、「引きこもりからの就職日記」というより「職場にマッチできない人間の愚痴日記」になっているな。。。
2004年07月07日 00時27分19秒


人生について本気出して考えてみた
土曜は相変わらず鬱々とベッドで寝転がって一日過ぎた。

これじゃあ5月に逆戻り。これじゃあいかん。と思って、「13歳のハローワーク」という村上龍の本を片手に日曜はファミレスへ。子供向け仕事紹介本を読み漁る。何か心に引っかかるものがあれば、そっちにむかえばいいのだ。

で、どうしても精神保健系の職に目がいく自分がいる。ま、そりゃあそうだろうさ。この5年そんなことばっかり考えてきたんだからさ。興味志向はそっちにある。精神科医とか。カウンセラーとか。

問題点はいくつかある。一つは、今の職で苦労しているコミュニケーション能力が、必須の職業ばかり。そんなことができるのかというのがまず一つ。二つは、どっちにしろ大学に行きなおすことになるから、また学生生活やることになる。もう30目前なのに、これは許されるのか。3つ。大学に入るためには受験で通らなければいかん。もう30目前なのに、できるのか。

・・・といっても、今の職業を続けていくよりはリスクが低いような気はするんだが・・・
2004年07月05日 08時35分23秒


そして半年経った
今日で事務所に入ってから半年経った。

試用期間が6ヶ月だから、明日から試用期間ではないことになる、はず・・・だ。

一つの目標にしていた6ヶ月を、低位安定ながらも一応は迎えることができた。

最初の2ヶ月は、他人の視線が気になり声が気になり笑い声が気になり、神経過敏なまま、一歩も動けないような状態が続いていた。次の2ヶ月は、今の職場でずっとやっていけるのかどうか、自分の人生に向き合っているうちに、休日も鬱々と寝ころんだまま、一歩も動かないで過ごすようになった。

いろいろとあって、周囲の視線で動けなくなることも今はないし、休日も「寝転んで指一本動かさず」過ごすこともなくなった。

えらいものである。一応は自分で自分をほめよう。えらいえらい。こういうときでもないと誉める場面がないからな。

ただ、指一本動かせないわけではないが、人生の悩みは続いている。この道のまままっすぐいけるのかどうなのか。どこかで方針転換するなら早いほうがいいのではないか。

その悩みは「寝転がって」いて解けるものではない、とわかったから動けるようになっただけにすぎない。

ほんと、どうやれば決まるんだろう。決まるのではなく、決めるのか。どうやれば決められるのだろうか。
2004年06月30日 23時17分25秒


期限
将来についていろいろと考えるわけだが、とにかく、期限を決めて、そこまではしっかり頑張ってみたらどうだろうか。と思うようになった。

たとえば、今年いっぱい頑張って、それでも芽が出ないようなら、あきらめて料理人にでもなんでもなればよいではないか。

どこかで決めないといけないのだが、今すぐ決断、に二の足を踏むなら、将来のどこかで決めねばならんだろうさ。
2004年06月29日 01時03分57秒


枯れてきた
考えてみればいろんな経験をした半年だったなぁ・・・

職場に入った直後は疑心暗鬼かつ虚栄のかたまりで、コミュニケーションもクソもなかったな、今思えば。

徐々に仕事とはどんなものかわかってきて、それとともに自分の力の限界もわかってきたと。できないとわかってしまえば、開き直りもでるわけで、それが今。いってしまえば給料泥棒で、周囲もそれはうすうすはわかっているはずだが、そのポジションに慣れてきている。

これを続けていけば、自分なりのペースで仕事ができるようにはなっていくだろう。というような気はする。毎日、会社にいって、「こいつ使えないなぁ」と思われながら日がな一日自分なりに仕事をして帰ってくると。で、また次の日にいくと。

それはそれで一つの人生。

薬の効果は大だけど、落ち着いてここまで平日に考えられるようになったのだから、ちょっとは成長したんだろうと思う。

相談に乗ってくださった方々のおかげとも思う。

今すぐイヤだから辞めよう、と思うこともないが、かといって今の仕事には夢も希望もないわけで、単に金を稼ぐ手段(としてはもう少し優秀に働いていたいものだが)としての意義しかない。それはそれで大きなものだが・・・・
2004年06月22日 00時25分46秒


低位安定
最近、職場で低位安定している。

自分の能力のなさや、周囲からの低評価に慣れてきて、「ま、しょうがないか、能力がないんだし」で、済ませることができるようになってきた。

職場で「使える人間」になったほうがいやすいことは間違いないんだが、周囲からの反発を受け流すだけでも、いつづけることはできる。

ベストではないが、とりあえずベターな状況にはなっている。いつづければ金は入ってくるんだし。

それでいいのか、と問われれば、良くはないんだが・・・でも、ワーストでもないよね。さしあたり、こんなもんではなかろうか。
2004年06月16日 22時47分27秒


さぼった日
今日は、会社をさぼった。

急ぎの用事はなかったはずだし。

道を自転車で流しながらぼーっと考える。

一瞬一瞬が決断の上に行動が成り立っているとすれば、自分はまったくその意識を持っていなかった。なんとなくレールの上に乗っている上に人生は流れていくものかと思っていた。

今はそれが間違いであることがわかっている。なのに、休日も鬱々として布団にくるまって寝ているだけ。

決断の上に布団にくるまって寝ているのか。そうじゃないはず。決断を回避しているつもりになってくるまっているだけ。

くるまっていてもいなくても、同じように時間は流れ、平日になれば働きにでなければいけないなら、休日をどう使うべきか、おのずと明らかになろうはず。

などと自転車に乗っているうちに考えた。

くるまって寝ていても、物事は何も変わらない。決断、決断。
2004年06月02日 16時51分46秒


日経一面
今日の日経の一面は、女性で料理人になった人の特集。

見ていると、30前後で調理師になった人がいれば、42歳ですし屋になった人もいる。

女性の場合、人生を決めるのが遅くなっても許されるようなところがあるのかもしれない。が、これは女性だから、とはいえないかもしれない。

何が言いたいかというと、30前後から未経験で仕事を始める人というのが、確かに存在するということ。主婦から仕事を始める場合は、40前後から仕事を始める人だっている。

引きこもったまま30代になったとしても、少ないながらもチャンスは存在するはずだ。

むしろ、チャンスがないように思ってしまう傾向の方が問題なのだ
2004年05月29日 23時23分50秒


就職は困難か?
前にKHJの会(引きこもり支援団体)にいったときに、「20代後半〜30代」の引きこもりの子供を持つ親だけの集団の話を聞くことができた。

そのときに大変に違和感があったのが「もううちの子は就職はムリだ」「そうですよね」という共感が集団を支配していたこと。

もちろん、対人関係がまったくゼロの引きこもりの人間を見て、就職するのがムリといいたくなる気持ちもわからないではない。また過度のプレッシャーを子供にかけにくい状況もわかる。

しかし、就職がムリ、といえるかどうか。それで共感してしまっていいのかどうか。

おそらく35ぐらいになって、まったく働いた経験がなければ、サラリーマンになるのはまず無理だろう・・・おそらく。

しかし、すべての職がムリとはとてもいえないだろうと思う。どんな職でもよければ、可能性はゼロではないだろう。

もちろん、親御さんは大変な苦しみの中にいるわけで、子供が職に就くのがムリとは限らないのでは、という指摘をそのときはできなかった。サラリーマンになるのがムリだから、職につくのがムリという思考に、日本はなりやすいよなぁ、と思った。

が、今思えば、その指摘はしておいてもよかったかもしれない。引きこもった経験がある人間がいえば、それなりに聞いてもらえたかもしれない。

・・・ま、他人の心配をする前に自分の心配をしたほうがいいわけだが。
2004年05月29日 23時14分49秒


そして何も変わらない日常
焦ってはみるものの、今日も仕事にいって「仕事をしているふり」だけして帰ってくる日常が続く。

もう少しうまく仕事ができたらなぁ・・・ふりだけじゃなくて。

とにかく、鬱々と仕事をしているフリを続けている現状のまま年月が過ぎていくことはよくはない。しかし、金が入ってくる、という事実だけはあまりにもでかい。金金金・・・

金のため、ということさえなければ、自分は一生引きこもって過ごす、かもしれない。と思う。そんなレベルの人間が人生の方針を大きく転換させることなどできようはずがあろうか。

働かなくていいのであれば、どんなに楽か。後ろ向き思考が続く日常である。
2004年05月21日 22時03分21秒


焦り
最近の日記を見ると、自分で読んでも焦りしか見えてこない。

焦らないより焦ったほうがいいのかもしれないけど、焦ることはベストではない。

少し落ち着く必要はある。が、そこでとまることもできないのも事実だ。

自分はどっち向きに生きていきたいのか。
2004年05月11日 23時12分56秒


うん、今のままじゃジリ貧だ
休日も鬱々としてしまうこの状態。このままじゃだめだ。何か考えるんだ。人生がつまんないまま終わってしまう。

もっと自分に「楽」な職業につくんだ。対人関係が苦手で、コミュニケーションを取るのがめちゃくちゃヘタな人間でも、まがりなりにできる仕事を。対人より、対物、頭を使うより体を使うような。

見栄を張って頭脳労働系に就こうとするからしんどくなるのだ。

給料は新卒初任給ぐらいあれば、十分ハッピーなのだから。出世もいらね。

翻訳家になるか、料理人になるか?鍼灸師とかになるか?マッサージ師になるか?

一度専門学校や大学に戻ってからもう一度仕切りなおすことも考えて、白紙から思考をスタートさせよう。

いずれにせよ、今のままじゃだめだ。

・・・とこのレベルで、人生選択したことなかったな。食うか食えないかのレベルの選択だよね、これ。もっと早くこのリアリティをもって考えるべきだったんだろう。ムリだったけど。

将来的にダメになるから、今のうちに考える、って遅いんだけどさすでに。

さて、何になる?
2004年05月09日 17時54分33秒


選択
自分は今どうすべきなのか。人間というのは、常に選択を迫られている。極端に言えば一秒一秒、どういう行動をするか選択を迫られているはずだ。

そこで合理的な選択をするか非合理的な選択をするか、いずれにせよ、「選択」はしないといけない。

引きこもりというのは、「選択」からの回避であり、これを長期間続けることで、「選択」能力は低下する。これは、集団の中で生きる上で、かなりのダメージだ。

最悪の場合、人格障害や精神病にまで発展することも、ありうる。この辺は、定義の問題でもあるのだが。「選択」する能力が毀損して回復しない場合、精神的にはかなりまずい状態であろうと思う。

とにかく、何か選択しないと生きては行けないのだ。全否定ってのはありえないのだ。声を大にして、自分に言い聞かせたい。ほんとに。
2004年05月07日 22時37分08秒


集団の中で働くこと
この日記は大半が愚痴であるらしい。前前から指摘を受けていたが、否定しない。

今日も愚痴。なのだな。

ここで愚痴ることで、明日への微々たる活力が得られるなら、それでもまーいーか。と思うのと、愚痴のような思考でも、それに共感する人もいるだろう(それがいいか悪いか別にして)から、それはそれで意味があるかと思うのと。

それはさておき。

今日は、世間はまだ連休だというのに、仕事。会計事務所にGWなど関係ない。

仕事といっても、自分は座っているだけ、仕事をしているふりをしているだけ、という時間が、大変に長い。どうしても周囲のペースに乗り遅れるので、そうなってしまう。

以前、通信添削のアルバイトをしていたときは、さして苦もなくやっていたことを考えると、集団の中で働く、というワークスタイルに問題があるような気もする。

じゃあ、家でできる仕事だったらできるのか。通信添削のバイトだとあまりにも安くて割りに合わない。人一人食べていくわけにはいかない。

あと考え付くのはプログラミングとか、翻訳とか。翻訳は一度真剣に考えたことがあったが、そのときは、今の事務所でもう一度サラリーマンにトライするチャンスが来たので流してしまった。

今29歳だから、ここでサラリーマンやめるのはタイミングとしていいとしても、新しいことを始めたら、今度こそ一生仕事にしたいもんだ。見栄も外聞もなく、自分の素質をにらみつけて、正しい選択をしたいものだと思う。

しかし、サラリーマンやっていて思うけど、この商売続けてて、ジリ貧だよなぁ・・・おれ。
2004年05月07日 00時15分01秒


なんだったらできるのか
とにかく、自分は働きたい。働く意欲がないわけではない。いや、むしろこういう状態にあるがゆえに、働く意欲は旺盛なのだ。

しかし、仕事がうまくいかないストレスに大変弱い。かつ、仕事がうまくいかないときに打開する力も弱いと思われる。

つまるところ、今できることで働けばよいわけだ。・・・ってなんだ。何ができるんだ。

自分は1対1コミュニケーションだったら、まあまあ普通にとれる。集団の中での振舞い方等々は苦手だが。だから、たとえは塾講より家庭教師のほうが向いている、ようなきはする。

体も一応は五体満足なので、体を使うことは、一応できるはず。

・・・で、何が仕事にできるの。本当に。それがどうした、的な話ばかり。なんだったら仕事にできるのか。

昨日はこればかり考えていた。が、結論はでない。というより、もともとこんなことに結論などない。単なる逃避でしかない。

終わっている。暗すぎる。うぅ。
2004年05月04日 17時59分00秒


どうせいっちゅうねん
とにかく、今の状態のまま会計事務所にいつづけることは、「イヤだ」。仕事にミスが連発して、周囲から信頼を失い、仕事を半ば干されている。かといって仕事を任されたところで、大しておもしろくもなければ、うまくできるわけでもない。ただ、鬱々と日々が過ぎていく。

かといって、ほかに何か道が見えているわけでもない。引きこもり支援NPO法人に就職する手もあるが、そこまで踏み出すこともできない。

・・・これは完全に愚痴だなw。

しかし、休日すら鬱々と過ぎていく今の現状は決して良いものではない。平日仕事している日ならともかく。

早いものでもう仕事について4ヶ月たったが、いまだに「これ」という確たるものをもてない現状にいらつき、失望する。

いっそのこと、おおっきく方針を転換して、料理人になったりする手もある。しかし、そこまでの根性もないんだろ。

結局のところ、鬱々と日々が過ぎていく現状に甘んじていくほかない。この現実にまた失望する。

・・・完全に愚痴w。
2004年05月03日 18時51分15秒


久しぶりに書いてみようか
忙しくて書くひまがなかなか取れない。

仕事のほうはケアレスミスが減ってきたのと、コミュニケーションを取るようにしているので、低いレベルながら安定はしてきたようだ。毎日毎日「これは自分にとって天職じゃない!」と思いつづけながらも、はや3ヶ月。仕事とはそんなものかもしれない。

のんびりしていた1月、激動の2月、凪の3月ということか。。。

思うのは、やはり社会から隔離されていた副作用が大きいなあということ。

とにかく、実行力に乏しいのだ。自分で呆れるぐらいだ。

「これやっといて」という具合にポンといわれたことをやるために、「その前準備でこれとこれを集めて、やりかたを○○さんに聞いて、確認をとって」という多段階ステップを「自分で考え」「実行しなくては」ならない。が、そこに大きな障壁が待っている。他人にくらべて、実行力が非常に劣っている。ようなきがする。

実行力は、物事を実行しなくてはつかないが、引きこもっているうちに、そういう力も衰えてしまったのだろうとは想像できる。

が、すべてを引きこもりのせいにするのはどうかという気もする・・・これから仕事を長くやっていけば、「慣れ」であるていどカバーできるのも目に見えている。嘆いても仕方がないといえば仕方がない。

ぜんぜん関係ないが、先月は、いろいろあって、金銭面がきわどかった。給料日前に1万円を貯金が切っていて、結構どきどきした。
2004年04月17日 00時10分50秒


いじめられているわけではない
とにかく、仕事の上でいろいろと風当たりが強いような「気がする」が、仮に自分に辛くみんながあたっていたとして、それは決して「いじめ」ではない。

なぜならそれは、理不尽ではないからだ。これは「いじめ」の定義にもよるだろうが、本来つらくあたるべきでないところで辛くあたったら、これはいじめに違いない。しかし、仕事の上でミスがあって、これにつらくあたった場合、これは「いじめ」とはいうまい。

もちろん、必要以上にねちねちと言われるとカンに障ることもあるが、それにしたって、それは「いじめ」ではない。

とかく被害者意識が強い私であるので、この点は、十分自戒しておかねばなるまい。

・・・とはいっても、実際はどこまでが自分のミスといいうるか、線引きは曖昧だから、難しくはあるのだが・・・
2004年04月02日 22時59分43秒


コミュニケーションを取れれば悩みの大半は解決する
私は、「話す」のが苦手だ。

仕事の上で、僕は叱責されることが多いのだが、このあいだ、あまりに理不尽に上司に叱責されたので、「それは自分はこういうつもりでやりました」と言ってみた。自分の理を主張してみたのである。そうすると、上司が「あ、そうなのか」と納得して叱責をやめた。

これは、話す、コミュニケーションを取ることによって仕事の悩みが解決した一つの瞬間であった。

よくよく考えると、自分の仕事の上の悩みは大半が「話す」ことによって解決する。自分の行動を説明することによって周囲の怒りが氷解したり、仕事をスムーズに運べたり。

というわけで、最近は、意識してコミュニケーションをとるようにしている。効果が徐々に出てくるのを待っている。
2004年03月30日 00時20分18秒


KHJ
土曜日にKHJに行ってきた。引きこもりの子を持つ親の会。一応、青年部というのもあって、子供の方の会合も開催されていた。

自分は親の会と子の会両方に顔を出したのだが、感想は「どちらに行くにも中途半端」ということ。

子の会、いわゆる青年部は、「今」引きこもっている人が集まるのと、若い連中が多いのとで、違和感を感じた。親の会は親の会で、もちろん自分は子供はいないので、親御さんたちの悩みを聞いて共感することも癒すこともできない。

結局のところ、「自分は一番最悪の状態ではないんだなぁ」と思って自己満足するだけなのかもしれず、そんな感情を抱きにいくぐらいなら、行かないほうがはるかにましであって、途方に暮れた。

できるとすれば、青年部を仕切っていく側に入ること。運営側、ということだ。黙っている青年たちに話しかけ、盛り上げ、ということを一生懸命やっている。

正直、その「話しかけ」「話を盛り上げ」ということが、今引きこもって警戒感も強い若者に対してできるぐらいなら、私もそこまで苦しまないわけで、そういう意味では、今、他人を助ける余裕など自分にない、ということであろうか、と思った。

まあ、やってみれば意外とできるのかもしれないが、自分としては、もう少し、自分に自信をつけてから飛び込むほうがいいように思えた。

・・・消極的すぎるだろうか・・・とも思う。飛び込んでみればまた違うのかも。
2004年03月30日 00時03分59秒


このページは失敗しているか?
このあいだ、このHPを見た人が「HPがうまくいっていない」という主旨のことを自分に言った。

????????

