私がマタブルだった頃
〜デカチビ産前産後日記〜

当時まだ仕事をしていて産後も続けるつもりだった私。産前休暇に入った時(2001年10月1日)からデカチビ誕生の記録を残したくて日記を書き始めました。(妊娠中は仕事がムチャクチャ忙しくてそんなこと思いも付かなかった^^;)
読み返すと、私のうつ病の始まりだったマタニティーブルーっぽさがわかるような気がしたので、どなたかのお役に立てればと思い、うつ病が回復しつつある今の感想を追加してアップすることにしました。(因みに日記には一日の食事内容まで記載していたのですがそれはさすがに割愛します。神経質だったなぁ、私^^;)

2001年
(妊娠判明から産前休暇までのあらすじ)  3月半ば、妊娠が判明。妊娠2ヶ月。出産予定日は11月11日とのこと。と同じ週に、交通事故・人事異動が重なる。出だしから波乱万丈(汗)
 交通事故は私が悪かったんだけど、派手に車は潰れ私は救急車で運ばれました。でも妊娠していることを伝えたらレントゲンは撮れず「取り敢えず歩けるんなら様子見て」と言われ、数ヶ月痛みで1センチずつくらいしか足が前に出ず。事故にきっかけに職場に妊娠を告白。私にすれば早く伝えた方が迷惑がかからないかと思ったのだが、上司からは「そんなに早くに言われても困る」と言われる。おめでとうの言葉は全くナシ。(以降出産後までもナシ。アンタはそれでも子を持つ親か?<上司)
 そんなこんなで精神的ショックも大きく、今思えばうつ状態に。職場に座っていることすら辛く仕事は何とかこなしていたが常にドンヨリ。そんな私に「新しい職場でそんな暗かったら、ここの職場の人間が皆暗いもんだと思われる」と止めを刺してくれた上司。今でもその言葉は耳に憑いて離れません。
 4月から新しい職場に。一人に仕事を任されたので大変だったけど働きやすかったです。でも以前の上司の影には常に襲われ、脅えていました。「産休明けまでの仕事を全部やっておけ」言われる。でも新上司は優しかった。妊娠時にいろんな意味で理解あるあたたかい職場にいられて、本当に助かりました。
 6月初胎動。それから徐々に激しくなり、肋骨を蹴られることもしばしば。
 つわりや妊娠異常もなく順調そのもの。強いて言えば、生玉ねぎの匂いはダメでした。食事の嗜好はそれまで毛嫌いしていた揚げ物や焼肉に恋焦がれるようになりましたが、体重増加を気にして玄米やお粥を食べたりしていました。お腹の形から「この子は男の子」とよく言われていたのですが、超音波検査でも男の子と判明。(恐るべし出産経験者!)当時名前は「世(せい)くん」の予定でした。(が、出産後変更^^;)
 9月28日(金)に最終勤務。夜中まで妊婦が一人残業してましたが(キケン!)、最終的には前上司への意地で言われた通り7ヶ月分の前もってやっておける仕事を全部やってのけました。フンッ!
 <記・2005年2月25日>
10月1日(月) 産前休暇開始。いつも週末にダラダラとやっていたような掃除に勤しむ。15時から1時間程昼寝してしまった。夕方に30分ほど郵便部物の投函を理由にして散歩。校下の小学校からアパートまで妊婦の足で15分。意外と遠い。オコチャマには辛いかも。

日中に昼寝したことを罪悪感に思い、そして妊婦雑誌に書いてあった通り掃除や散歩をしていました。真面目とゆーより、そんなキメキメ感がうつの始まりだったのかもしれません。がしかし、今では掃除も散歩もしなけりゃ、昼寝は当然の如くにしちゃってる始末。それもどーだか^^;<2005年2月26日>
10月2日(火) 運動の為と家での食べ過ぎ対策とを含めてベビー用品の偵察へ出掛ける。百貨店等5箇所を歩き回る。さすがに歩き過ぎだったか、夜に腰痛強まる。

交通事故の後遺症で腰痛がフェイドアウトしたと思ったら妊娠による腰痛がフェイドイン。常に腰痛には悩まされました。<2005年2月26日>
10月3日(水) 旦那殿と二人とも眠れず、夜中に話が盛り上がったり、空腹でチーズトーストを食べたりしたため、不覚にも朝寝過ごす。目が覚めたのは8時半を過ぎていた。反省。続かないようにしないと!!

今では夜更かしも朝寝坊も夜食も当たり前の状態なんですけど^^;<2005年2月26日>
10月4日(木) 9時過ぎに家を出る。病院へ。旦那殿の薬とギネ(産婦人科の通称)の検診。ギネでは初のNST(胎児の心音等を監視する装置。お腹にベルトを巻いて調べる)で30分間胎児ちゃんの心音と胎動をチェック。ずっと心音が聞こえるので楽しい。こっそりカルテを覗いてみたら前回の検診の日付で「子宮付近炎症」と「さい帯が首に巻かれている」と書いてあった。胎動が激しいし、動き過ぎで巻きついてしまったのか、それとも苦しくて動いているのか、考えると辛い。看護婦さんに聞いたら、動いているうちに巻かれてしまうのは良くあること、とのこと。でも心配。肋骨や胃を蹴られると痛いけど、動きが少ないとすごく不安。私は痛くなっても良いので元気でいて欲しい。NSTの結果は「元気」とのこと。ただ頭が下の方にいるからUS(超音波検査)では見にくいらしい。早産しないように祈るしかないのか。その後、お出掛け最大の目的、仕事へ。今の職場に異動できたことを改めて感謝。仕事が終わってから、ベビー用品を二箇所見に行く。

担当医がとても無表情かつ無口な方だったので、後になって知った!ということがしばしば。それは、神経質にならなくてイイヨ、という先生の優しさだったのかもしれません。仕事は後任の臨時の方に「すぐにわかる訳ないしいつでも連絡して下さい」と話してあったので、病院に近いということもあって産前はちょくちょく顔を出していました。<2005年2月26日>
10月5日(金) 昨夜胎児ちゃんが動かないのが気になり眠れず。昼食前に1時間程度昼寝してしまう。少しすっきり。午後から小学校からの友人Fに会い、実家へ行って、その後薬局とスーパーで買い物。胎児ちゃんは元気を取り戻し動き回っている様子。さい帯で首を絞めてしまわない程度に元気に動いていてね。家に居るとついつい食欲に任せて食べてしまう。かといって買い物に行くとお金使ってしまうし。今の出費は仕方ないんだけども。

