治療経過をまとめました。まだ闘病中なので、冷静には思い出せませんが。意識の底に封印された(つらい?)思い出がたくさん埋もれているかもしれません。
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〜小学校

生後間もなく湿疹。比較的軽め。
4歳、アレルギー性紫斑病で入院。
8歳、ぜんそくで1週間の入院。
11歳、ぜんそくで3日間の入院。
顔にヘルペス。抗ウイルス剤で治療。

この頃から、とにかく身体が弱くて、寝こんでばかりいました。熱を出したり、ひきつけをおこしたり、入院したり…、両親の看病は大変だったと思います。 アトピーは典型的な小児型で、皮膚のやわらかい部分の湿疹が主でした。当時は、成人になれば自然に治癒すると医者も患者側も信じていたようです。 インフォームドコンセントなどという考え方もなく、どんな薬を使用しているかわからないまま治療していました。 いろいろと悩むべきことが多くて、アトピーは二の次になっていたかもしれません。

中学〜

12歳、ある大学病院で皮膚科受診、アトピーの重症患者では5指に入ると言われショックを受ける。
当時Igeは10,000位。
15歳、中学卒業のころからステロイド(リンデロンVG)が効かなくなってくる。
顔、身体共に滲出がひどい状態。

それなりには学校生活を続けてきましたが、徐々に支障が出てきます。風邪をあまりひかなくなり、ひどかったぜん息もすっかり落ちつきましたが、アトピーが悪化してきました。 顔は真っ赤、額は落屑でごわごわ、首や腕などに湿疹、鼻炎でティッシュを手放せないような状態でした。 アトピーが悩みごとの中で大きくなってきます。

高校〜

16歳、高校入学式の翌日から症状が悪化、欠席。
6月、アトピー悪化で入院。
夏休みに群馬県の温泉で1ヶ月間の湯治。すっかりきれいに。かなり効果あり。
冬から脱ステ。宅配温泉を1年程続ける。
受験勉強でアトピーの苦しさをまぎらわす?

高校生活は思い出すのもつらいくらいにひどい症状でした。
全身の強いかゆみと滲出。朝、目覚めると枕にかぶせたタオルに滲出液で顔がはりつき、目も開きません。パジャマも身体にくっつき、布団のシーツは滲出液と血と落屑で…。 もう、大変さ!顔はそのまま乾かし、耳や首は亜鉛華軟膏で白く、身体には包帯を巻いて意識朦朧としながら登校していました。電車に乗ると自分の周りに人がいなくなり、知らないうちに学校の問題児にもなっていたようです。 3〜4週間のサイクルで悪化と良化を繰り返しました。家族や周囲の人達も大変だったでしょう。
不眠(5,6日の徹夜)や自立神経失調症(電車に乗ると、大量の発汗)も。喜怒哀楽がなくなって無感情になったり、時間の感覚がなくなって精神的におかしくなったのかと疑いもしました。
ステロイドの副作用が話題になってきたのはこの頃からでしょう。前年の夏の湯治が効果あったので、宅配温泉を始めました。 同時にステロイドの使用を一切止めます。今のように治療法の情報がなく(でも、いろいろ試しましたが)、「これしかない」とわらをもつかむ思いだったんですね。 費用が続かずに止めましたが、期待する程の効果が得られなかったからです。
思い返しても不思議な程にがんばっていたと思います。苦しさから逃れたくて自殺願望にとりつかれていましたが、それをふみとどまれたのは、数年後には必ず良くなると信じていたからです。

〜大学

19歳、1浪後に大学合格。付属の病院で3ヶ月間のカウンセリング。
脱ステ医のもとで入浴剤やイソジン消毒、酸性水などの治療。Igeは38000。
22歳、休学を続けたが中退。

まともに通学したのは入学後の半年間です。症状が思ったように改善せず、そのまま大学生活を送るのがむなしくなったんですね。受験勉強や闘病生活で燃え尽きたのかもしれません。
温泉ではないけれど、入浴剤や自然塩を入れて1日に2〜3回、30分位の入浴治療が主でした。自立神経失調症や不安な気持ちはわずかですが、良くなります。 身体の症状も悪いながら、少しずつ良化。脱ステロイドも続ける。通院していた医師が遠方へ。ドクターショッピングが続くことになります。 それまでは、時間が経てばそのうちに治ると思っていましたが、自主的に治療に取り組まないといけないことを感じ始めます。

〜自宅療養中

23歳、S温泉で3ヶ月間の湯治
24歳、草津温泉病院で3ヶ月間、有馬温泉で3ヶ月間の湯治。20歳以降で最も元気な年でした。
25歳、I温泉で2ヶ月間、草津温泉病院で3ヶ月間の湯治。左眼、円錐角膜に。進行次第では手術の必要も。アトピーが原因?
諸事情により東北での生活。これが原因で体調悪化。
26歳、湯原温泉病院で1ヶ月間、K温泉で2週間、M温泉で湯治。
脱ステ医探し。プロトピックを顔面に使用。1.5〜2ヶ月で1本(5mg)位。
そして、現在へ…

いつの間にか、引きこもりがちになってしまっていたようです。家族でさえ自分の周りに近寄らせず、身体に触れられると本気で怒りました。 孤独な生活にピリオドを打ちたかったことと、もちろん症状の改善のためにもアトピー患者を受け入れる温泉病院を探したわけです。
病院や湯治宿の生活は不自由ですし、人間関係で嫌な思いもあります。患者仲間と寝食を共にし、温泉に一緒に入り、文字どうり裸の付き合いでしたから。 また、他の病気の患者や痴呆の老人と同室になり、介護の実態を目の当たりにしたりもしました。 でも闘病生活をするいろんな人々に出会い、自分という人間が少しわかってきたように感じています。精神的な成長はあったと思います。
症状としては、長期停滞(©金子勝)に入ります。気分の落ち込みはありましたが「死にたい」と思うことはだんだんと減ってきます。身体の滲出はあまり気にならなくなりましたが、 顔の滲出はひどいままです(1年のうち3分の1以上が滲出)。身体の掻き壊しと落屑も相変わらずでした。 体力の無さと倦怠感を強く感じ始めます。現在でも最も悩むことのひとつです。ぐったりして、何も手につかないんです。
入院中の守るべき治療は基本的には温泉に入ることと運動のみ!患部にアズノ―ルや亜鉛華軟膏、抗アレルギー剤の服用もありました。湯治中は薬に頼らずにすみますが、 自宅に戻ると悪化してしまうことを繰り返しました。
プロトピックを使用したのは、顔の滲出が改善しなかったからです。痛みを感じる人もいるようですが、私には全く副作用のようなものもなく合っていました。 滲出は抑えられています。おかげで少し積極的になれたかな?パソコンを購入したり、患者交流会に参加するようになりました。
現在に至るまでにはまだ紆余曲折ありますが、病歴についてはここまでにします。
掻痒記2もどうぞ。

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