【被害の概要】
世界保健機関(WHO)は2003年4月8日、アジアを中心に流行している新型肺炎(SARS)で同日午後2時半(日本時間同9時半)時点の世界まとめを発表、死者数は広東省や香港を中心に103人に達した。感染者の総数は2671人だった。
【北京にも感染者が出た】
中国衛生部は6日、北京に出張していた国際労働機関(ILO)のペッカ・アロ局長(53)(フィンランド人)が、SARSで死亡したことを明らかにした。中国本土でSARSによる外国人の死者が出たのは初めて。
【原因ウイルス】
毎日新聞によると、日本の国立感染症研究所は6日までに、香港などから送られてきたSARS患者の検体から新型のコロナウイルスを検出した。米疾病対策センター(CDC)や香港大などがSARSの患者から検出していたコロナウイルスと構造がほぼ同じだった。
香港やドイツではパラミクソウイルス、広東省の患者からはクラミジアが確認され、「二重感染」で重症化したのではとの指摘もある。しかし、日本国内の専門家の間では(1)パラミクソウイルスが検出されずに、重症化した患者がいる(2)クラミジア感染による肺炎の大規模な流行は過去にない――などの理由から「コロナウイルス以外の原因は考えにくい」との意見が強い。 読売新聞によると、SARSの初期の患者は、野生の鳥やアヒル、フクロウなどの鳥類を処理したり、食料にしていた広東省の住民だったと、英科学誌ニュー・サイエンティストの電子版が3日報じた。中国衛生当局の担当官が明らかにしたという。SARSの主因とみられているコロナウイルスは、鳥類にも感染し、鳥に気管支炎を起こすことが知られている。鳥から人間に感染した疑いが強まってきたが、担当官は「判断するにはさらに調査が必要」としている。 なお、共同通信によると、SARS調査のため広東省入りしているWHOの専門家チームは4日までに、SARSの原因とみられるコロナウイルスは家畜などの動物から最初の患者に感染した可能性がある、との見方を明らかにしている。
【感染媒介】
読売新聞によると、香港・九竜地区のマンション街で250人あまりのSARSの集団感染が発生した問題で、香港政府の衛生当局幹部は8日、「ゴキブリを媒介して感染が拡大した疑いがある」とする見方を示した。 これまでの衛生当局の調査によると、SARSのウイルスはマンションの配水管を通じて拡散していた可能性が高く、下水道に生息するゴキブリがウイルスの付着した汚物の「運び役」として媒介している疑いが出ているという。衛生当局は、マンション街でゴキブリやネズミを採取して調査を進めている。
【中国当局の対応に批判】
6日付の中国系香港紙「文匯報」は、北京の消息筋の話として、中国共産党宣伝部がこのほど、SARSの感染が報告されている省や自治区の主要メディアに対し、この問題の報道を許可する緊急通知を出したと報じた。これまでの報道管制を事実上認めるものだが、情報公開に今後は積極的に取り組む姿勢を示すことで、国際社会の批判をかわす狙いがあるものとみられる。SARSの情報公開が遅れたことをめぐり、中国紙・中国経済時報が8日、衛生部を批判し、国民の「知る権利」を守るよう訴えた。情報公開をめぐって中国のメディアが当局を批判するのは珍しい。「スポークスマンを信じられるか?」と題した記事で、新華社もネット版に転電した。「衛生部長がやっとテレビでSARSの説明をし、庶民を少し安心させたが、それまでの沈黙がすでに中国のイメージを損ねた。公民の知る権利と政府の情報公開問題の重要性と緊迫性を示している」と問題を指摘した。SARSが流行していたにもかかわらず、感染者や死者の数を長期間発表せず、国内メディアにも報道させなかったことについて、衛生部の中国疾病予防対策センターの李立明所長は4日、北京での記者会見で「私たち衛生部門とメディアの協力が足りなかった」と述べ、初めて不手際を認めた。
