ある精神科医の書いた本を読みました。今、流行のアダルトチルドレンに関する項があって、「あなたの現在の症状はアダルトチルドレンだ」と言われた人が母親(あるいは父親)に「こんなになったのはあなたの責任だ、どうしてくれるのだ」と言って責めることが書いてあった。
そうしてどうなるものでもないのに、と、その精神科医は書いています。鬼の首を取ったように責めたてて、あなたの現在が変わるわけでもないのに。もっと恵まれない境遇にありながら大成した人もいるのに。
同じ構図がGIDに関しても言えると私は思うのね。GIDになったこと自体は大変不幸かもしれない。たぶん、不幸でしょう。だけど、GIDであることを何かに言い訳に使うのは間違っていると思う。たとえば、自分の能力がないのはGIDだから、というように。
そういう考え方の対極にポジティブシンキングという考え方がある。なんでも前向きに考えていけばなんとかなるという考え方で最近流行っている。だけど、これも違うと思います。
GID なんかなんでもない、という考え方も世の中にはあります。これも違うと思う。GIDはれっきとした障害であり、それを否定するのはたとえば聴力障害者に向かって「耳をかっぽじってよーく聴こうとしないから聞こえないのだ」というのと似ています。
で、GIDの人はどうすればよいかと言うと「それなりに生きていく」が正解だと思います。気の抜けたサイダーのような答えだけど、これしかないはずです。ブッダの言う「中庸」というのとちょっと似てますかねえ。(8/8)