オナカとココロの弱い妊婦日記

6月25日 (妊娠六ヶ月目(23W1D))
退院してからは初めての朝だ。やはりまだお腹は張ってしまう。

家事はゆっくりゆっくり行った。夕飯作りも手を抜いた。だが、台所に立つだけでもお腹が張ってきてしまっているようだ。

夜に元職場の上司から仕事(パート)の誘いの電話があった。この仕事については、以前も打診があった。現在の自分の状況を話し、断ったが、こんな自分でも仕事に誘ってくれることが、素直に嬉しかった。

その元上司は私の病気のことを知っていた。その上で自分も妊娠中にツワリで入院した体験を話してくれた。「大丈夫、母親に問題があっても、けっこう赤ちゃんは育っちゃうものよ。」この言葉には勇気付けられた気がする。

6月24日 (妊娠六ヶ月目(23W))
今日は退院日。午前中に母が迎えに来てくれて、タクシーで家に戻った。突然の入院だったから、ちらかしたまま家を空けてしまったが、夫が整理してくれていたようだった。

昼食は母がご馳走してくれるとのことで、近所の商店街中の蕎麦屋に行った。どうもフラフラしてしまう。帰り道はどうもお腹が張ってしまい、歩き方がついつい猫背になってしまう。こんな状態で日常生活に戻れるのだろうか・・。

6月23日 (妊娠六ヶ月目(22W6D))
午後に診察をした。明日退院となった。

明日はシャバに出る。夜は緊張して眠れなかった。


6月20日 (第六ヶ月目(22W3D))
血液検査の結果が貧血とのことで鉄剤が処方された。鉄剤を飲むと腸の調子が悪くなることがあるという。そのせいかわからないが、便の回数が減った。嬉しいことなのかもしれないけど、なんか糞づまりって感じ。

それにしても今日の便は黒くて硬くて大きかった。まるで生き物のようだった。
黒サソリって感じ・・。

6月17日 (第六ヶ月目(22W))
午後に診察をした。子宮口は無事に閉じてきたとのことだ。点滴も外れて、今晩から内服治療となった。

明日は12日ぶりにシャワーを浴びられることとなった。嬉しいが、なぜか緊張してしまう・・。

二日前からお腹がポコポコ動くようになった。看護師さんに聞いてみたら、どうやら胎動のようだ。嬉しい。赤ちゃんも頑張っているのだ、と思う。

6月16日 (妊娠六ヶ月目(21W6D))
今日は朝からなんとなく元気がない。なんか引きこもっていたい気分だった。トイレに行く時に、廊下で他人とすれ違うことすら嫌だった。

夕食後に夜勤の看護師さんに言われた。「いろいろストレスが溜まるだろうけど、そういう人は貴女だけじゃないから」と。いったい私はどんな顔をしていたのだろうか?

6月15日 (妊娠六ヶ月目(21W5D))
この数日間は、この部屋も満室で人の出入りが多かった。だが、午後以降はまた私一人だけになった。

午後に夫が面会に来てくれた。どうやら私はこの数日で精神的に弱ってしまったらしい。いっぱい弱音を吐いてしまった。

夫が帰った後は、ほとんど人の出入りはなかった。それはそれで落ち着くのだが、なんか空しい・・。早く退院したい・・。

6月11日 (妊娠六ヶ月目(21W1D))
今日も相変わらず点滴をしている。やはり点滴をすると、動悸や奮えが生じ、情緒不安定になってしまうようだ。

姉が差し入れとして母に託した文庫本を読み始めた。山本文緒の「群青の夜の羽毛布」は読みやすく、ハマッてしまった。ただ純愛かつ精神的にヘビーな内容には、ついつい涙ぐんでしまう。人付き合いが苦手な主人公に自分を重ねて、必要以上に感傷的になってしまった。

個室が満室とのことで、産気づいた妊婦さんが入院してきた。人の出入りも多く、緊迫した雰囲気だ。大部屋だから覚悟はできていたといえ、やはり落ち着かない・・。

6月10日 (妊娠第六ヶ月(21W))
昨晩あたりから、頻繁にキューッとお腹が張る。その時にお腹に触ると、明らかに硬直しているのがわかる。お腹が張りは一分弱位で治まることがほとんどだが、同時に体全体が硬直するような感覚に襲われる。出血はほぼ治まってきたように思うが、こんな状態で大丈夫なんだろうか?

