骨ずい物語
平成11年のある日、いつもの通り、献血活動をするのが趣味の私は、献血する為に何気なく、神奈川横浜駅地下の献血ルームを訪れ、献血前の事前検査を受けました。いつものように、400ccを取られるものと待って居ると看護婦さんに呼ばれて、血圧などを見る老医師前に座ると、血液データを見つめながら「何か血液の病気にかかっている近く病院に行くように」と、言われ献血は中止となり看護婦さんは、愛想笑いをしてせっかくですから、ジュースをどうぞと言われ、ウーロン茶を飲みながら、頭の中はパニック何が起こって、これからどうなるのか?色々思い出して、そう言えば看護婦さんが自分の採血した血液を、血液検査器に入れてプリントアウトされるデータを、見つめて3回やり直して慌てて、先ほどの老医師に渡していたっけ、何が悪いので在ろうか、そう言えば血液の状態が悪いのは、最近寝不足で非常に疲れている為で、あろうと考えつつ心配症の私は、近所の埼玉医科大学総合医療センターへと、翌日には行っていました。 病院と言えば、かぜぐらいでしか行く事が無く、何科に行くのか分からず受付け聞き、内科に行きました。
献血で血液の病気と言われた事を、言い再度血液の検査を行いました。やはり昨日のデータは、間違っていなく、赤血球、白血球、血小板の3点が全て基準以下で在りました。その「医師に何でこうなるかのか?」をたずねても全く原因不明との事、最近非常に疲れている事を言うが、全く関係無いとの事、「今回はたまたま悪くなっているかも、知れないので1週間後に再度検査してみましょう、元の状態に戻っているかも知れない」との事、何もせずに普通に生活してくださいとのアドバイス??を受けて、1週間後の血液データは、全く変わらず様子を、見ようとの事、次ぎに骨髄検査するので、1週間後に来て欲しいとの事、この手病気はこの状態で一生行く人、徐々に悪くなり死んでいく人、悪くなり骨髄移植をして直る人とがいるとの事。その医師は淡々語りました。
しかし私自身としては、攻める事のできない事に憤りを感じ、それからこの病気との闘いが始まりました。掛かりつけつけの、医師の紹介で埼玉医科大学(毛呂山)へ、変更して検査をしましたが結果は変わらず、すぐに骨髄検査をおこないました。この検査はみぞおち上の胸骨にドリルで穴を開け、注射のようなもの骨髄液吸い出す検査でした。吸い出すときはなんとも言えない胸に圧迫感がありました。結果は1カ月後となりました、結果は病理学見解と担当医師との2つの見解があり、再生不良性貧血か骨髄異形成症候群となり、病理見解は骨髄異形成症候群との事、担当医師の見解はどちらとも言えないがどちらかにしろと、言われれば骨髄異形成症候群の方との事。骨髄の元になる細胞はたくさんあるが赤血球、白血球、血小板と変化する時に何かの障害があり変化して行かないとの事、ここでも食べ物はいつもと変わらず普通の生活をして行っていいとの事、私は正直者である為にそのままの生活をしていました。