乳癌の予防と検診

        乳がんの予防と検診

1 卵巣摘出などによる早期の閉経により、乳がんの発生リスクは約半分になる。

乳がんの発がんは女性ホルモンであるエストロゲンと密接に関係しており、閉経によりエストロゲン濃度が低下すると乳がん発生リスクが減少することがわかっています。しかし、早期の閉経は、心臓血管障害による死亡率を増加させるというエビデンスがあり、この対策が確立しないと有効な予防法とはなりえません。逆に、更年期症状の強い人に、閉経後エストロゲンを投与することがおこなわれますが、(ホルモン補充療法HRT・Hormone Replacement Therapy)長期間の投与(5年―10年以上)により乳がん発生リスクが約2倍に増加することがわかっています。(Lancet 1997;350:1047)しかし、ホルモン補充療法による心血管障害予防や骨そしょう症の改善効果が明らかであり、総合的な損得勘定では得になると考えられています。(Lancet1999;354:152)

実際に乳がん治療を受けた患者に、ホルモン補充療法をおこなってよいかどうかも議論となっています。乳がん細胞にはホルモン感受性があり、エストロゲンにより増殖するものがあるからです。理論的危惧から、一般には避けるべきだと考えられていますが、ホルモン補充療法により、乳がんの再発が増えたという明らかなデータはなく、更年期症状の強い例では慎重におこなっても良いだろうとされています(J.Surg.Oncol 1997;64:175)。現在、アメリカのM.D.Anderson Cancer Centerで乳がん術後患者に対するホルモン補充療法の安全性を確かめる臨床試験がおこなわれています。この試験の対象は、乳がんのホルモン受容体陽性例では術後10年以上無再発のもの、陰性の場合は2年以上の無再発のものとなっており、今の所、この対象に当てはまらないものには、ホルモン補充療法はおこなわないのが無難といえます。

同様に、ホルモン感受性の問題から、乳がん治療後の妊娠、出産についても問題があります。この場合もホルモン補充療法のときと同じく、理論的危惧はありますが、実際に妊娠、出産によって乳がんの再発が増えたという臨床的なデータはなく、基本的には乳がん治療後の出産も許可されています。(Cancer 1999;85:2301)

乳がん細胞に対する女性ホルモンの影響から、乳がんの手術時期と月経周期の関係についても議論となっています。女性のホルモン環境は生理周期により変化しており、月経から排卵までを卵胞期、排卵から次の月経までを黄体期と呼び、卵胞期ではエストロゲン作用が強く出ます。手術中に血中に散布したがん細胞が生着するかどうかがホルモン環境に依存すると考えられるので、卵胞期に手術をすると転移が増えるのではないかという意見があります。ロンドンのGuy's Hospitalでは、実際に、乳がん手術を卵胞期にはおこなわないようにしているといいます。しかし、今の所、卵胞期に手術をすることで治療成績が低下したという明らかなデータはなく、一般的には手術時期を月経時期に応じて決めることはおこなわれていません。

2 遺伝性乳がん患者の予防的乳房全摘術により、乳がん発生リスクは約10分の1になる。

現在、明らかになっている乳がんの発がんに関する遺伝子としてBRCA1,BRCA2という二つの遺伝子があります。乳がん全体のうち5―15%に遺伝の影響があり、その50―60%がこれら二つのいずれかの遺伝子変異が原因とされています。 一部のユダヤ人に多くみられる遺伝子異常であり、この変異を遺伝的にもつ人は、生涯で乳がんを発生する可能性が50%以上になります。ただ、実際の乳がん患者の中でこれらの遺伝子が原因であるのは、欧米で5%以下と考えられており、日本では更に稀です。家族性の乳がん家系でありこれらの変異遺伝子がみつかった人には、厳重な経過観察をするのが普通ですが、本人の希望により予防的乳房全摘術(同時再建)をおこなうこともあります。しかし、予防的に乳房全摘術をしても、実際には、乳腺組織が少し残ってしまい、発がんの可能性はゼロとはなりません。乳房を全部とっても、まだ乳がんになる確率があるのです。(N.Engl J.Med 1999;340:77)「予防的」な手術ではなく、「リスク軽減」手術と考えるのが実際的といえるでしょう。

3 魚の脂肪酸、大豆、ビタミンAの摂取、アルコール制限、運動により乳がん発生リスクが低下するようだ。

食事の影響として乳がんの発がんに関与すると考えられるものですが、いずれも、ケースコントロールスタデイや実験室レベルでのエビデンスであり、はっきりと証明されたものではありません。脂肪成分の取りすぎは乳がん発生のリスクと考えられてきました。ネズミの乳がん実験では、高脂肪食により乳がん細胞が増殖し、転移も増えることがわかっています。また脂肪摂取の多い国では乳がん発生率が高いという疫学的事実もあります。日本で乳がん発生が少ないのは、欧米に比べて脂肪の摂取が少ないからだという意見もあります。しかし最近の考えでは、単なる脂肪摂取量が問題なのではなく、脂肪成分の内容や思春期でのカロリー摂取過剰が問題なのではないかといわれています。