自分としては、予想以上にうまくいっているとしか感じていなかったので、非常に違和感があった。

別にカウンタが回らないこととか何の問題もない。

一人でもこのページを見てよかったなと思ってくれる人がいればいいと思った始めたページ。すでに、5人ぐらいの人が見て反応を返してくれていて、これ以上何を望むのか。

多くの人間が見れば成功、という方針だけがすべてでもなかろう。
2004年03月21日 22時07分29秒


久しぶりに逃亡
今日は、夕方から久しぶりに職場にいづらくなった。錯乱して(といっても急ぎの仕事はなかったはずだが)言い訳をつけて職場を離れた。

薬を飲み出してから、こういう状態には陥ってなかったように思うのだが。それだけ、昨日は微妙な状態だったということだろうか。

まあ、しかし2回目の給料も出たし、頑張ってはいるかな。たまに逃亡したって、続いてはいるさ。
2004年03月20日 06時29分01秒


単質な経験
完全に個人の感想でしかないが、私のように精神的に脆い人間になる原因の一つは、経験してきたことの種類が少ないことにある。

私の場合、友人と遊びにいったりすることも極端に少なく、受験に逃避していた面が多分にある。机にむかって勉強する、というほかの経験が極端に少ないため、精神的脆さをこの段になって露呈してしまうような気がする。

もっと多くの種類の経験を、自分でやっておくべきであった。が、そういうことが必要だとも、当時は思っていなかった。勉強してれば、人間関係のつらさからも、周囲の雑音からもシャットアウトされた世界に行くことができた。

本来、教育とは生きるための力を教えるもの、ではないのか。だとすれば、座学にのみ逃避しようとする生徒に警鐘を鳴らし得ないどころか、むしろ賞賛しようとする現在の体制には、やはり問題があると言えないだろうか。

・・・というと、教師の友人から猛反発を受けるのだが(笑)
2004年03月19日 01時41分50秒


日経一面
日経の一面に「引きこもり」の話が出た。大学中退後、フリーター。一念発起して就職したが、上司に厳しくなじられ引きこもり。

これを読んで「普通」の人はどう思うのだろうか。厳しく言われるのなんて当然じゃん、だろうか。引きこもってどうするの?だろうか。

私の反応は「そういうときってあるよね」だ。決してその状態が良いわけはないが、そうとしかできない状態もまた存在すると。モノの本に、引きこもる状態は「風邪」みたいなものだ、と書いてあった。そこまで自分の責任を放棄する気にもなれないが、しかし、自分の生育過程であったり、自分の精神状態であったり、モロモロ複合してみたときに、引きこもりになりやすい状態というのはある、と言いきっていいと思う。

だから、しばらく羽を休めたらまた歩き出せばよい。cannaの歌どおりだ。
2004年03月19日 01時36分30秒


恥ずかしいと思うこと
仕事をしていて思うことだが、私は他人とくらべて「恥ずかしい」と思う基準が違うようだ。

抱えている仕事ができないとき。できるかぎり他人に頼らず頑張ろうとする自分がいる。安易に他人に頼るのは恥だと思う自分を感じる。

が、これは他人から見れば仕事においては逆のようだ。さっさともっと詳しい他人に答えを聞いて仕事を進めるべきことのようだ。

私が恥だと思っていることは、他人にとっては恥でなく、他人が恥だとおもうことは私にとっては恥ではないと。

ここいらの基準がずれていることが、仕事の能力の低さにつながってはいる。

これが引きこもりの原因かどうかまでは即断できかねるのだが。

しかし、この基準のずれを修正するためには、やはり社会の荒波にもまれるほかはない。しばらく、裸の王様のようになりながら恥を垂れ流していきるほかはない。せんとちひろのかみかくしのカオナシのように、たれ流しきったら、少しはまっとうになるかもしれない。
2004年03月16日 00時11分34秒


社会勉強
怒鳴られて嫌味を言われて、仕事も回ってこないし、今の職場にいる意味はほとんどないような気もする。ミスも多いし、自分がいてプラスマイナスゼロ、というより、大きくマイナスだ。

それでも、続けて行けるのは、今の職場に「職能を身につける」ことを求めていないからだと気づく。それ以前の「社会での振舞い方を身につける」ことを求めているのであって、だから仕事が回ってこなくても、今はそれなりに頑張れているんだろうと思う。

昔は、そういうことを自覚していないから、すぐ動揺していたなぁ、と思う。
2004年03月14日 21時33分51秒


認めてくれる人
こないだ上司に怒鳴られたときに、「おまえの周囲の大多数はおまえにもうサジ投げてんだ。おれももうサジ投げるから。おまえのことかばってくれる人何人かいて、おれもそれ聞いたことあるけど、もうおれもサジ投げたから」といわれた。

大声でそう言われるのも、もう慣れたからいいんだが、注意すべきは、「かばってくれる人が何人かいたらしい」というところだ。

もちろん、かばってくれたあとも、私はミスを続けているからその人々もサジを投げた可能性はあるが、いずれにせよ、まだ自分をかばってくれる人がいるうちは、投げ出すわけにはいかない。そう思った。

全員が全員自分を責めていると思いがちだが、実際はそうではないという格好の例でもあった。

それがわかっただけ、怒鳴ってくれた上司にも感謝せねばなるまい。
2004年03月11日 22時30分39秒


エースをねらえ
いや、大胆なラストで。あそこまであっさりやられると、怒る気力もうせるかなと。

絶対にパート2を作らないという意思の現われだな。そこまで断固宣言してほしくなかったなぁ・・・

潔いっちゃあ潔いけどね。
2004年03月11日 22時04分04秒


一瞬の思考の濃度
周囲と自分をくらべて、一瞬一瞬の思考の量が、雲泥の差であることを痛感する毎日である。

会話するとき。相手はだれか、彼の気にさわらない話題はなにか、仕事の上で役に立つ情報はないか、等々。

仕事するとき。いつまでにやるのか。何が必要なのか。誰に話を聞かなければならないか。誰に許可を得なければならないか。ミスはないか。確認は。等々。

周囲は、そういうことを一瞬のうちに考え、正確に行動に落としている。ように見える。

私は、その何分の一かしか思考できていない。ぼーっとなんとなく行動して、結果、凡ミスが連発する。一瞬の思考の濃度が、薄い。

これをもっともっと煮詰めて煮詰めて、濃くしていく必要がある。ひらたくいえば、常に頭を回転させているように努力しようということだ。ぼーっとするなと。一言でいえばそういうことだ。

この、薄い思考も、おそらくは引きこもっていた間にどんどん薄まった結果でもあろう、という気がする。自分一人の世界で、勝手に想像を膨らませているうちは、何の制限もなく、自由に行動できる。思考する必要がない。結果、考えなしに行動することになる。

引きこもりの後遺症は、こういうところにも出てくる。本当に、いったん社会との接触を断つと、戻すのが大変だ。

挫折して引きこもりに戻ってしまう人が多いのもうなずける話だ。もともと対人関係が苦手なのに、こもる前より条件はさらに悪くなっているのだから。
2004年03月10日 23時44分47秒


キャリアというもの
今、必死に職場で「耐えている」。仕事はミス連発。周囲からも浮き上がり。それでも、「会社にいくことが大切」とばかり、いって、できるかぎり仕事をしている。それでもミスがある。周囲は仕事を回してこなくなる。それでも、座っているだけでもいいから、会社に行く。

そんな状態で、いわゆる「キャリア」という職能が、少しでも身についていくのだろうかと考えることがある。

・・・座ってるだけでつくわけないじゃん(笑)。

でも、じゃあ辞めるのか、といえば、そうもいかない。座っているだけでも、自分は必死に頑張ってじっとその場にいるわけで。そういう自分の葛藤は、たとえこの職場でだめでも次につながると思う。

もちろん、できる限り仕事を頑張り職能を身につけようと努力するのも当然のことだが。
2004年03月10日 23時36分58秒


注意深さ
今日は事務所の所長に「世間が事務所に求めるものは注意深さなんだ」とサラっといわれる。

現在、自分の凡ミスの大半は注意深さの欠如からきているものである。

自分の分析では、「引きこもり」に近い状態になっているうちに、この手の能力は退化したと思っている。世間の中で揉まれてこそ、その手の能力は保っていける。

なんの制限もないところでおびえていた自分は、それはそれで仕方ないことではあったものの、こういうところで弊害が出てくるのは、またやむを得ないところであろう。
2004年03月10日 00時53分10秒


同期
また一人、同期が辞めるらしい。

これで、同期のうち、半分が辞めた。

だめだだめだ、といわれながら、また、どうせいつか辞めるよ、といわれながら、同期の中では粘っているほうになった自分がいて、それはそれでいいことなんだが、少しさびしい気もする。
2004年03月10日 00時47分46秒


ミス
今日もまた凡ミスが発覚。上司にボロクソに言われる。

しかし、ここまで凡ミスだらけだと、いいかげん、怒鳴られるのにも周囲の蔑視にも慣れてくる。人間の慣れというのは恐ろしいものだ・・・

昔は、周囲からの蔑視にいらだっていたが、最近は諦観をもって受け止めることができている。少しは人間練れてきたのかもしれぬ。もちろん、諦観とはいっても努力することは不可欠だが。

いずれにせよ、「ダメな自分」を受け止め始めているようで、それはそれで結構な話のような気がする。
2004年03月10日 00時45分49秒


仕事がうまく行かないときはプライベートを充実させる
仕事があまりにメゲメゲなので、こないだ、ふっと本を買った。人生いかに楽しく生きるか、の指南本。よくある系のものだ。

だいたい似たような内容なんだが、ひとつ頭に残ったのは、「仕事がうまくいかないときはプライベートを充実させろ」との指導だった。いわく、それまでやりたかったことを全部やるのだと。フランス語でも旅行でもダンスでも。そして、それのために働いていると思えば、少しはハリも出てくるだろうと。そして、プライベートの方で次の仕事のきっかけが見えてくれば、そのときは堂々と仕事を辞めればいいだろうと。

この本は女性が書いた本で、上記したような指摘は女性のしたたかさ、というのをなんとなく感じる。まあ、根拠はないんだけど。なんか現実的というか。

まあ、私の場合は、ましてやりたいことかどうかよくわからないが一つには生存のために働いているわけで、そういう面ではプライベートをもっと充実させていくべき、なのだろう。

・・・よくわからんが、まあいいや。この項はこの辺で。
2004年03月08日 00時56分21秒


フリースクール
引きこもりの人を支援する、という目的から、フリースクールで、引きこもりの子供に対するボランティアを始めてみようとも思い立った。

今の会計事務所は土日も出ることが結構あるので、曜日で定型的に何か手伝うことはできないのだが、とりあえず連絡をとってみた。

まだどうなるか流動的だが、これもまた一歩目を踏み出したことにはなるだろう。

一番やりたいことは、「引きこもりの子供」でなくて「引きこもりの大人」の間で、何か情報
共有できないか、ということなんだけど、だからといってフリースクールでボランティアすることがムダでもない。

一歩一歩、かな。

っていうか、仕事の方もそれぐらい頑張れよ・・・>おれ
2004年03月08日 00時12分24秒


KHJ
全国引きこもり親の会、というのがある。その東東京支部が、楽の会というらしい。

http://rakukai.com/

この月例会に参加することを決めた。3/27らしい。

行ったところで、自分は引きこもりとは今は言えない状態であるので、何ができるのかわからないのではあるが、どちらかというと、何ができるか見定めるのが目的、といえるかもしれない。

ちょっとリスキーだが、まずは一歩目を踏み出さないといけないような気がする。
2004年03月08日 00時07分52秒


KHJ
2004年03月08日 00時05分13秒


なまじ任されても困る
下で、「仕事が体を使う系になってきた」と書いた。今は会計事務所にいるわけだから、本来、税金をどうする、だとか、利益をどれだけ出すか、とか、そういう頭を使う仕事をみんなやりたがるわけであり、当然そういう仕事こそ、スキルとして世間的には重宝されていくことになる。

そういう意味で、私は一般的な「会計事務所らしいおもしろい仕事」からは干されている。といっていいだろう。

しかし。確かに、これは自尊心が非常に傷つけられる状態ではあるのだが、反面、「これでいいのだ!」と快哉を叫びたいような気も確かにするのである。

今、非常な責任が伴うような仕事を任されたとして、まず失敗する。「できない」。すでにケアレスミスを連発しているわけで、そんな状態で責任ある仕事をできるとは到底おもえない。

それよりはむしろ、下請雑用みたいな仕事を丁寧にこなしていって、一歩ずつ階段を上り、職場にも慣れ、最終的に「事務所らしい仕事」に行き着いたとすれば、それはその仕事をやる資格がある、といいうる気がする。

力のないときに、力以上の仕事をなまじ任されても困るのである。

そういう意味で、2月はケアレスミス連発で、周囲からの信頼を失う月間だったが、まあ、いいのかもしれない。

自尊心が傷つくのはつらい。が、今までどれだけ傷ついてきたか、それにくらべれば、今傷ついたぐらい何ほどのこともない。・・・と、そこまで達観できないのがつらいところだ(笑)

右往左往しながら、一日一日拝み打ち。そういうものなのかもしれない。
2004年02月27日 00時31分28秒


激動2月
間隔があいてしまった。

この2月は上旬に、レキソタンが切れたところに、職場でケアレスミスが続発し、上司にぼろぼろに言われてショックを受け、休んだ。

レキソタンより利く薬をもらい、なんとか、出社し、一日一日這うようにして会社に出かける日が続いた。

周囲から任される仕事も減り、「〜へ行ってきて」「○○をかってきて」という体を使う系の質に任される仕事が変わってきた。メシも、周囲が私を誘いたくないが無理やり声だけかけている、という雰囲気をヒシヒシと感じるようになった。

・・・と、まあ、のほほんと働いていたのが1月だとすれば、現実が見えてきた2月、というところなんだろう。

何人かの方には電話で愚痴り、ご迷惑をかけたが、おかげでなんとか続いている。ありがとうございます。

新しい薬の効果もあるのかもしれない。結構重い薬みたいだ。飲み始めてから、なんか仕事でミスをやらかしても、萎縮してしまうのではなく、冷静にフォローをしようという論理的思考が、続くようになってきたと思う。

あと、悪いことのなかにも見えてきたものもある。ひとつは、やはり帰り際が問題だったということ。

最初は、いつ帰っていいんだろう、とばかり考え、自分で帰る時間を決めてしまっていた。周囲が残っているのに帰ったりしていた。そこらあたりが、ひとつは仕事を任されない原因になっていたというようなきがする。

・・・といっても、21時ぐらいに自分がそれまでやってた仕事終わって、そこで「何かやることありますか?」といって新しく始めたら、終わるのなんて(終わらないことのほうが多いが)23時回るわけで、そういう思考に回らなかったのもやむをえない・・・のではないかな?と自己正当化しておく。いや、そりゃ、周囲に聞いて帰る時間を設定しなかった私の責任は大ですが。ま、原因はさておき、これから周囲に聞いて帰る時間を設定することが肝心であろう。

あと、メシをどうするか、などということで悩んでいたが、考えてみればこんな些細な問題で悩むより、仕事の内容で悩むべきだ、ということもわかってきた。少々普段の行動がおかしくても、仕事がまわせれば、生き延びることができるようだ。

