たんぽぽ朝のお話:一杯の冷たい麦茶


 昭和40年代の、ある、とても暑かった夏の日。
 ある病院の廊下のベンチに、一人の若い男が座っていました。

 その男は、父親になろうとしていました。
 壁の向こうには、産みの痛みに耐えている、愛しい女性(ひと)がいるのでした。
「どんな子でもいい・・・無事に生まれてさえくれれば!」
 何度、何度、男は念じたことでしょう。
 何年、二人はこの時を待ったでしょうか。
 信じて、あきらめても、それでも待ち続けて・・・ ようやく、約束の日は訪れたのでした。
 蝉は鳴きしぐれていたのでしょうか。風は熱いままに佇んでいたのでしょうか。
 時が過ぎていっても、男はまだ、男のままでした。

 そして長い一日は暮れていきました。
 夕闇が蒼く空を包んでも、暑かったその日の大気はまだ男を抱いたままでした。
 汗が、首筋をつたい、頬を落ち、胸を濡らしていきました。男が、愛しい女性と・・・待ち続けて、幾夜も流した泪の雫のように・・・
 刻が、過ぎて、いくのでした。

down

「良かったら、いかがですか・・・」
 男が顔をあげると、一人の看護婦が立っていました。
 お盆に、一杯の冷たい麦茶を載せて。

 よるの帳(とばり)は、世界を包んでいきました。
 夏の熱い一日が、終わろうとしていました。
 冷たい麦茶は、熱く萌えた世界を、涼やかに、穏やかに、せせらいでいくのでした。

 ・・・そして、産声は、男を父親に愛しい女性を母へ、変えたのでした。


 そして、歴史は、繰り返すのです。
 その刻 地上に舞い降りた 二人だけの天使は、
 二人のその刻の幸せを、一杯の麦茶を、
 また、いつか、どこかの、誰かのために・・・

up

1999.10.28 at TANPOPO


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