妊娠初期の頃から、お腹の張りには注意してきたつもりだ。初期の頃は、切迫流産防止の注射もしてもらっていた。でも、今から思うと、自分は張りという症状をよく分かっていなかった気がする。実際に入院した時はパンパンに張っていたようだが、自覚はなかった。入院してからは、張りを意識するようになった。ただ、張りを意識しすぎて、必要以上に過敏になっている気がするのだが・・・。

なんか自分の気持ちが、赤ちゃんに負担を与えているような気がしてならない。悔しい。

6月9日 (妊娠第六ヶ月目(20W6D)) 〜入院四日目〜
今日も朝から晩まで点滴をしている。入院してからは、リラックスしてマイペースに過ごしてきたつもりだが、昼以降から不安定になってしまった。

昼食後に動悸が激しくなり、同時に震えの症状も出てきた。そしてお腹がキューッと張った時に、体全体が硬直するような感じに襲われ、挙句には左足がつってしまった。震えと硬直に加え、寒いんだか暑いんだかわからないけど生汗が出てきて、いてもたってもいられない状態・・・パニック発作に似た状態になってしまった。そして少し治まったものの、発作状態の30分後位に下痢になってしまった。夕方、看護婦さんに状況を話したら、またまたビオフェルミンが処方された。

なんか発作症状の後は、不安定になって、自分が挙動不審に思えてしょうがなくなってしまう。トイレに行くために廊下に出て人とすれ違うのが嫌だ。かと言って下痢気味だからトイレを我慢することもできない。

夜になって、下痢症状は落ち着いてきた。お腹は締め付けられるような張りが何度かあった。そして、なんか感情的になってしまって、ボロボロと涙がこぼれてきた。こんなんで今後は大丈夫だろうか?赤ちゃんは大丈夫だろうか?
でもでも、やっぱり、流産はしたくない!

6月6日 (妊娠第六ヶ月目(20W3D)) 〜また入院〜
また産院に入院となった。四月に続いて今回で二回目である。今度は切迫流産。
二日前までの葬儀出席の疲れが出たのだろうか?

昼過ぎに少量の出血があった。出血といっても、生理のときほどではないごく少量だったので、もうしばらく様子をみようと思い横になっていたら、出血も治まったようにみえた。ただ、やはり気になったので夕方に電話をしてみたら「即、来てください」。内診後に「入院です」と、なった。早速、24時間の点滴とのことで針を射された。

あまり心配しないように、大丈夫ですよ・・などと言われることを予測していただけに驚いてしまった。お腹もパンパンに張っていたそうだ。先日の葬儀中などに張らなかったかと聞かれても、自分ではよくわからない。張るってどういうんだ・・?ちょっと混乱してしまった。

夜になって、思い返してヒヤッっときた。後からの説明によると、子宮口が1CM開いていて、放っておいたら流産してしまうところだった、とのこと。幸い、心拍があったので安心した。赤ちゃんは無事だった。どうやら私は変なところに敏感で、肝心なところに鈍感らしい。

赤ちゃん、バカな母親でゴメンナサイ。

5月28日 (妊娠五ヶ月目(19W1D)) 〜検診日〜
今日は検診のため午後に通院した。天気が良かったので、いつものバス停より一つ手前で降りて、川を歩いて渡ってみた。かつてはタマちゃんも通ったと思われる川なので、少し期待して下を除いてみたが、当然ながらタマちゃんはいなかった・・。

検診時に超音波で胎児の映像を見た。今日はちょうどこちらを向いていたらしく、先生が目と口の場所を教えてくれた。それを見ると嬉しくなった。ただ、あまり動きがなかったので、健康な赤ちゃんとして育っているか、どうも心配になってしまう。あまり心配しすぎないのが、赤ちゃんのためだと思うのだが・・。先生の「順調です」との言葉は安心するものの、やはり不安は隠せない。私の不安はやっぱり病的なものなんだろうなぁ。