いずれにせよ、とりあえず、2月も明日で終了。なんとか2ヶ月続きそうだ。3月もがんばっていきまっしょい。
2004年02月27日 00時13分37秒


激動2月
間隔があいてしまった。 この2月は上旬に、レキソタンが切れたところに、職場でケアレスミスが続発し、上司にぼろぼろに言われてショックを受け、休んだ。 レキソタンより利く薬をもらい、なんとか、出社し、一日一日這うようにして会社に出かける日が続いた。 周囲から任される仕事も減り、「〜へ行ってきて」「○○をかってきて」という体を使う系の質に任される仕事が変わってきた。メシも、周囲が私を誘いたくないが無理やり声だけかけている、という雰囲気をヒシヒシと感じるようになった。 ・・・と、まあ、のほほんと働いていたのが1月だとすれば、現実が見えてきた2月、というところなんだろう。 何人かの方には電話で愚痴り、ご迷惑をかけたが、おかげでなんとか続いている。ありがとうございます。 新しい薬の効果もあるのかもしれない。結構重い薬みたいだ。飲み始めてから、なんか仕事でミスをやらかしても、萎縮してしまうのではなく、冷静にフォローをしようという論理的思考が、続くようになってきたと思う。 あと、悪いことのなかにも見えてきたものもある。ひとつは、やはり帰り際が問題だったということ。 最初は、いつ帰っていいんだろう、とばかり考え、自分で帰る時間を決めてしまっていた。周囲が残っているのに帰ったりしていた。そこらあたりが、ひとつは仕事を任されない原因になっていたというようなきがする。 ・・・といっても、21時ぐらいに自分がそれまでやってた仕事終わって、そこで「何かやることありますか?」といって新しく始めたら、終わるのなんて(終わらないことのほうが多いが)23時回るわけで、そういう思考に回らなかったのもやむをえない・・・のではないかな?と自己正当化しておく。いや、そりゃ、周囲に聞いて帰る時間を設定しなかった私の責任は大ですが。ま、原因はさておき、これから周囲に聞いて帰る時間を設定することが肝心であろう。 あと、メシをどうするか、などということで悩んでいたが、考えてみればこんな些細な問題で悩むより、仕事の内容で悩むべきだ、ということもわかってきた。少々普段の行動がおかしくても、仕事がまわせれば、生き延びることができるようだ。 いずれにせよ、とりあえず、2月も明日で終了。なんとか2ヶ月続きそうだ。3月もがんばっていきまっしょい。
2004年02月27日 00時12分15秒


持ちかえり仕事
持ちかえりの仕事がひとつあるんだが、進まない。

というより、やりたくないんだな、たぶん。

早く終わらせればいいのに。なんでこんなに仕事に対して後ろ向きなのか。

夜眠りたくないのもそうだし、朝起きたくないのもそうだ。どうせ、仕事はせざるを得ないのに、なんでこんなに後ろ向きな発想なのか。

と、発破をかけてはみるものの・・・

現実は厳しい。

こんな人間を周囲が重宝がるわけもない(笑)って笑ってる場合ではないんだが。

周囲は本当に前向きに仕事してる。上昇志向者の集まりみたいなもんだしね、会計事務所って。自分みたいに、未経験でも許される年齢が高そうとか、不純な動機で就職してる人間なんていないのが当たり前だ。

あー。とりあえず仕事に向き合おう。そうしよう。
2004年02月08日 17時28分41秒


仕事が減ってきた
自分があまりにも使えないことがわかってきたので、チームのみんなが自分にあまり物事を頼まなくなってきた。

一つは、これが自分の妄想であるという可能性。これはあるよな。被害妄想の人間なんだし。

まあ、仮に物事を頼まれなくなったとしても、いいんじゃないか。と思える自分もいるのがちょっと嬉しい。周囲は周囲なりに気を遣ってそうしてくれているのかもしれないし。無理に押しつけて新人をつぶしてもいけないし、というわけかもしれない。

だから、まあ、完全に仕事がなくなったときに、周囲に一回聞いてみれば、それでもう十分だろう。うん。

仕事が減って給料が同じ、というなら、それはそれでいいことのような気もするな。どうせ、出世したいわけでもないんだし。
2004年02月08日 12時49分32秒


薬がきれた
金曜日でレキソタンがきれた。

どうしよう・・・といっても、一回は病院にいくしかないんだが。

今、病気という口実で休んだりすると、またどうせリーダーにボロクソいわれるから鬱だし。月曜は月曜で仕事あるから無理だし。

いけるとすれば金曜日。しかし、月曜から金曜まで、もつかな?
2004年02月08日 12時45分15秒


またしても谷あり山あり
昨日はほんとにダメな一日だった。

帰り際も失敗。すごく鬱になって、久しぶりに昔死のうと思ったことを思い出した。ま、思い出しただけだから、別に死にたくなったわけではないが。

今日はもう行きたくなかったが、HPをみなおして、メールのやりとりをみなおして気合を入れなおして強引に出社。

今日は無難に終了。

ただ、問題は食事。やはりみんなで食べにいくのが辛い。今日は昼は一人で。夜は食べに行くのを断った。

これは課題だなぁ・・・些細な問題といえば些細だが。しかし大きいといえば大きい。どうしたものかな。

いずれにしろ、今日もまたおれは生き延びた。結構な話だ。
2004年02月05日 21時23分28秒


道けわし
しかし、なんと人生というのは険しいものであろうか。

などと大上段にふりかぶってみる。

な〜んにも考えないうちに、なんとなく生きていけるような気がしていた頃がウソのようだ。なんのリアリティもなく。なんの力も構想もなく。人生とはもっと簡単なものかと思っていた。

もちろん、今は違う。

毎日毎日七転八倒。今日も大失敗。仕事は遅いし。

苦しんで苦しんで。

それでも、今は冷静だ。今苦しんでおくことの先に、少しは何かが見えている。それにたどりつくまでは、自ら苦しみを放り出すわけにはいかぬ。

昔は、苦しいことにパニクって、暗澹とするばかりだったが。

つまるところ、人生とは、七転八倒しながら一日一日過ぎていくものだということだ。そういうことだ。と自分で自分を納得させておく。
2004年02月04日 00時06分50秒


1ヶ月たった
働きはじめて1ヶ月たった。

今のところ、表向きは非常にみんなとも無難。陰口はとびまくり(妄想かも)だろうが、ま、それを気にせず「動けている」ことが一番大事。

自分は、「周囲が何か思うかも知れない」ということで、指一本動かせなくなる状態になったことが何度かあった。今は、そこまでひどくない。妄想しつつも、仕事をしようと「動けている」。指が動くから書類もできるし、足が動くから階の移動もできる。

何をばかな。と思う人。それは、精神的なものがいかに体を縛るか経験がないからそういうのだよ。ほんっとに動けないんだから。妄想で。指一本動けないのだから。

それを思うと、今の仕事は激務だが、かえってそれがよいのかもしれないな。

いずれにせよ、明日もまた拝み打ち。あさっても拝み打ち。拝んで拝んで。頼むよ、ほんと。
2004年02月02日 22時50分37秒


拝み打ち
また平日がやってくる。

今日は先週よりは少し前向きだな。緊張はあるが。

といっても、状況はまだまだ予断を許さない。いつ自分が精神的につぶれるか。

麻雀で、相手のリーチに対してマチが読めないときに、「どうか通してくれ!」と拝むように打牌するときがある。これを拝み打ちという。

一日一日、まさに拝み打ちの心境だ。お願いだから、自分の行動で仕事がうまく回ってくれ・・・はじきださないでくれ・・・自分の精神がつぶれないでくれ・・・

日本のサラリーマンは多かれ少なかれ、こんなものなのかもしれない。・・・でも周囲は明るくやってるよな。その心境まで至るのに、どれぐらい時間がいるのだろうか。
2004年02月02日 01時09分02秒


子供
こないだリーダーに「子供じゃないんだから」とイヤミを言われた。自分の頭で考えて、ある程度判断して仕事しろ、というわけだ。

・・・子供なんだよ・・・!

自分はもともと自分の頭で判断することが苦手で、引きこもり「気味」になったわけであるが、そうやって社会から隔離されると、社会性が成熟しようがない。自分の社会的成熟というのは、周囲より少なくとも7〜8年は遅れている。と勝手に思っている。

かといって、リーダーに事情を説明して「自分は他人にくらべて、子供なんです」というわけには絶対いかんし。それこそモノ笑いのたねだ。

「子供じゃないんだから」自分で判断して仕事しようとする。どうせ失敗する。それぐらいなら、1から10まで全部聞いたらいい。というか、子供なんだから聞くべきだ。自分を子供だと自覚しているなら、イヤミに負けず聞いて仕事を覚えるべきだ。

しかし、本当に周囲を見てると、みんなスラスラ仕事こなしてるよなぁ・・・すごい。すごすぎるよ。
2004年02月01日 09時14分34秒


肉体労働トレーナー
十二月頭に肉体労働アルバイトをしたのだが、そのとき、その会社のトレーナーを買わされた。

1000円天引きされたので、「なんだよ、無理やり買わせやがって」と思ったものだ。

しかし、今はあのバイトをやったことがとてもためになっていると思っている。金を稼ぐことのありがたみも。自分で考えて動くことの大切さも。わからないことは聞かなければいけないことも。動作だけでもきびきびしていると全然印象が違うことも。。。。。あげてくとキリがないんだが。

とにかく、そのときのサバイバル精神を忘れないように、昨日はそのトレーナーを着て寝た(笑)。今の職場は「厳しい」というより、スピードが速い。ついて行けなければそこでおしまい。生き延びたければ努力することだ。前へ前へ。

君は生き延びることが、できるか。というわけか。別に時の涙をみたいわけじゃないが。
2004年01月31日 07時51分12秒


しかし
違うチームの女の子で未経験の子は、自分が一週間前にいきなりやらされたことを懇切丁寧におしえてもらってたぞ。

まあ、自分も年齢も年齢だし。早く教えてもらうに越したことないし。しょせん、自分で調べてやるのが基本なんだから、それはそれでいいんだけどさ。

やっぱり、それで「こいつは使えない」とかリーダーに言われる(妄想かも)と、なんかそれはちょっと厳しいんじゃないの、といいたくもなる。

が、まあ、厳しいのは厳しいので悪いともいいきれない。

それに耐えられれば進歩は早くなるわけだしさ。まあ、いずれにしても前へ前へ。
2004年01月30日 23時34分38秒


がむらしゃらに前へ
とにかく、リーダーがどう思おうがなんだろうが、自分にできることは、目の前の仕事を、できるかぎり丁寧に迅速に片付けていくことだけだ。

昔、コンビニでタイムマネジメントを考えたことを思い出し、できる限り無駄な時間をはぶいていく。エレベーターを待たずに階段でダッシュ。違う階に行くのはできるかぎりまとめていく。

周囲の雑音も、必死でやっていると気にならない・・・と思っていたが、ひょんなことから今日もレキソタン2錠目をのむことに。

やはり飲めばラクにはなるんだが・・・

いずれにしても、必死。これがいわゆる必死、だろう。職場では必死にやれてるよ。拍手だよ。自分で自分をほめよう。ぱちぱち。

ラグビーの明治魂じゃないけど、とにかくがむしゃらに前へ進む。それでだめなら、次の手が見えてくるさ。中途半端にやると、次が見えてこない。
2004年01月30日 23時29分11秒


前へ
今日はミスの連発だった。上司に怒鳴らればかにされ。仕事も進まない。時間だけがすぎていく。

上司は気分屋だ。遠くのほうで、おいらを雇っているより派遣に切り替えたほうが安くすむ、などと話しているのが聞こえる(妄想かも)。

うー。

ただ。

正直、ここまでは、折込済みだったはずだ。どこにいったって即戦力であったことがない私。どこにいっても足を引っ張ったことしかない私。

おいら雇うより派遣の子のほうが、仕事も正確だし、速いだろうさ。間違いないさ。

そんなんいうなら、くびにしろい。喜んでクビになったるわい。

むこうがそう言わん以上、意地でもがんばったる。むこうが採用通知だしたんやろうが。今更なにいうとんねん。だぼか。

・・・と、関西弁丸だしだが、とにかく、辞める辞めないより、まだ今の会社でできることがあるはずだ。それを一つ一つつぶしていこう。

今日は朝、いつもより10分早く着いた。いいことだったと思う。
2004年01月30日 00時33分27秒


まあ、正直言って
会計事務所勤務をなめていたことは間違いない。

求められる調査・書類作成及び単純事務作業のスピードが、想像をはるかに超えていた。

速いからといっていい加減でいいわけもなく、もちろん正確にやらなければいけないし。

本当に、ブラインドタッチが得意でよかったと思う今日この頃。

ま、でもそれにしたって、肉体労働するよりは、はるかに割のいい仕事。今のところ辞めようという気も起こってないし。

会計事務所は衰退産業らしいが、まあ、今の事務所が衰退してから考えよう。
2004年01月29日 00時41分58秒


どーもこーも
とにかくひたすら書類作り。

面倒なことを考えるヒマがないので、本当にありがたい。

早朝に家を出て帰ってきて寝て、また早朝に家を出る。

それだけ。

まあ、引きこもっていた間ゆっくりしていたんだし、これぐらい忙しいのもまたいいだろうさ。
2004年01月29日 00時33分57秒


徹底
どうしても職場で「浮く」。なぜだろうと思っていたが、やはり帰り際の問題が一つは大きいみたいだ。

自分は早く仕事を覚えようとして遅くまで残って仕事を手伝いたいが、新人がそこまでやっちゃうと、違和感ばりばりみたいだ。

じゃあ、早くかえるのか。・・・サラリーマンだしかえるんだろうなぁ。。。

でも、自分ももう29。新卒じゃないんだから、そんなこと気にしてる場合でもないような気もする。

もう、これは決めの問題だろうな。どうするか。

***********

自分は、一つのことにはまりだすと、周囲のことをまったく見えなくなるクセがある。

これは短所だが、長所でもある。

職場では浮くが、職能は早くつけることができるかもしれない。

諸刃の剣だが、もう浮くなら浮くで、徹底して仕事しまくったほうがいいのかもしれない。

周りを「まったく」省みず仕事していったほうがいいかもしれん。仕事さえできればごちゃごちゃ言われる機会も減るだろうし。

・・・という思考が危ないんだろうな(笑)

落ちついて落ちついて。

でも、本当に、一心不乱というのが得意なんだよな。
2004年01月27日 22時33分52秒


自分は職場でどこまで本音を出してよいのだろう・・・

たぶん、「ゼロ」だな。本音だしていいところなど、一つとしてなかろうな。

わかってはいたことだがな。

本音を出さないから、浮くのかもしれない。しかし、だからといって本音を出して全部おじゃんになるよりはマシ。

すべてオッケー、ALLオッケーみたいなルンルンハッピーな職場を考えて入社したわけではよもやあるまい。

今の状態で十分予想の範疇だろうが。

なぁに、泣き言いってるんだか。。。
2004年01月24日 00時55分13秒


エースをねらえ
今日はエースをねらえをやってたので、少しみた。フォームに迫力がないが、それなりにストーリーはできていた。

エースをねらえ、は私が非常に好きな作品である。岡ひろみがコーチの死に動揺するのだが、そのとき泣きながら眠った岡の夢にコーチが出てきて

「この一球は唯一無二の一球なり。この言葉の意味が本当にわかったのは選手生命が断たれてからだった。おまえはそうなるなよ、岡」

と、言うわけだ。何と感動的な。

テニスだけでなく、生きているうちに一日一日大切にしておかねばならんのだよ、というゲキをコーチは、死んでなお教え子にとばしたわけだ。たぶん。自分は死んだが、おまえはまだ生きてるじゃないか、というわけだな。

すごいコーチだわ。ほんと。
2004年01月23日 00時52分02秒


眠るべきなんだが・・・・
眠る気にならない。

眠るということは翌日の仕事にむけて準備するということであり、翌日の仕事に対して後ろ向きな私は、眠らないことで準備をできる限り遅らせているのだろう。

しかし、ここはぐぐっと我慢して寝るべきだ。酒でものんでねるか。

まあ、こんなことをやっているうちは、いつまでたっても、満足に働いていけるようにはなりそうもないが・・・(笑)とりあえず続けていく、ということが大目標である私としては、いいんじゃないだろうか
2004年01月23日 00時38分50秒


浮く
自分は職場で浮いていると思う。

問題なのは、どの行動が浮いているのかわからないことにある。もっと話すべきなのか。もっと早く会社にいくべきなのか。もっと早く会社から帰るべきなのか。メシを大量に食うべきなのか。挨拶を小声でするべきか(ありえんが)?仕事がとろいのか?それとも速すぎる(これまたありえんが)のか?話題が硬いのか?・・・・・

原因が特定できれば、それをやめればいいことだ。それがわからないからイヤになる。

そんなもの、周囲に聞けばいいだろう、といった人がいた。そんなこと、めったにできるものではない。そういうことを気にしている、ということを表示するだけで、違和感を感じさせてしまうではないか!一人にきいたら、どこまでもれていくかわからないわけだし。

