アルツハイマー病

アメリカ合衆国のレーガン元大統領がアルツハイマー病であることを公表して以来、世間では、 この病気に対する認識がとみに高まっています。 この疾患の名称は、1906年にこの症状を初めて記載したドイツの神経学者アルツハイマー氏に因みます。 その患者は、強い記憶障害に陥り、見当識を失った51歳の女性だったそうです。 ここでは、ごく簡単に特徴、原因、治療法、及び最新の研究結果をまとめました。

@アルツハイマー病とは何か?
一言で言えば、高齢者に起こる最も一般的なタイプの痴呆です。
これは後天的なもので、回復は不可能な知的障害です。
65歳以上の高齢者の約5〜10%に、アルツハイマー病の何らかの徴候が見られます。
65歳以上の高齢者では、アルツハイマー病の有病率が5パーセント以上であるとすると、
日本人では100万人以上、カナダ人では16万人以上、アメリカ人では400万人以上にアルツハイマー病の 臨床症状が現れていることになります。もっともこの病気は、高齢者だけに発症するわけではありません。
家族性アルツハイマー病(アルツハイマー病患者全体の約10%)では、早くも50歳代で症状が発現します。 この疾患の特徴は、認識能力がゆっくりと徐々に低下してゆく、ということです。
初期の徴候としては、物忘れがひどくなったり、錯乱が見られたりします。
またアルツハイマー病患者では、脳の萎縮と同時に脳室の拡大が認められます。

A原因は?
残念ながら正確なメカニズムは不明です。しかしアルツハイマー病の素因を作る因子、
つまり危険因子が存在することは確かです。またアルツハイマー病の病因として、
遺伝が重要な役割を果たしていることも確かです。
アミロイドタンパク質前駆体(APP)をコード化する遺伝子に突然変異が起きているアルツハイマー病患者が、 ごく僅かながらいます。この変異は常染色体優性で、21番目の染色体に起こります。
一方、14番目または1番目の染色体の座と関連する、家族性アルツハイマー病を患っている患者は、 もっとたくさんいます。 アルツハイマー病患者の大多数は、晩発型か散発型です。
アポリポ蛋白質E遺伝子のE4対立遺伝子のコピーが1つ以上あると、
晩発型アルツハイマー病の危険因子となることがわかっています。
環境危険因子も主要な役割を演じる恐れがあります。一例を挙げましょう。
頭部に外傷を受けると、アルツハイマー病を惹起する因子となりかねません。
また一時期、アルミニウムの毒性もアルツハイマー病の原因になるのではないか、と言われました。 その可能性は除外できませんが、原因であると証明できるような、はっきりした証拠はないようです。
WHO(=世界保健機関)、UNEP(=国連環境計画)、FDA(=米国食品医薬品局)等の国際的機関も アルミニウムとアルツハイマー病との関連性を明確に否定しています。
基底前脳のコリン作動性ニューロンは、アルツハイマー病の影響を受けることが観察されています。
そのため、コリン作動性仮説なるものが生まれました。
この仮説は、認識能力の変化は、コリン作動性神経伝達物質が不足するために起こる、というものです。

B治療法はあるか?
残念ですが、今のところ有効な治療法は見つかっていません。
米国食品医薬品局が認可した治療薬は、コグネクス(一般名はタクリン)とアリセプト(一般名は塩酸ドネペジル)だけです。
この2つは、共にコリンエステラーゼの阻害剤です。
なぜこの阻害剤が用いられるか、もう少し詳しく説明します。
記憶や学習には、脳の神経細胞間を行き来するアセチルコリンという物質が関与しています。
アルツハイマー病になると、この物質の量が激減します。
一方、人間の身体にはアセチルコリンエステラ−ゼという酵素が存在します。
この酵素はアセチルコリンを分解してしまいます。従ってこの酵素の働きを妨げれば、
アセチルコリンの減少に歯止めがかかるというわけです。
 以下に治療薬を少しだけ列挙します。しかし、十分な効果が証明されたとは言い難いものです。
・アセチルコリンエステラーゼ阻害剤(代表的な薬剤は以下の2つです)
[コグネクス=タクリン]
アルツハイマー病による記憶力の低下と知的能力の衰えを防ぐため、最初に市場に出された薬剤の1つです。
しかしその効力については、議論のあるところです。また肝毒性も懸念されます。
[アリセプト=塩酸ドネペジル]
軽度〜中等度のアルツハイマー病患者の認識力と機能の向上に効果がある、とされています。
900名以上の患者を対象とした無作為化臨床試験では、
アリセプトを服用した患者の80パーセント以上で認識力の向上が見られた(または悪化することはなかった)
とのことです(エーザイの資料による)。
・神経栄養因子(神経成長因子などです)
・酸化阻害剤(ビタミンEなどです)
・金属キレート化剤
・非麻酔性鎮痛薬(イブプロフェンなどです)
・ベータA4凝集阻害剤
・エストロゲン
   
