脳内気脈論の1
これはごく私的試論とも言うべき、気の流れの根源に関するものです。東洋医学は東洋医学の哲学の中で捉えられるべきである。その昔評論家小林秀雄と数学者岡潔の対談「人間の建設」が出版された。その中で岡潔が「いくら論理的に説明されても、感性として納得できない論理がある」そのようなことを述べられています。世界的に有数の数学者になると、このように考えるかとその時衝撃を覚えました。では感性を磨き、経験哲学を積み上げたときそれは人々の信頼される、理解される論理、東洋医学としての論理が構築できるのか。西洋的な考え方ではどこまでいっても、このことは解決がつかない。
今複雑系の数学という分野が切り開かれているそうだ。読んでも複雑で理解が出来ないのだが、人間と言う複雑系の有機体の病気の謎を解くのは、東洋医学的感性に基づく、論理思考が最適である。この論理には、中村雄二郎氏の言う「共通感覚」の論理を援用したい。しかし万人の共通感覚は不可能で、専門家と言われる者の中での、共通感覚に限定すべきでは有るが。前置きはこのぐらいにしておきましょう。
(T)脳内気脈論の1
三千年とも言われている東洋哲学では、「気」に付いて大いに語られてきた。その中で「気」という概念も多様な意味を持って語られている。しかし、本稿では東洋医学における「気」に限定して論じてみたい。
東洋医学特に古典鍼灸医学において、「気」の存在は絶対の存在である。この存在の上に臨床理論が構築されている。しかし、臨床家の誰でもが分かり理解されるその証明は、臨床理論すなわち陰陽五行説に基づき行われる治療の再現性によってしか、「気」の存在を証明する方策はなかった。
鍼灸を習い始めた頃を思い出してみると、経絡とは書物の中に描かれているものでしかなかったはずです。また経絡に敏感な人を撮った写真をご覧になったこともあるかと思われますが、それさえも鍼灸師にとっては想像の領域に属するのかも知れません。臨床に入って初めてそこで経絡の存在を実感するのではないでしょうか。経脈を想像し、穴を理論に基づき運用し、治療の再現性を得て確信が持てたのではないでしょうか。
さて、現代においては経絡そのものを、鍼灸師個々人がその存在を実感し、気の流れを直接捉えら得る偉大な診断技術が開発されています。入江正氏の入江フィンガーテスト(FT)と大村恵昭博士のバイデジタル・オーリング・テスト(OT)です。この2つの技術を使って、いまだ未解決となっている経脈とは何か、そこを流れる気とは何か、どのような意味を有するのか、そもそも気とは何か、という問題に答えを出そうという大胆なものです。もちろん経脈と関係して確定された気脈においても、同様のことがいえます。
本論では最初に気脈と経脈の定義をし、次ぎにその証明へと進めていきます。
定義 1 気脈・経脈とは、脳内の気の流れが、手指及び体表に投影したものである。
(注)気脈とは、高麗手指鍼療法で手指を流れる気の通り道をこう呼んでいます。体表をではご存知のとおり経脈です。論を進める中で混同しないようにご承知おきください。
今は高麗手指鍼会長の柳泰佑師がおよそ三十年前に、手指を流れる気脈の考え方を発見したことは、前回お話いたしました。「部分の中に全体が有る」柳泰佑師は体鍼(従来からある古典的鍼灸を手指鍼と区別してこう呼びます)の穴を基準とし、手指鍼の穴をこれと対比させながら確定しました。
一つの体に二つの気の流れが存在する。このことに付いては今までまったく語られることがなかった。唯一柳体佑師が手指を流れる気脈と体表を流れる経脈のほかには、足指・耳など他の部分には気の流れがないと述べただけです。、今まで特に異を唱えられることなく今日に至っているのは、それぞれ気脈経脈とも治療の場において、十分その存在証明をしているからでしょう。しかし私は高麗手指鍼を学び始めた時から、気の流れが二つ存在することより、二つの関係がどうなっているかに興味があり考えて来ました。