元来ケチケチおばばなのですが、うつになるとそれがいっそうパワーアップ。買い物に行くガソリン代まで計算して本当に安いか検討していました。<2005年2月26日>
10月6日(土) 今日は胎児ちゃん元気な様子でほっとする。収納ケースの中を整理。結構スペースができた。赤ちゃん用品の場所は取り敢えず確保できそうだけど、きっと物は増える一方だろうから将来的には考えなければ。自分の冬服も思ったよりあるのだけれど体型が元に戻らないと着れない服ばかり。何とか着れるまで戻さねば。

アパートはやっぱり手狭ですからねぇ。体重は産後に授乳によるエネルギー消費ととうつによる食欲不振のお陰で妊娠前よりも軽くなったのですが、体型は何故か戻らず。そしてうつ回復期の今ではストレスが溜まると過食する傾向にあり、見るも無残な体型&体重に(泣)妊娠してないのにお腹は5ヶ月状態です。<2005年2月26日>
10月7日(日) 実家が秋祭りなので押し寿司をもらいに行く。いつも大量にもらってばかりで申し訳ないのだが、ばあちゃんに「それを楽しみにしてつくっとるんや」と言ってもらいほっとする。トーチャンから山程本を借りる。おとなしくしとれとゆーことなのか。胎児ちゃんは今日もとても元気。ガンバレガンバレ。

ばあちゃんは今でこそ病気で半身不随になりましたがそれまではすごく働き者で料理も裁縫も何でも上手でした。私の理想とする女性です。トーチャンとは怖いくらい本の趣味・嗜好が似ています。それ以上に顔や体型も^^;<2005年2月26日>
10月8日(月) 我ながらあまりにも情けない。夜中ゴミを捨てに行く途中、油断してかなり深い側溝に落ちてしまった。脇辺りの深さまで落ち、左足首と腕を擦りむき、右肋骨部と骨盤辺りを強打。すぐに病院に電話して受診。一晩念の為入院となる。病院ではすぐにNSTを行い、胎児ちゃんの無事を確認。交通事故から始まって、ドアミラーにお腹ぶつけて、そして今回。それでも元気に動いていてくれる胎児ちゃんに感謝。本当に頼りないオカーチャンでごめんね。何をやってもうまくいかない。こんなので育児できるのだろうか。私が胎児ちゃんを傷付けてしまうのではないだろうか。こんなオカーチャンでもたくましく生きてくれる元気な子であって欲しい。胎児ちゃんを私が守ってあげなきゃならないのに危険な目に遭わせてばっかり。ごめんね、私が痛いだけなら我慢するから、胎児ちゃんだけは元気でいてね。

ったく結婚記念日だというのに何をやってんだか。でも本気で死なせてしまったのではないかと思って泣きじゃくりました。そんな時は必ず優しくて冷静に対処してくれる旦那殿。感謝なことでございます。因みに油断した原因は道路を暴走していた若者たち。胎児ちゃんがこうなったらどうしよう(泣)と思っていた瞬間でした。そもそも夜中にゴミを出してはいけません。わかっちゃいるんですけど生ゴミが異様に匂って耐えられなかったんですぅ。そして一泊入院した時のNSTによると「赤ちゃん、寝とるわ〜。この子オオモノになるね」と看護婦さん。そして現在オオモノとゆうかニブイです。(ある意味とてもオオモノ^^;)入院中は分娩室の前の部屋だったので出産中のお母さんの泣き叫ぶ声が響き、正直ビビリました。<2005年2月26日>
10月9日(火) 一晩経ったら思った以上に体のあちこちをぶつけていたことに気付く。右半身は擦り傷だらけ、左半身は打撲だらけ。体じゅう痛いけど今日は胎児ちゃんとっても元気に動いているので嬉しい。私があんまり動けない分動いてくれてるのかも。痛さよりも動けないことが辛い。こんな風にパニクっている時旦那殿はすごくすごくカッコイイ。私を責めたりしないで優しく対処してくれる。何も言わないで傷の処置をしてくれる旦那殿を見ると、ホント涙が出そうになる。私は何から何まで助けてもらうばかりで何もしてあげられない。旦那殿を苦しめる存在でしかないんじゃないかと思う。ごめんね。

うーん^^;うつっぽいですねー。でもでも本当に旦那殿はエライと思います。因みに足の甲を一番ひどく擦りむいたのですが、そのせいでふくらはぎまで真っ赤に熱を持ってパンパンに腫れていました。動かして血流が動くたびに激痛が。擦り傷ってこんなに痛いもんやったけ?と思っていたのですが、多分それはヘルパンギーナといって傷から菌が入って化膿していたんだと思います。妊婦は抵抗力が落ちているのでなりやすいそうです。<2005年2月26日>
10月10日(水) 午前中掃除機をかけた後しばらくの間お腹の張りがひどく気持ち悪くなる。仰向けになるとお腹がかたくなり苦しいので横向きでしばし待っていると治まる。午後冷蔵庫が空なので買い物に行く。痛くて歩けないので2時間半かかる。その帰りに入園希望の保育園に寄って申込書をもらう。初めて園長先生にお会いする。園長先生も主任先生もそうだが皆柔らかい感じの謙虚な方ばかりで驚く。入園できることを祈るのみ。胎児ちゃん、あんまり一緒に居てあげられなくてごめんね。でも夜とかお休みの日はずっと一緒に居ようね。普段離れてる分仲良しでいようね。

当時は産後4ヶ月で仕事に復帰する予定でした。で、妊娠時から保育園にアポをとって職場に一番近い保育園に申し込みました。でも生まれた時期の関係で市の手続きに時間がかかり間に合わないことに。それもあったのですが、何より復帰が近づくと赤ちゃんと離れたくないという思いがどんどん大きくなり、泣いてばかりいました。その話はまた↓の方で。<2005年2月26日>
10月11日(木) ベビー肌着を洗濯。実際に広げてみると、わかってはいたけどやっぱりものすごく小さい。あまりにも可愛くって、思わずまだ見ぬオコチャマを想像して抱いてみる。こんなに小さいのね。でも私達の子供だからきっとすぐに大きくなっていくんだろうけども。小さくっても大きすぎても心配。いろんな人の育児日記のホームページを検索して見てみた。泣いている子を見ると強く絞めてしまいたいと思うことがあるとのこと。誰に聞いてもそう思ったことがあると答える。それだけ大変なんだろうな。今は体を思うように動かせないのは辛いけれども、あまりにのんびりしていて余計に不安になる。もし明日陣痛が始まったら?産まれたらずーっとしんどくなる?泣いてもちゃんと対応できる?自分のミスで苦しめたりしちゃわない?考えれば考えるほど心配。ついに予定日まであと1ヶ月。

