乳癌の治療

【はじめに】

日本における乳癌患者は現在およそ年間3万2千人、治療を受けている患者はおよそ9万人ですが、徐々に増加しており女性の癌では胃癌についで2位、近い将来1位になりそうです。
当院においては乳癌の患者さんに対しては、全員に病名を告知、再発、転移に関してもすべて情報を正確にお伝えしています。すべてを知ることは患者さんにとっては大きな精神的重圧を生みます。乳癌の可能性がある、或いはまず乳癌であるといわれればやはり気がめいり、動揺するのは当然のことだと思われます。しかし、患者さんが自分の病気の事実を知ることは権利であり、治療に関して、医師から一方的に押しつけられるのではなく、いろいろな情報を得て最終判断を自分自身で決定することは重要なことです。乳癌は癌の中でも、手術、放射線療法、化学療法、抗ホルモン療法などいずれの治療法にもよく反応し、高い治療効果が期待できます。さらに最近は、高い効果が期待できる新しい抗癌剤、抗ホルモン剤、癌細胞の受容体に対する抗体などが活発に開発され、実際の治療に使えるようになってきています。患者さんがインフォームドコンセントにより正確な情報を知ることにより病気と闘う意欲がわき、治療の合併症、副作用を知り、治療に対して同意を得ることにより医療側スタッフと患者さんが一体となった治療ができ、質の高い治療が可能となります。病気を正確に知らないために、世界的なしっかりしたデータがある薬を使う前に、高価な健康食品などに頼ってしまうのです。知ってしまうことへの不安はあるでしょうが、勇気をもって現実に立ち向かってください。


【乳癌の病期】
非浸潤癌:発生した部位の近くにとどまり、周りの組織に広がりません。非常に早期の乳癌です。
病期1:しこりの大きさが2 cm未満で、わきの下のリンパ節転移がないもの。早期の乳癌です。
病期2:しこりの大きさが2 cm以上、5 cm未満で、わきの下のリンパ節に転移がある場合もあります。
病期3:しこりの大きさが5 cm以上で、わきの下のリンパ節に転移がある場合もあります。
病期4:癌が身体の他の部分、肺、骨、肝臓、脳などに転移しています。

【手術方法】
乳房切除:乳房は全部とりますが、胸の筋肉(大胸筋、小胸筋)は残します。ただし、癌が筋肉に広がっている場合には筋肉の一部を切り取ります。わきの下のリンパ節もとります。退院は順調に経過すれば1週間ほどで可能です。再び癌が同じ部位に再発する可能性(局所再発率)はしこりの大きさなどによって違いますが100人中2人前後です。傷口は透明な細い溶ける糸で皮膚の内側から縫い込みますので、糸は外からは見えずに抜糸する必要もありません。術後に放射線をあてる必要もありません。希望があれば下記の乳房再建をおこないます。再発した場合は手術的にとったり、放射線をあてたり、抗癌剤、抗ホルモン治療などをします。乳房の形をしたパッドはワコールのカタログがありますから、ご希望される方は主治医か外来のナースにお尋ねください。
乳房温存手術:しこりの大きさが3 cmより小さく、乳頭より3 cm以上離れている場合にはしこりより2-3cmの距離をとってしこりを取り出し、乳頭と他の部位の正常な乳腺は残します。乳房の変形が大きい場合は胸の横の脂肪や背中の筋肉(広背筋)の一部を埋める場合があります。現在当科では、ほとんどの症例で手術を乳房の外側の切開線でおこなっていますので、傷口は正面から見えにくい部分になります。退院は順調にゆけば1週間ほどで可能です。傷口は透明な細い溶ける糸で皮膚の内側から縫い込みますので、糸は外からは見えずに抜糸する必要もありません。手術後2週間目頃より放射線照射を外来で6週間(平日のみの30日間、入院の必要はありません)おこないます。局所再発率は術後放射線をあてなければ100人中7−9人、あてれば100人中2-3人です。再発した場合は乳房切除や乳腺皮下前摘出術などでとるか、放射線をあてたり、抗癌剤、抗ホルモン治療などをします。
乳腺皮下全摘術:乳頭を残し皮膚の下の乳腺を全部とります。しこりが2個以上ある場合などにおこないます。局所再発率は乳房切除術と同じくらいです。乳腺をとったあとには胸の横の脂肪と背中の筋肉(広背筋)の一部で乳房の膨らみをつくります。退院は順調にゆけば2週間以内で可能です。特有の合併症は乳頭の一部が黒くなったりすることがあることです(かさぶたができて2週間から1ヶ月位で治癒します)。
乳房再建術:乳房切除術の後に背中の皮膚を移植し、背中の筋肉と腰骨のあたりの脂肪を用いて乳房の膨らみをつくります。乳頭は一回目の手術時にはつくりません。背中に20 cm程のキズが斜めにはいります。特有の合併症としては移植した皮膚の一部の色が悪くなることがあります。退院は順調にゆけば2週間以内で可能です。乳房の膨らみは術後時間がたてば少し小さくなります(1年後に30%ぐらい小さくなります)。