広東省を訪れたWHO調査団は9日、北京で呉儀副総理および張文康衛生部長と個別に会見した。呉副総理らが自ら調査団と会ったのは、この問題で政府が国際協力に積極的であることをアピールするためとみられる。SARS問題で、トンプソン米厚生長官は4日、張文康・衛生部長と電話で会談し、感染防止のため緊密に協力し合うことで一致した。
【経済への影響】
香港空港管理局は9日、新型肺炎(SARS)の影響で、香港国際空港の同日の発着便165便が取り消されたと発表した。取り消しは全体の31%に上るという。取り消されたのは出発が89便、到着が76便。空港管理局はSARSとWHOが2日に出した広東省、香港への渡航延期勧告により、今月になって特に客足が遠のいたとしている。空港管理局に航空各社から入った連絡によると、4月は発着便全体の25%が取り消されたという。
また、香港が拠点のキャセイ航空は8日、SARSとイラク戦争の影響で、約3分の1減便する恐れが出てきたことを明らかにした。デビッド・タンブル最高経営責任者(CEO)は社内報で「私が入社して26年間で最も危険な時期に入った」と指摘した。
さらに、観光など中国の産業が大きな打撃を被るとの懸念も高まっている。中国政府は増大する失業者対策の柱の一つとして観光業の振興に力を入れてきただけに、業界への影響が深刻化すれば肺炎対策の遅れに対する批判とともに、二重の痛手を受けることになる。
【日系企業への影響】
北京に出張していたILO局長が6日に死亡したことから、北京に事務所を置く日本企業でも不安の声が高まってきた。日本国際貿易促進協会も橋本龍太郎会長を団長に、日本企業40社(68人)が参加して北京と天津を今月下旬訪れる予定だった代表団の派遣延期を決定した。北京では6日時点で19人が発症し、4人が死亡しており、日本企業によっては中国渡航を禁止したり、在中駐在員の国内出張を禁じたりしているところもある。
毎日新聞によると、沖電気工業は9日、広東省深センのATM(現金自動受払機)工場で増産態勢をとり、在庫を積み増していることを明らかにした。工場で感染者は出ていないが、感染者が出た場合の操業停止に備えた措置。同工場は業務用プリンターも生産し、いずれも2〜3週間分の在庫を積み増している。
東レは4日、SARSの流行を受け、10日から2日間上海市で予定していた織物・生地の展示会を中止すると発表した。サンプル約700点を展示し、中国全土から1400人が集まって商談を進める予定だった。旭化成も、27日から杭州市で開催予定の生地の展示会への参加を取りやめることを検討している。
一方、シャープは香港とシンガポールに空気清浄機計3000台を追加輸出することを決めた。清浄機はイオン効果で空気中のウイルスの繁殖を抑える機能を持ち、SARS流行以降、現地で品切れ状態が続いている。
【日本政府の対応】
日本外務省は3日、SARS流行問題で、香港と広東省に「不要不急の渡航延期勧告」を内容とする危険情報を出した。危険情報は、最も危ないものから(1)退避勧告(2)渡航延期勧告(3)渡航の是非の検討(4)十分な注意――の4段階があり、今回の勧告は(2)と(3)の中間にあたる。 また、4日には、山西省、台湾を含む6地域・国に、最も低い(4)の危険情報を出し、SARS流行に伴う危険情報の対象は8地域・国となった。日本の厚労省は9日、SARS対策で医師2人を流行地の広州市に派遣すると発表した。広州周辺には、ビジネスマンなど在留日本人が約4600人いる。香港には7日からすでに派遣されている。
香港中心部で9日、SARS予防などに関する日本人向けの説明会が、外務省福利厚生室の古閑比斗志専門官を招いて開かれた。説明会は計4回。1回目には約150人収容の部屋に入りきれない人もおり、香港の日本人社会でのSARSへの関心の高さをうかがわせた。また、厚生労働省は8日、対応を迅速に行えるよう対策本部を設置、香港や広東省との直航便がある日本全国6空港の検疫所の医師を増員することを決めた。