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白血病のお話
ここでの話は、あくまで私、意志郎(イシロウ)の体験談であって、現在の医療方法がどうなっているのかは分かりませんので、あくまで参考にして下さい。

2003年1月現在、私は、急性前骨髄球性白血病(APL,M3)を発病して、かれこれ、2年9ヶ月たって、今、東京の某大病院に入院中です。
 話せば長くなりますが、簡単にこれまでの治療について言うと、

2000年4月 APL(M3)発病、レチノインサンと抗がん剤で寛解導入
        約2ヶ月で寛解になる。

2000年6月から9月  3回の地固め療法の後、8割方治ったと言われて、
              退院する。
2000年10月から2001年3月初め
               退院中は、特に禁止されていた事もなかったので、
               普通の人と変わらない生活をしていました。
2001年3月初め
            再発、 レチノインサンのパワーアップバージョンの治検薬
            (Tos-80T)の錠剤をのみ始める。
2001年4月終わり  再び寛解になる。5月始めに一時退院
2001年5月終わり  地固め治療しながら、骨髄バンクに登録する。
             再発したら、移植を考えたほうがいい、という事
2001年6月中旬   一時退院
2001年7月終わり  地固め2回目 8月終わりまで行う。
2001年9月中旬   最終合意までもらっていたドナーさんに、土壇場で
             キャンセルになる。
2001年10月始め   自家末梢血幹細胞採取のため、入院する。
2001年11月始め   なかなか上手く採取できずに、苦労したが、
              なんとか採取できて、ほっとした。
2001年11月中旬   一時退院
2002年1月始め    自家移植をするために、入院する。
              しかし、骨髄中にも、脊髄から脳の中にも、
              白血病細胞が、少しながら混入しているので
              自家移植を中止する。
2002年1月中旬    静岡の病院に入院し、まだあまり行っていない、
              亜ヒ酸の治療をうける。
2002年3月終わり   寛解になって、一時退院する。
2002年4月中旬    再び静岡の病院で、地固めの、亜ヒ酸治療を行う。
2002年5月中旬    静岡の病院を退院
2002年5月終わり   もとの病院に入院し、Tos-80tを再び飲む。
2002年6月終わり   ちょうど4週間Tos−80tを飲んだ。
2002年7月末      再び自家末梢血幹細胞移植のために、入院する。
2002年8月始め    諦めかけていた、ドナーさんから、思いがけず
              最終同意をいただく事が出来た。
2002年8月終わり   自家末梢血採取に行ったが、今回は一回で、
               必要量が採れたとの事。
2002年10月中旬    ドナーさんからの、骨髄移植の準備に備えて
               いろいろと、検査をする!
2002年11月中旬    無事に骨髄移植を受ける。
2003年1月現在     元気に静養中!

 このような治療をして、何度も何度も諦めかけたけど、今、とても充実した気持ちで、毎日の生活を有意義にすごさせて、いただいています。


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