| 棍子気功法の呼吸法(4、7,4,)1分4呼吸の基本(いろは歌)
いろは歌の由来を物語る、次の旧仮名遣いの仏教説話「修行者と羅刹」は、
戦時中の小学校6年生の国語の教科書に載っていたものです。 原作は、源為憲著『三宝絵詞』(984年成立)上、仏宝10「雪山童子」ですが、 色はにほへど散りぬるを わがよたれぞ常ならむ という今のことばだけでは、まだ十分でない。もしあれが仏のみことばであれば、そのあとに何か続くことばがなくてはならない。かれには、さう思はれた。 修行者は、座を立つてあたりを見まはしたが、仏の御姿も人影もない。 「まさか、この無知非道な羅刹のことばとは思へない。」と、一度は否定してみたが、 「いやいや、かれとても、昔の御仏に教へを聞かなかつたとは限らない。 よし、相手は羅刹にもせよ、悪魔にもせよ、仏のみことばとあれば聞かなければならない。」修行者はかう考へて、静に羅刹に問ひかけた。 すると、羅刹はとぼけたように、 「わしは、何も知りませんよ、行者さん。わしは腹がへつてをります。あんまりへつたので、 羅刹は首を振つた。「だめだ、行者さん。おまへは自分のことばつかり考へて、人の腹のへつてゐることを考へてくれない。」 「いつたい、おまへは何をたべるのか。」 「びつくりしちやいけませんよ。わしのたべ物といふのはね、行者さん、人間の生肉、 それから飲み物といふのが、人間の生き血さ。」 しかし、修行者は少しも驚かなかつた。 「よろしい。あのことばの残りを聞かう。さうしたら、私のからだをおまへにやつてもよい。」 「えつ。たつた二文句ですよ。 二文句と、行者さんのからだと、とりかへつこしてもよいといふのですか。」 行者は、どこまでも真剣であつた。 「どうせ死ぬべきこのからだを捨てて、永久の命を得ようといふのだ。 羅刹は座に着いておもむろに口を開いた。あの恐しい形相から、どうしてこんな声が出るのかと思はれるほど美しい声である。 「有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず。」 行者は、うつとりとしてこのことばを聞き、それをくり返し口に唱へた。すると、 この喜びをあまねく世に分つて、人間を救はなければならないと、かれは思つた。 色はにほへど散りぬるを、わがよたれぞ常ならむ。 書き終ると、彼は手近にある木に登つた。そのてつぺんから身を投じて、いまや羅刹の餌食にならうといふのである。 木は、枝や葉を震はせながら、修行者の心に感動するかのように見えた。修行者は、 「一言半句の教へのために、この身を捨てるわれを見よ。」と高らかにいつて、ひらりと樹上から飛んだ。 とたんに、たえなる楽の音が起つて、朗かに天上に響き渡つた。と見れば、あの恐しい羅刹は、たちまち端厳な帝釈天の姿となつて、修行者を空中にささげ、さうしてうやうやしく地上に安置した。 もろもろの尊者、多くの天人たちが現れて、修行者の足もとにひれ伏しながら、心から礼拝した。 |