あぁ「THIS IS マタブル」って感じですね。出産は「痛いもんはしゃーない」と思っていたので不安はなかったんですけど、育児については不安だらけでした。「もし何かあったら私のせい」という考え方は未だに残っています。<2005年2月26日>
10月12日(金) 今日は足の痛みが随分楽になった。でもまだ腫れていて歩きにくい。午後じっくりとお風呂に入る。その頃からか今日は胎児ちゃんものすごく元気。お風呂で動いたのは初めてかも?今日はホントに動きが激しい。ご機嫌なの?胎児ちゃんの洗濯物が干せたのでたたんでいたのだが、自分のものだとわかっているのかお腹の上でたたんでいると飛び跳ねているかのように動く。動いてくれるとたとえ痛くても安心。

胎動には敏感に(過敏に?)反応していました。この頃には胎児ちゃんも大きくなっていて動くととても痛かったんですが、それでも動かないと不安なので、動いてくれていた方が安心でした。<2005年2月16日>
10月13日(土) 仕事の講演会に出席。その後職場の仲間と外食。

足はまだ腫れていて引き摺って歩いていたので、講演会に出席していた知り合いに「その足、どうしたん!」と驚かれ、その時初めて「これはフツウじゃない」と気付きました^^;だって大人になったら擦り傷なんてそんなにしないからわかんないぢゃん〜<2005年2月26日>
10月14日(日) 旦那殿のお仕事ついでにお客さんのお店(飲食店)に金魚のフンのようについて行き、お昼ご飯。午後、実家の両親が突然訪れる。足を見てビックリ。強く受診を勧められる。お腹が下がっていると言われ、言われるとそんな気がしてくる。今日から10ヶ月になるのだが、もしかして予定日より遙か早く生まれるのだろうか。ま、出てきたくなったら出てくればいいヨ。外出した際ベビー服を3着購入。冬に向けてホカホカ記事のシンプルでキュートなものを選ぶ。小さくてカワイイ。いつまで着れるのだろうか?

出産については全然焦っていませんでした。ただ予定日が2001年11月11日だったので、その通り生まれたら1並びでオモシロイとは思っていましたが。(笑)でも、もしかして早産したらどうしよう?といつも不安でした。<2005年2月26日>
10月15日(月) 36週目の検診に行く。看護婦さんに足のことを話すとビックリ。整形にまわされるが、腫れが治まってきていたので消毒のみ。適当に扱われてしまったような感じ。整形的には問題なさそうなので仕方ないか。NSTではどうやら胎児ちゃん眠っていたらしく、ブルブルっとバイブのマッサージ機みたいなものをお腹に当てて起こされる・・・ハズがまた寝てしまう。私に似てるかも^^;足のこと、オカンに電話で訊かれ、明日他の病院に行くよう勧められる。

胎児ちゃんはNSTのたびに眠っていることが多く、看護婦さんに「眠りの森の王子様」と言われました(笑)<2005年2月25日>
10月16日(火) 足のことで小児科と外科併設のクリニックに受診する。小児科メインなのかオコチャマだらけ。親は若い人ばかりで抵抗有り。先生も看護婦さんも親切で穏やかな感じ。傷口の膿をこそぎ落とし(涙)ツッペ(折りたたんだガーゼ)に包帯巻かれて思わず目が点になる。化膿を抑える為に毎日しばらくガーゼ交換に来るように言われ更にビックリ。まぁ妊娠してることをすごく気遣ってくれるので、お金かかるのはイタイけど、お言葉どおり通院することにしよう。産休に入って2週間経った。すっかりこの生活に馴染んでしまった。

このクリニックには今もデカチビが小児科にお世話になっています。ドクター夫婦で、お父さん先生が外科(大人)担当でお母さん先生が小児科担当。いつ行っても大繁盛しています。傷の処置ははっきり言って激痛でした^^;でも治ったのはここの先生のお陰です。<2005年2月26日>
10月17日(水) 夕方、旦那殿がちょうど外出している間に、下腹部の鈍い違和感とお腹の強い張りを感じる。1時間に4〜5回。痛みはなかったが、まさか陣痛の始まりか?とも考えて念の為入浴。入浴しているうちに落ち着いたのでどうやら陣痛とは違っていたらしい。ちょうど足のことでオカンから電話が入り質問攻め。落ち着いて考えれば、お腹の膨らみが下のほうで動いていたり、お腹が頻回に張るようになったり、胎児ちゃんの蹴りが肋骨辺りから胃の辺りに変化している。もうそろそろ?でもまだ36週なので今週中だと早産になる。できればもうちょっと我慢しててね、胎児ちゃん。

私はオオカミ少年ならぬ「オオカミ妊婦」でした。何度も「陣痛始まったかも?!」と大騒ぎし治まる、ということがありました^^;だって陣痛なんてなったことないんだし、どんな痛みが陣痛なのか区別つかないんだもん!お腹はもうしょっちゅう張ってて痛かったし。因みに、胎児ちゃんの位置が下の方に降りてきて胎動が少なくなってくるとお産が近づいている証拠だそうです。<2005年2月26日>
10月18日(木) 少し無理をして掃除をするとぐにお腹が張るようになった。でも今日は胎動が元気。最近は家に居る生活にもすっかり慣れて、一日の流れが早く感じられるようになってきた。

復職できるかどうか、いつも不安でした。仕事と家事だけでもいっぱいいっぱいだったのに、プラス育児?できるの?みたいな。ま、結局できなかったんですけどね(汗)<2005年2月26日>
10月19日(金) 胎児ちゃんが下がったところで動くので恥骨の辺りがちと痛い。陣痛との違いはわかるのだろうか?スーパーで紙おむつの安売りをしていたので買いに行く。新生児サイズ1袋とSサイズ1袋あればしばらく大丈夫。でも布おむつにすべきか、まだ迷う。足の傷は随分良くなった。ガーゼ交換の度に痛むのは先生の策略?(笑)

おむつは結局途中でうつによる貧困妄想でケチケチおばばに拍車がかかり、お金がかからないかなと思って布を買って使っていたのですが、梅雨に入り洗濯後の乾燥が間に合わなくなったので断念。梅雨が終わる頃にはうつが悪化して、布おむつ使う余裕がなくなり。。。殆どキレイなまま残っています。<2005年2月26日>
10月20日(土) 午前中立ちっぱなしで家事に没頭し、午後からは外出。夜になってさすがに疲れた。やや腰痛。

あの頃は真面目に家事やってましたねぇ。今は。。。すんましぇん^^;放棄してます。<2005年2月26日>
10月21日(日) 今日はゆっくり入浴。午後突然旦那殿のおとうちゃまがいらっしゃる。家事をサボっていた日に限ってこういうことになる。ショック。おとうちゃまは相変わらずお忙しそう。お元気そうだから良いけども心配。胎児ちゃんは今日も元気に動いている。今日からついに37週突入。正期産の時期になった。ついにいよいよ。

