私は以前、よくカッターやカミソリで手首を切っていました。
人は「なぜそんなことするんだ?」と、疑問に思うかもしれませんが、理由なんて知りません。
ただ、イライラや憂鬱状態がピークに達した時、無性に血が見たくなるのです。
生暖かい血が流れていくのを見ていると、なぜか安心してしまいます。
ほっとして、不思議と気分が落ち着きます。
それは、面接などの緊張状態の後のイップクのような安堵感を与えてくれました。
「自殺未遂…!?」なんて思う人もいるでしょうけど、死ぬ気なんて、さらさらありません。
リストカッターは、気分をリラックスさせたくてやるようなものだと思います。
一種の鎮静剤みたいなものです。
私が初めて手首を切ったのは、とある夜のこと。
憂鬱で、憂鬱で、淋しくて悲しくて、今日も眠れなくてイライラして…。
「もう死んでしまいたい!」と、思った時でした。
辛くなるとすぐ死にたくなっていた私は、その夜も「もう死んじゃおうかなぁ…。」なんて
本気で考えていました。
そういうことを考えるたびに、どの手段が一番確実に死ねるか、できれば苦しまずにサクッと死にたい。
親兄弟に迷惑が最小限の方法は何か…。などと、あれこれ考えていました。
そうこう考えているうちに、自殺願望が薄れていって、できないままでいました。
首吊り、飛び降り、線路に飛び込む…。
自殺の手段は色々あると思いますが、今この部屋で自殺するとしたら…。
今すぐここでできることといえば…。
「机の引き出しの中にあるカッターで手首を切って死んじゃうか…?」
本当に、衝動的な思いつきでした。
私は、その時のそんな恐ろしい思いつきで、自分の部屋にある唯一の刃物である、
1本のカッターを取り出しました。
「これで死ねたら楽になれるし、やっと開放される…!」
カッターなんて使うことがあまりないので、高校生の時に買ったそれはちょっと錆びていて、
うまく切れるかどうかと少し不安でした。
それに、勢いでカッターを手にしたものの、いざとなると怖くなって、ブルブルと手が震えてしまいました。
何が一番怖いかというと「どのくらい痛いのか?」ということです。
刃物で自分の体を傷つけたとか、人に傷つけられた経験なんて当然ないので、怖がりで痛がりな私は
想像もできない恐ろしすぎる未知の世界にちょっとおじけずきました。
「ピアスを開けるより何倍痛いんだろう。歯を抜くよりも痛いのかな。そりゃぁ痛いに決まってるよなぁ…。」
でも、そうやって考えていると「また死にそびれてしまう。」と、思って不安を打ち消すかのように
できるだけ頭を空っぽにして、怖くてドクドクと速さを増した左手の静脈に
一番切れ味のよさそうなところをあてがい、眉間にしわが寄るくらい
強くまぶたを閉じました。
一度深呼吸をして覚悟を決め、そして怖くてちょっと力の抜けた右手でカッターを握りなおし、
その時出せる精一杯の力でおもいっきりカッターを振り下ろしました。
その瞬間、頭が真っ白になり、しびれるような痛みが走り、全身に鳥肌が立ち、それまでイライラと憂鬱で
気が狂いそうになっていた私は、一気に我に返りました。
カッターが錆びていたためか?力が足りなかったからか?運悪く?静脈までは届かず、
多分ギリギリのところで止まったのだと思います。
切った瞬間、カッターの刃が走り抜けた通りに、1本の赤黒い血の線が手首にできました。
その線はみるみる太くなっていき、傷口は赤く覆われ、容赦なく血があふれ出てくるので、
一体どこを切ったのか分かりません。
生暖かい血が、涌き水のように溢れ出して手首を真っ赤に染めた後、ダラダラと指先のほうへ流れていきました。
流れ出した血が、手首と指先から雫になって床にしたたり落ちるのをじっと見つめていました。
想像していたよりもサラサラしていて流れにも速さがあったので、
「もしかして、このまま血が止まらなくなって出血多量で本当に死んじゃうかもしれない。」
なんて考えて一瞬怖くなってしまいました。
そんなこんなで、ちょっとドキドキしながら血を見ていたら、意外にもあっさりと血が止まってしまい
ました。
ティッシュで血をふき取ってから傷跡を見てみると、コンビニ弁当の赤いウインナ−に入った切れ目
のように、パックリと割れていました。
そして、どす黒い血の塊がその割れ目をふさいでいました。
「血って意外と簡単に出るんだなぁ…。」と、変に関心したことと同時に、心地よい安心感を覚えました。
「この、妙に穏やかな気持ち、安堵、安心…。なんか気持ちいいかも…??」
それが、私のリストカッター初体験の感想です。
それからというもの、イライラと憂鬱が溜まってどうしようもなくなるたびに、
手首を切るようになりました。
慣れてくるとあまり痛みも感じず、それどころかちょっと快感になっていきました。
「快感になった」なんて、普通に考えたら絶対おかしいですよね。
今では、料理をしている時に、包丁でちょっと指を切っただけでも痛くて半泣きです。
薬の飲み過ぎで痛みの感覚が半分麻痺していたのでしょうか…?