また最近排便回数が増えたことを伝えたら、ビオフェルミンを処方してくれた。普通妊婦さんは便秘がちになるというのに、私はやっぱりユルい。分娩の際には、力むと赤ちゃんよりも勢いよく排便してしまいそうな気がする。まぁ、いっか。

最後に産院で行っているマタニティビクスの質問をしてみた。私の場合は、早速20週の来週から受けられるということで、先生も薦めてくれた。行動的になる、という目標からもぜひ参加したい。だが、それを受けるには同産院で出産することが前提だという。元々この産院での出産が希望だったけど、やっぱり実家に帰ったほうがいいのかなぁ。

5月21日 (五ヶ月目(18W1D))
今朝は雨だったが、だんだん晴れてきた。昨日の未乾き分も含め、たくさんの洗濯物を干した。たいしたことはしていないが、疲れてしまったので、また布団に入った。午後は買い物に出かけよう、と考えた。そして、なんとなくだが「がんばろう」と思った。すると涙が出てきた。

前向きに「がんばろう」と思って涙が出たのは、先日にもあった。自分では素直に前向きになっているつもりなのに、同時に過去の出来事が走馬燈のように思い出される。かと言って、落ち込んだりはあまりしていないと思う。ただ、泣いた後は放心状態になってしまった。

やっぱりまだ自分の中に整理しきれていない感情があるんだろうか。過去の思いは失くす必要はないと思う。でも、こんなしょっちゅうグスグスして引きずるようなら、この先が思いやられる。

昨年までのカウンセリングは受けてよかったと思う。今まで自分でも気づかないうちに避けてきた感情と向き合えたおかげで、少しは自分を受け入れられるようになっただろう。でも、カウンセリングを受けた晩は、様々な感情が交錯し、泣いて眠れないことも何回かあった。今日の涙はそれと似ているのかなぁ?

今日は出かけるのをやめた。明日は出かける用事があるから、買い物はそのついでに済ませてもいいだろう。

5月19日 (妊娠五ヶ月目(17W6D)) 〜下痢妊婦〜
今日は朝から雨だったが、体調が比較的良かったので、行政のマタニティセミナーに参加した。参加者は私を含めて12人。その中で17週の私は一番早い時期での参加だったようだ。

出かけるまでは不安があったが、ワクワクしていた。この土地に来てからは、新しい友達はまだいない。近隣の友達が欲しいと以前から思っていた。でも結果として友達はおろか、誰とも会話ができずに終わった。それにしても、じっと椅子に座ったままというのは、やはり苦手だ。まぁ、教室のように真後ろに人が座るような状況でなかったことが、かなりの救いだったが。

講演内容は、歯科医師と産婦人科医師による妊娠中の生活についての話だった。開始前にあらかじめ質問事項を記入する紙が配られたので、私は軽い気持ちで以下のように書いた。

問.お腹が弱く、下痢しがちなのですが、注意すべきことはありますか?

最後の質問を答える時、医師はその内容を読み上げた後に「この質問はどなたですか?」と聞き返したので、私は黙って手を挙げた。そして更なる医師の質問。「ここで言う下痢とは、食べ物の合う・合わないによって起こるということでしょうか?それとも・・どういうことでしょうか?」
それに対し、私は硬くなって声をうわずらせながら、しゃべった。その後には医師は優しく回答してくれたが、私は体が熱くなるのを抑えられなかった。御礼を言うのが精一杯だった。

質問は参加者みんなが書いているものだと思った。まさか質問事項を記入したのが私だけだと思わなかった・・。書かなきゃよかった・・。

でも、別に下痢を恥ずかしがることはないじゃないか!それに別に私はあの場で恥ずかしがったりする必要はなかったんだ!緊張してるんだから、声がうわずったっていいんだ!