それでは気脈経脈を手掛りに、この二つの気の関係を確定しながら、気脈・経脈の源流はどこに存在し、何の為に流れるのかを証明し、読み解いて行きましょう。
証明 1
ここでは入江式フィンガーテスト(以下FT)が診断技術の中心となります。このFTを手指鍼診断の中に取り入れた宮本勝啓氏の努力によって、日本人にとって手指鍼治療が進歩したと言えるでしょう。これはご存知だと思いますが、右手をセンサー左手をテスターとします。指には磁性があります。第1指はS、第2指はです。(以下SとNが交互になります。診断のし方等は入江正氏の著作をご覧ください。)
図を作成します。これは事前に気脈経脈の虚実を検査するものです。右手指と右手足、左手指と左手足の12気脈経脈分欄を設けます。手のひらには左右12気脈があるので、左右とも第3・4・5の指を流れる気脈だけに限定します。1・2しに付いては後で検証します。
すべての欄を記入しましたらそれぞれどうなっているかを確認します。気脈経脈とも虚実は一致しているはずです。ただ東洋医学にまつわる難題は、診断技術の基礎に「感じる」という東洋哲学が存在することである。これが往々にして、かの科学的と言う言葉で非難されることになりがちなところである。確かに感覚に負うところが大であり、不安定さは否めないところである。しかしそれですべてが否定されるものではない。経験哲学における医療技術は、一定の技術経験を積み重ねレベルに到達したものであれば、「共通感覚」を獲得できるのである。これらに関しては、別にして述べたい。
気脈経脈の虚実が一致したとしても驚くには当たりません。なぜならば、柳泰佑師は経脈と対比しながら、気脈上の穴を決定して行ったからです。これは「十四気脈論」として発表されたとき、すでに解決済みの問題です。しかし気脈と経脈は連動しているのか、独立しているのか、どのような関係を持っているのか証明するには不充分です。そこで入江先生の考案された円筒磁石を使い、気脈と経脈との関係を確認して行く作業に入っていくことにします。
ここでの目的は、気脈と経脈とが各々独立したもので有ることを確認することにあります。
1)肺経の尺沢に円筒磁石を貼付します。つけ方は尺沢から少海に向かいN→Sとします。これはフレミングの左手の法則にしたがいます。肺気脈Cについては、第3指から4指に向かってN→Sとします。手指については、磁力の及ぶ範囲が広いので、手掌側と甲側に1つで良い。
2)尺沢に貼付して、肺経をFTで診断する。第2指を上流、1指を下流にしFT診断する。指位置を変えてみる。すべてステッキーで、テスターの指は止まっているはずです。経気を止めておいて、気脈を診断します。気脈は経脈の磁石の影響を受けていないはずです。確認したら、今度は尺沢の磁石をはずしCの肺気脈に貼ります。同じ事をして肺経を診断します。これで肺気脈と肺経脈が同じ虚実を表し、しかしそれぞれが独立したものであることが証明されました。
これを12の気脈経脈すべてに繰り返しおこなって行きます。同じ結果がでるはずです。しかしまだこれらが同じものであるという証明にはなっていません。では別物かと言う証明もありません。
次ぎに、頭書に定義として掲げたものの証明に入りますが、その前に脳について要点を押さえておきましょう。
1)脳には新旧の皮質があり、旧皮質は人間の基本的生理現象を司る部分であり、新皮質は知的活動を支える部 分です。
2)大脳は左右に分かれていて、それぞれ右脳左脳と呼ばれている。
それでは、気脈経脈が脳内にあることの証明に入ります。
確認作業
左右の気脈経脈すべてに円筒磁石を貼付し、気の流れを止めてしまう。表を作成して各気脈経脈の流れが止まっているのを、確認し記入しておく。D(デッド)またはA(アライブ)としておく。
ご存知のように、大村恵昭博士のバイデジタルオーリングテストは、共鳴現象をを利用する診断技術です。特にその効果を発揮するのが、テスト試料を使って行うものです。今このテスト試料に以下の6つのものを選びました。
