
例えば、過去にこんな経験ありませんか?なんとなく日々モヤモヤした気持ちで過ごし、
仕事に追われ対人関係で気疲れし、休日に書店へ行き、選んだ一冊の本。
その本が心に関するもので、それに関係するたぐいの本ばかりつい選んでしまったり、
読み出したらなるほどと・・・時を忘れて読みあさり、
自分や他人を頭の中で思い浮かばせながら読み終え、
何日か過ぎると内容もすっかり忘れてしまい、又繰り返し同じ日々を送る。
そして、また本の中から答えを探し求める。
知識を得る為にも、書物は必要です。
確かに、心の慰めにもなります。
しかし、その気持ちは、長続きせず、実行も出来ませんね。
人生の途中ふとしたアクシデントで、迷いの渦の中に入ってしまうことは誰にもあります。
こんな時こそ、私達みんなが持っている「無意識」に登場してもらいましょう。
この「無意識」はとても純粋なので、良い事も、悪い事も全て受け入れてしまうのです。
そして、その反面、宝の宝庫でもあり、わたし達みんな、その宝物を持っています。
この「無意識」をうまく活用できる人と、活用できない人があります。
意識で考え、がんばろうとしてもうまくいかない事があります。
それは、「無意識」の中にたくさんのマイナス思考が録音され、
いざという時マイナスのオリジナルテープレコーダーが、流れ出て、
「やっぱり駄目だ、できない・・・」と回転しはじめ、足を引っ張るのです。
逆に無意識がプラス思考になっていると、意識で駄目だと思っていても、
無意識が励ましてくれより良い方向へ引っ張り上げてくれるのです。
「オカン」の友人に、こんな人がいました。
日夜悩みに悩みぬいたあげくの果て極限まで達したところ、
「もう、どうでもいいや」と思った瞬間フッと肩の力が抜け、楽になり、
それ以来自分の考えに変化が起き、悩まなくなり、すべて神に託す事ができたといいます。
その後全く悩まなくなったそうです。無意識の力が働いたのですね。
でも、誰でもかれでもあてはまる訳じゃないんです。
ひたすら悩み続け心身に異常が現れる場合だってあるし、
弱り目にたたり目と、そう思いたくなる時だってある。
次々と本当に具合が悪くなり病院も2〜3件通院する羽目になり、そのうちに神経内科も1件加わる始末。
すっかり滅入り込んで弱りはてた患者にとって、頼みの綱の医師との、意志の疎通とでもいうのか、(洒落じゃないよ)
ただ薬だけ出してくれて、患者がはっするのごくわずかな言葉を一方的にさえぎり
自分の話題や否定的な意見ばかりいう傲慢な医師・・・。
本当に具合の悪い時、通院も薬も必要ですが、
こんな医師にあたると余計に落ち込み、心を閉ざし、なお人間不信に陥ってしまいます。
医師も立場上、診療報酬や色々問題があるのかもしれないけれど。
こんな時、本当に心から共感し、話を聞いてくれる人が、そばにいてくれる必要がありますね。
「オカン」も人生上様々なアクシデントにみまわれました。
ずーっと、心の中にひきずっていたものが、ある日、でてきてしまったのです。
次回につづく
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