【手術の合併症】
皮膚の一部が電気メスなどの熱によりやけどする場合があります(かさぶたができて2週間から1ヶ月位で治癒します)。
皮膚の下に水(浸出液)が貯まることがあります(数回注射器で吸うと治癒します)。
わきの下のリンパ節をとると腕わきの下ちかくの内側にしびれが来る場合があります(時間とともに徐々に軽くなってきますが生活に支障が生じる程ではないことがほとんどです)。
腕の腫れがまれにおこることがあります。術後は注射や採血を反対側の腕からしてください。キズがはいったことをきっかけとして腕が腫れだす人がいます。
放射線治療の合併症としては治療の期間中、特に後半に疲れを感じることがあります。放射線をあてている部分の皮膚が赤くなったり、乾燥したり、固くなったり、かゆくなることはよくあります。治療が終わりに近づくにつれ、皮膚は湿ってむくむかもしれません。そのようなときは可能な限り空気にさらしてください。こすれるようなブラジャーや服の着用を避け、木綿のたっぷりした服が望ましいです。乳房の皮膚の感覚が過敏になったり(ピリピリしたり)、鈍くなったり、痛みを感じたりすることもあります。こうした副作用は一時的で治療が終わってしばらくすると治ります。白血球が減る場合があるので放射線治療中は毎週血液検査をします。