大豆にはphytoestrogenやIsoflavanoidsが含まれており、がんの増殖を抑える働きがあるのではないかといわれています。大豆の摂取が多いことも日本人で乳がん発生が低い原因の一つと考えられていいます。アルコール摂取による乳がんリスク増加は疫学的には確実であり、野菜摂取不足もリスクを増すのではないかといわれています。閉経後の肥満は乳がん発がんのリスクを増します。閉経により卵巣機能が低下すると、女性ホルモンであるエストロゲンは、主に脂肪細胞によって作られるようになるため、肥満があると高エストロゲン状態となり発がんのリスクになると考えられています。閉経前の肥満は、逆にリスクを減らすといわれています。

実際に乳がんとなり、治療を受けた場合、その後の食事によって乳がんの生存率が変わるのではないかという意見もあります。術後低脂肪食によって生存率が向上するのではないかといわれていますが、今のところ証明されてはいません。このため、乳がん術後の食事の影響を調べる2つの臨床試験がおこなわれています。約2500例からなるWomen's Intervention Nutrition Studyでは乳がん術後の低脂肪食の影響を試験しており、また、約3000例からなるWomen's Healthy Eating and Lifestyle studyでは脂肪制限に加え、新鮮な野菜ジュースや果物、野菜、食物繊維の影響も試験しています。5―7年後に結果が出る予定になっています。

 4 ホルモン療法薬(タモキシフェン)により乳がん発生リスクが減少する。

タモキシフェンは、エストロゲンの作用をブロックするホルモン療法剤であり、乳がんの治療に有効であり、再発率、死亡率を低下させることが明らかになってきました。また、乳がんの術後に投与すると、反対側の乳がん発生率が低下することも判明しています。そのため、乳がん発生を予防することが可能ではないかと考えられ、大規模な臨床試験がおこなわれています。アメリカで行なわれたNSABP-P1という大規模臨床試験の結果が1998年に発表されました。乳がんの発生リスクが通常より高いとみなされた約1万3千人を、5年間タモキシフェンを投与する群としない群に振り分けたところ、69ヶ月の経過観察で、タモキシフェン投与により浸潤性乳がん発生率が4.3%から2.2%と49%減少するという結果が得られました。副作用として、子宮体がんの発生リスクが約2.5倍になることなどもありますが、総合的にみて、乳がん発生リスクの高い人に対する予防薬として有効であるとの結論でした。この結果を受けて、アメリカのFDAは、タモキシフェンを乳がんの発がん予防薬として認可しました。

同じく、1998年に発表されたミラノでの大規模臨床試験では、子宮摘出術の既往がある約5400人を同様に、5年間タモキシフェンを投与する群としない群に振り分けました。46ヶ月と観察機関は短いが、今のところ乳がん発生率はほぼ同等であるという結果であり、アメリカの結果とは異なっています。同時に発表されたロンドンでの試験では、家族歴のある約2500人を、8年間タモキシフェンを投与する群としない群に振り分けたところ、70ヶ月の経過観察でやはり、乳がん発生率は同等であるというものでした。この二つの臨床試験は、アメリカでの結果と異なるものとなっているが、乳がん手術後にタモキシフェンを5年投与した場合、反対側の乳がん発生率が47%低下するというエビデンス(レベル1)があり、アメリカでの49%低下という値とほぼ同じだったことから、ミラノ、ロンドンの試験結果は、臨床試験への参加基準の違いによるものであり、タモキシフェンによる乳がん発生予防効果はあると解釈されています。

タモキシフェンはエストロゲン作用をブロックする薬ですが、部分的にはエストロゲンと同様の作用をしめすという相反する働きをもちます。そのエストロゲン作用により、骨そしょう症を防いだり、血管障害を防ぐという付加的効果がありますが、子宮体がんを増やすという欠点もあります。そのため乳腺と子宮にのみ抗エストロゲン作用をしめし、骨や脂質代謝にのみエストロゲン作用をしめすというラロキシフェンという薬剤が開発されました。基本的には骨そしょう症の予防薬ですが、乳がん予防薬としても期待されています。