(1)大脳皮質(cerebral cortex) (2)後部中心脳回(postcentral
gyrus) (3)橋(pons) (4)小脳(cerebellum) (5)胎生の大脳皮質(cerebral
cortex human fetus) (6) 脊髄(medulla)
作業 1 被験者の左手に大脳皮質の試料を乗せます。共鳴現象を起こすまで待って、FTで気脈経脈を診断します。円筒磁石でデッドにあったこれらが、浮かび上がるようにしてFTでキャッチできます。それを図に記入して行きます。するとこの場合は、陽気脈と陽経脈を感じ取ることが出来る。陰気脈陰経脈は感じることが出来ない。注意しておくのは、右手についてFTをすることである。こちらは円筒磁石が有効であるので、気の流れはデッドの状態にある。左手の試料は右手の気脈に影響を与えていない。試料を右手に移し変えてもまた同様の結果が出る。
ここで言えることは、大脳皮質に共鳴現象を起こすことにより、デッドにある陽気脈経脈が現れたことは、これらの陽に属するものは大脳皮質に存在すると断定して良い。またそれぞれ左右と片方づつしか現れないので、左脳右脳のなかに独立して存在していると言える。すなわち左手は左脳と、右手は右脳と結びついているのです。
その他の試料である橋・小脳・胎生の大脳皮質・脊髄で確認作業を行ったが、気脈経脈とも確認できませんでした。
脳回(大脳皮質)の試料を乗せると、陰気脈陰経脈が出現します。大脳皮質で現れなかったのがここで出てきたのはなぜであろうか。この部分の特性は、体性感覚野が有ることである。
また視点を変えて、神経連絡路からこのことを考えてみます。下肢・上肢・胸部からの前外側繊維系神経は、途中脊髄網様体路へ分枝しながら視床へ入る。視床の後外側腹側核から出て、体性感覚野ヘ伸びている。
オーリングテストの結果、大脳皮質では陽気脈経脈が感知できた。同じ大脳皮質の後部中心脳回でのみ陰気脈経脈が感知できたのは、この神経回路を通して視床が影響を与えていると考えざるを得ない。下肢・上肢・胸部につながり,外側脊髄視床路を通る大脳皮質の運動野である,中心前回の刺激伝導路は視床を通らない。また大脳皮質試料でオーリングテストをおこなったとき、陰気脈は出現しなかった。これ以外に手足全体の情報を統括して、大脳皮質に直接伝えるルートは見当たらない。オーリングの基本原理は共鳴現象です。神経回路を通して電気が伝わるのとは異なるとしても、均質なる組織が異なる反応を示すのはこのような回路を考え、視床の共鳴を伝えていると考えるのは自然である。視床そのものの試料があればより鮮明になるはずであるが、十分にその証明に耐えると考える。また、視床は生命機能の維持にかかわる自律神経および内分泌機能の中枢である。陰気脈経脈の持つ、これら調整機能特性とも合致する。
視床及び視床下部を包括する間脳に置き換えて、次ぎのように定義したい。
(定義 2)陽気脈陽経脈は大脳皮質に存在する。陰気脈陰経脈は間脳に存在する。また、左陰陽気脈経脈は左の脳に、右陰陽気脈経脈は右脳に存在する。
ここまで研究が進んだとき、何気なく手にしたのが藤木敏郎著「素問医学の世界」である。その第12ページに「経絡現象の中には、現代医学で説明のつくものもあるが、ほとんどが説明がつかない。我々はもっと未来でなければ解明出来ない脳細胞の一つ一つの複雑な連絡パターンの体表に対する投影を、経絡現象として見ているのも知れないのである。」の一文がある。この書は「推論の書」と揶揄する評価もあるそうであるが、研究の積み重ねの上に至った推論は立派な学問である。他の分野にしてしかり、東洋医学の学問においてのみ非難されるには当たらないのである。四半世紀まえにすでにわれらが先達が「経脈の元は脳にあり、その投影が体表に出ているのに過ぎないのだ」と見とおされていたことは、まさに驚嘆に値するすることです。またこのことを期せずして証明していたのは、望外の喜びでもあります。
