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 新着情報

ガンとの闘いは「病院を出た後」が本当の勝負

ガン再発させない!患者学

白らの実感を頼りに健康食品を活用し
多発性骨髄腫の再発から奇跡の生還

■ 多発性骨髄腫と診断され死を覚悟

木村君子さんが血液のガンの一種=多発性骨髄腫と診断されたのは二年前の1990年1月、63歳のときでした。「半年くらい前からしばしばめまいに襲われ、腕や足など身体中が痛み出したのです。みるみるうちに痩せ衰え、50sあった体重が42sまで減少し、骨と皮だけになり死を覚悟しました」という。歩くこともままならず、担架に乗せられ病院へ入院したのです。多発性骨髄腫は血液をつくる骨髄の中の形質細胞がガン化し、骨髄腫細胞となって無制限に増殖する病気です。正常なリンパ球をつくれなくなることから、免疫機能が一挙に低下します。同時に、骨髄腫細胞が作り出す異常タンパクや、骨を破壊する破骨細胞刺激因子などによって、手足や腰、背中、胸などの骨に痛みを引き起こしたり、めまいや息切れ、動悸などを生じさせます。日本では、毎年約4000人が多発性骨髄腫と診断されます。今のところ根治させる治療法が確立されていないことから、発病2〜3年のうちに患者さんの半数が亡くなる治療の難しい難治性ガンの1つです。多発性骨髄腫の病期はT期からV期の3段階に分けられますが、村上さんはもっとも進行したV期と告げられました。骨髄腫細胞が非常に多い上に、骨の異変が広範囲にわたり、異常タンパクが多量だったからです。「これほど重態なのは珍しい。治療をしても長くはないでしょう」と、ご主人は医師から告知されました。
■ 自家造血幹細胞移植を受けたのに再発

木村さんが国立療養所西群馬病院で白家造血幹細胞移植による治療を始めたのは、それから間もなくのことです。大量の抗ガン剤によって、骨髄腫細胞もろとも、身体の中の骨髄全てを徹底的に破壊し尽くし、その後、患者白身の造血幹細胞(形質細胞などリンパ球や血球に分化する細胞)を注入・移植して治す治療法です。白家造血幹細胞移植は、多発性骨髄腫の治療法の中では最も強力なものです。しかし、数ヵ月にわたって大量の抗ガン剤を投与し続けることから、途中で死亡しかねない最も危険な治療法でもあるのです。瀕死状態だった木村さんは、一か八か、これに賭けてみるしか生き延びる道はありませんでした。幸いなことに、木村さんは大量の抗ガン剤治療によく耐えて、白家造血幹細胞移植を成功させました。「ひどい吐き気や嘔吐をはじめ、抗ガン剤によって肌が真っ黒に変色したのには驚きました。特に移植直前の抗ガン剤治療は、これまでの人生の中で最も苦しいものでしたが、その甲斐もあって11月8日に無事退院することができたのです」(木村さん)しかし、これで木村さんの多発性骨髄腫が完治したというわけではありません。一旦は骨髄腫細胞が体内から一掃されたとしても、再発する可能性が非常に高いからです。そのため月に2回、病院で検査を受け、経過を診てもらうことが重要なのです。木村さんに再発が告げられたのは、翌年(2000年)の4月の検査のときでした。尿から骨髄腫細胞が作り出す異常タンパクが検出されたのです。「明らかに再発でした。大きなショックを受け、いっぺんに身体の力が抜けてしまいました」(木村さん)再発治療の抗ガン剤は、初回治療で用いたそれより抗力の弱いものしかありません。体内から骨髄腫細胞を再び一掃できる可能性は、初回治療より小さくならざるを得ません。「新薬を欧米から取り寄せますから、5月に入ったち再発治療に入りましよう」と主治医は言ってくれましたが、木村さんは当てにすることができませんでした。

