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【何故・・人は癌になるんだろう・・】病院のベットで過ごす時間はとても長く感じ、
【癌】について考えるようになりました。
私は、2001年の春に、自分で胸のシコリを見つけました。
30歳になってから市から健やか検診の案内などが郵送されて来てたのですが
一度も検診に行きませんでした。
以前に周囲の人達から『癌』の体験談や恐さ・検査方法などを聞く機会があった
ので、少しですが『癌』に対しての知識は有りましたが、【自分には関係のない 話・・】と思う気持ちがありました。
ある日、胸に突っ張ってるような違和感を感じて、乳房から脇の下を触ってみまし
た。ハッキリと指にシコリの感触が有り、その一瞬で『癌』だと思いました。
しかし、次の瞬間には【家族や親戚に癌がいないから・・】とか【今日は忙しかっ
たから、筋肉が腫れてるのかな・・】などと考えていました。今、思い返せば現実 逃避をしていたのでしょう・・。その現実逃避はしばらく続きました。シコリが気に なって、自然と乳房に手を当ててしまうのですが、【昨日より小さくなってる】とか 【違和感が減った】と自分勝手な思い込みをして、病院に行きませんでした。
いくら現実逃避をしても、恐怖心は消えず、どんどん体調を崩していきました。
知人に【胸にシコリがある・・】と話をすると早く病院に行きなさいと促してくれまし
た。『癌』に対しての恐怖心が心を占領していたので、【早く病院に行きなさい】と 誰かに背中を押して欲しかったのです。自分で胸のシコリを見つけてから、半月 が経過していました。
病院で症状を話すと、ドクタ−が触診してくれました。すこし曇がちな顔で【詳し
く検査しましょう】と言われた時、不思議なほど気持ちは穏やかでした。
マンモグラフィ−(乳房X線検査)・超音波(エコ−)・細胞診断の結果、入院が
決まりました。ドクタ−は告知をためらっている様子でしたが、私のほうから【癌で すか?】と尋ねると【手術の結果で分かってしまう事だから・・】と告知してくれまし た。手術の重要性・抗癌剤の副作用などを聞き、手術で右の乳房を切除する事 になると言われました。ドクタ−と話をしている間、自分でも驚くほど気持ちは穏 やかで、取り乱す事もなく淡々と説明を聞いていましたが、自宅に帰るタクシ− の中で心が壊れました。
『癌・入院・手術・再発・死・・』自分が逃げていた【現実】を目の当たりにした時、
思考回路が停止し、恐怖で身体が震え、言葉を失いました・・。
1週間後に入院、その10日後に手術の予定でした。
病棟には子宮筋腫・子宮癌・乳癌・に身体を侵されている人達がいて、経験談
や気持ちの切り換え方などいろいろな話をして下さいました。随分と励まされたも のです。
そんな中、同室に入院していた50代の方と親しくなり、自分の病状や手術の話
を聞いてもらいました。
すると彼女は【無責任な事を言うつもりは無いんだけど・・】と口を開き、【あなたは
まだ若いから、癌の進行が早いかも知れないけど、薬で出来るだけの治療をし てみて、それでもダメだった時に・・本当に最後の手段で手術(乳房の切除)を 選択したら・・】と言葉を続けながら、ベットを覆うカ−テンを引きました。そして、 パジャマのボタンを外しながら、【その若さでこんな姿になってはダメよ・・】と言い ながら胸を見せてくださいました。
彼女は、2週間前に乳房を切除していました。
乳房、そしてその周りの筋肉を切除した胸は、骨が浮き出ていて痛々しく、惨い
ものでした。【自分もこの姿に・・?!】と涙が溢れ言葉を失いました・・。
彼女は言葉を続けました。【私はずっと手術を拒否してたのよ。でも限界がきて
ね・・麻酔が切れて目覚めた時、本当に悲しかったわ・・】と。
【何故・・人は癌になるんだろう・・】この疑問が突然湧き上がってきました。
良い薬、最新の治療、手術・・ しかし、どれも完全ではありません。
生活が一変し、身体にも心にも傷を残してしまいます。
傷跡を見せてくれた彼女に感謝し、翌日ドクタ−に手術の拒否を伝えました。
それから抗癌剤との戦いが始まりましたが、力強く立ち向かえました。
色々な書籍を読破し、自分なりに『癌』について調べました。
免疫機能性食品(アラビノキシラン・プロポリス・アガリクスダケなど)についても
調べ、さまざまな効果・症例に基づいて数ある免疫機能性食品の中から『アラビ ノキシラン』を選びました。
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