当時はまだ旦那殿のおとうちゃまもお仕事をしてらっしゃいました。それも超ハードに。穏やか〜で優しいお義父さんです。<2005年2月26日>
10月22日(月) 今日は1日何もしないで終わってしまった。午前中は洗濯だけして眠ってしまい、お昼からも又眠ってしまった。夕食にムニエルを作ったときの油の匂いで油酔いのような感じと、空腹に鉄剤を飲んでしまったのとで、気持ち悪い状態が続いた。

でも今に比べたら遙かにいろんなことをやっていたと思う^^;<2005年2月26日>
10月23日(火)
午前中から検診に行って、その後クリニックへ行く。検診はいつも通り。足の傷は小さくなったもののまだ治るには時間がかかりそう。その後百貨店へ足を運ぶ。商品券をもらったので「今のうちに食べたいものを買って食べる!」と思いつつ、結局毎度の如くお金がかからないことばかりを考えてしまう。悲しい性格だと思う。

最近は随分お金遣いが荒くなってしまいました^^;稼いでない癖に!<2005年2月26日>
10月24日(水) ここ数日旦那殿の食欲がない。顔色も悪いし、夜も寝不足気味のよう。もうすぐ出産で私が不安なことばっかり言ってるから余計に心配させてしまっているのかもしれない。旦那殿は不安を言う相手が居ないのに、私ばっかり言ってごめんね。私も頑張る。小心者で心配性な私。情けない。
破水する夢を見た。あまりに現実的で、驚いて目が覚めた。夢に見るということはもうそろそろなのか?でもあと1週間もすれば11月になるんだし、もう37週には入っているんだし。ま、焦らなくていいから出て来たくなったら出ておいで。胎児ちゃんはオトウチャンが好きなのか、旦那殿と二人でいると動きが激しい。

夢に見てたことを忘れていましたが、実際のお産は破水から始まりました。(人によって、破水から始まったり陣痛から始まったりいろいろなのです。)そしてデカチビはとってもお父さんっ子。予言していたなんて、ちょっとビックリ。<2005年2月26日>
10月25日(木) 今日は哺乳瓶等を持って実家へ行ってきた。ばあちゃん元気そうでひと安心。定期診察でも調子良好とのことだが、調子が良いと又それはそれで心配。本人がそう思い込んでいるだけでなければ良いけれど。今日の胎児ちゃんは少し下がってきているような気がする。今度こそもうそろそろ?出てきても大丈夫かなぁ?

実家のばあちゃんは半身不随になる前に肺がんで手術もしています。当時はまだ5年経っていなかったので、いつも再発の不安に襲われていました。勿論今でも恐れているのですが。。。できるだけ長生きしてデカチビの成長を見てもらいたいです。<2005年2月26日>
10月26日(金) 今日は朝に胃が重く、朝食は無理やり食べたという感じ。しばらく横になっていたら楽になった。昼は旦那殿が久しぶりにご飯を食べると言ってくれたので少し安心した。今日も胎児ちゃん、下がっている感じが強い。胎動はいつも通り激しい。本当にもうそろそろなのだろうか。嬉しいような寂しいような。最近ちょっと体調悪そうにしてると、旦那殿が「産まれそう??」とすごく心配してくれる。心配させてばっかりでごめんね。

この頃旦那殿が体調を崩して昼食を食べれない日が続いていました。私が苦しめているんだろうなと思うんだけど何もしてあげれない無力感でいっぱいでした。<2005年2月26日>
10月27日(土) 午後職場に行く。すっかり浦島花子の気分だった。その後両親に連れられベビーベッド・ベビーバス・ベビー布団を購入。久しぶりに夕食を4人で外食。トーチャンは相変わらず出張三昧で、旦那殿のおとうちゃまも泊り込みで働いたりしてるし、二人とも体を壊しそうで心配。世間が厳しすぎる。

父も義父も自分を犠牲にして働いてしまう優しい人なので、あまりに多忙な様子ですごく心配でした。義父は今ではご隠居生活ですが、いろいろあってやっぱりお忙しそうです。<2005年2月26日>
10月28日(日) 午後中学校の頃の友人FとUに会う。夜、短大時代の親友Mから電話有り。偶然とはいえ驚いた。

出産してしまうと友人とはなかなか会えなくなると思い、機会があれば会うようにしていました。実際、子供ができると昔の友達とは縁遠くなりがちですね。<2005年2月26日>
10月29日(月) 最近夕食後に食べ過ぎてしまう傾向有り。ズルズルと遅くまで起きて、朝が辛い。休み中、それも産まれる前までしか二人で楽しめないのだから、今くらいは良いかなとも思う。

胎児ちゃんが下に降りてくると、胃の圧迫感がなくなり食欲が出てきました。だからこの時期はちょっと油断して体重が増加。<2005年2月26日>
10月30日(火) 検診に行く。看護実習の学生さん同伴でNST。大学の先生まで来て3人で話しながら過ごす。いろいろ教えてもらった。母親の体が大きいと胎児ちゃんは動き易いらしい。助産婦さんの話も総合すると、産まれるのはまだの様子。

学生さんは入院中まで私を担当してくれました。ぶっちゃけどの看護婦さんよりも質問しやすいし、いろいろ調べて熱心に教えてくれました。ラッキーでした。<2005年2月26日>
10月31日(水) 午後久しぶりに親友Mと会う。結婚してからこれだけゆっくり彼女と話せたのは初めてかもしれない。胎児ちゃんのごく小さい頃の超音波写真を見せると感激してくれた。彼女には何が何でも幸せでいてもらいたい。今日は満月の夜。今回で生まれることは今回で産まれることはナイ?と安心していたら産まれたりして。

科学的根拠はないのですが、短大時代の先生の話(産婦人科医)によると満月と新月の日は出産が多いらしいです。結構真剣にチェックしてました。でも実際はフツウの日だったんですけどね^^;<2005年2月26日>
11月1日(木) 朝旦那殿のおじいちゃまが鮭を一匹丸ごと持ってきて下さる。お腹を開くとなんと妊婦さんで、ものすごーく立派なスジコが出てきて驚いた。食べきれないので半身といくらの醤油漬けにしたものを実家へ持っていく。ばあちゃんもじいちゃんも元気そう。午前中立ちっぱなしで立派な鮭と格闘したらさすがに疲れた。腰が痛い。ヤバイ。

