生理がかなり遅れているのを感じ、まさかなーとは思いながらも学校の帰りに薬局で検査薬を購入。家に帰
って1人で検査薬を試してみる。数分待って結果は、まさかの妊娠。付き合い初めて、まだまもなかったこともあって驚きが大きいとともに、学生である以上、どうしよう・・・、まさか自分がこんなことになるなんて・・・、動揺してしまった。とにかく彼にすぐ電話をして陽性だったことを伝えた。彼もとても驚いていたけど、私のことをすごく心配してくれて、とりあえず私と彼が会う週末に一緒に病院に行こうって言ってくれた。でも私は週末までどうしても待ちきれなくて自分の体である以上、特に気になって仕方なくて次の日の朝1人で電話帳で近くの産婦人科を探して、1番近い病院に行った。病院についてからは、とても古い病院で大丈夫なのかな?って思わせるような病院だった・・。でも実際は古くて超音波もないような病院だったけど診察は普通だった。まずカルテを作ってもらってから診察台に寝かされ触診?、それから尿検査をするように言われた。結果は妊娠だった。2ヶ月だった。先生に未婚か既婚か聞かれ、また考えてくださいと言われた。予定日も知りたいですか?と聞かれたのでとりあえず、はいと答え、2月末と教えてもらった。保険証を使いたくなかったので自費診療で¥7000ほど払った。最近の病院のような設備のある病院ではなかったので比較的安かった。
病院からの帰り道、彼に連絡した。待ちきれずに病院に行ったことを伝え、妊娠2ヶ月だったことを伝えると
彼はすごく喜んでいて、興奮、動揺していて、えーっつ!どうしよー、とか興奮していた。私自身はとにかく不安でたまらなかった。好きな人の子供が自分のおなかにいるんだっていう幸せとともに、学校は、両親は、これからの私は・・。それに彼ともまだ付き合い始めたばかりで遠距離だったこともあって実際に会った回数も少ないくらいで、彼のすべては知らなかった。とりあえず家に帰ってぼーっとしていた。夜、彼が仕事が終わった後、私の家は彼の家から高速を使っても2時間半はかかるけど、心配して私がショックで動揺してると思って・・とわざわざ来てくれた。すごく嬉しかった。安心できた。唯一の救いだった。
それからは自分自身が混乱していて彼と会っても彼の前で泣いてしまったり、いらついていたり精神状態がすごく不安定だった。7月に入ると吐き気があったりしてごはんも食べることができなかった。食べてもすぐ吐きそうになってしまう。吐き気のせいで学校に行くのがすごくしんどかった。通学の電車の中でも吐いてしまうんじゃないという状況がしょっちゅうで、学校でも吐きそうになって知らない人にきづかれたらどうしようとか・・。家に帰ってもすごく眠たい。無性に眠たくなって、ぜんぜん何もやる気がでなくってぼーっとしていたりする。自分の母親に相談できないのも辛かった。母親は私を産むときどれくらいしんどかったのかななんて考えたり。でもあおれ以上に母親の気持ちも解った。これだけ苦しい思いをして産むんだから、ほんと自分の子供はすごく大切なんだなって。彼にはよくわがままや泣き言を言ったりした。離れているぶんすぐには会えない。だからこそ余計に辛くて電話でおなか苦しい、吐き気が辛い、どうして私だけがこんな思いしなくちゃいけないの・・とか。彼は彼なりにもっと辛かったと思う。私は週数がたつにつれて情緒不安定になったりして彼と会ったときにも頭が混乱して泣きながらおなかをたたいたりしたこともあった。彼にだってどうしようも出来ないのに・・。
でも彼がいたからこそ、彼が私の先にたって病院を探してくれたり。行動してくれたからこそ妊娠したことにも、中絶するって決めたときでも、不安はほとんどなかった。
2000年7月21日
彼の家に行った。その日の夜に彼が病院をいろいろと探してくれていてどこの病院にするか決めた。彼とも話しあったけど、彼は産んでほしいって言ってくれた。すごくうれしかった。でも私にはするべききことがあった。いろいろな事情で学生になったことや、将来のこと・・今すぐに赤ちゃんを産む出来なかった。彼に申し訳なかった。病院のHPなんかでも自分と同じ2ヶ月くらいの赤ちゃんのエコー写真なんかを見てると、こんなに成長してるんだ、すごいなー、産みたいって思いももちろんあった。彼は産みたいな・・ってつい出た言葉にもいいよ、産んでもいいよって言ってくれた。すごく嬉しい、でも辛かった・・。次の日に病院に行った。問診票を書かされ診察、産めないことが解っていて、先生が週数も経ってるから手術するなら早めにと言われ、学校が夏休みに入る1週間後の7月29日に決まった。初めての病院だったのでエコーの写真をくれるとは知らずにもらわなかったので後で後悔した。私1人で診察に入ったので彼は手術の仕方とか詳しく聞きたかったみたいで不安そうだった。会計で¥10000ほど支払った。
2000年7月28日
彼と一緒に彼の仕事が終わった後、電車で病院に行った。術前の処置。ラミナリアとかいう子宮口を入れるのだけど、入れるときもその後も痛くて歩くのも辛かった・・。電車で帰る道のりがすごくしんどかった。家に帰ってからも痛くてしょうがなくて寝ようとしてもおなかがごろごろする感じで眠れなかった。私が痛がって、ちょっといらついていたので彼も心配していた。
2000年7月29日
手術当日。午前診療の後の手術だった。彼と車で行った。私が選んだ病院は入院施設のない病院で複数の科を持っている病院だった。手術当日はノーメイクで顔色を見るために、髪の長い人はゴム持参で、大き目のナプキン2枚ほどと、生理用ショーツ、同意書が必要だった。受付に診察券を出して、数十分で診察室によばれ、診察室の奥の2畳ほどの小さい部屋に診察台があり、そこに寝かされた。不安がよぎった、やっぱり入院施設のあるとこにすればよかったなー、ほんとにここでするのかなー・・・。熱を測って、入院患者が着るような服に着替え、点滴をされた。恐くて恐くてたまらなかった。この時ほど、どうして私だけって思ったことはなかった。30分ほどして麻酔をされウトウトしてきて、気がついたら先生が自分の足元に立っていて手術が始まっていた。そこの病院は外来しかないので麻酔も軽いものしかかけないので手術中に目が覚めてしまう。半麻酔とでもいうのか。痛みはないが意識はうつろにある状態、私は痛くないのに痛い!痛い!とずっと叫んでいた。そのうち手術が終わって、その後は周囲の声もよく聞こえなくて看護婦さんに話かけられてもすごい大きい声でしんどーいーとか叫んでた。15分くらいして診察室のベッドに寝かされ、麻酔が少し覚めてきたら帰っていいよと言われたけど、そんなにすぐ帰れる状態じゃなかった・・。結局20分ほどして足元がふらつく状態でぼーっとした感覚で診察室を出た。彼があまりにも早いのでもういいん!?とかあせってた。私自身ももっと休みたかったのが本音。会計をすませて彼の車で帰った。帰る途中も麻酔がしんどくて見る景色が行きとはまったく違う景色に見えてグワングワンしていて、すごくしんどかった。家に帰ってからも寝るに寝られず、本当に辛くてたまらなかった。トイレに行っても麻酔のせいでぜんぜんしてる感覚がなかった。ずっとベッドでうつろな状態でぼーっとしていてその後のことはあまり覚えていない。