読書

『引きこもる若者たち』塩倉裕(朝日文庫)

朝日新聞の記者である筆者が、引きこもりに関する取材をまとめたもの。引きこもっている人に各種ケースがあること。 周囲のサポートはあるものの、対応策自体、まだまだ手探りであること。家族に対しても多大な負担があること。ひきこ もり家族が、それぞれ孤立してしまうため、情報共有の場を作っていく試みがあること。・・・などが語られる。 これを読んでいて、何度も何度も涙が出たのを覚えています。自分が考えたこと、自分が感じたことが、いろいろなケー スで端々に出てくる。本にも書いてあるけども、どうしても引きこもっていると孤立してしまうので、他人の情報によ って「自分だけじゃないんだ」と思えることが、どれだけ大切か、良く分かりました。

心に残ったフレーズを

27ページ「多子化に現状では公的機関に相談をしようとしても、児童相談や教育相談の窓口では18歳を超えたとたん 対象外にされてしまう。小学校や中学校、高校時代であれば「学校」が相談先になるが、卒業してしまえば縁は切れてし まう。」

46ページ「相談に来た親たちの多くが共通してもらす言葉の一つは、「いい子だったのに…」である。
同上「子供は本来、大人に迷惑をかけなければ生きられない存在でしょう。それなになぜ『ずっと手のかからない子だっ た』のか。その不思議さを考えてほしい。」

176ページ「引きこもる青年たちは甘えるしかない自分に苦しんでいるのだと思います」

などなど。著作権法上の問題はよくわからないので、問題がある場合、メールを頂けますでしょうか。

私自身、ずっと「いい子だったのに」と言われた幼少期を過ごしました。勉強をひたすらしました。人間関係は苦手だ という気はしていましたが、そこからは目をそむけて勉強に没頭しました。100点とれれば嬉しかったし、勉強さえ していれば、教師も親も、「何もいわなかった」。それでいいと思っていました。就職して精神的に厳しくなったあと、 親とも話しましたが、「手のかからない良い子だったわねえ、あんた」といわれました。そう見えるように振舞ってい たわけで、当然といえば当然ですが。 しかし、それが人間関係の経験値を稼ぐタイミングを逸したことになりました。人間関係から目をそむけた時代から、 いきなりコミュニケーションがメインになる仕事の世界に飛びこめば、つぶれるのもある意味当然でした。

そうなったとして、どこに相談したらいいのかかなり迷いました。カウンセリングルームにいきましたが、大して効果 もなかった。精神科にもいきましたが、薬をくれるだけ。根治にまで至っていくようには思えませんでした。

こういった思いが、まさにこの本の随所に出てきます。みんなが思うこと。だけど、一人一人孤立しているから、なか なか吸いあげてもらえない思い。「愚痴だろ」という一言で「甘えだろ」という一言で片付けられる思い。

共感して泣きました。「甘え」ではあります。しかし、まさに「甘えるしか知らない人間はどうしたらいいのだろう?」

『社会的ひきこもり終わらない思春期』斎藤環(PHP新書)

言わずと知れた斎藤環先生の書。自分が読んだ中では、これほどコンパクトに引きこもりをまとめた書物を知らない。

一章は理論、そして2章は、実際に引きこもりの人間にどう向き合うかという話で、具体例はない。具体例を出さないの が、斎藤先生の流儀であるという。

実際、これを読んで勉強になることも多かったと思う。個人システムと家族システム、そして社会システムが適度に接する ことにより引きこもりを改善しようという提案は、経験上、かなり同意できる。一足飛びに個人システムを社会に放り出さ ないように、という提案はもっとも。また、小遣いは金額を決めましょうとか、両親そろって治療に参加して初めて症状は 改善しますよ、とか、対人恐怖に陥った身からいうと実にもっともなことが言われている。

かつて、この書を母親に渡して読んでおいてくれ、といったことがあります。次に会うときに「どうだった?」と聞いたが 「どうもぴんとこなかったよ。あんたこういう状態じゃなかったから」と言われた。そうでなくて、自分の教育態度が共依 存的でなかったか、過保護といわれるものでなかったか、という点を指摘したかったのだが、そのときはすでに両親にわか ってもらうことは諦めていたので、指摘しなかった。

彼女自身、プライドを持って私に教育してきたことは間違いなく、その点で母親に自分がこうなった一因を委ねようという 論法を聞いただけで、次に彼女が不機嫌になることが目に見えた。その頃すでに、「こうなったのは親のせいだ」的な話は して、一度かなり険悪になったこともあり、あえて指摘はしなかったことを覚えている。そして、ますます母に対する失望 、諦観を深めたことが印象に残っている。彼女は、自分の教育態度が間違っているとは信じたくないであろう。そして今か ら「あなたの教育態度は間違っています」ということを認識させることに何の意味もないであろう。

私自身、高校時代までは、確かに両親に対して「いい子」であった。何の問題も起こさなかったし勉強は逃避ではあったが ひたすらしてきた。今更母親に、その頃の親子関係がイビツであったよね、といったところで、彼女にしてみれば、なぜ今 になってそういう指摘をするのだろうか、といったものでしかないのだろうとも思った。そして、おそらく、贈った書物は、 まともに読まれていないであろうとも、何となく思った。

名著であると、個人的には思う。今回読みなおしてみて、それは再確認する。しかし私の思い出としては、苦い思い出しか 呼び起こさない本ではある。