そして、私は、浮きつづける。そのうち成層圏を突破するかもしれんな。

そうなると、逆にやりたいようにやるしかない、ことになりそうだが、これもまた極論なのだろうな。その辺がむずかしいところ。
2004年01月23日 00時23分25秒


おかげさま
最近、おかげさま、という言葉にようやく実感が伴うようになってきた。

自分のことだけ考えて内省を続けてきた数年間。迷惑をかけつづけた数年間。

今、なんとか、働き出して半月ほどたった。半月働けているのは、誰のおかげか。数える余裕が出てきたということか。自分以外に意識をむける余裕が出てきたということか。

・・・といっても、まだまだ綱渡りで続いているだけだ。えらそうに書いてもいつまた元通りになってしまうかもしれぬ。
2004年01月23日 00時17分17秒


進まない仕事
自分は今29歳である。

が、職務経験は、ほとんどないに等しい。すべてイチから教えてもらわなければ何もできない。

この時点で、相当、職場の人間関係では損をしている。

あの年になって、何もできんのかと。第一印象でそう思われるのもやむをえない。

まあ、それをはじき返す努力は必要だが。

ただ、人間関係を除いても、時々情けなくて泣けてくる。なんで、こんなになんにもできねーんだと。

・・・そんなことで泣くヒマがあったら、2回目から完璧にこなせるように努力すべきなんだが。
2004年01月21日 22時57分59秒


敵?
こないだ会社に行ったとき、一生懸命電話をとっても、まったくつながらなかった。よくよく調べるとコードが抜かれていた。

次の日会社にいくと、今度はPCのネットワークケーブルが抜かれていた。

いずれも自分で抜いた覚えはない。

まあ、誰かが間違えて抜いたか、意図的に抜いたか、だ。

意図的に抜いたのだとすれば、明白に自分に悪意を出してきた人間がいることになるが・・・といっても、これぐらいの悪意だったらしょぼいもんだが。完全に無視してれば終わるんだから。

・・・でも、いつもの妄想癖のような気がするな。
2004年01月21日 04時04分42秒


おぼちゃん
自分は、どうしても社会経験が低いので、世間知らずである。いわゆるおぼっちゃま的行動になってしまう。

昔いた会社で「おぼちゃん」という陰口をたたかれて非常に鬱だったのを思い出す。

が、今は、逆にそれをネタに笑いを誘ったほうがいいのかもしれないと思ったりする。

・・・といっても、そういう機会ももうなさそうだが。
2004年01月21日 04時00分33秒


よかったよかった
今日はレキソタンをきちんと飲んでいく。

効いたかどうかはしらないが、実に温和に一日が過ぎていく。

いろいろあって昼にまた一錠。それで、今日は完全にOKとなった。

まあ、何をやる、というものはまったくないし、言われたことをパシるだけだが、逆にいえば今の自分にはありがたい話だ。

無難に帰宅して、今日は落ちついて一杯酒を飲む。

この酒は、また違った味わいがある酒だろうさ。
2004年01月20日 22時31分19秒


このページを立ち上げて、引きこもりあるいは対人恐怖等の症状のあった人々と何人かやりとりがあった。

正直、どれだけそれが自分にとってありがたかったかわからない。

今も、仕事が辛い中、その絆でどれだけ支えられているかわからない。

すでに自分の仕事は、このHPを立ち上げたときから、自分一人のものでもなくなってしまったのかもしれぬ。・・・まあ、それはいいすぎか。

いずれにしろ、このHPを立ち上げて良かった。そういう気がする毎日である。
2004年01月19日 23時58分38秒


努力
とにかく、どうも周囲のリーダーと自分は「合わない」ようだ。嫌われている、とまではいわんが、へんなやつだとは思われている。そこまでは感じる。

・・・もういいよ。という感じがするわけである。

正直、そこまでは折込済みというか。仲良くしようと努力してみたりしたが、合わない人は合わないし。もともと、自分はハンデもあるし、変なヤツなのは事実だから、普通人と普通に仲良しになるなど、高望みしすぎなのだ。

だから、もう、こうなってからが勝負でしょう。腐らずに。一歩一歩。職能を得るべく、頑張っていく。腐らない。前向きに。それが自分にとって一番大切なことだと思う。

そして。

君は努力しているかい?と問うてみる自分がいる。その嫌われているリーダー格の人間たちに負けないぐらい努力しているかい?

誰にも負けないぐらい仕事に対して努力していれば、少々のことで引け目に感じることはないはずだ。やってないだろう。新人だから、ということで、甘えているだろう。そういうのが、精神的な弱さにつながってはいく。

もちろん、周囲に合わせることも必要だが、それと努力しないでいいこととは違う。

やれることは全部やれ。やってないだろ?>自分

といっても、それもまた理想論。まあ、どこまでそれを自分に課するか、というところかな。
2004年01月19日 23時55分10秒


つらいねえ
今日は、朝調子がよかったので、レキソタンを飲まずに会社にいった。

・・・大失敗だった。いかに普段レキソタンが効いているかよくわかった。周囲の雑音が気にナってし方がない。自分も一生懸命仕事をしているのだが、それで覆い隠せないぐらい雑音が気になってきて、鬱になる。どーんと落ちこむ。もうだめだ〜と思う。

やむをえないので、会社で一錠飲む。それでなんとか、持ちなおす。

やっぱりお守りがわりといっても効いてはいるんだね。

しかし、いずれにしろ、周囲の雑音を聞いていると、自分はやはり浮いてはいるわけである。
まあ、浮いていてどうなんだ、という話に最後はなるし、しっかり仕事をするべく頑張っているから、もうそれ以上どうしようもないんだけど・・・

やっぱり哀しいね。どうして、みんなと仲良くできないのかなぁ。なんで、みんなから浮き上がってしまうのだろうかねえ。つらい。

まあ、辛いからといって辞めようと思わなくなったのは偉いかな。がんばってはいるさ。

とにかく一日一日、おつとめするように、次の日行くのがいやになったりしないように、それだけ考えて生きている。

いや、本当に、今の状態は、昔から考えると、大拍手ものだと思うな。
2004年01月19日 23時48分50秒


スパイラル
前にcannaの歌の話を書いた。

今は、GARNET CROWの「スパイラル」で泣いている。フジテレビの「すぽると」のエンディングで一時期使われていた歌だ。

歌詞の引用は、ちょいまずいのだが、「傷つくことにまだなれることはできないけど、強くなれることを知ったから迷いも連れて歩く」とか「涙よりも一つ多く笑えればいい」とか、とにかく勇気付けられてばかりで泣き泣き。

まあ、こういうので勇気づけられても具体的に行動しないといけないのはいけないんだけどもさ。

まあ、いいじゃん?
2004年01月17日 19時36分13秒


立ち直り
自分は対人恐怖的状況に陥ってからというもの、一度挫折してから立ち直った人の話に興味をもつようになった。そしてそういう人がいたら応援するようになった。

おそらく、がんばれば立ち直れるのだという勇気をわけてほしかったんだと思う。

ベストセラーになった「だからあなたも生きぬいて」も読んだ(極道の妻から司法試験に受かって弁護士になるまでのお話)。

スポーツも見るのは好きで結構みていたりするんだが、スケートの堀井学を、スラップで失敗してから応援していた。飛ぶ鳥おとす勢いだったころはそんなでもなかったんだが。彼は、もう一度トップを目指して必死だった。自分もそうやってがんばりたいと思っていたのだと思う。

ミュージシャンでいえば、帰ってきた谷村有美を買っていたりする。いろいろあって歌えなくなっていたけども戻ってきて、全然歌唱力とか戻らないまま(らしい)でも頑張っていると。

新聞を読んでいても、よく他人の人生が載っているが、一度苦しんでからどれだけがんばったか、みたいな話は、やはり読む。

昔は完全無欠の成功物語みたいなのに憧れていたとおもうが、今は、ほとんど興味がない。自分には縁がない話になったから。というか、苦しんでない部分だけ取り出して話にするから、完全無欠のヒーロー像とかができてしまうんだが。

自己正当化、というものかもしれないが、自分が頑張る力に少しでもなるなら、そういうのもまたいいのではないか。
2004年01月17日 19時32分45秒


谷あり山あり
昨日は、帰ってきて最悪だった。

帰り際までは、好調だったのだが、帰り際に自分のことでヒソヒソと噂をされているような「気がして」しまって、どうしようもなく帰ってきたが、落ちこんでしまって、そのまま寝た。

どうすればいいのかなぁ、とコンコンと眠りながら考えるが思考はどうどうめぐり。

そのうち寝てしまった。

今日は、とにかく弱みを見せてはならんということで、遅刻だけはせずに会社に突入。

仕事をこなす。今日はなぜか、大量にコピーがまいこみ、2時間コピーしつづけ。これは嬉しい。単純作業で手を動かすだけなので、悩む必要がないからだ。やることも決まっているから、氷結したように止まってしまうこともない。動いていると精神もほぐれてくる。

コピーが終わっても書類の作成におわれ、一段落したときには、精神もほぐれていたので、周囲の人に「何かやることないですか」ときくと「ちょうどよかった」といろいろとつれまわされる。どうも聞いた人は教え魔だったらしい。これはラッキー。

結局、今日は延々と夜まで書類作成で追いまわされ、さらに、夜はほかのチームが飲み会で去ってしまったので、1フロアに3人しか残ってない罠。超ラッキー。

楽しくおしゃべりしてさいなら〜

と思っていたら、夜に会社から電話があって、持ちかえった書類をもってこいみたいな話があってミソがつく。結構重大なミスがあったようだが、一応は許してもらえた。明日真っ先に謝っておかなければ。。。

まあ、それにしても今日は好調の一日だったなぁ。

昨日はどんぞこ、今日は好調。そんなもんかもしれんなぁ。
2004年01月16日 21時32分56秒


過食
間違いない、最近過食だ。

腹が出てきた。

まあ、しばらくしょうがないのかなあとも思うが、できれば朝ランニングでもしたいところだ。

・・・っていうかプレッシャーに負けて酒を飲んでいるのが一番まずいような気がする。
2004年01月14日 23時51分07秒


ひとやまこえた
とりあえず、今日は一日終わり。

レキソタンも一錠ですんだ。仕事にはまったくなってないけど、周囲がそうしろ、っていったんだからまあいいさ。

結局、今の自分が即戦力じゃないから、仕事がさせられないんだろうな、と思う。だから、あたりさわりないことだけさせておこうとしているんだと思う。

昔はこういうことを非常に過敏にとらえていたよな。役にたってないならクビになるんじゃないかとか。

今は、クビになるんだったらもうしょうがないなぁ、ぐらいの感じだから進歩したものよ。だって、即戦力じゃないんだもん。しょうがないじゃん。クビになるまでの間、給料を泥棒して、まあ、周囲が自分を使えるように職能を鍛えようと思ってくれれば、続いていくということになる。もう、それでいいよ。

今日は周囲で、私のことを話していて、「入ってくるの遅すぎだよ!」とかいっているヤツがいた。言うんだったらもっと静かに言わんと本人に聞こえてるぞ、と思うんだが、無理に聞こえるようにいったのかもしれん。

しかも、リーダー格がいったから、そのリーダーのチームでは、それが常識感覚になってしまう。やめてもらいたいんだけどなぁ・・・

しかし、これから仕事をしていく、というのは、そういう周囲の反発(といってはいいすぎか)をいかに聞き流して前向きにやっていくか、という勝負になる。それができなければ、仕事など、できるはずがない。がんばるしかないんだよ。ほんと。これに負けて「辞めます〜」とか言ったら、また同じことの繰り返し。

まあ、ちょっと信頼しかけていたリーダーだったからショックはショックだったけど。

ほんっと、昔は、こういう周囲の中傷に弱かったよね、と思う。いちいちおちこんで動けなくなっていた。今は無理やり大股で歩いてやろうか、ぐらいの感じではあった。とりあえず、今日は。

周りがどう言おうガ、クビにならないかぎりは、周囲も仕事でつながる限りは、「表向きは無難にこなさなければならない」(笑)。なんとなれば、彼らは「一般的な大人の社会人」だから。そういうところは無難に取り繕わなければならないのが、一般的なビジネスマンだから。もう、それ以上期待せず、不要な中傷に落ちこまないように、「やっていければ」、今の職場で頑張っていけるだろう・・・

・・・大丈夫か?>自分

あと、思うのは、未経験の高年齢の男性は、大変だ。未経験でも女性はトクだよな。特に美人だと。みんな仕事を教えたがるから、はるかに有利だ。

といっても私は男だから、愚痴でしかないな。男は、我慢しながら力をつけるしか、居場所をみつける方法はない、ってわけだ。本当に男って、いつの年齢になっても力がすべてなんだろうな。
2004年01月14日 23時09分47秒


うーん
でも、まあ、うまく話しかけてくれる人もいるんだよな・・・でも、その人の本心が信じられない・・・相変わらず。

こういうときに、「要は仕事だけできりゃいいんだろ!」みたいに、仕事だけ単独で没頭してめちゃくちゃ(どうせ一人では何もできないので)やると、ますます浮いてしまう。

やはり、落ちついて、できないものはできないと。聞くところは聞くと。そういうことがきちんとできるかどうかだな。

あと、電話はちゃんとがんばれ。誰だってできるものだ、と思われてる部分だから。これでびびってとらないと、怠けてると思われてしまう。

ああああ。やはり毎日オフィスワークする、というのはとんでもなく大変だなぁ。
2004年01月13日 23時04分18秒


やばいよ
今日は、電話をとって転送しようとしてぐちゃぐちゃしているうちにパニックになって切ってしまった。

ががぁーん。

しかも、やれといわれた仕事がまったく自分にとっては未体験仕事(当然だけど)で、要領をまったく得ない。時間ばっかりすぎていく。動いてもとんちんかんなことばかり。

ががぁーん。

周囲のヒソヒソ話が気になって仕方がないので、昼に2錠目のレキソタンを飲む。そうすると、強烈な眠気に襲われ、トイレの大にいったときに、知らないうちに寝てしまう・・・

ががぁーん。

ふっとおきて、まあ5分ぐらいだからよかったものの、帰ってみても仕事は進まない。

いろいろと周囲に聞くんだが、進まない。

周りは回りでいろいろと自分について話ししているような気はする。行動は過敏になってくる。

ついに少しづつ行動ができにくくなってくる。

やばいよ、いつものパターンだよ。

しかし、ここでクビになっては稼ぎを失うし、今更就職活動に戻りたくはない。いつものパターンだと思いこみ一応落ちつき(?)仕事を一歩ずつやってみたりするが・・・

どうなんだろうなぁ。

結局、今の自分は先輩の下請しかできないわけであるよ。当然なんであるよ。しかし、周囲は、ある程度できる人間かもと思ってくれている人もいるわけで、そのあたりの人が失望し始めると、やはり動揺がはじまるんだろうね。

自分はかなり自分の能力を見きってしまっているから、下請WELCOMEのつもりなんだけど、いざ周囲から呆れながら「下請だな、こいつは」みたいなことを言われているような「気が」しはじめると、ショックはショックなんだろうな。中途半端なプライドだ。

あまりに動揺するので、今日は、不自然ながらもそそくさと退場。晩御飯食べる前に退場。ほんとは無理にでもいったほうがよかったんだろうけど、いっても動揺してロクなことを言わないだろうから。

とりあえず、一度切って、明日だ明日。明日が、実は、前半戦の最大の山場なんじゃないのか?
2004年01月13日 22時41分30秒


緊張
新しい職場に入ると、仕事の前日に次の日のことが気になって神経が過敏になってくるのを感じる。

今も、明日の職場が気になって過敏になってきた。全身総毛だつような感じ。進歩がない。

しかし、「毎度のことだよなあ」と思うことで、必要以上に動揺していないのも事実かもしれない。

人間というのは慣れる動物のようだが、慣れるまで「新しい職場」を転々としているのはいかがなものか・・・
2004年01月13日 00時09分54秒


妄想
あー、今日は朝から、職場で対人関係うまくいってるかどうか、不安になってしょうがない。

考えてもしょうがないことなのに、考えてしまう。周囲の人間の細かい一挙手一投足を思い出して、その人が何を考えていたか想像してしまう。・・・意味がない。

おかげで朝から、波が激しい。躁鬱みたいなものだろうか。

今は、これが自分で「妄想だ」と思えるからいいが、昔はこれがわからないわけだから、苦労したわけだ。

とりあえず、妄想しようがなんだろうが、なんでもいいが、やるべきことは前向きな努力、というわけだ。

・・・言ってしまえば一言で終わるのだが、実行するのは、えらく大変だ。
2004年01月10日 21時00分58秒


いきなり
いきなり明日出社しなくて良くなった。

ラッキー。正直この1週間あまりにも緊張していたから、ここでの3連休はあまりにも大きい。

明日は久しぶりにゴロゴロ寝てよ・・・
2004年01月10日 04時46分14秒


美女
正直、私は、美女が苦手だ。

化粧した妙齢の女性、と話すと極端に行動がおかしくなってしまう。対人関係が極端に少なかったことによって、さらに苦手になったような気がする。

おそらく、美女だけに嫌われたくないのだろう。無意識に。しかし、引きこもってきたという引け目がある。だからそれを気取られないように、無意識に緊張してしまうのだろう。