【術後の治療】
手術後に万が一ガン細胞が残っていたとしても細胞の数が少ないうちに下記の治療をおこなうことにより、再発や転移を減らし、生存率を上昇させます。
内分泌療法(抗ホルモン療法):手術時にとったしこりの一部を検査し、癌がホルモン(主に女性ホルモンのエストロゲン)の影響をうけやすいかどうかを調べます。受けやすい場合には100人中60-70人にホルモンを減らしたり、その作用を抑える治療が有効です。内分泌療法薬としてはノルバデックス、フェアストン、アフェマ、ヒスロンHなどがあります。また、生理をストップさせるゾラデックス、リュープリンもあります。副作用は一般的には軽く更年期障害様の症状(のぼせ、肩こり、顔が赤くなる)や生理不順、膣の乾燥などです。重い副作用としては血栓(血管がつまる脳卒中など)が非常にまれですが特にヒスロンHでおこることがあります。またノルバデックス、では子宮内膜癌の発生が2倍程度上昇するといわれています。子宮癌検診を半年から1年おきにうけてください。ノルバデックス、フェアストンは術後5年服用、ゾラデックス、リュープリンは術後2年間注射するのが一般的です。
化学療法(抗癌剤):癌がホルモンの影響を受けにくい人は内分泌療法が100人中10人前後の有効率です。施設によっては内分泌療法と化学療法を併用することもありますが、化学療法が中心となります。
   しこりの大きさが3 cm以下でわきの下のリンパ節に転移がない場合は飲み薬を2年間服用していただくことをお勧めしています。飲み薬としては5-FU、ミフロール、フルツロン、UFTがあります。副作用は白血球低下、貧血、悪心、嘔吐、下痢などの胃腸障害、ミフロールではアルコールを飲んだときに悪酔い状態になる場合があります(2日間休薬してからだと大丈夫です)。細胞にとっては毒ですので重い副作用がおこる人もいますが、ほとんどみられないのが一般的です。これらの薬を服用中、抗ウイルス薬を併用し死亡した例もありますので、他の病院で治療を受けるときには現在飲んでいる薬について話をしてください。
   しこりの大きさが3 cm以上や、3cm以下でもリンパ節に転移があった場合は点滴の抗癌剤で半年近く治療していただくことをお勧めしています。CMF、CEF、タキサン化合物などがあります。
CMFはリンパ節転移が少ない場合にお勧めしています。脱毛は30-40%の人におこりますが他の薬に比べると軽いことが多いです。閉経前だと半分近くの人で生理がとまります。白血球低下、貧血、悪心、嘔吐、下痢などの症状は飲み薬より強くでます。効果は飲み薬よりありますが、CEF、タキサン化合物に比べると劣ります。投与方法は1週目と2週目に一回づつ点滴し、3週目と4週目は休みます。これが1クール(サイクル)です。
CEFはタキサン化合物とならんで乳癌に対する効果が最もあるといわれています。副作用は脱毛がまずすべての人におこります。他はCMFと同様です。投与方法は3週から4週に一回投与が1クールです。
タキサン化合物にはタキソールとタキソテールがあります。最も新しい薬でありまだデータは少ないですが、乳癌治療薬として期待されています。効果はCEFと同等あるいはより効果的ともいわれています。週に一回を3週間投与、1週休みが1クールです。副作用としては薬に対するアレルギーやショック、タキソテールには体のむくみや胸水が貯まったりします。他は一般的な抗癌剤の副作用と同じです。これらすべての点滴の抗癌剤は4クール以上6クールを目標にしています。最初の1−2クールは入院治療で後は外来で行うのが一般的です。白血球が3000以下、熱発があったり全身状態が不良な場合は延期します。
新しい薬:2001年春頃にハーセプチンという乳癌細胞に対する抗体が承認されます。この薬はアメリカにおいて既に使用されていて、すぐれた効果が証明されています。ただし、この薬は再発乳癌の患者さんにしか使えず、c-erbB-2という蛋白が多い癌細胞の患者さんにしか使えません。
食事:食事は癌治療において重要です。偏った食事は免疫力がおち、感染しやすくなります。野菜を中心として、脂身の少ない肉や魚、乳製品など毎日いろいろなものを摂取するように心がけてください。また、ミネラルやビタミン、他にも特定の成分の過剰摂取は欠乏と同じくらい危険です。本人の意思に関わらず家族や友人が市販の高価なビタミン、ミネラル、健康補助食品を勧めたり送ってきたりする場合もありますが、癌に対する効果はデータがなく、それらが癌の活動を盛んにする場合もあり得ますから決して摂取されないようにしてください。

【術後の検査】

術後は再発の有無と治療薬による副作用の有無を外来にて調べます。
再発する人が100人いるとしたら、60人は3年以内、残りの20人は3年から5年の間、残りの20人は5年以降です。よって、まず最初の3年間は下記検査をしっかりと受けていただきます。また、再発部位は骨が一番多く、ほか肺、肝臓、脳などに転移することがあります。
全身の身体検査:診察時毎回。原則として診察は薬を1ヶ月処方しますから、月に1回ですが、落ち着いてきたら診察のみの日と投薬のみの日が交互になりますので、2月に1回の診察となります。
血液検査:2−3ヶ月おき。白血球数、貧血の有無、肝機能障害の有無、腫瘍マーカーなどをチェックします。
胸部CT:半年に1回。肺転移の有無を主にみますが、乳房の状態もチェックできます。
乳房撮影(マンモグラフィー):年に1回。一度乳癌にかかった人は反対側の乳房にも他の人より5−6倍乳癌ができやすいともいわれています。3年目以後も年に一回は検診を受けましょう。
骨シンチ:年に1回。
子宮癌検診:半年から1年おきに受けて下さい。
他、肝臓のCTやエコー、頭のCT、胃カメラ、便潜血、大腸ファイバーなどを場合によっては受けていただきます。



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