旦那殿のおうちは海に近くて、おじいちゃまは漁師さんのお手伝いをなさってました。それで時々鯵などのお魚を頂戴しました。でも鮭みたいな大きな魚をさばいたのはこの時が初めてでした。<2005年2月26日>
11月4日(日) 旦那殿にベビーベッドを組み立ててもらう。布団も干した。小さくてかわいい。あちこちのベビー用品店に電話して、欲しかった車用ベビーシートにもなるベビーカーの価格を問い合わせる。最も安かったお店へ行って購入。

当時初めて売り出されたタイプのベビーカーで、1歳まで使えるベビーシートと3歳近くまで使えるベビーカーがひとつになっているもので、私の我侭で決めさせてもらいました。でも産まれて来たデカチビはでか過ぎてベビーシートが7ヶ月くらいで窮屈に。ちょっと予定外でした。^^;(でも弟の娘も使ったから良しとしよう)<2005年2月26日>
11月5日(月) 今年一番の冷え込みだとかで、寒気と頭痛に悩まされる。お風呂に入って温まったら一旦治ったが、午後からまたまた頭痛復活。熱はない。ここ数日お腹が大きくなったせいか、座り続けていると腰が痛くなり、横になると息苦しい。おまけに食べ過ぎると胃まで苦しくなるので分食するように心掛けている。さすが予定日間近。産まれたらもっと大変なんだから、これくらいでバテちゃだめなんだけどなぁ。

この頃お腹は一段と大きくなって、どういう体勢になってもどこかしらに不都合が生じていました。<2005年2月26日>
11月6日(火) 検診へ行く。子宮口が開いてきているのでもうそろそろお産になるかも、とのこと。それでも何もなかったら1週間後に再度検診、と言われた。予定日5日前だし、ついにいよいよですか。職場に行くと「11日まで我慢!折角ゴロが良いんだしっ!」と言われた(笑)その後スーパーに寄ったが、頭の中はドクターの言葉が回っているだけで、支離滅裂な買い物をしてきてしまった。

毎日のように「もうそろそろ?」と思っていたのですが、ドクターに言われると現実味が倍増。更に神経質になっていきました。<2005年2月26日>
11月7日(水) 午後になってお腹の張る頻度が激しくなってきているような気がする。胃の辺りまで子宮が届いているので、張るとしんどい。恥骨らへんもチクチクされてる気がするし、ついにいよいよ近付いてきてるんだなという感じ。胎児ちゃんもお腹で準備運動をしているのか、動きがゆっくりだけど大きい。

ほらね。言われたらその通り鵜呑みにしてピリピリするんだな、私。<2005年2月26日>
11月8日(木) 午後入浴時にお腹のふくらみが今までよりかなり下のほうに来ていることに気付く。入浴中も何度か張っていたが、入浴後今までにない下腹部の鈍い痛みと腰痛。便意のような感じ。下腹部が圧迫されている。でも胎児ちゃんはまだまだ元気に動いている。夜、お腹の張りはあるものの、痛みはなくなる。またオオカミ少年になってしまった。前駆陣痛だったらしい。今度こそ近いうちに来るのかも。でもまだおしるしも来てないし、予定日より遅れるのだろうか。またまたまたまた心配かけただけでごめんね旦那殿。

本当にいっつも張ったり治まったりして大騒ぎ。そして反省。。。の繰り返しでした。<2005年2月26日>
11月9日(金) 夜中3時と早朝5時にお腹が強く張って目が覚めた。が、痛みはない。夜、旦那殿のおとうちゃまと親友Mが心配して電話をかけてきてくれた。

夜にもよくお腹が張るようになり、熟睡ができなくなっていました。出産後に授乳&夜泣きで起こされるための準備運動だったんでしょうか。<2005年2月26日>
11月10日(土) 夜中12時に一旦目が覚めて朝5時まで眠れない。このパターンが続いている。午後高校時代の友人Yと両親が遊びに来る。多くの人の心配を知ってか知らずでか、胎児ちゃんは今日も元気に動いている。焦らせるつもりも焦るつもりもないのだが、明日が予定日だと思うと気忙しい。ごめんね、胎児ちゃん。

予定日が近づくにつれ、たくさんの人が心配して電話をかけてきてくれました。ありがたいことです。<2005年2月26日>
11月11日(日)
出産予定日
お腹は3時間おき程度で張ってはいるが、間隔も痛みも変化なし。予定日より遅くなることはないだろうと思っていたので、今日をこんなにも普通に過ごしていることが不思議な感じ。

1並びにはなりませんでした。密かに期待していたのですけど残念!(笑)当日は本当にたくさんの人から「産まれた?」と電話が。産まれてたら電話に出られませんからー!(爆)<2005年2月26日>
11月12日(月) たくさん食べても胃が苦しくなくなってきたので、今まで以上に食欲があり空腹感からすぐ何か食べたくなる。ここまできて体重増加してしまいそう。胎児ちゃんは少しおとなしめ?かな??職場の人からメールが届く。

体重増加は常に気にしていましたが、ドクターはあまり気にしない方針のようで何かを指摘されたことは一度もありませんでした。でも途中ヘモグロビン値が低くなって鉄剤飲んでたっけ^^;でもそれっくらい。<2005年2月26日>
11月13日(火) 検診へ行く。「そろそろ」「近いかも」と言われる。もうすぐ新月のはずなので、他の妊婦さんとお産がブッキングしなければ良いんだけど。新月は15日(木)。出産は新月前日と3日後に多いらしい。今日はやたらと下腹の方で動いている感じがある。ついにか?いよいよか?と何度も思っているうちに、ずーっとこのままでいられるような錯覚に陥る。出産・育児が目前まで迫っているのに、時々自分のことではないような感覚になってしまう。こんなんで大丈夫なんやろか?かといって考え始めると、どんどん心配になってゆく。なるようになるしかないのに。

本当に変な感じでした。ずーっと胎児ちゃんと一緒にいられたら、そんな思いが結構あったので、余計にそうだったのかもしれません。大きいお腹を支えている時って、胎児ちゃんを抱っこしているような気がするんですヨ^−^<2005年2月26日>
11月14日(水) 焦るつもりはないけれど、陣痛促進剤を使うことになると、ちょっと心配のネタが増えるので、やっぱり落ち着かなくなってアパートの中を動き回ってみたりする。最近お昼寝・夜更かしの悪循環が癖になってしまっている。旦那殿のためにも良くないとは思うんだけど。昼寝してボーっとテレビ見て、そのうち不安になって突如窓や床の拭き掃除をし始めたり家の中をウロウロ歩き回ってみて、そのうちお腹が張ってきて違う心配が出てきて、テレビに戻る。うーん、こんな怠惰な過ごし方できるのも今のうちだけだろうし、いい。。。かな??