C最新の研究
未だ有効な治療法を見出せないアルツハイマー病ですが、希望を抱かせる研究結果も出ています。
幾つか紹介します。いずれも1999年度に発表された最新のものです。
[A:ワクチンでアルツハイマー様疾患からマウスを守る]
アルツハイマー病(AD)患者では、ほぼ全員に、ベータアミロイド(特にAβ42と呼ばれる神経毒性型)
を含むプラークの蓄積が認められます。ヒトのベータアミロイド前駆体を過剰に生産するトランスジェニックマウスの脳は、
病理学的にADに似た状態になります。そこで、脳に未だ病状が出ていない若いトランスジェニックマウスと、
実際に病状が出ている老齢マウスに、Aβ42による免疫処置を施しました。
一方、対照マウスには対照物質による免疫処置を施すか、または全く免疫処置を施しませんでした。
その結果は以下の通りです。
・Aβ42で免疫処置を施した若いマウスでは、脳に病状が現れなかった
・免疫処置を施した老齢マウスでは、現在の病状が進行しなかった
・対照マウスでは、すべてに病状が出現するか、または進行した
これらは、ワクチンによるAD治療の可能性を示す結果ですが、専門家は以下の問題点を指摘しています。
・このマウスが、ヒトのADに適したモデルとなるかどうかどうかは不明である
・同様の免疫処置で、ヒトにも抗体が簡単に生産されるのだろうか?
・この抗体は血液脳関門を通過するのだろうか?
・この抗体によって、マウスでは認められなかった合併症がヒトに生じることはないのだろうか?
期待が大きいだけに、今後のさらなる研究が待たれます。
[B:アルツハイマー病の病因に関する新しい発見]
1990年以降、アルツハイマー病の原因は、アミロイドベータペプチドであるという証拠が増え続けています。
このペプチドには2種類あり、1つはAβ40、もう一つはAβ42と呼ばれます。
特にAβ42が過剰に作られると、神経毒性が現れると考えられています。
Aβ40もAβ42も、より大きな分子であるアミロイド前駆体蛋白質(APP)が分裂することによって生じます。
この分裂をコントロールすると考えられているプロテアーゼが2種類あります。
1つはベータセクレターゼ、もう1つはガンマセクレターゼですが、これまで両者とも分離されていませんでした。
科学者はこれらの酵素を探しています。
というのも、これらの酵素をコントロールできれば、Aβ42の過剰生産につながるAPPの無秩序な分裂を抑えることができるからです。
最近になって、あるバイオテクノロジー会社がこのベータセクレターゼを分離したと報告しています。
この報告は、分離された酵素の機能と分離された場所から判断して、ベータセクレターゼと考えても良さそうです。
また最近、ガンマセクレターゼが発見されたという話もあります。
これらの酵素の発見が本当であれば(その可能性は高いようですが)、Aβ42の過剰生産は抑えられるでしょう。
Aβ42が減少すれば、アルツハイマー病を遅らせることもできるでしょうし、治癒することさえ夢物語ではなくなります。
[C:アルツハイマー病の新薬]
アルツハイマー病の治療に利用できるアセチルコリンエステラーゼ阻害剤は、
肝毒性が懸念されるため、使用が制限されてきました。
この懸念を払拭してくれそうなのが、新しいアセチルコリンエステラーゼ阻害剤リバスチグミンです。
なぜならその代謝は、肝臓のチトクロームP450系とは、ほぼ完全に無関係だからです。
またリバスチグミンは、その作用様式と代謝様式から考えて、他の薬物と相互作用することはあまりなさそうです。
この点で、高齢のアルツハイマー病患者に適しています。
なぜならその大多数は、他の薬物も同時に服用しているからです。
 リバスチグミンについて、以下のような無作為化臨床試験が行われました。
・試験参加者:合計725名
・年齢:50歳〜85歳
・アルツハイマー病の程度:軽度〜中等度
・リバスチグミンまたはプラセボの投与期間:26週間
・用量:低用量(1〜4mg)、高用量(6〜12mg)
> その結果は以下の通りです。
・認識機能は、プラセボ群と比べ、高用量リバスチグミン群で有意に改善されました。
しかし、低用量群では改善されませんでした。
・認識機能に関し、高用量群の患者では、24%において臨床的に意味のある改善が認められました。
一方、プラセボ群では僅か16%でした。
・また高用量群の患者の3分の1以上で、日常の活動に10%以上の改善が認められました。
・高用量群では、他群の患者と比べ、コリン作動性徴候(悪心、嘔吐、下痢、腹痛、食欲不振)を示す患者が有意に多くなりました。
高用量群の患者の27%は副作用のため、リバスチグミンの服用を中止しました。
しかし重篤な副作用の発生頻度は、3群すべてで同程度でした。
  以上の結果から、次のように結論されました。
・プラセボと比べ、リバスチグミンは、高用量で投与すると、臨床的に重要な改善が認められたが、
この効果がどのくらい続くかは不明
・リバスチグミンの投与によって厄介な副作用が生じるが、多くの患者にとっては、使用するだけの価値はある
*支援組織  アルツハイマー病患者とその看護者を支援する国際的な組織として、
アルツハイマー病インターナショナル(Alzheimer's Disease International=ADI)があります。
非営利団体で、WHOと公的な繋がりがあります。一度アクセスしてみるとよいと思います。
[主に以下の文献、資料、サイトを参考にしました]
・JOURNAL  WATCH  Volume19-Number9、May1,1999
・JOURNAL  WATCH  Volume19-Number16、August15,1999
・JOURNAL  WATCH  Volume19-Number24、December15,1999
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