さて、脳内気脈論として脳の中に気の源流があると定義し、この視点に立って見れば今まで語られたことのいくつかは、次ぎのように読み解くことが出来ます。
(1)子供には経絡が出来あがっていないので、大人と同じ鍼治療は向かない。
これは大脳皮質におけるニューロンの発達が、ほぼ7〜9才前後に完成されるからです。つまり大脳皮質のネットワークが出来あがって、陽の気脈経脈が出来るのがそのぐらいの年齢になるからである。わが国では小児鍼として独特の鍼が発達している。これも大脳皮質にある陽気脈経脈が未完であることを踏まえ、先達が小児に特化した鍼技術を創造した。と読み解ける。
(2)鍼灸医学の原点、黄帝内経「素問・霊枢」からこれをあったって見る。
霊枢営衛生会編 第十八
陰陽相貫、如環無端。衛気行干陰二十五度、行干陽二十五度,分為昼夜。故気至陽而起、至陰而止。故曰、
日中而陽隴為重陽、夜半而陰隴為重陰。
霊枢衛気行編 第七十六
陽主昼、陰主夜。故衛気之行、一日一夜五十周於身、昼日行於陽二十五周、夜行於陰二十五周、周於五臓。
是故平旦陰尽、陽気出於目
陰陽の気は言わばメビウスの輪のようにつながっている。陽の気は昼に二十五回、陰の気は夜に二十五回周っている。そして重要なことは、陽の気は陰の気が尽きた朝、目から始まることである。つまり夜明けと伴に意識が覚醒する。すなわち大脳皮質が覚醒すると伴に陽気が周り始めるのである。陰の気は周らないのではなく、陽の気が強くなりすぎたため目立たなくなるだけである。陰気脈経脈は間脳という深部にあるので、表層にある陽の気に隠れてしまうのである。夜に大脳皮質が活動を休止すると、陰の気が表層に現れ外から感じられるようになる。
このことを東洋哲学の中で理論化して表現したのが、この部分であると理解します。
FT(フィンガーテスト)で調べると分かるが,すべての気脈経脈は時間にかかわらず、その存在は診断可能です。
つまり昼に二十五回夜に二十五回陰陽の気が周ると言うのは、あくまで比喩的に使ったに過ぎないと言えます。
(3)陽の気は下がり、陰の気は上がる。
これは情報の伝達面から説明できる。すなわち、視床からの情報や脳幹部からの情報は、大脳新皮質に伝わりそこで皮質間相互に情報交換をする。最終的には皮質下へと情報は出ていく。陰の気は旧皮質に起こり、新皮質に伝わり陽の気となって、再び陰の気に戻って行くのである。
いかがだったでしょうか。脳内に気脈経脈があると仮定すると、すべてが統一して説明できるようになります。確かに多くの方たちにとって、フィンガーテストとオーリングテストは身近の診断道具ではないかも知れません。さらに高麗手指鍼理論との組み合わせに至っては、理解の及ぶところではないかも知れません。異次元の世界に見えるかもしれません。是非追試していただければと思っています。またこれがきっかけになって、鍼灸医学の未解決な問題に光が当てられ、研究が進むことを期待します。それもあくまで東洋哲学的視点からの解明であることを望みます。旧来の「ウサギの毛を抜いて、灸をしてその熱の伝わり方」の類の西洋科学はいらないのである。「鍼刺したらこの脳の部分の血流が改善した」では気の流れは解明できない。新しい東洋医学の復権が望まれる。
この脳内気脈論の本項については、次ぎの方たち及び著書に感謝して終わります。
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「FTの手指鍼応用一日講座」より
参考文献
「脳を育てる」高木貞敬著 岩波新書 「眼で見る脳」時実利彦著 東京大学出版会 脳神経科学イラストレイテッド 森寿他編集 羊土社 「素問医学の世界」藤木俊郎著 績文堂 「分担解剖学」 平沢興原著 金原出版
「ハインズ神経解剖学アトラス」Duran E.Haines
著 医学書院MYW 「脳の進化」ジョン・C・エックルス著 東京大学出版会 「視床下部ー下垂体系ー形態と機能」井端泰彦著 中外医学社 「脳と神経の科学」小林繁他共著
Ohmusha
「脳はこうしてつくられる」村上富士夫著 羊土社