ラロキシフェンの効果を調べる無作為化比較試験がおこなわれ、乳がん予防効果についての第一報が報告されました。(JAMA 1999;281:2189) 閉経後の骨密度が低下した7705例を、ラロキシフェン投与群と非投与群にわけて平均3年観察したところ、投与群5129例中13例、非投与群2576例中27例に乳がんが発生し、ラロキシフェン投与によりがん発生率が約4分の1になるという結果でした。子宮体がんの発生増加は認められませんでした。まだ、観察期間は短いが、かなり有望な結果です。乳がん予防効果についてタモキシフェンとラロキシフェンを比較するNSABP-P2という大規模試験も現在おこなわれており、これらの最終結果が待たれるところです。

           5 乳がん検診について

乳がん発生を予防する確実な方法がない現在、乳がん死亡率を下げる努力は、検診による早期発見、早期治療とされています。本当に早期発見により死亡率が低下するかどうかは、大規模な無作為化比較試験をおこなわないと明らかとはなりません。欧米での臨床試験により以下のことが明らかとなっています。

50歳から74歳までの人は、毎年のマンモグラフィーによる検診により、乳がん死亡率が約25%減少する。40代の人は、死亡率減少する可能性はあるが、今のところ決定的ではない。

40代にマンモグラフィー検診が有効であるかどうかは、アメリカで非常に議論のあるところでです。1997年にNational Institute of Health(厚生省に相当)が、40代女性がマンモグラフィー検診を受けることで、乳がん死亡率が低下するかどうかはまだはっきりしていないという宣言を出したところ、反対意見が続出し、マスコミも便乗して、一時期社会問題にまでなりました。現在American Cancer Society(アメリカがん協会)やAmerican Medical Association(アメリカ医学協会)、American College of Radiology(アメリカ放射線学会)は40代での検診に賛成し、National Cancer Institute(国立がんセンター)、American College of Physician(アメリカ医師会)は賛成しないという、学会ごとに異なる立場をとるという結果になっています。 もちろん50歳以上の人へのマンモグラフィー検診についての有効性や、30代では検診不要であるということのコンセンサスは確立しています。

マンモグラフィーとは、乳房のレントゲン撮影であり、被爆による発がんも稀にはあり、費用もかかるため、検診として実施するには有効性が証明されなければなりません。検診の有効性を証明するには、大規模な無作為化比較試験が必要であり、マンモグラフィー検診には10個の主な試験があり、総合して50歳から74歳の人での有効性が証明されています。(JAMA 1995;273:149) ニューヨークで1963年におこなわれた古い試験(HIP試験)でその有効性が高く、マンモグラフィーの質が向上した最新のカナダでの試験(CNBSS-2)であまり差がつかなかったなどの問題点はありますが、現在の科学的な結論としては50歳以上の女性のマンモグラフィー検診で、乳がん死亡率が約30%低下することは事実として受け入れられています。ただし、検診が有効であるという結果だけを聞くと、検診さえしっかり受けていれば乳がんで死ぬことは無いと思いがちであるが、そうではありません。毎年検診をしても、乳がんによる死亡リスクは、30%しか減らないということなのです。

なお2000年1月に8つの無作為臨床試験を再度吟味したコクラングループは振り分けが厳密でない試験を除外し、厳密に行われた比較試験だけを総合すると50歳代でもマンモグラフィー検診の有効性は証明されていないという論文を発表し物議をかもしています。(Lancet,2000,355,129-34)

6 乳房自己検診による乳がん死亡率の低下は明らかではない。

乳房の自己検診が、一般に薦められていますが、その有効性については大規模臨床試験では証明されていません。上海でおこなわれた臨床試験では、約27万人の織物工場で働く女性を、自己検診実施群と対照群とに振り分け、7年間経過をみたところ、良性腫瘍の発見は検診群1457例、対照群623例と検診群に増加していたが、乳がんの発見は検診群331例、対照群322例と有意差がありませんでした。また乳がんによる死亡数も差が無く、早期乳がんの割合も変わりませんでした。この臨床試験では、検診群に対しては、乳房自己触診法についての詳しい指導があり、4年後には再指導もおこなわれ、シリコン乳房による乳がん模型の発見率は、検診群のほうが対象群よりも高かったのです。(J.Natl.Cancer.Inst 1997;89:355) この結果については、まだ観察期間が短いためであり、自己検診(触診)の有効性の否定はできないと専門家は考えています。

同じく大規模臨床試験がWHOの協力のもとレニングラード(現ザンクトペテルスブルグ)で行なわれており、近く結果が発表される予定です。ただし、乳房自己触診はマンモグラフィ検診とことなり、被爆による発がんなどのマイナスの要素がありません。もちろん費用もかからず、プラスの面がまだ証明されてない(将来は証明される可能性がある)からといって、否定する要素は少ないと思われます。そのような面からは、自己触診で乳房に異常を感ずれば専門施設を受診するという方法は、合理的と考えられます。

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