別に、ナンパしようとか手を出そうというのではないのだが、どうしても身構えてしまうのが哀しいところだ。
2004年01月09日 00時32分43秒


昼ご飯と晩御飯
今日は職場で、まずはランチ。

こういう時間が、一つ悩みのタネである。誰も誘ってくれなかったらどうしよう。自分から誘うのもおしつけがましくて浮くかもしれないし・・・一人でコンビニで買ってきて食べようか・・・それはそれで気は楽だけど、仲間はずれになりそうだし・・・

昔一度、あまりにも気づかれするので一人で食事をとりつづけていて浮いてしまったことがあるので、できれば職場仲間と食べたいと思ってはいた。気はつかれるが、それも仕事のうちだと割りきることにした。レキソタン様様だ。

まあ、案ずるより産むがやすし。そこはチームリーダーが「食事に行く人〜」と声をかけまくり、しかも隣の机の人が「いっしょにいきましょうか」といってくれるおまけつき。ほいほいとついていけばいいことになった。

しかし、8人ぐらいでメシやに入ったが、私含めて新人が二人いることもあり、話題が盛り上がらない。

かつての私なら、あえて笑いを誘うようなバカ話を、「いちかばちか」ふって、しかも無意識にふっていたに違いない。で、いちかばちかに負けると次の日から誘ってもらえなくなると。

今日は、話題を振るのは新人の役目でないとばかり、寡黙に寡黙に食事をする。そうすると、気を遣ってたまにリーダーが話をふってくれるから、それに無難に合わすと。

こういうのを地を出してやっていける人っているよね。本当にうらやましい。自分がそれをやると、傍若無人に言いたい放題口からでまかせに言葉が出てしまうから、一気にダメになる。ようやく自分の能力に見切りがついてきた。

なんとか、粛々と昼食をすます。

で、これで終わりかと思いきや。ところがどっこい。この会社は、残業が多いので、晩飯もみんなで食べることになるのである。

しかも、女性が半分・・・女性だと、女性ならではタブーになる話題もあるし。めんどくさい。

ここはエラーしつつなんとか終了。

苦手なそういう部分も今日は、なんとかこなせたし、今日はよくやったんじゃないか。

とにかく、女性とリーダー。この2つをおさえるように、一生懸命キャラを演じていくことにしよう。いずれ、自分が職場で仕事がバリバリできる(そんな日がくるのかどうか知らないが)ころになったら、好き勝手にやればいいんだから。

・・・といっても、演じるの苦手なんだよなぁ・・・
2004年01月08日 23時19分19秒


意思
つまるところ、「自分」を自分の考えた計画通りに動かし、その結果に責任をとり、また新たな計画にむかって自分を動かしていくというサイクル。それが今の自分には欠けている。

自分を自分の意思どおりに動かしていく。それがあまりにもできない。

人間誰しも、自分の思った通りに傍若無人に振舞えはしないだろう。多かれ少なかれ、社会の目を気にして、周囲の期待を背負って、あるいは周囲の反発に萎縮して、いずれにせよ、周囲から影響を受けて暮らすのだろう。

そこが自分は他人よりも遅れているようだ。人生、どの道を選んでいくのか、そこに選択があるが、選択するには意思が必要だ。今まで自分は、意思で選択せず、周囲の目を気にして、時に「期待にこたえる」べく、時に「道化に徹して笑いをとる」べく選択をくりかえしてきた。考えてみれば、そんな選択に責任が伴わないのも当然だった。

周囲がどう考えようと、どう見ようと自分は自分として生きていく意思。そういう強さがほしい。

・・・が、今はない!

でもめげてはいけない。めげるのではなく、その差異を埋めるのだ。一歩ずつ進むのだ。一歩ずつ意思を強めていく。

今まで一気に差異を埋めようとしてはめげて、一気に埋めようとしてはめげてを繰り返してきた。全然現実的じゃなかった。

・・・さ、がんばろ。
2004年01月07日 01時06分16秒


対人忌避
今日は早めに提出したほうがいい書類があるのに、人と会うのがイヤで明日回しにしてしまう。

こういうのが積もり積もって周囲からの不信につながっていくわけであり、自分で自分のクビをしめているのだが、わかっていても怯えてしまってできない。チキショー。

周囲の目を気にしながらビクビクやっているわりに、こういうところは大胆に明日回しにできてしまうのがアホなとこだ。

ただ、経験上、こういうので悩み「続ける」のは、一番よくない。確かに今日書類を提出するにこしたことはなかったわけだが、次善の策としては、「明日提出する」であるわけだ。悩みつづけて、あさってまわしになるようなことがあってはいけない。

・・・さ、がんばろ。
2004年01月06日 23時28分30秒


身元保証契約
明日から仕事になったが、今日はへこむことが一つあった。

明日からの職場には、身元保証契約書を提出することになっている。ほかにもいろいろ提出する書類はあるのだが、なにぶん決まってから間がない就職のため、「そろう範囲の書類を提出してくださいね。誓約書とか身元保証契約書とか」といわれていた。

身元保証契約書、というのは、自分が何か会社に損害を与えたときに、それを連帯して保障する義務を負う身元保証人が当然必要になる。

今まで世話になった人が近場にいたため、その人に朝メールを送って「身元保証人になってもらえないか」というお願いをしてみたが、返信がない。いつまでたってもない。

というわけで夜電話をかけてみると、「もう寝ていた」。・・・

一応起きてくれたものの「明日提出する書類を今言われて、しかもそんな大切な契約をウンと言えるか!」と一喝された。「しかもそういうことをメールでやるのか!」「結論は、身元保証人にはなれん。そんないい加減なヤツのやることを保証したくはないからな」といわれ。

まあ、そうだなぁ。もっと早く動くことはできたはずだよなぁ。その方の言うことはもっともであった。

結局「まあ、その人だったらOKしてくれるだろう」という甘えがあったわけで、それは指摘されても仕方がないことであろう。もっと早く手順を踏んで話をもっていっておけば、大丈夫であったことは間違いない。

ここらあたりも、社会性のなさを露呈するわけである。おそらく同年代の人間は、こういうことを率なくこなして、すでに7年働いているわけであるから、その差は歴然としているであろう。一種、引きこもりの後遺症といっていいだろう。

へこんでいても仕方がない。あちこち電話をかけてみて、ようやく明日ならば保証人になってやろうという人間がみつかった。

年末に書類が届き、年始から始業ということで、おそらく職場も「あ、書類がそろわなかったんですか。では採用は取り消しです」とは言うまい・・・たぶん。

採用取消になったらなったで、それは受け入れないとしょうがないだろうな。それが今の自分の実力なんだから。ならなくても、印象が悪くなるかもわからないが、それはそれで受け止めて働いていくしかないだろう。

と、考えていくうちに、先に気合が入って良かったかもな、という気もしてきた。少し就職が決まってうかれていたが、予断は許さないということが、これではっきり認識できた。その分、この事件もよかったということに、「しよう」。
2004年01月05日 00時40分07秒


幽霊
昔、就職して引きこもりっぽくなっていた頃、私は「周囲が自分のことをあざわらっている」症候群だった。

友人が、「実際何か面とむかってあざわらわれたのか」といってくれるのだが、私は「いや、きっとあざわらっているにちがいない。仕事ができずにこもっているんだから」と答えていた。

今もこの傾向は続いているが、自分で自分のこの思考の危うさを認識したため、前ほどはまることはなくなった。

あまりにも仕事ができないわけで、引きこもりっぽくなってしまっているわけで、百歩譲って「もしかしたら」何人かは陰で嘲笑っているかもしれない。可能性はゼロではない。

この可能性がゼロでないとして、次に問題になるのが「周囲の全員が嘲笑っているような気がしてしまっていないか?」ということである。もちろん、私は周囲の全員があざわらっているような気がしていた。

「何人か」もしかしたらあざわらっているかも、というその「何人か」が、いつのまにか「周囲」という概念で人数が増えてしまっている。この差分の人数は、自分の頭に浮かんでは消える幽霊のようなものだ。その思考に根拠がないところが、また幽霊っぽく感じられる。

はまるときの思考というのは「幽霊」のような概念が実は幅を利かせているのではないだろうか。そして、はまり状態から脱出するには、この幽霊とうまく共存していく必要があるのではないだろうか。

仕事ができず悩んでいる人間を見て、全員が全員嘲笑っている可能性はゼロに近いだろう。しかし、こちらが先に「嘲笑われているにちがいない!」と扉を閉ざしてしまうと、周囲からのて助けがなくなってしまう。嘲笑っていない人間もいるに違いない!と逆方向に考えて、周囲の味方を減らさないようにすることが必要であると思っている。

ので、次の就職先では、是非実行してみたい。(笑)一種のゴーストバスター、いや、共存すればいいわけだから、バスターじゃないのか。
2003年12月30日 20時19分49秒


ブルースリー
最近、燃えよドラゴンという映画をみた。ブルースリーがマーシャルアーツで大暴れする、という映画だ。

その映画のDVDのおまけ映像で、ブルースリーのお言葉集が入っている。その中で、いいことを言っていると思ったのは、「成功している人間のマネをしても、絶対に成功しない」(だったかな?)というものだった。

就職に関しても、自分の状況を把握し、一番理解できるのは自分である。自分の頭で考えて行動する、ということが、実は「就職の成功」に関しては一番大切なのだと、最近になってようやく思う。

就職アドバイス、というのは、その戦法で大勢の人間が行動を選択して「その人なりに成功してきた」という確率の問題にすぎない。それを真っ正直に受け取って、必死になぞったとしても、自分がそれで成功するとは限らない。
2003年12月28日 20時21分03秒


人生プラン
昨日は数少ない友人と忘年会。

仕事が決まったというと、「じゃあ、○○さん(私のこと)の人生プランをいってみろ」と真顔でいわれた。

就職のときによく聞くアドバイスで、実は一番危ういのが、「10年後どうなっていたいですか。今そのために何をすべきか考えて職を選びましょう」というやつだ。

上の質問を飛ばした友人も、その延長で言ってくれたに違いない。おそらくは「心配して」言ってくれたのであろうが。

端的にいって、今回の就職は、「食いたいから」にほかならない。10年後もクソもない。明日のことしか考えてない。

上の就職アドバイスは、私には実行できない。私が、いかに10年後の目標を考えて就職しようとしても、その考えた目標が現実離れしているからだ。思考にリアリティがなく机上の空論でぐるぐる回ってしまうからこそ、対人恐怖になって苦しんでいるわけだ。考えるだけムダなのだ。いや、考えることによって歩みが止まってしまう。むしろ弊害のほうが大きい。

私にとって今一番大切なことは、働き、自分で稼ぎ、職能を得て、その中から「自分で何かを悟る」ことであると思っている。10年後の妄想(になってしまうのは残念だが)を膨らませるより、自分の人生にリアリティを取り戻すように今日、せいぜい明日、一日一日頑張るべきなのだ。

上の就職アドバイスを好意的に解釈すれば、「10年後の目標を決められるようになるために、現実感を取り戻すために、どこでもいいから就職する、というのも10年後の目標に近づくための一つのステップですよね」といえなくもない。しかし、その場合は、どこでもいいから就職する、というのが解になるわけだから「どこに就職するか決定する」という質問に対する解答を導くアドバイスとしては、まったく機能していない。

そして、もうひとついえることは、自分がどんなに考えて職業を決定したとしても、面接で取ってくれるとは限らないということだ。もう、選んでる場合じゃない、そうじゃないと明日から食えないんだ、という切羽詰まった状況なのだ。その点でも、上記の就職アドバイスは、悠長に選択していられる人むけにしかなりえていない。

友人が、「人生プランをいってみろ」といってくれたのは、ある意味嬉しい。しかし、その発言は、まったく私の切迫した状況を理解できていないし、私の特殊な妄想頭脳を把握できてもいない。といっても、これを理解し受け入れてくれる人間などめったにいるものではないし、それで失望していても始まらないわけであるが。ただ、若干の苛立ちを感じざるをえなかった。

毎回、就職活動をするたびに、「自分のやりたいことを考えなくちゃいけないよ」とご丁寧にアドバイスしてくれる人はいるものだ。「クソ」まじめな人間ほど、これを真剣に考えて動けなくなる。自分もその一人であり、だからこそ、このアドバイスの危うさを指弾しておきたい。
2003年12月28日 20時15分22秒


就職決定したようだ
今日は久しぶりに就職活動。面接を受けた。

面接しているとき、及び面接終わった直後は、もうだめだめ、という感じであった。

というわけでヤケザケを飲んで帰ってきてみるとメールが入っていて、「採用を決定しました」というメールが。

・・・やったのか。やったんだよな。おれ。やったよ。レキソタンのんで臨んだ甲斐があったよな。

じわじわと達成感がわいてきた。

まあ、ここからが大変なのは重々承知であるが、まあ、今日ぐらいは喜んでいいだろうさ。ここから例え地獄をみるとしてもさ。
2003年12月27日 01時19分59秒


メール
このページをみた人がメールをくれた。

まだまだ拙いページだが、作ってよかったと思った。本当に、嬉しかった。
2003年12月24日 21時35分42秒


金を稼ぐこと2
肉体バイトをしてから、金を稼ぐことも結構おもしろいんじゃないかと思い始めている自分に気づく。

善悪は別にして、なんであれ社会生活に意欲を持ち始めたのはいいことである。
2003年12月18日 01時41分02秒


金を稼ぐということ
アルバイト週間が終わった。

今日、バイト代が振りこまれていた。その金で、服を何着か買った。

生きるということは、こういうことがベースになっていくのだろう。すなわち
「自分で稼いだ金で暮らしていく」
ということが。

その感覚が、そして、そこから生まれる充実感というものが、自分には大変に欠けている。今日は、自分で買い物をしていつもと違う充実感があるのを感じた。

これで、もっといろんなモノがほしくなれば、もっと稼げばいい。うまく仕事ができれば、その分稼ぎも大きくなる。うまく時間を使えれば、その分稼ぎも大きくなる。

そういうインセンティブが、確かに職業社会においては、サイクルの一部をなすのだろう。

そういう意味では、このアルバイト週間には大きな意味があった。
2003年12月15日 22時35分38秒


ひとまずは終了
力仕事はひとまず終了。日曜日もやるけど、違う場所なので、今日でここに来るのは最後。

昨日今日と、リーダーの人がいなかったわけだが、そうすると、みんな羽を伸ばすのか、適当に話をしながら仕事する感じ。和気藹々というかんじでしょうか。自分にも結構話しかけてもらって、ちょっと嬉しかったり。

今日で最後です、と何人かに言うと、「お疲れ様でした」といってくれたあと、みんながみんな、職場の不満を言い始めたのでびっくりした。仲良く見えて、みんなお互いにいろんなことを思っているものだ。しかし、表面上は仲良く至極仲良く付き合っていく。これが仕事なんだなと思った。自分が今日を最後にいなくなるというので、本音を一部出す相手として認知されたのだろう。

自分が去ったあとは、「使えなかったヤツがいたよな」的な話で盛り上がるネタになるんだろう。昔は、それがいやでいやで仕方がなかった。が、今はそうでもない。現に使えないのだから。そんな自分を2週間働かせてくれただけでも感謝だ。

今日は休憩時間に、周りがバカ話で盛り上がってるのを聞いていて、ちょっとした感慨があった。
2003年12月12日 23時38分14秒


バイト日記
今日もバイト日記。

明日で今の現場はおしまい。2週間いろいろあったが良く頑張った。

最終日を前に、まとめておこう。

問題点は3つあったと思う。
1、仕事が即戦力ではなかったこと
2、できないなかでの対応がまずかったこと
3、バイト仲間ができなかったこと

1については、かなり難しい。全体を見て、今自分がおかれている状況を把握分析。何をすべきか考える。これができる人というのはたまにはいる。しかし、自分はそうではない。近づけていく意欲は必要だ。しかし、目標とするには漠然としすぎている。むしろ、できないときにバカにされたりしたときに理不尽さを感じないといったように使うべきもののような気がする。

2については、ぼーっとしている時間が多いのは前にも書いたと思う。そういうときにはもっと聞くべきであったと思う。が、ここで引きこもっていた影響がでるわけです。どうしても、他人に話しかけるのが一手一手遅れる。「これきいてもいいのかな・・・?」「今相手も忙しそうなんだけど・・・?」何かと理由をつけて後回し精神。これは、自分の中ではかなり大変な問題で、超えるべき壁は高い。しかし、これは具体的な目標であるし、自分の内面の恐怖との戦いだ。やはり、引きこもり云々というのは、社会に出てしまうと言い訳にしかなりえない。この辺が、引きこもり理解の難しいところなんだが、さしあたり私にとっては、頑張ろうとしかいいようがない。