・・・とは思いつつも、サラリと回答してほしかった。そっとしといてほしかった・・。

5月14日 (妊娠五ヶ月目(17W1D))
昨日は戌の日、かつ検診日だった。昨日、産院で巻いてもらった腹帯を外すのがもったいなかったので、昨晩は入浴せずに、巻いたまま眠った。だから今日も昨日のまま巻かれている。

善光寺に行った友人から、お守りが郵送された。今年は善光寺のご開帳だという。そのような貴重な時期での「諸難消除」と書かれたお守りは、大変心強い。本当にそうあってほしい。

今日は彼の帰りが22時くらいになるという。19時から二時間の懐歌特集が観たかったので、早めに夕飯準備を済ませてテレビを観ていた。そこそこ楽しんで観ていたが、新聞テレビ欄より、NHK教育テレビが気になったので、ちょこちょこチャンネルを変えていた。

前半の福祉番組では自閉症児について特集していた。後半の健康番組ではパニック障害だった。私は少し自閉症を誤解して認識していたようだ。VTRの自閉症児達は自分達なりに気持ちを他人に伝えていた。他人と関わっていた。また、番組の最後には障害を持った子供の母親からのビデオレターだった。その子供は今は小学生だそうだが、かつては母親も悲観していたという。でも、最近の親子の写真では、みな素敵な笑顔だった。私のような者があれこれ言えないが、当人でしか理解できない様々な想いがあったように感じる。けど、最近の写真や近況より、私もすごく前向きになれた。さわやかな気分になれた。

パニック障害では薬の話も出た。減薬や断薬をすると、発作が起こりやすくなることがあると言う。でも、その状況が逆にチャンス(理由は忘れたが・・)とも話していた。私は断薬して、二ヶ月が経過した。確かに自分でも予想もつかない恐怖や不安にも襲われた。そして未だに不安定ではあるが、少しずつ行動範囲は広がってきたように思う。

私は一生薬離れは無理なのでは、と思っていた。もちろん、私には服薬は不可欠だった。でも、薬なしでもやれそうな気がしないでもない。もちろん服薬していた頃のような、ハードな旅や仕事は難しいだろう。でも、自分なりにやっていってもいいのかもしれない。かなりトロいけど・・。

腹帯も、お守りも、TVも、ありがとう。

5月10〜11日 (妊娠五ヶ月目(16W4〜5D)) 〜嬉しかったのに〜
今日は彼の帰りが早いという。今日こそは一緒にバーミヤンに行きたい、とワクワクしていた。バーミヤンは近所にある中華風ファミレス。全国展開しているから、これまでに各地で何回も行っているファミレスだ。

「別にそんなバーミヤンなんか・・」と夫は言う。でも、家に一人でいる私にとって外食とはすごく嬉しいもの。特に二ヶ月ほどかなり不安定だったから、服薬なしでも外食に行きたいと思える自分が嬉しい。そして、先日割引券が入っていたこともあって、夫にお願いして行くこととなった。

外食はGWにも二回あった。一回は彼の実家近くで義父と三人、二回目は近所のラーメン屋。私は食べまくった。2〜3人前は食べてしまった。今日もたくさん食べよう、と意気込んでいた。

彼は17時前には帰ってきた。少し早いが、直後にバーミヤンに向かった。彼から見ると、私は妙にニコニコしていたらしい。店のメニューを見たら、食べたい物がいっぱいあった。ただ、私は妊婦なので、青菜炒めやマグロサラダ、ニラなど体に良さそうなものばかりを選んだ。かつての私だったら、きっとエビチリやタンタン麺などを注文していただろう。そして、追加注文などをして、結局二人前以上は食べただろう。美味しかった。正直言って足りない気もしたが、混んできたこともあり、帰ることにした。

18時台に帰宅したが、その晩はテレビを観ながらゆっくり過ごした。そして何より嬉しい気分だった。夜更けになり、布団に入っても、興奮していたのだろうか、寝付けなかった。そしてなんとなく「がんばろう」と前向きに思った。そうしたら、自分でも思いもよらず、涙が出てきた。