体を動かすと良いと聞いていたので、よく無駄な抵抗をしていました。元気だったなぁ、私。<2005年2月26日>
11月15日(木) 新月の夜。夕方からお腹の張りと腰痛が徐々に強まり始める。お腹が張ると胃が苦しい。1〜2時間おきに目が覚める。

お腹が張るとびっくりするくらいカチンカチンに固まるんです。フリーズしてしまいます。<2005年2月26日>
11月16日(金) 検診へ行った。週末ということもあり、上の子連れの妊婦さんで溢れかえっていた。うーん大変そう。NSTでは毎度の如く胎児ちゃん熟睡中のため叩き起こされる(笑)既に子宮口は3センチ開いており、胎児ちゃんも降りてきている、とのこと。あとは陣痛待ち、陣痛次第。うむむむむ。土日のうちに陣痛が始まらなければ月曜日の朝一番で入院するよう宣告される。ついに来た!

陣痛促進剤は絶対に嫌だぁ!と思っていたので、再び動き回ってささやかな抵抗をしてました。<2005年2月26日>
11月17日(土) 陣痛始まることなく、胎児ちゃん相変わらず元気に動いている。

土日の間の24時間だけは先生が非拘束時間となり、他の病院の先生が代わりに来ると言われていた。それも嫌だった。(ま、先生も人間ですから仕方ないんですけどね)<2005年2月26日>
11月18日(日)
破水
午後両親訪れる。トーチャンは20日(火)からまた出張だとか。ついに明日入院。突然痛くなって入院するのと違って、予告されている分妙な緊張感が強い。陣痛促進剤は「生」を操作するようで、倫理的にできれば避けたい。が、既に41週になってしまったので胎児ちゃんの為にはその方が良いのだろう。21時半〜23時ごろまでスーパーへ買い物。

帰宅し買ってきたばかりのみかんを食べてコタツで横になった途端の23時45分頃、プチ!という音がした感じがした直後に破水。かなり大量だったので病院に電話したところ緊急入院するように指示を受ける。

破水時は音が聞こえるという話を本で読んだことがあったので、もしや?!と思ったら案の定破水でした。それも大量。旦那様の運転する車で10分くらいのところに病院があったのですが、お尻に敷いたバスタオルがぐっしょりするくらいでした。正直なところついに迎えた出産にビビッて足がガクガク震えていました^^;;<2005年2月28日>
11月19日(月)
誕生
0時、病院に到着し、即入院。内診をして陣痛室にてNST。その最中から、それまで全くなかった下腹部・腰部の生理痛様症状が出現。0時半、両親到着。1時頃、痛みが5分間隔。3時頃には2〜3分間隔になるが、急激に間隔がなくなり痛みも強まる。皆に背中と腰をさすってもらっていたお陰で痛み和らぐが、耐え難い。呼吸法も何もそんな余裕もないくらい痛みの間隔が短くなり、強さも強くなる。いきんではいけないという思いから、ずっとお尻の筋肉に力を入れっぱなし。4時半頃(らしい)分娩室へ移動。旦那殿、一緒に来てくれる。痛みは強まる一方。ドクター到着後すぐにいきんで良いと言われる。5時58分、男児誕生!!大きな力強い泣き声。会陰の縫合は思いのほか痛かった。後産は痛みなし。陣痛の苦しみに比べれば全然、という感じ。身長49センチ、体重3770gの大きな赤ちゃん。顔つきはトーチャンにそっくり。体は、新生児なのに既にガッチリ。予定日を1週間過ぎていたこともあり、爪まで長い。その為自分の顔を引っかいて傷だらけ。泣き声は本当に力強く、助産婦さんが「んもー、お母さんのおっぱいでも吸ッテナサイ!(笑)」と抱かせてもらう。おっぱいを吸わせてみると、その時だけ静まる。7時30頃、部屋に戻ろうとするが出血量が多く、分娩室内で様子見。治まる気配なし。8時半頃、胎盤が子宮内に残っている様子があり再び取り出す。腰痛強い。そのまま10時過ぎまで分娩室にて安静。その後ようやく病室に移動。12時まで睡眠。昼食が運ばれ目を覚ますと、体じゅうに強い脱力感。箸すら重く感じ、思うように力を入れて動かせず。時間をかけて無理矢理食べる。16時頃、初授乳を体験。おむつ替えや授乳の難しさにかなりへこむ。育児に対する不安感に襲われ、体がだるい、しんどいのと重なり、ブルーになる。昼休みから夕食時にかけて、寝たり、お見舞いに来てくれた方々とおしゃべりしたりを繰り返す。20時頃、再び授乳。授乳室に他のお母さんが居なかったので今度は旦那殿も一緒にマンツーマンで教わる。胎便有り。食欲もものすごい!すこ〜〜〜しだけ不安が解消される。
長い長い長い一日だった。いろんなことがあった。とにかくベイベーが元気に産まれてくれてよかった。めちゃくちゃかわいい。というか愛しい。ちょっとずつでも頑張らないと!と思う。旦那殿をはじめ皆みんなに感謝!!!明日から夜間授乳が始まる。穏やかな夜は今日で当分ないな。。。

入院時に「朝ごはんまでには産まれますよ〜」と言われたのですが、職場の先輩ママさんたちに「陣痛私は3日間」とか「私は4日間続いた」とか聞いていたので、全く信じられませんでした。一応独学で呼吸法とか、出産までの陣痛の流れとか、勉強してはいたのですが全然役に立ちませんでした^^;だって展開があまりに劇的だったんですもの^^;;でも、陣痛はそりゃ痛かったけど、いきみ始めたらあっという間に産まれてくれました。それに結局朝ごはん前にちゃんと産まれてくれたし、なおかつトーチャンの出張や旦那殿の勤務時間に影響のない時間に産まれてくれたという、孝行息子だったのです。(因みに朝ごはんは食べられる訳がなく、仕事を休んで病院に残ってくれたオカンが昼食に食べていました)出産当日は夜間授乳を看護婦さんが代わりにやってくれました。(勿論粉ミルク(爆))<2005年2月28日>
11月20日
生後1日目
9〜21時の間、母児同室とする。すぐ泣いてしまう。が、一緒に居られるのが楽しい。もっと母乳が出るようにならないかなぁ。。。

