インフルエンザ脳症

 インフルエンザに罹患後、数時間ないし数日以内に高熱、痙攣、意識障害などが進行し、死亡率が高い疾患である。インフルエンザ脳症はインフルエンザウィルスが脳組織で増殖して炎症を起こしたと考えられやすいが、脳内には炎症性の病巣やウィルスの痕跡を発見できない。X線などの検査では脳の視床や小脳などに、左右対称性の出血性、壊死性の病変が見つかる。病変分布が左右対称性であることは、その部位でウィルスが増殖したのではなく、左右対称性に分布している血管と何か関係があり、病変が出血性・壊死性であることは、何かが血管壁に作用したことを示唆する。何らかの物質が血管壁に働き、脆弱な脳組織を守っている「血液・脳関門」が壊れ、血液中の有害物質が流入して脳組織を破壊した、というメカニズムが想定される。

 

原因物質として浮上してきたのが「サイトカイン」(各種細胞から分泌されるホルモン用の物質)である。インフルエンザウイルス(ウイルス血症)に対する炎症反応で、生体がTNF-αなどのサイトカインを産生し、血管内皮細胞が活性化され、障害され、血管内に微小血栓が形成されるものと考えられている。脳症患者の小児のほぼ全員に脳脊髄液中のサイトカイン値が上昇しているという報告がある。また、インフルエンザ脳症では、血小板数の低下や、肝臓や腎臓の機能不全、播種性血管内凝固症候群(DIC)と同様の病態もみられる。ジクロフェナムなど強力な解熱剤では抗炎症作用が強いだけ、サイトカイン(TNF−α)誘導増強力も強くなるといわれ、数年前からボルタレン、ポンタールなどの解熱剤の使用は禁止されている。

 その他、インフルエンザウイルスが、血管内皮細胞にアポトーシスを誘導する物質を産生する可能性もある。


 サイトカイン

細胞同士は、サイトカインと総称される物質を使って情報のやり取りをしている。たとえば、インフルエンザウィルスが侵入したとしよう。マクロファージは、ウィルスを食べて処理しようとするが、それだけでは太刀打ちできないので、インターロイキン1(IL-1)という物質を産生。これがヘルパーT細胞に働き、ヘルパーT細胞が活性化する。一方のヘルパーT細胞は、マクロファージが細胞表面に提示したウィルスの断片を認識すると、インターフェロンγ(INF-γ)を作る。これは、マクロファージの作用をさらに活性化する物質である。この場合のIL-1やインターフェロンγがサイトカインの一種である。サイトカインは、抗原を発見したり、他の細胞からの刺激を受けるなど、何らかのきっかで急速に合成、放出される。そしてそのサイトカインにあった受容体をもつ細胞が受け取り、刺激によって別のサイトカインを合成し放出する、というように反応が連鎖する。

 

ウィルス感染と発熱

かぜを引いたとき熱が出るのは、インターロイキン1(IL-1)の作用である。Il-1T細胞を活性化すると同時に、脳の視床下部にある発熱中枢を刺激し、熱を出す。インフルエンザの熱はウィルスが産生しているのではない。ウィルスをやっつけようとして、からだの細胞がサイトカインなどをだして体温をあげている。従って解熱剤で体温を下げてしまうと、ウィルスが増殖しやすくなり、治癒するまでに余計時間がかかる。そして体温調節機構や免疫系などが未発達の子供では、解熱剤に過敏に反応して(おそらくウィルスも増殖し)、サイトカインが多量に分泌され、脳や肝臓が壊れやすくなることが考えられる。

 

一般に41.5度までは脳がやられることはないといわれている。冷たいおしぼりなどで体を拭くなど、物理的に体温を下げるのがよい。欧米では体温を下げるのに、少しぬるめの風呂に入れるようである。解熱剤のように危険はなく、合理的な方法である。ウィルスをやっつけるため必要があってからだが産生している熱なのであり、やっつける必要性の程度(いいかえればウィルスの勢い)と体温はとは比例している。ということは、体温が高いほど解熱剤でいきなり下げたら、ウィルスがはびこりやすくなって危険となりやすい。

 

根本的な対策は第一に、安易な薬信仰を止めること。そして第二の対策は、熱に対する見方や対処法を変えること。従来、かぜやインフルエンザの発熱は忌むべきもの、熱を下げれば早く治る、と考えられてきた。しかし実際は逆のようである。ウィルスに感染させて発熱させたウサギでは、メフェナム酸を使った方が無使用群に較べ死亡率が高く、ウィルス量が100倍に増えたという実験結果がある。人間の子どもを対象にした調査でも、かぜに解熱剤を使うと、治るのが二日程度遅れたという報告がある。