「がんばろう」と思ったら、同時に昔の辛い想い出ばかり蘇ってきた。屈辱感、自責の念、やりきれない思い・・10年以上も前のことが交錯してきた。そしてどうしようもなくなり、起き上がってパソコン、雑誌などで気を紛らわした。その後また布団に戻ったが、結局朝まで眠れなかった。そのため、起床は正午過ぎになった。

自然に前向きになれただけのはずなのに・・。こんなに一つ一つに大きく動揺する自分が情けない。

5月1日 (妊娠四ヶ月目(15W2D)) 〜水天宮〜
今日は戌の日。以前から予定していた水天宮に行った。水天宮前駅改札では、すでに両親が待っていた。駅から水天宮までは歩いてすぐのところにあった。さすがはGWの最中だけあって、平日とはいえ、多くの人出があった。

鳥居をくぐると、私よりも明らかに妊娠月数の経過したと思われる妊婦さんに多数出逢った。多くの妊婦さんは夫や両親といった家族連れで参拝していたが、みな幸せそうに見えた。その時ふと思った。この多くの妊婦さんの中に、私ほど不安になった人はいるだろうか・・?

お賽銭をするまでには、長い列ができていた。やっとの参拝時、私はけっこう長い時間をかけて手を合わせていた。

仮にどんなに難産であっても、丈夫な赤ちゃんを出産できますように・・私はそんな思いでいた。

詳しいことは良くわからないが、元々水天宮とは安産の神様として有名だと思う。そのような場所で、私の願い事は少し場違いだったかもしれない。でも、手を合わせたことでかなり楽になった。

また、隣では両親も手を合わせていた。特に母は、長くお願いをしていたようだ。「お母さんは自分の娘や産まれてくる予定の孫について、すごく気に掛けてくれているんだな・・」と、すごくありがたくなった。そう思うと、私だけが不安がっていたら申し訳なく感じる。

お腹の中の胎児は私だけのものではない。夫や両親、義父母にとっても家族になるだろう。また他の幸せそうな妊婦さんも、人知れずに不安を抱えているかもしれない。そして彼女達も家族と乗り越えているのかもしれない。

もっと強い妊婦、そして母になろう。というか、なりたい!

4月28日 (妊娠四ヶ月目(14W6D)) 〜ようやく〜
ようやく新たな気持ちで妊娠生活を送れそうになった。4月中旬から8日間の風邪による産院への入院は、気持ちの切り替えに良かったと思う。入院事態が初体験だったから、不安は募ったし、毎日の点滴は辛かった。一方で、毎日定時に行われる胎児の心音確認には、希望を感じることができた。また、家にこもっていた時の家事ができないことでの自責の念からも、一時的だが開放された。

また先週に『妊娠と薬相談』を受けてから、だいぶ気が楽になった。もちろん妊娠発覚まで服薬していた危険性はゼロではない、という前提の上でだけれど「今までも、今後の妊娠中に服薬しても問題ないと思われる」と言われると、やはりかなりの安堵感がある。それに人一倍追求心の強い彼が「あれだけ細かく一つ一つの薬について調べるのは大変なはず。その上で大丈夫だろうと言ってるんだから安心だ」と私以上に納得したのが、かなりの救いになった。ただ、極力飲まないようにしたい。

思い返せば3月は辛かった。いくら減薬していたとはいえ、10年ほど断続的に向精神薬を服薬していた私の断薬生活は、毎日が不安定だった。三階のベランダで突然感じた恐怖、強風や料理中の音への過剰反応。また少しでもお腹が痛いと胎児が心配でしょうがない。そして一番は、長年の自分の生活による胎児への影響による不安。もともと妊娠の希望は強かったが、やはり無責任だったのかと自責の念にさいなまれた。オロオロしながら、ネットサーフィンをし続けた・・。そんな不安定な気持ちでの入院という事態は、結果として妊娠を受け入れられるきっかけになったと思う。

2月末の初診時で妊娠が確認できたときは、飛び上がるほど嬉しかった。その時の気持ちを思い出しながら、新たに妊娠生活を送っていきたい。

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