母児同室というのは、オコチャマを新生児室に任せておくのではなくて、自分の病室に連れてきて何から何まで自分でお世話をする練習をします。もう離れているのが辛いくらい、一緒に居られるのが幸せでした。顔をボーっと眺めてるだけでもう幸せ〜♪という感じ。出産翌日だというのに朝から私はめちゃくちゃテンション高くて、2階下の売店までこっそり遊びに行く余裕っぷり。そしてこっそり体重計にも乗って、思ったより体重が減っていないことにショックを受けていました。今思えばホント余裕かましすぎな産後母でした(笑)<2005年2月28日>
11月21日(水)
2日目
15〜21時、母児同室。今日は18時半頃まで静かに眠っていたが、その後は20時半まで泣き続ける。授乳間隔が長かったせいか、通常量飲んでもまだ口で乳首を探し続ける。適量がわからない。欲しがるままに飲ませてあげたいけれど、肥満児にしてしまいそうで、どっちがかわいそうなのだろうか。母乳が出始めている様子だが、乳首は傷まみれ。便意を感じられないので下剤を飲むよう指示される。突然中学時代の恩師がお祝いに来てくれる。助産婦さんの義理のお母様だったとのこと。

母乳は本当に悩みました。学生時代に「母性栄養・小児栄養」を得意科目としていた私としては、自分の知識の役立たずさに情けなくてなりませんでした。飲ませなければ足りなくて泣いてるのかと思うし、飲ませ過ぎたら自分のせいで肥満児にしてしまうんではないかと思って、本当にずーっと悩みは尽きることがありませんでした。<2005年2月28日>
11月22日(木)
3日目
オコチャマの血液検査あり。黄疸症状があってT−Bil(総ビリルビン値)が高値。退院予定の25日(日)に再検査し、結果次第で退院が2日間延長になる、とのこと。延期せずに治りますように。昼頃、飲み足らずぐずるが、その後夜までぐっすり。母乳は出るようになってるのに??

後になって思えば、デカチビの食欲が母乳分泌量を上回っていたダケの話で、母乳はフツウ並みに出ていたらしいです。でも、自分のせいだと思っていました。<2005年2月28日>
11月23日(祝)
4日目
一旦お腹がいっぱいになるとかなりの時間まとめて眠ってくれる。が、お腹がいっぱいにならないと泣きっぱなしなので、どうしても粉ミルクの追加が必要になる。母乳は1度に75〜80ml飲んでいるのだが、それでも足りない。今日ついに旦那殿悩みぬいた末に名前を決定した。素直に素朴に生きて欲しいという思いにピッタリの名前になったと思う。物事の本質を見抜く力を持って欲しい、と旦那殿。さすが。

産まれてオコチャマと初対面し「世くんって感じぢゃない」とのことで、再び名づけに苦るしんでおられた旦那殿。本名はネット上なのでナイショです^^<2005年2月28日>
11月24日(土)
5日目
退院指導を受ける。1ヶ月はあまり無理せず、デカチビ(とは勿論書いてないけど^^;ネット上なので。あしからず)ペースに合わせてあげれば良いとのこと。粉ミルクは飲み易い分、必要以上に飲んでしまうので、できるだけ時間をかけてゆっくりと母乳を飲ませてあげた方が良いらしい。一緒に居られる間くらいはデカチビのペースで過ごしていきたいと思う。

常に「仕事に復帰しなきゃ」という強迫観念に襲われ、そのことを考えただけでもう涙が止まらなくなっていました。<2005年2月28日>
11月25日(日)
6日目
無事退院。少し顔色が黄色いようなので延期を覚悟したいたが、とても嬉しい。が、反面、帰ってやっていけるのかが心配。14時半頃病院を出て、15時頃実家に到着。おとうちゃん(旦那殿)が大好きなのか抱っこしてもらっていると静か。4〜5時間の間隔で眠ってくれるし、段々母乳だけで満足できるようになった。早飲み防止の為にもできる限り母乳にしよう。

デカチビは病院でも「新生児早飲み大会があったらダントツで優勝やね」と言われていたくらい、超ハイスピードでミルクを飲みました。だからか、今でも牛乳は大好きです。病院退院時は、休日だったこともあって、ひと気なく寂しく帰ってきました(笑)でもこそっと紙おむつを大量に奪ってきました。<2005年2月28日>
11月26日(月)
7日目
とても静かに過ごしている。沐浴も思ったより大人しく入れた。お湯がぬるめだったのが良かったのかもしれない。が、体が冷えないように気をつけないと。夜、ぐずってなかなか眠らない。昼によく眠っていたので仕方ないかな。夜になると、私自身も疲れたりお腹が痛くなったりする。まだ無理ができないってことなのか。

病院での沐浴はそりゃあもう毎回大暴れ、泣きさくっていました。お風呂もデカチビの体には確かに狭かったし。退院後は実家で暮らしていたのですが、まだ母も仕事をしていましたし(その後希望退職)、祖母が元気だったので、私の食事とかはお願いして、私はデカチビのお世話に専念させてもらっていました。沐浴した時の写真が残っているのですが、デカチビは真っ赤、私の手は真っ青^^;旦那殿は仕事が終わったら毎日のように私の実家まで通ってくれました。<2005年2月28日>
11月27日(火)
8日目
病院の助産婦さんより電話有り。授乳について相談する。ぐずって飲み続ける時間が2時間以上続くようなら、たとえ眠ったとしても熟睡できず、母乳不足だが飲み疲れて眠っているだけ。なので、ミルクを追加して栄養不足を防いだ方が良いかも、とのこと。例えば夜間は授乳間隔を延ばして母児ともに疲労を回復させる必要があるので、夜のみミルクを追加する形にしてみてはどうか、とのこと。22時と2時の授乳についてはミルク追加の覚悟でいこうと思う。おむつかぶれがやや悪化しており、おむつ交換時に強くなく傾向有り。旦那殿に薬局で塗り薬を購入してきてもらう。初めてベビーベッドで眠ってくれる。

退院後はこの日記の他に育児日記をつけ始め、何時何分に授乳したとか、何mlミルクを追加したとか、何時まで眠ったとか、いつおむつ替えて、いつ便があったとか、そんなこんなの細か〜いことまで全部メモっていました。神経質になり過ぎ!<2005年2月28日>
11月28日(水)
9日目
じいさまの言動についにキレル。世話になっている立場なので、と思って我慢していたが、あまりのしつこさに参ってしまった。我が身を振り返り、自分も誰かを傷つけるような言動をしていないか見直して考えながら行動しなければと思う。デカチビを想う気持ちが強すぎて、私自身神経質になっているのかもしれない。