3は、2と密接にからむ。誰だって、仕事がまったくできないでぼーっとしていて足を引っ張る人間と仲良くしようと思わないだろう。きちんとコミュニケーションをとっていくことが、こちらにも役立ってくる。が、自分から話しかけるといった行動があると、なおよかったかもしれない。

そうすると、次のバイトを模試やったとすれば、課題は、二つ。
1、わからないことは即聞きましょう
2、仲間としゃべってみましょう
・・・ちゃんとやれよ>自分

ただ、一つだけ思う。今日新人が来ていたが、自分に対する教育とはうってかわっていろいろと教えてもらってる。どうも自分は厳しく接されたようだ。働きぶりが悪かったのか、態度が悪かったのか。おそらくは両方だろうが。

まあ、そういうこともあるから、あまり仲間とうまくいかないということは気に病む必要はないのかもしれない。
2003年12月12日 00時28分53秒


力仕事2
今日も荷分け。しかし、今日はいろいろあって、五時間労働だ。

まあ、案の定使えていないのだが、頑張ったかな。なんか、今日は昼番の人が、勤務時間中に嫌気がさして帰ってしまったらしい。そういうことだけはしていないし、いないよりはマシというレベルでも、働けてはいるんだろう。

昼帰ってしまった人のことは、みんなぼろぼろに酷評していた。当然ではあるんだが、自分は昔はこういうのを聞いて、不満に思っていたと思う。

責任を果たさないと、何を言われても仕方がないと。基本ではあるが、なかなか分からなかったことである。
2003年12月10日 00時44分45秒

力仕事
今日も荷分け。

もう今日で4日目になるわけだが、やはりさっぱり使えない。

一生懸命やるのだがミスがある。「一回いったら覚えといてね?何度もいわせんなよ」メジャーケースを一生懸命やっていると、ついついレアケースを見逃すわけで、覚えていないわけでもないのだが、これまた仕方ない。何を言われても、使えない現状では仕方ない。

むしろ、こういう状態から、どう1歩1歩良くなっていくか、腐らず前向きに進んでいくか、ということを考えた方が、自分にとっては現実的だ。今までいろんなバイト先にいったが、最初から、「お、君はすごい。即戦力だ」といわれたことがない。それどころか、どこにいっても、「こんな使えないやつ見たことない」といわれている気がするばかり。この「気がする」というのがクセモノなわけだが。

もう一つ思うこと。なぜ、何をやっても使えないのだろうか。

一つは、「判断力がない」からなのだとは思っている。すぐ、誰かに聞こうとする。判断してもらおうとする。しかし、現場では、そうそううまく周囲に人はいないのであって。そうすると、何をやっていいかわからず、ぼーっとすることになってしまう。

思いきって、自分で判断して行動してみても、とんちんかんな行動になるばかり。

使える人間、というのは、全体を把握した上で、今どうするのが、周囲にとって一番いいか、というのを瞬時に判断しているような気がする。それは、まちがいなく、今のところできない。

即戦力ではないのだから、腐らず頑張るしかない。それだけだ。
2003年12月09日 00時25分09秒

バイト2
この土日は、肉体労働は一時お休みで、模試官という、頭脳労働というか、まあ、肉体的には楽な仕事だった。

しかし、これは私が一番苦手な「チームワーク」が問われるバイトであったので、これもまた一種の試練だったとは思う。

結果は、だめな点もあったが、おおむね無難にこなせたようである。それはそれでヨシとせねばなるまい。

バイトの最中や終わったあとなんかは、同じバイトをやった名前も知らない人々と、楽しく話もできた。

だいぶ自分もマシになってきたような、気がする。
2003年12月07日 23時43分11秒

荷分け
最近、更新できなかったのは、アルバイトを始めたからだ。宅配の荷物を倉庫で仕分けるバイトだ。

最初は何気なく申しこんだのだが、初日はめちゃくちゃきつかった。8時間ダンボールを押して引いて持ち上げて。しかもこれをほとんど中腰で行い、かつ、ノンストップ。

筋肉が疲れてくるのもあるが、スタミナも切れてくる。終わったときは、頬がやせこけたのを実感した。

しかし、3回ほどやったのだが、3回目になると、さすがに慣れてきて体も楽になったのを実感した。

このバイトをやってよかったと思うのは、何事も慣れであるということがまずわかった。げっそりしていたのもウソのように、3回目はすいすいとこなせた。体力もついただろうし、コツもつかんだだろうが、何より、そこまであきらめなかった自分をほめたい。

あと、このバイトはきつい割に時給もよくない。当然福利厚生もよくない。はっきりいってバイトは壊れたら使い捨てだ。自分もなれたとはいえ、これを一生続けようとは思わない。人間関係がたとえ超苦手であっても、ここはがんばって、なんであれ頭脳労働につかないと、食べていけないことがよくわかった。

もうひとつよかったと思うのは、このアルバイトをしている人たちというのが、すごく若い子ばかりということ。おそらく高校中退とか中学卒業したのかどうか、ぐらいの子が多い。どっちかというとヤンキー上がりといったような雰囲気だ。

その子たちが、一生懸命働いていたことに感動した。ホストやってたんだよという人もいた。女と同棲してる18歳もいた。しかし、とにかく自分で自分で稼いで自分で生きていくのだ、という意欲があまりにも、彼らにとって当然のものとして発揮されていた。

自分にはそこが、ない。食っていくために、イヤな仕事でもやるしかねーか。という割きり。そこがない。

正直、肉体労働しているような人々、というくくりで見てしまっていた自分を恥じた。私よりはるかに立派な生き方がそこにあった。

自分も、相変わらず右往左往するばかりであるが、一生懸命がんばっている。周りから使えないなあと思われているのは良くわかるが、それでも一生懸命頑張れている。その点はだいぶよくなったのかもしれない。

こういうバイトは体育会系だ。教えてもらうことなどほとんどなく、自分で見よう見真似でやっていく。それでもし失敗しても、教えなかった人間のせいでなく、怒鳴られても仕方がない。ようやくそういう「社会の常識」も見えてきたような気がする。

パーツはそろいつつある。あとは、それをくみ合わせて、勝負に出るだけである。
2003年12月07日 23時38分02秒

舌禍
私は、自分の発言が軽率だといつも思ってしまう。

その場の笑いを誘うべく、どうしても言ってはいけないこと秘密にしなくてはいけないことなどを話してしまう。

やっていいことではない。

笑いは誘える。しかし、その笑いこそまさにあざ笑いであろう。全部が全部といわないまでも。

人を裏切らないという精神を前に押し出さないで自分が注目を浴びることばかり考えているうちは、いつまでたっても人間関係などうまくいくはずもない。

これまであまりに多くの人を裏切ってきたと思う。明日からは、そういうことのないようにしたいと思う。いつも思う。
2003年12月01日 02時54分37秒

男子バレー
今日も負けたわけだが、昨日今日とかなり頑張ってるじゃない。

福岡で連敗してた頃とはムードが違う。何か誰かが締めなおしたな、という雰囲気。

連敗して、周囲からボロクソに言われて、そこからここまで立て直してきた彼らに正直拍手だよ。見事だよ。

センターラインも速攻かなり決めてるし。だいぶよくなってきたよ。

最終予選で勝てるとは言いきれないけど、うまくはまれば、勝負にはなるかもね。今回の韓国戦みたいなことはもうないだろう。

あきらめない、ってのは大切なことだと再認識。
2003年11月29日 21時23分37秒

11/29
今日は横浜マリノスとジュビロの試合を見に行ってきた。知り合いがタダ券をくれたのだ。

ひどい雨ではあったが、試合内容には大満足。

いきなり、なぜかマリノスのGKがグラウを突き飛ばして退場。10人対11人の勝負になったわけだが、そこからマリノスがよく頑張った。

コーナーから久保がヘッドしたボールをGKがナイスセーブしたところをマルキーニョスが押しこんでまず同点。

そこから、磐田の猛攻をしのぎきり、ラストもうだめかと思ったところ、高くゴール前に上がったボールを磐田のDFが3人追ったが、久保が強引に体を入れて、さらに相手GKをかわすように軽く浮かせてゴール。逆転。

鹿島が同点で終わったので、逆転でマリノスの完全優勝が決まった。

見事な見事な逆転優勝だった。
2003年11月29日 21時20分19秒

満点ねらい
私は、実力のない完璧主義者である。

受験勉強時代は、完璧主義でよかった。実際ほぼ完璧にテストはやっていたし。まったく問題なかった。大学入ったら、今度は完璧にできないところはやらない主義になった。で、一応自分の目に映る部分だけは、完璧にできている状態にして過ごしていた。

これが就職活動では、不可能になった。

当たり前だ。10会社があれば10の採用方針がある。自分の意見を言ったら、通るところもあれば、落ちるところもあるというのが現実だ。まあ、優秀な人は10通るのだろうが、そうでないのが普通だ。

そこが、まったくわかってなかった。「満点を目指す」というのが自分の生き方であって、あるいは「満点が狙えないことはやらない」というのが自分の生き方であったのに、「満点は狙えないのに逃げられない」という状態になったのだ。

落ちこんだ。非常に落ちこんだ。職も決まらないし、適応することもできなかった。10受けたら10通そうとして、面接官の顔色を窺って、妄想を膨らませて「面接官が求める答え」を想像してしゃべろうとした。

それも失敗した。当然だ。自分の意見が言えるかどうかを面接官は見ているのに、顔色窺って話しているようでは論外だ。

そうなって、また事態はひどくなる。話すこと自体ができなくなってしまったのだ。口を開いたら減点される一方だ。いっそのこと口を開かなければ・・・と深層心理で思ったのかどうかは知らない。しかし、とにかくうまく話せなくなってしまった。

今思うと、信じられないような。でも確かにそういう時代があったし、それが次の職場での対人恐怖症のベースにあること自体、これも疑いがないところだと思う。
2003年11月29日 01時08分52秒

11/28
今日もレキソタンを飲んで面接へ。

一生懸命考えた想定問答をチェックしながらむかう。

・・・が、面接は肩透かし。ほんとにこれ俺を取るつもりがあって面接してるのか?最初っからなんか適当。雑談が多いし。こっちに興味がないのがありあり。

一生懸命応対はしているけど、うっすらと「あ、なんかこれはだめだな」と思う。

まあ、いいんだけどさ。

昔は一件落ちるたびにどどーんと落ちこんでいたよなぁ。100件受けたら100件通るのを目指していたわけだ。今思えば、信じられないことを考えていたんだが。
2003年11月29日 01時00分11秒

よし決めた
バイトを始めよう。

いいかげん、職も決まらないし、だらだらしていても始まらない。1ヶ月ほどアルバイトをすることにしよう。

決定。

といいながらも明日はまた面接。
2003年11月27日 20時13分26秒

面接
今日は久しぶりに面接。

話してるうちに、方針の違いが鮮明になってきて、だめっぽくなる。

こういう場合、どう考えるべきか。自分の本音と違うところにいってもしょうがない。という考えが一つ。本音を偽ってでも、まずは就職するのが大切、という考え方が一つ。

まあ、今の段階では後者に重きを置くべきだったと思うけど、残念ながら、途中で修正をきかせられるほどは、テクニックがなかった。

どうしたものかな。これ以上職が決まらない場合、さしあたりアルバイトをしながら職を探すことにしなければならないのではないか?あるいは、アルバイトを一年ほどやって対人関係修行を、もう一度積まなければならないのではないか?

どうしたものやら。
2003年11月26日 17時23分21秒

発達心理学の1を読む。読書欄にまとめなければいけないはずなのだが・・・

発達心理という概念は、どうしても児童関連の記載がメインになってしまう。また対人恐怖・引きこもりなど、新しい概念については記載がなかった。

発達心理というもの自体は、社会システムの中で問われなければならないという精神を感じるのは同意できるところであった。

ただ、一番大きく目を開かされたのは、発達障害の子供に対するケアとして、「親に対する教育」というのが治療側に明確に意識されているということだった。

たとえば、障害児を授かったとする。親としてみれば、そりゃ一瞬は落ちこむかもしれないし、精神的に不安定になるかもしれない。その場合、親に対して、「そうでなくてあなたがこの運命を受け入れて頑張っていくことが一番大切なんですよ」という方向に意識を向けていくことが子供の治療にとって大きな要素であると。なんとなれば、障害治療に関しては、社会全体で考えていく問題であるから。その一番身近な存在の親・家族というシステムを整備することが、障害児にとっても非常に大切なことであるということだ。

これを自分に引き戻した場合に、自分が対人恐怖に陥り働けなくなったことは、自分では一種の「障害」を受けたと感じているのだが、このことは、親にとってみれば、受け入れられなかったのも無理はない、という気がした。身体障害など、明白に障害だということがわかっていてすら、親が受け入れがたいであろうからケアしていかねばならない、と教科書にすら書かれている。これが、「障害である」という判定が不明確な「対人恐怖」「引きこもり」などがいきなり発症した場合、親が不安定になるのも無理はない。まして、自分の育て方に何らか偏向があり、あるいは問題があったなどと、いきなり子供から告げられても、受け入れられるはずもない。

私は、対人恐怖が発症して働けなくなったときに、親に対して「子供の頃こうしてほしかった、ああしてほしかった」とはっきり告げている。それで親と険悪になって失望したのだが、今思えば、かなり無理なことを親に対して押し付けたものだと思う。ごめんなさい。

これは、ある意味で親の能力を見きったということにもなるのかもしれない。

私は親、特に母親に対して、かなりの万能感を感じていた。「母親がやることに間違いはないのだ」「だから母親が言う通りにしていれば良いのだ」という思考でずっと生きてきた。

親であろうと人間である、間違ったことをする「かもしれない」、だから一人で生きる力、一人で考える力が必要なのだと、どこかで読んだことがある。

ようやく、親も人間であるということを、少し理解できたような気がする。
2003年11月23日 01時14分49秒

カントからヘーゲルへ
ドイツ哲学の解説本を読んでみる。

カントからフィヒテ、シェリングそしてヘーゲルへ。なるほどねえという感じがする。

カントが出るまで、神様や霊魂に関しても、演繹的に語られていたようだ。これを合理的形而上主義というらしい。それを否定したのがヒュームで、経験に基づかない演繹を認めないらしい(まだ素人はだしなので間違ってるかも)。
そうすると、ヒュームは自然科学においても、自分が見たもの聞いたもの以外は認められなくなる。たとえば、天動説にしても望遠鏡があるからわかるわけだが、これがない場合は「ホントにそうかぁ?」という懐疑を持たざるを得なくなるという。

で、カントが出て、演繹で語れるフィールドと語れないフィールドがあるよね、ということを言ったらしい。

・・・で、合ってるのかなぁ。。。。

で、これで何を思ったかというと、自分の大学時代の考えまでは、合理的形而上主義に非常に近いということだ。なにせ、経験が少なすぎた何事においても。にもかかわらず、演繹的に論理だけがどんどんくみあがっていく。その演繹が正しいかどうか、ある程度は経験によって検証されなければならなかったのだろうが、そこがあまりにも薄かった。ほんとにスチューデントアパシーだったから、世間離れした思考になってしまったのも無理はない。

で、就職したあと、ヒュームになると。自分の演繹能力が信じられないわけで、そうすると、自分が頭で合理的であると思ったことが信じられない。自分が見たこと、あと他人が「こうなんだよ」と言った事。それだけしか頼るすべがない。他人だって100%本音を言うわけはないわけで、それを頼るすべに生きていると、後々に裏切られた(という言い方が正しいのかどうか)と思いやすくなる。

なんとなく、ずばり18世紀からの哲学的系譜をそのままなぞっているような気がしてきた。

そうすると、今度はカントになるはずだ。自分が演繹できる部分とできない部分を隔離して、世間並の行動をとっていける、はずなのだが・・・
2003年11月22日 00時45分07秒

カウンセリング
治療にしばらくカウンセリングを受けていたことがある。2年も通っていただろうか。といっても2〜3ヶ月に一度というペースではあったが。

しかし、効果がさほどあったわけではない。というのが現実だ。

結局カウンセラーは、「聞いてくれる」だけだ。

私の症状というのは、もとをたどれば自分に原因がある。あるいは、自分周辺の社会システムに問題がある、ということもできなくはない。後者を言うことは、自分としては難しい。文部官僚かなにかにこれを言うならともかく、自分一人、あるいは周囲の人間にこれを伝えたところで、所詮意味がない。愚痴にすぎない。

ということは、カウンセラーが「話を聞いてくれる」ところで問題はこれだけでは解決しない。

カウンセリングを効果的に生かすには、「あ、話を聞いてくれて、何か気分がすっとしたな!さあ、明日から頑張って行動するぞ!」というようなサイクルに持っていく必要がある。これが私にはできなかった。

私は、「相手が自分の悪口をいってるんじゃないか」症候群であった。致命的なことにカウンセラーすら信頼できないのだ。「仕事だからカウンセリングしてるけど、いざ裏に回ったら、みんなでネタにして笑ってるんだろうな」と思ってしまう。カウンセラーに話をしても、まったくすっとしない。