ある医者に「その手首の傷は自殺しようと思ったのですか?」と、聞かれたことがあります。
うつ病のおかげで、心配性に拍車がかかった私は、簡単には死ぬことなんてできるわけがありません。
なぜなら、踏み切りに飛び込もうなんて思うたびに、「今、ここで飛び込んだら後始末が大変だ。
飛び散った肉片を片付けるのにはけっこうお金がかかるみたいだし、
電車を止めたら損害金払わなきゃいけないし、死んだ後に残された家族はどうなるのだろう…。
多分、近所の噂好きな主婦達から中傷されて、辛い思いをするのではないか。そうしたら、
居づらくなって引越ししなきゃいけなくなるだろう。引越し代に損害金。さらに葬式代。
私は貯金なんてほとんどないし、生命保険にも入っていないので急に死んだらみんな困る…。」
そんなことを考えていたら、まず死ぬことなんてできません。
毎日死にたいと思い、できるだけ苦しまないで確実に死に至る手段を考え実行しようとしても、
いざとなると、細かい事を気にしてしまう。
そうこうしているうちに、その時あった強い自殺願望が薄れてどうでもよくなってくる…。
そして辞める… …。
だいたいいつもその繰り返しでした。
自殺したいとか自殺するとか実際に自殺すること、それは本当に本気です。
でも、リストカッターについていえば、血が見たいだけなので自殺したいわけではありません。
だからといって、「リストカッターは死ぬ気がないから安心だ。」と、いうのも違います。
後で必ず後悔することになってしまうのです。
今、うつ病が治ってから、初めての夏がやってきました。
暑いから当然半袖を着るわけですが、リスカの傷跡があるので、かなり気が引けてしまいます。
友達の傷一つないきれいな白い手首を見るたびに羨ましくて、手首に傷がないなんて当たり前のことなのに、
ものすごくあこがれてしまいます。
そのたびに、「やらなきゃよかった。バカなことしたなぁ…。」と、心の底から後悔します。
病気が治っても手首の傷は残るので、必ずイヤというほど後悔することになります。
それに、頻繁にやっていると貧血になったりするので、いいことなんて一つもありません。
リスカをしても、その時ちょっと気が楽になるだけで、うつ病が治るわけではないので、
自分のために我慢したほうが絶対よいです。
人生80年というくらいで、この先まだまだ長いので、あと何十年もの間、手首におかしな傷跡がある
なんて、考えただけでもうんざりです。
料理中に包丁の光る刃を見ていると、時々怖くなって手が震えることもいまだにあります。
完治したはずの傷跡が、何もしないのに時々ヒリヒリと痛むこともあります。
「古傷が痛む」というのは、多分こういう事なのでしょう。
そんな事があるたびに、嫌でも辛かったことを思い出します。
リスカは手首につけた傷だと思っていたら大間違いです。心の傷にもなってしまいました。
見た目だけではなく心にも深く残る大きな傷跡になるので、後のことを考えたら絶対辞めたほうがいいです。
リスカの代わりとして、私は献血に行くようにしました。
自分の血が、透明な管に吸い込まれていくのを見ていると、ちょっと気分が落ち着きます。
リスカほどの強い満足感は得られませんが、しばらくのあいだ定期的に献血に通って我慢していたら、
なんとなくリスカをしなくてもいいようになりました。
血が見たくなった時には献血がお勧めです。
|