14/7/15
(発症日) |
いつもと変わりない、朝だった。ほんとこの日まで、前兆だのといったものがなかったんだ。その日は、朝早くから仕事で長野にいた。午後1時から更埴市で、お客様と約束があったので早めにメシを食べようと思った。ラーメンでも食おうかと、よく行くラーメン屋に向かって運転してたんだ。そしたら、急に具合が悪くなった。今思えば、脳の血管が破裂したんだと思う。気持ちいい、痛み。いきなりアポッた。(看護婦用語=脳卒中になること。)それでも、2〜3分運転して目的のラーメン屋に着いた。(根性あるなー我ながら。しかもマニュアル車で左右の手が震えてた。事故らなくて良かったよ。気合で運転してたんだね。)
そして、駐車場に停めたはいいが、どうする事もできなっかた。30分ぐらいそうしてただろうか。このままじゃ死ぬな、と思って車の外へ出た。そしたら、立てなっかった。額から落ちた。メガネがふっ飛んだ。ザーザーと雨が降っていたなー。濡れたんだろうなー。かわいそうだな、オイラ。この辺りから意識がアヤフヤなんだけど、裏口から出てきた店員さんが、救急車をよんでくれたみたいだ。陰の命の恩人だ。それから、全く覚えてない。救急車に乗ったのも、検査も、手術も。
両親は、救急車からの連絡を受けて、じきに長野に向かったらしい。その時は病状を知らず、あの野郎、怪我しやがって、足でも折れたかぐらいに思ってたんだって。途中、父親の携帯電話に、病院から検査の許可を認めて下さいって電話があった。その時、意識がないと知らされた。それから2人は無言だったって。今でも母親は、発症から手術までの話をすると・・・泣く。もう駄目かと思ったんだって。
いや〜好かったなあ〜助かって。本当にそう思う。これが、人気のないところだったら・・・新潟と長野の県境で飯山線ってとこなんだけど、その道よく通るんだ。40分位山道走るんだけど、車1台もすれ違わない時もある。ゾーとするね。そんなとこで、倒れなくてよかったなって。(いい昼寝スッポットなんだけど) 翌日発見されて、新聞のおくやみ欄に載ってたかも知れない。
あと、ラーメン食ってから倒れればよかった。
|
| 14/7/23 |
手術日
救急車で運ばれてきたとき診てくれた先生は、ガンマ線での手術をすすめ、主治医は開頭手術をすすめた。どっちなんだよ。どーすりゃいいんだよって。両親は本当に迷ったらしい。オイラのいとこに医者がいて、アドバイスを受けて開頭手術にしたんだって。オイラも、それで良かったと思ってる。オイラの出血部位は5センチ大だったから。ガンマ線はもっと小さいときに使うんだって。薬で出血部位を小さくする方法もあるらしいけど。(意識がなく、治療方法を選べないのは辛い)
全身麻酔で当然覚えてないけど、手術に向かう時、口に太い管を通されたオイラを見て母親は泣いたって。カミさんは、泣かなかったけど。本人より、家族のほうがつらっかったんじゃないかな。ちなみに、手術時間は8時間、費用は350万ほど。
|
| 14/7/25 |
10日ぶりにメシを食う。おかゆだった・・・なんで1人じゃ食えねんだろうって思った。男の看護師に食わせてもっらた。1人じゃメシ食えなくなったんじゃないかって心配だった。おかゆ、ほとんど残して寝た。あれは、朝飯だったか昼飯だったか夕飯だったか覚えていない。まだ、完全には起きていなかったみたいだ。
|
| ? |
いつだったか覚えてないけど、ICUでオイラは、嫌がらせにあった。たぶん、看護婦同士のイジメに巻き込まれたんだと思う。オイラは、イジメられてた看護婦の担当だったんだね。看護婦2人がベッドに上り、オイラは引き摺り下ろされ、ほっとかれた。物凄く、不安だった。こんなとこでイジメてるんじゃねえと思ったよ。マジで。後は、覚えていない。嫌だねえ、女のイジメって。
手術が終わった後、「あなたは誰?ここはどこ?」って医者が聞くんだよ。ばかにするんじゃねえ、と思ったけど言葉にならなっかった。そのことも、一層オイラを不安にさせた。
さらに、一番若い先生。あなたは、抜糸するの早すぎましたネ!。まだ、くっ付いてねえじゃねえか頭。(笑)
|
 |