回を重ねてくると、カウンセラーの話のパターンも読めてくる。50分ほどカウンセリングを受けるのだが、最初の20分はこちらの愚痴を聞き、残りの20分はその中の一番問題となるような部分だけ、気が楽になるような「おまじない」を教えてくれる。最後はスケジュール等をあわせて終了。

なんというのか、パターンにはまっている、というのが機械的に感じられ、結局こちらの話を聞くというより、時間をどうつぶすか考えているんだな、という気がしてしまってだめであった。これなども「症候群」の一つであろうから、カウンセラーも可愛そうなんだけども。

いっそ会社に行っているときにカウンセリングを受けていれば、切羽詰っているだけにもっとすがれたかもしれない。また、もっと症状が重い人なんかは、問題が解決しないまでも、話を聞いてくれるだけで生き延びる力になるのかもしれない。そういう効能はあるような「気が」した。

カウンセラーとの相性も大切な要素らしいが、なかなか使いこなすのは難しいものである。
2003年11月21日 00時04分55秒

勉強するということ
自分は勉強することが好きである。

これは受験することから培われたものであるかもしれない。しかし、勉強することで何となく楽しい気分を感じることは事実だ。

たとえば最近勉強しているのはカントであり、英語であり、囲碁である。これらのことについて、少しでも知識が増え、あるいは思考形態に刺激を受ければ、非常に気分的にウキウキする。これは事実である。

これは、あるいは病んだ現象であるのかもしれない。が、これはこれで、突き詰めたほうがいいのではないかという気がしている。

つまり、カントを勉強するというのであれば、カントについて日本のあるいは世界の第一人者になるまで勉強しろ、ということであり、英語であれば、TOEIC満点は当然のこととして、ネイティブと会話ができるぐらいまでやれということである。

自分は勉強が好きだ好きだといいながら、実は今まで、「行動力がない」ことから中途半端な勉強しかしてこれなかったと思う。

それでは何も生み出さない。他人も認めない。

勉強するなら、徹底して勉強すべきだ。

一時、受験勉強をしてきたから、対人恐怖に陥ったのだ、という考え方から、勉強自体を否定してしまっていた頃がある。しかし、今は、むしろ、勉強するするといいながら、中途半端にしか勉強してこなかったから、今ここまでハマってしまっている自分があるんだろう、という気すらしている。
2003年11月19日 02時09分17秒

哲学
こないだ、ふと思い立って「カント入門」という本を図書館で借りてみた。

・・・これがまた面白い。自分は机上の空論で理論をこねくり回すのが好きで、だからこそ引きこもりに至った部分もあるのだが、そういう学問こそ、まさに哲学であるわけだ・・・っていいすぎかな?

いずれにしろ、ちょっとこれからドイツ哲学を読み漁るかもしれない。
2003年11月17日 21時29分25秒

だめ
今日で、役面受けてから1週間経った。何の連絡もない。多分だめだろう。

と思ったら、今日また来週役員面接になるかも、という連絡がきた。

つまるところ、1次面接を突破する実力はあるが、役面を突破する実力はないということか。

22の頃だったら、これでどこでもいけたんだろうに。ま、遅れた分、それだけハンデをしょうのは仕方ないな。

これで入社したところで、また次の日から地獄のような日がしばらく続くのは目に見えているのだから。
2003年11月17日 21時27分26秒

自分の志向性
結局のところ、周囲に対する劣等感・罪悪感がどこからきているかというと、「自分は人生で何がしたいのか」「それにむかって努力しているか」というあたりで自信がないからなんだと思う。

自分は人生において何がしたいかは、すでに書いた。今すぐそちらにむかっていくのかどうか。今までやってきたことはどうなるのか。そこいらあたりが問題なんだろうと思う。
2003年11月17日 02時06分11秒

やりたいこと
実は、やりたいことの一つは自分のような人間の支援だったりする。

おそらくこれは、対人恐怖に陥ってしまった人間がある程度回復してくると誰しもが思うことであろう。

対人恐怖だとか引きこもりだとか就職拒否だとか、そういった人間に対して、確実に優しい目で愛情を持って接することができるはずだ。その自信はある。自分がまさにその辛さを味わってきたわけだから。

これはソーシャルワークということになるのだろうか。

自分は心理学もしらないし精神医学も知らない。今いきなりこの手の仕事をやらせてくださいと言っても、仕方がない・・・のだろうか。

金もないし、今更大学に行きなおす時間ももうない。

そうすると、やはりほかに仕事を持ちながらボランティアで支援活動を手伝っていく、というのが一番いい方法ではあろう。

そのためには、自分の時間がそれなりに持てるところに就職したほうがいいのかなぁ。そんなところあるのかな?
2003年11月16日 02時10分12秒

中に目をむける時期
最初に就職してから早くも5年ほど経ったわけであるが、それなりにアルバイトをしつつも、「どうして自分はこうなんだろう」「どうして自分は他人と同じように働けないのだろう」「どうして周囲の人間はあんなに軽がると働けるのだろう」「どうして自分は、他人の目が気になってしまうだけで具体的に動けないのだろう」などなど、内省メインの生活を送ってきたと思う。

傍から見れば、まさに「怠けている」としか見えない状態である。

しかし、実はここをなくして今の開き直った気分はありえないのだと思う。

この4〜5年にまとめて行った内省(まだ続いているけども)は、実はもっと幼少の頃から思春期にかけて、長いスパンで行うものである「気がする」。根拠はないが。

そこをすっとばして受験勉強だけに視野を限定してきた自分が存在しており、どこかでその「為すべきなのにしてこなかった内省」を行う時期が必要だったと自分では考えている。

大きな回り道ではあったが、おかげで自分の特質を理解したともいえる。生涯年収だとかなんだとか、そういった面ではもう取り返しがつかないのだろうが、生き生きと働くという点では、むしろこの経験を生かしていけば、気づかず苦しみながら働くより、はるかに有利であるような気がしている。

問題は、会社で働く、ということが本当に自分にとって正しいのかどうなのかという点だよな・・・そこはそろそろ決めないと。
2003年11月16日 02時05分19秒

開き直り
最近、自分で自分のことを開き直ってきたなという気がする。

自分は、「社会の中で、本音と建前を使い分けてそれなりに渡っていける人間とは、まったく別の人間なのだ」と。それはもう割り切るしかない。

ここが割り切れるまでというのが、また辛かった。周囲は企業の中でドンドン出世していくエリートである。年収もどんどんあがっている。「自分もそうなれたはずなのに、自分はなぜできないのだろう」という不毛な問いに、ずっととらわれていた気がする。

そうではないのだ。「自分はエリートになれたはず」というなら、どうすればなれたか考えてみるといい。就職して、人目が気になるような状態で、無理やり退職せずにいたってエリートになれたか?ありえない。

現実を認めなければ。社会の中では、企業というフィールドの中では、おそらくほとんど役に立たない存在であるということを。

それを認めたときに後ろ向きの感情が沸き起こるようでは、またこの不毛な問いはぶりかえす。企業で出世することと、しないことを等価値にとらえるというのか。能力に応じた、志向に応じた仕事をしていくことが一番尊いのであって、企業に入ってエリートになることだけが尊ばれるべきことである、という現代の風潮の方がおかしいのだと。そういうことを自分の中で、割り切れるかどうか。カラッと割り切れるかどうか。

そこが一番の問題だった気がする。
2003年11月15日 02時02分37秒

11/13
今日の面接は、相当考えこんで質問に対する応対を決めていったんだが、それでも、当然だが、考えていない質問は出る。

そして、そこの応対で失敗してしまう自分。毎回だよ。

まあ、一応手帳でスケジュールしたしさ。がんばったしさ。もうしょうがないんだけどさ。

それぐらい。

今日はもうやぶれかぶれで女子バレーみるさ。
2003年11月14日 17時49分31秒

アルバイト
私は、アルバイト経験が大学時代、ほとんどなかった。

これが、一つ就職して挫折する要因になったと思っている。準備段階なしに本番に突入したのだ。無理もない。軽く挫折していきながら、自分を鍛えるべきだったのだ。

そういう意味で、経済的に支えてくれた両親には感謝はするが、知見は両親も狭かったと言わざるは得ない・・・ごめん。

1歩も動けない状態で一社目を辞め、そのときに「いきなり企業にいくんじゃなくてアルバイトをして準備しよう」と思ったのを思い出す。

その後、塾→オフィス→コンビニ→オフィス→軽作業となって今に至るわけである。いずれも一年程度、あるいはそれ以下しか続いていない。

一番最初の塾は、辛かった。話せない状態なのに、しゃべりが商売の講師になったわけである。よく採ってくれたもんだと思う。周囲に経験者が一杯いた(当然だが)ので、アドバイスは受けていたが、辛うじて相手が子供なので救われた面もある。しかし、子供は子供で結構シビアに講師を見ているから、完全に楽にもならない。

次に入ったオフィスは、人数が二人。自分を入れて二人。人数がすくなければ人間関係も楽だろうと思って入ったが、これはこれで辛かった。ひがな一日その人と過ごすわけだ。最初仲良しの頃は良かったが、悪くなりだすと強烈ないびりが始まった。セキをするな、ドンドン歩くな、仕事が遅い、あなたにこの仕事をする資格はない、あなたと仕事したくない・・・思えば良く一年続いたと思う。

ただ、ここで一つ得た教訓は、「自分がどうあれ、仕事ができないとイビリに大義を与えてしまうんだな」ということ。自分が対人恐怖だからできません、といったって、それは雇用主には関係ないわけだ。非人間的なイジメであっても、それが資本主義社会。やむをえない。

そこまで来て、初めて、「あ、職能を身につけなきゃ・・・」と思った気がする。そこまでは人間関係が苦手だから就職できないんだ、と思っていたが、それだけではなくなりつつある事態にようやく気づいた。

とはいっても、イビリに耐えかねて辞めたわけで、いきなりまた企業に入る自信もなく、今度は声を出したほうがいいかも、ということでコンビニに入ってみることにした。

これはある意味良かった。確かに体を動かすことで、精神もほぐれた。客とはいえ、他人と接することである程度慣れた。しかも目が回るように忙しいときは忙しいから、一歩も動けないといっている場合でもない。考えこんで動けなくなるのであって、考え込まなければ動けなくなりようもない。もちろん仕事はできないままだったので、徐々に周囲が冷たい目で見始めたこともあり辞めたわけだが。

コンビニというのは、指示系統というものがない。業務全体を何となく全員で把握し、それに対して必要と思うことを「自分の頭で考え行動していく」。ここで、初めて、「あ、自分の頭で考えて行動するのが苦手なんだ」と認識した。だから、いままで仕事にならず人間関係も悪くなっていたのだと。

もう一つ得た教訓は、コンビニというのは自分の時間をどう使うかという勝負だということだった。先輩のフリーターは、自分と同じ時間しかいないのに、はるかに多くの仕事をこなしていた。それを観察してみると、「レジに立ちながら」「後ろで袋を折っている」など、細かい時間を見つけて仕事をしていることに気づかされた。もちろん、その「気づき」は経験から来るものだから、いきなり自分がやることは不可能だが、それを真似るようには努めた。

いわゆるタイムマネジメントという感覚であったと思う。それを初めて認識した。今までは一つ一つシングルタスクで動いていたわけで、新鮮であるが、厳しい経験だった。

アルバイトから徐々に悟ってきたこと、というのは、自分にとって非常に貴重なものである。それがおそらく、社会の厳しさを知る、ということになってはいるのだろう。

ただ、対人恐怖に陥っているときに、いきなりフリーターになることは、不可能だ。一番ひどい時というのは、自分一人で休む時間にあてるべきだと思う。休まないとダメな時に、いきなり外に出てはつぶれるだけだ。

このページを読んでいただいている読者の方は、まだほとんどいらっしゃらないが、それだけは間違いない。その先に来るアルバイト時代がどんなものか少し書いてみただけである。
2003年11月14日 04時02分44秒

canna
cannaなどと書くと、UNIXかみたいな話になりそうだが・・・(笑)

そうではなくて、cannaとはミュージシャンのcannaのことである。

TEAMというドラマをフジでやっているんだが、その主題歌になっている。これは、児童虐待などのトラウマにより子供が問題を起こし、それを草なぎ剛と西村雅彦が捜査する、というドラマなのだが、一種のアダルトチルドレンを取り上げようとするだけあって、主題歌の「風の向くまま」は非常に優しい歌になっている。

今は辛いから羽をやすめているんだろう。今はそれでいい。だからいつかは一緒に飛び立とうと。

そうか、こういうことを考えてくれる人もいるんだなぁ。と思ってボロボロ泣いたのを覚えている。今も聞いたら涙が出ると思う。

今聞いて秀逸だと思うのは、「「楽しくない」と君がいったときに初めて叩いたころのように、君よりも泣いていた僕だから、大切にするよ」というところだ。

甘える時間は必要だが、立ち直る時期が来たら厳しさも必要だ。そのときに、「泣きながら」本人よりも泣きながら叩く愛情がほしい。それがないと、再び機会を逸することになる。

cannaがどういう考えでこういう歌を作ったのかは良く知らない。しかし、非常に今聞いても、引きこもり問題について必要な要素を兼ね備えた歌であるような気がする。cannaもそういう経験があるのではないか、とすら思えるぐらいである。

最近になって、「あ、コンサートに行くっていう手もあるんだ」と思いついて検索してみたが、すでに解散していた。残念である。
2003年11月14日 03時33分48秒

友人
今、自分には友人と言える人間が何人いるのか実はよくわかっていない。

対人恐怖に陥ったとき、実はたった一人の人間しか信じることができなかった時期がある。しかし、そのときですら、周囲から片手で足りないぐらいの人間が声はかけてくれた。信じることができないので、振り払ったわけで、それは申し訳ないことをしてきたと思う。

時も経ち、声をかけてくれる人はどんどん減っていったわけではあるが、それは悲しいがやむをえない。ただ、辛いときを通じて、こちらがどう振り払おうが支えてくれた人間が一人いる。この人のことは、一生かけて大切にしたいと思っている。

あとから聞くと、「自分もそういう状態になったことがあるから、捨てておけなかった」と語ってくれた。自分もそうありたいと思っている。

今、それ以外の人間とはほとんど付き合いがない。ただ、最近、それに焦らなくなってきた。

友人というのは、こちらが対人恐怖を脱出していれば、いずれはできる。おそらくそうなんだろうと何となく悟ってはいる自分がいる。

友人というものが何故できるかといえば、共通の話題があるからだ。

これまで、私は、「周囲がほめてくれるから」「周囲が認めてくれるから」といった意識で何かに打ちこんできた。それは、問題がないように見えて、実は「周囲が認めてくれないレベルの行動はしない」ということでもある。要は、突き詰め方が甘いわけだ。深く自分で掘り下げていく意識が薄いのだ。

今、自分で、ゆっくりとゆっくりと、自分の興味が少しでもあることに対して、掘り下げていこうとしている。それが成功すれば、その分野のマニアの友人が、必ずできるはずだ。

話が合えば、今度は会う機会も増えていく。それで、去っていった人間とは違った層の人間とまたつながっていけるはずだ。

なんとなく、そういう考えを今は持っている。
2003年11月14日 03時17分59秒

金は金なんだろう
今日は什器の搬出入したときのバイト代をもらいにいってきた。

まったく使えなかった状態のまま足を引っ張って作業を終えたわけではある。昔だったら、「この金はもらっていいんだろうか」などと考えていた自分がいるかもしれない。今になれば信じられない話だが。

どうあれ、その場の人間を使いこなすのも金を渡す人間の才覚で、あるいは、その場で役に立つ人間に育てるのも雇った側の才覚であり、それをしないまま(もちろんこちらの自覚不充分もあり反省は必要ながらも)送りこんだわけであるから、もちろんもらっていい金なのだ。

ここらあたりを再確認しなければならないところが、世間知らずといわれて仕方ないところだろう。金がないと暮らしていけない。もらえる金で、自分が勤労してもらえる金なんだから、もらっておけばいい。それが資本主義社会ってものなんだ。

「自分が役に立って初めて対価をもらえるはずなんだ」という考えが、自分の中の中途半端な自尊心から来ていることが今はわかる。

もちろん、まったく使えなかったという情報は雇用主にも入っているわけで、それで次のバイトがあてがってもらえるかどうかは、また次の話。

次にもしきたら、また頑張る。今回の反省を活かしてまたがんばる。それでいいわけさ。
2003年11月14日 03時06分58秒

離れていく仲間
大学時代、友人だと思っていた人間は結構いた。

しかし、就職がうまくいかなくて、対人恐怖に陥ったりしているうちに、こちらも僻みっぽくなってくるわけであり、徐々に彼ら彼女らは離れていった。今でもたまに会うが、気を遣って無理やり話しかけてくれるか、完全に無視か、どっちかだ。お互い楽しくないなら、もう会う必要もない。

これを偏見といってしまっては、むこうもかわいそうではある。彼らは彼らで、企業の中で必死に戦っているのだろうし、「なんでこの人は戦わないの?」という疑問はわいて当然だろう。