じいさまは典型的な大正生まれの昔人間なのです。何度も何度も「ちち足りんがぢゃないか?」とばかり言うので、自分でも気にしていたことなので、へこみまくり、ついにキレました。怒鳴り泣き喚きました。で、じいさまはそれで懲りたかというと、その後も同じことを何度も言われました。心配な気持ちはわかるんだけどねさすがにちょっと。。。(’’;)<2005年2月28日>
11月29日(木)
10日目
ぐずっているのでミルクをあげても飲まないのに、おっぱいを探す仕草をすることが多い。お腹いっぱいでもおっぱいをくわえながら眠りたい甘えん坊チャンになっているのかも。そんな時と、ホントに母乳不足の時との判断がまだできない。先輩パパTさんが訪問して下さって、久しぶりにいろんなお話をした。他の子供と比べる必要はない、この子がどうなのかが大事だ、と言われた。沐浴は食前1時間、食後1時間は避ける。授乳1時間後に沐浴させ、その後水分を補給するのがベターと助産婦さんより電話でアドバイスを受ける。

Tさんの言葉、今ではすっかり忘れちゃってました。保育園に入ると周りに比較の対象ができて、ついつい比べてしまいます。いかんなぁ。反省反省。<2005年2月28日>
11月30日(金)
11日目
病院の助産婦さんより電話有り。授乳について相談する。あまり神経質にならずにやっていけば良い、とのこと。何事もどうにでもなる!くらいの気持ちが大事のかもしれない。ミルク追加100mlを1日に1〜2回なら問題ないとのこと。昼夜逆転気味なので徐々に戻すように。ぐずるのも付き合ってあげればいい、とのこと。ばあちゃんが肺がん術後の定期診察で外出の為、友人Fに1日手伝ってもらう。

さすがに一人きりになるのが不安だったので(だってトイレにも行きたくなるしサ)実家の近所に住む友達に来てもらいました。久しぶりにおしゃべりができて、精神的にも助かりました。<2005年2月28日>
12月1日(土)
12日目
雅子さんとこ(皇太子家)に女の子(敬宮愛子様)誕生。疲れがどっと出て、デカチビと一緒になって殆どを眠って過ごす。デカチビは目を覚まして機嫌よくしている時間が結構長かった。

愛子様とは2週間違いのデカチビ。そして雅子様も精神疾患。何となく、雅子様のお気持ちがわかってしまうのです。体調に波があるから公務をキャンセルしているっていろいろ書かれていますが、しゃーないんですわ!!わかってあげて下さい。因みにデカチビは7ヶ月頃には髪が伸びていて女の子によく間違われ、知らない人にも「愛子様に似てるね〜」って言われました。今では考えられないですけど。<2005年3月3日>
12月2日(日)
13日目
目を覚ましている時間もご機嫌に過ごせるようになってきた。空腹というより眠気が強くなってきたらおっぱいを欲しがる傾向がある様子。悪露は随分減ってきた。少ない時は体も楽。腰痛は相変わらず。お父ちゃん来てくれてデカチビご機嫌。お風呂も気持ちよくなってきたようで静かに入れる。おむつかぶれが治ってきたのもあるかな。

旦那殿はまめにデカチビに会いに来てくれました。彼に抱かれているとデカチビは本当に幸せそうな顔をしていたのを今でもはっきり覚えています。<2005年3月3日>
12月3日(月)
14日目
昼間デカチビと一緒に30分くらいお昼寝をしたら、夜もそれほど疲れを感じずに過ごせた。まだ1日しっかりと動いているのは無理なのかもしれない。

産後調子ぶっこき過ぎたのか、徐々に疲れが出始めてます。<2005年3月3日>
12月4日(火)
15日目
昼間よく眠っていたので、その分夜に起きる回数が多かった。昼夜逆転を直したいが、折角気持ちよく眠っているのに起こすのはかわいそうな気がして。ちょっと甘すぎるかも。

赤ちゃんなんてそんなもんなんですけどねー^^;気にし過ぎでした、私。<2005年3月3日>
12月5日(水)
16日目
夜中から朝まで起きて泣いていた。泣き方がいつもより激しく、ぐずる。その分午前中は起こしてもぐっすり眠っていた。

よく夜中に抱っこて、子守唄歌いながら、部屋じゅうをぐるぐる歩き回っていました。実家は広いので(ど田舎だから^^;)誰にも迷惑をかけずに済んで助かりました。<2005年3月3日>
12月6日(木)
17日目
夕方お父ちゃんが来てくれる。抱っこしてもらって、ものすごく幸せそう。二人の様子を見ていると、羨ましいくらい。沐浴の後、5時間あまり起きている。一人で遊んでいる時間が増えてきているが、まだまだ抱っこしないとぐずる。

ま、3歳になった今でもヤツは抱っこ魔ですからねぇ^^;<2005年3月3日>
12月7日(金)
18日目
おでこの発疹が増えているような気がする。特に沐浴後は、体が温まっているために顔中真っ赤になってしまっている。かゆい様子。アトピーではないかとても心配。

私はアレルギー体質なので、デカチビにも遺伝するのではないかとすごく心配でした。風の噂で、妊娠〜授乳中に母親が卵や牛乳をよく摂取すると卵牛乳アレルギーになりやすい、と聞いていたので、できる限り食べないようにしていました。でもその反動なのか、今のデカチビに卵と牛乳のない生活はあり得ないくらい大好物です。<2005年3月3日>
12月8日(土)
19日目
夜中0時に起きて朝6時にようやく眠る。うつらうつらと浅く眠りはするのだが、布団に寝かせると目が覚めてしまいぐすってしまう。

抱っこしたままだと眠ってくれても、布団に置くと途端に目が覚めてしまう。そんな神経質なデカチビ。これは結構成長するまで続き、眠ってくれていても身動きとれずに苦しみました。<2005年3月3日>
12月9日(日)
20日目
短大時代の友人Nがお姉ちゃんと一緒に遊びに来てくれた。お姉ちゃんには先輩ママさんの経験談をたくさん聞かせてもらった。夜中から朝まで眠れずにぐずる。

先輩ママさんの身をもっての経験談は本当に役立ちます。そして癒されます。<2005年3月3日>
12月10日(月)
21日目
生後4週目に入る。おでこの赤い発疹とお尻のおむつかぶれが気になる。おでこは痒いのか手が目の中に入りそうになることがある。アトピーでないことを祈るのみ。午後はお客様が多くおとなしめだった。

この頃の顔は本当にマッカッカで、写真が残っているのですが、かわいそうなくらいです。目つきも悪かったし、結構凶悪な顔の写真も。。。(爆)<2005年3月3日>
12月11日(火)
22日目
日中は殆ど眠っていた。夜は寝る前くらいの時間にミルクをあげることにする。哺乳瓶はミルクが勢いよく出やすいのか、飲む時に苦い顔をすることが多い。

でも早飲み王でした。(笑)<2005年3月3日>
以降、随時更新していきますので、お待ち下さい^^
 頑張りまっす!!


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