しかし、当然、こちらとしては非常につらいことになる。自分だって働けるものなら、働きたい。それをわかってもらえずに友人が離れていったときほど悲しいものもない。

離れていったというのとはまた違うが、とてもショックを受けた事件がある。

一度、だいぶ症状が軽くなったときだったが、友人だと思っていた人間と旅行にいったことがある。私はその頃は、フリーター生活に入っていた。

そのうちの一人と、旅行の合間に二人になって、ふっと会話が途切れたことがある。「君、何かおもしろいことないの?」と話しかけたときに、「じゃあ、○○さん(私のこと)の老後について話すか」と言われたことを今でも覚えている。

彼はジョークで言ったのかもしれないが、自分にしてみれば、一番自分でも悩んでいることであった。それを「おもしろいこと」としてネタにされたショックは、大きかった。結局、こいつにとっては、私のことはネタにしかならないんだな、という認識を持つしかなかった。その瞬間から、友人という認識を改めるしかなかった。

ナイーブすぎるのかもしれない。しかし、現にそういう人間になってしまった(好き好んでなったわけでもなく)場合、人はどうすれば人間関係を保っていけるのであろうか。
2003年11月13日 03時16分52秒

自分の状態
一番自分が引きこもりに近くなったのは、実は一社目の会社で配属になって4ヶ月目ぐらいではなかったかという気がする。

会社にいっても仕事がない。何かやろうとしても、周囲の目がきになって動けない。1歩も動けない。一人でこもれる部屋で作業しているフリをしながら、一日過ごしていた。トイレにこもったり。周囲が受け入れるわけもなく、それもあいまって、周囲が自分のことをあざ笑っているような気がして、会社を休むことも多くなった。

その頃は、道いくまったくしらない人間も、実は自分のことをどこかで知っていて笑ってるんじゃないか、自分の行動に何かおかしいところがあって、それを見て笑ってるんじゃないかという妄想が消えなくなった。コンビニ一つ入りづらく大変に厳しい毎日を送っていたことを思い出す。それでも、無理やりに会社に行って、じーっと氷結したように動かず一日を終えていた。

今まで一度だけ死のうか、とふっと思ったのもこの頃。しかし、一度しかない、というのはこういう状態に陥った者としては恵まれているのだろうが。

そのときは、電車のホームで、自分の魂がふっと体を離れて天井にむかって抜け出したような感覚に陥った。自分の体を上から見下ろすようなイメージが頭にわいて、このまま死んだら楽になるのかなぁ・・・などと考えていた。

そこを耐えたのは、ちょっとしたツキだったと思う。そういう部分で、ふっとしたはずみで自殺するときもあるんだろうな、と今は思う。

それでも、会社には何日かに一度は仕事にならないまでも行っていたから、「引きこもり」という言葉を使ったらいけないのかもしれない。しかし、精神的には死んでいたし、他人の目が気になって外に出づらかったのは事実なので、その点では引きこもりの精神状態と非常に近かったと感じている。ほんとにこの頃は辛かった。
2003年11月13日 02時46分49秒

11/11
やっちまったねえ・・・

面接時間を一時間間違えていた。あほもいいとこ。

こういうミスがあるというのが、社会慣れしてない証拠なんだな。

面接は一応してくれたけど、すごい寒いものであった。自業自得だからしょうがないな。やってもらっただけでありがたいので、おれも誠心誠意答えておく。といっても、むこうはやる気なしなし。

囲碁でいうところの、投了前の形づくり、ってやつをしてる気分だった。相手もおいらも。

まあ、最悪だったけど、これをきっかけにまた一つ成長すれば、高い代償だったけど、まったくムダになったわけでもない。今日の教訓は、スケジュール管理は、PCではなくて手帳でやろう、だな。

明日、手帳を買いにいってこよう。そんなことを今やらないといけないわけで、引きこもってたときの経験の薄さが、こういうとこにも出たわけだよな。
2003年11月12日 13時27分48秒

自分で決めること
就職と全然関係ないけど、引きこもることについて。なぜ引きこもったのだろうか、という自分に対する原因の究明を軽く書いておきます。

自分の対人恐怖(完全な引きこもりにはなっていない)の典型的な発症は、就職してからになります。

非常にヒマな部署に配属になった私は、「何をしたらいいのか」決められませんでした。一日のうち15分も仕事すると、その日のルーチンワークはなくなってしまいます。残りの時間、何をするのか自分で決めなくては成りません。もちろん業務知識は新人の私にはない。本来上司が指示を出すのかもしれませんが、上司は形式的に一人いるものの、彼も私の仕事に対して何の知識もなく、「勝手にやってよ」という態度でした。

私は焦りました。同期はいろいろと仕事を与えられて無難にこなしているようでした。私も負けずに「周囲に評価されなければ」という考えにいつのまにか陥り、周囲の目に一番評価される行動を考えて取ろうとするようになりました。そのうちに、周囲の目が気になってしまい、一挙手一投足動かすのすら、彼らの目が気になってしまった。そのうちに動けなくなりました。私は、「周囲の全員が100%納得するような行動」をとりたかったのだと思います。

今思うと、自分で、将来仕事でどうなりたいか考え、自分で今何をすべきか考えそれを行っていればよかったのです。その採った行動を、周囲がどう評価するなど、問題にする必要はなかったわけですが。あるいは、いっそ、ヒマな部署なんだから遊んでいればよかったのかもしれません。

ここでポイントになるのは、「自分で決められない」ということです。そして「周囲の顔色を答えにしようとして窺っている」ことです。

私が、自分を反省して常々イヤになるのは、「自分の頭で考えて行動する」ということが苦手であるということです。前の日記にも書きましたが、受験は常に外に答えがあるわけで、それをなぞればいい。しかし、実人生はそうではなくて、「自分はこうなりたい」ということに対して、何を今すべきか考えて、その一瞬の行動を決めていく(もちろん、理想ですが)になるわけです。そこのギャップに苦しんでいたということになるのかなと思います。

「周囲の評価」などというものを「答え」にしようとして顔色を窺っているようでは、対人関係がうまくいくはずもありません。

対人恐怖になってからも、問題がどこにあるのか長い間、はっきりしませんでした。なんとなく認識したのは、コンビニでバイトをしてたときでした。

自分の頭で考えて、自分で行動し、その結果、もしかしたら死ぬかもしれない。でも、生きるということは、基本的には、そうするしかなくて、100%安全が保障されるような「答」は、社会には用意されていないんだな、と、なんとなく悟ったのを覚えています。

一時期はやった考えに「アダルトチルドレン」というものがあります。アメリカが発祥だったと思います。それは、親がアルコール中毒で子供に暴力を振るうなどの行為により、子供が親に逆らえなくなり、結果親の好むように生きてしまう、というものです。結果、自分の決断で生きずに、親の思考に沿って生きてしまう。

私のケースは、それとは違います。自分の決断ができない、という点は同じですが。

この違いは、日本とアメリカの社会の差にあるのではないかと思いますが、定かではありません。

とりとめないですがこのへんで。

最近、面接の土壇場でレキソタンという薬を服用してから臨むようになった。

昔はドグマチールというのを飲んでいて、これは十二指腸潰瘍の薬らしく非常に軽いものだったようだ。

薬を飲むよりも人生経験だ、という指摘を周囲から受けたこともあり、また、ドグマチールが大した効果を生まなかったこともあり、薬の服用はしばらくやめていた。しかし、去年一度就職してまた辞めたときに、一度精神科にいったら、再び薬を薦められ、レキソタンを渡されたのだ。

すぐ職は辞めてしまったのでレキソタンは飲んでなかったが、こないだ外人と面接するというので、さすがに落ちついてできるようにとレキソタンを飲んでみた。お守りみたいな感覚だったが、薬の効果なのか、非常にリラックスしてできた。

薬の効果なのか、お守り効果なのかはわからない。しかし、土壇場ではレキソタンを飲んでからいこうと思わせるには十分であった。

実は今日の面接は、レキソタンを飲むのを忘れて行ってしまった。うまくいかなかったのはそのせいだろうか?(笑)
2003年11月11日 01時36分22秒

11/10
今日はドイツ人と面接。

なんでこんな国際色豊かな面接が続くんだろ。

しかも全然考えていない質問ばっかり続く。必死に切り返すが、だめだめ。むこうも笑ってる。

でも、こういう状態でもいいんだとようやく気づいた。面接ってそういうもんらしい。

つまり、満点の答えはなくて、むしろ自分の頭で考えて切り返す姿勢をみたいようだ。って早く気づけよこんなこと・・・

昔就職活動したときは、「あ、考えてきてない質問だ・・・満点の答えを言わねば・・・ってそれ何?」という感じ。しかも面接の中途でズドーンと落ちこんでいたから、通るわけない。笑ってすませていればよかったんだなぁ。今思えば。

まあ、ここはもうだめっぽいけど、いいんじゃないか。やるだけやったよ。

結局、受験の弊害が出ていたんだろうと思う。「答え」は外にあるのではなく、自分の頭の中にあると。受験は常に外に答えがあるからね。
2003年11月10日 18時00分35秒

11/6
今日は、とてつもない会社のCFOとの面談。

英語なんだけど、全通訳してもらっちゃった・・・

感じとしては、おれとしてはノーミスでしょ。悪くないよ。ほんと
おれ面接うまくなったと思う。らくらくこなせてるもん。

まあ、だからといって通るかどうかはわからないわけでさ。どうか
な。

来週頭に発表らしいんだが。

帰り道で、もうだめだと思っていた会社から電話が
あって、最終面接をやりましょうという連絡。へええ。
いいのかねえ。ほんとおれ面接うまくなった?
2003年11月06日 23時53分30秒

11/5
今日はコンサルタント会社の説明会。一応受けにいったが。

結論からいうと、むりだね。入ってもまずつぶれる。

ああいう会社は、頭がキレてそれを言葉と行動に落とせる人間
でないと無理。また365日フル活動、というそういう態勢も
あわない。

引きこもりから脱出して直後にそういうことをやれるとは、と
ても思えない。

こういうのは辞退の一手でいいよね。うん。辞退しようという
だけ、冷静になったよ。進歩進歩。
2003年11月06日 23時52分16秒

11/3
起きたら11時半だった。これではいけない。

自分で自分のけじめをつけるんだ。今からビジネス社会に戻るという
こと。それは、今まで5年ビジネスやってきた人間とバリバリやりあ
っていくということ。単純に考えても5年取り返さないといけないん
だ。

それが、朝寝過ごしました〜っていっててなんになる。そんなもので
社会に帰るつもりなのか。

自分には時間がある。働いていないから。その時間をどう使うか。
それだけが自分が今働いている人間に対して有利だと言える部分だ。
そこを放棄している現状はアホとしかいいようがない。

ひきこもっている時間というのは、もう厭世観にとらわれてしま
っている。でも、違うんだ。それは今は思う。

人間関係は今でも苦手だと思う。でも、それだったら家でできる
仕事にむかってみよう。意外とヘタだと思っていた面接もできる
ようになっていたりもした。だとすると、実は人前で働くことだ
って今はできるのかもしれない。

面接ができるようになってた、という事実がかなり最近自分を強気
にさせている現実を感じる。さあ、いいことなのかどうなのか。

ま、自分が強気になっても、28歳の無職引きこもりだと、社会が
遅れをどこまで許してくれるか、という話にもなってくるから、
一概には言えないけど。

ただ、大学出ていきなり専業主婦になった人が、子育てを終えて
働き出す(多くはパートだろうけど)パターンもある。もっと
すごい例なら、専業主婦状態から、起業して成功する人だってい
る。起業なんて限られた例かもしれないけど、やればできる「か
もしれない」。

遅れたら遅れた分、条件は厳しくなるさ。でも、条件が厳しいこ
とをキチンと理解できていれば、まだまだやりようはあるはずだ。

死ぬにはまだ早いぜ。
2003年11月06日 23時50分54秒

10/27
今日も面接。

相当いい会社で、びびっていったけど、結局はだめ。まあ、結果でた
わけじゃないけどね。

毎回思うんだけど、落ちついて話せてはいる。ただ、話の展開上、そ
の場その場で「言っていいことと悪いこと」っていうのがどんどんか
わっていくわけで、そこが、まだ会話の最中に対応しきれていないかな。

もちろん、高望みしすぎなんであって。おちついて話せなかった昔を
考えると、今の状態でも十分評価に値するんだけどさ。

今日みたいにいい会社で、ああいう大チョンボみたいな発言が出て
しまうと、やむをえないとはいえ、もったいないとは思う。

結局、成長が他人より10年ぐらいは遅れているのよね。それが
現実なのよね。
2003年11月06日 23時48分34秒

10/24
今日は朝からアルバイト。

待機といわれ、軽装でいってみると什器の搬出入。

体力勝負なんだが、やってみると、案の定自分がまったくチーム
プレーできない人間であることに気づく。

一回もやったことがない作業であることはもちろんで、それは割
り引いて考える必要はあるものの、それにしても場の要求する主
題を読み取り、それに即した行動を即座にとることがへた。右往
左往するばかり。

引きこもっていた副作用はこんなところにも出てくる。

ただ、とにかく能力がないのはしょっぱなでわかり、周囲
はかなり引いているのもすぐわかったにもかかわらず、自
分にできることを一生懸命やって9時間を終えることがで
きた。それはほめてやっていい。

いつもなら、周囲が引いてしまっていることで萎縮して
しまって前向きに行動できなかったはずだ。とにかく今
できることだけを一生懸命はやってきた。それはいいと
思う。

ただ、それだけではダメであることはわかる。これからの
進路をどうするのか。そこが一番の問題だ。
2003年11月06日 23時46分48秒

10/23
今日は、社長と面接。適性とおったらいきなり社長とは、さすが
ベンチャー。

昨日に続いて、非常におちついて話せている。これはすごい進歩
だよ。昔は、対人恐怖で話すことすらままならなかったわけだから。

しかし、何が自分にできて何をしたいか、というのをきっちりアピ
ールできるところまでは来ていない。28歳の人間に対しては、
社会はそれぐらいは求めているわけで、その点で、進歩しているも
のの社会の要請には間に合ってない・・・

ま、やむをえまい。これが今の自分の実力だ。それを認めてそこ
からでしょ。ドロップアウトしたことを認めつつ、さらに野心を
持つのか。それとも野心を捨てて静かにいきることに納得するの
か。

そのあたりの割きりが、今の自分にないのが問題なんでしょ。中途
半端な。でも、経験値が少ないから、それまたしかたあるまいな。

いろいろ考えてくると、頑張ってはいるよな。ただ、今までのツケが
あまりに大きいから苦しんでいるだけ。しょうがないよな。
2003年11月06日 23時46分01秒

10/22
今日は某社で役員面接

近年まれにみる落ちつきで受け答えをしているが、肝心の勉強の知識
が欠落している罠。

あーあ。だめだなぁ。一応、次の面接は11/5以降でセットしますとは
言われたが、期待薄。

なんていうのうかなぁ、落ちついて自分の意見を言えるようになるの
にこれだけ時間を要したってことであって、それ以上のものを求めら
れるとやっぱり落ちるよね。

まあ、次受けるときは、復習してからいくことにしよう。

でも、相手から指摘を受けたのは「もうドロップアウトしてるで
しょ」ということ。そうなのね。引きこもっている間にドロップアウ
トしたことになったのね。それを受け止めない限り、いつまでたって
もだめだろうね。

もひとつ相手の指摘で考えたこと。「組織適性あるの?自由業めざす
人ってそういうのない人がいて、それは悪くはないんだけど、やっぱ
り会社には向かないよ」と。

そりゃあ、引きこもるぐらいだから、ないさ(笑)。そんなことわか
ってるさ。

ただ、考えるのは、やっぱり組織人として競争して出世して、という
のはピンとこない。自分は自分との勝負しかできないと思う。そういう
意味では、会社組織ではなくて、独立できる職業を目指すべきだな、
っという考えにたどり着く。

引きこもってはいたけど、今は薄い関係だけならそれなりに結べる状
態にまではなっている。ただ、たとえば会社の総務部とか経理部とか、
そういうバックオフィスで同じ人間と年柄年中顔突き合わせてチーム
ワーク、とか、そういうのこそ向かないような気がしてきた。体育会
系にはなれないけど、逆に営業のほうが向いてはいるのかも。この
結論にはちょっとびっくり。

なんというかなぁ、悲しいまでに一人で勝負型なのよね。他人とうま
くやっていくスキルが欠落している。やりたいとも思わない。そうな
のよね。一人で勝負して、失敗したらおしまい。ってことはベンチャー
起こしてハイリスクハイリターン人生送るってことか・・・?

なんかなぁ・・・引きこもってた割に、大それた望みだぜ(笑)・・
2003年11月06日 23時44分57秒

就職日記
10/21

今日は適性試験。

適性にだけは自信がある。面接にくらべれば楽勝もいいところ。

・・・でも適性だけじゃ会社には入れないし、会社に入ったって
うまくいかないのよね・・・
2003年11月06日 23時43分18秒

就職日記
テスト
2003年11月06日 23時41分04秒

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