■ 自分の実感を頼りにアガリクスを選択

嬉しかったは、三女の久美子さんが翌日、乾燥させたアガリクス茸を送ってくれたことです。「アガリクス茸を土瓶の中に入れ、グツグツと煮出した煎じ液を飲むとガンの再発治療に役立つから」と電話で熱心に勧めてくれたのです。一方、ご主人はご主人で、メシマコブやプロポリス、緑茶、霊芝などガンに効くといわれるものはすべて取り寄せ、木村さんに服用させました。ガン封じの名湯といわれる玉川温泉(秋田県田沢湖町)に連れていったこともありました。「もう一度造血幹細胞移植を受けたら、今度は体力が持たずに抗ガン剤で死んでしまいます。現代医学ではもう有効な治療法が見当たりません。当初は娘や夫に勧められたのですが、私は本気でアガリクスやプロポリスなどに治療の手立てを求めたのです」(木村さん)木村さんが数多くの健康食品を試みて、アガリクスが自分にとって一番合っていると判断したのは、次第に体調が良くなってきたことを実感できたからです。一特に食欲が出てきたことと、お通じが毎日あるようになったことにはひっくりしました」(木村さん)実は、木村さんは多発性骨髄腫を発病させる前から、食べることが大の苦手でした。なにより野菜嫌いだった上に、肉も魚も好きではありません。「何を食べているのか」と他人から呆れられるほど少食で済ましてきたのです。ところが、アガリクスを服用し始めたら、食事をしたいという気持ちが滲み出てきたから不思議です。加えて、野菜や魚もおいしいと感じられるようになったのです。食べられるようになると、出るものも順調に出ていきます。以前は3〜4日便秘するのが日常茶飯事だったのに、毎日一回、必ずお通じがあるようになったのです。では、他のプロポリスや霊芝などはどうかというと、いつの間にか服用するのを忘れてしまったり、飲むのが億劫になっていったのです。だんだん使わなくなったのは、恐らく木村さんの体質に合わず、体調の改善などを見込めないと感じたからではないでしょうか。健康食品の選択にあたって、患者さんの実感に頼るのは優れた方法です。患者さんにしか分からない微妙な良否の信号を、身体全体で受けとめた結果に他ならないからです。食事の摂取と排泄は身体に生気とエネルギーをもたらし、人間が生きていくための「気」を順調に巡らす碁本中の基本です。実際、木村さんは食事の摂取−排泄というサイクルが順調に回転し始め、免疫機能をはじめ、人間の身体が本来持っている白然治癒力が回復してきたのです。「驚いたのは翌月の精密検査で、再発したガン細胞=骨髄腫細胞が、血液中から全て消失してしまったことです。これにはアガリクスを『気休めに飲んでみるのもいいですよ』と話していた主治医もびっくりしていました」(木村さん)骨髄腫細胞が消えてしまったのは、アガリクスを飲み始めてから2ヵ月目のことでした。2度目の造血幹細胞移植を始めるかどうかという話が立ち消えとなったのも当然のことです。

■ β-Dグルカンがガンの再発を防止

木村さんが服用しているのは、アガリクス茸の根っこの部分=菌糸体から有効成分β-Dグルカンを抽出して顆粒状にした「AICPLUS」(健康科学)です。乾燥アガリクス茸を煎じて飲むよりもβ-Dグルカンがより多く体内に吸収できることから、服用開始二週問くらいでそれに切り換えたのです。β-Dグルカンは血液中のリンパ球を活性化し、免疫機能を高めてガン細胞を衰退させることが知られています。多発性骨髄腫は、リンパ球に分化する前の形質細胞がガン化する病気ですが、おそらく木村さんのそれは、β-Dグルカンによって形質細胞のガン化が抑えられているのだろうと考えられます。現在、木村さんはガン患者だった面影が一切見当たりません。アメリカやトルコなどへの海外旅行を楽しみ、元気溌刺とした毎日を送っています。体重も白己最高の58sを記録しました。木村さんの場合、白らの実感を頼りにアガリクスを飲み続けていることが、多発性骨髄腫の再発防止に役立っているのです。健康食品を活用してガンの再発を防いでいる貴重な実例の一つといえるでしょう。
 群馬県  木村 君子

■ 大学病院で「多発性骨髄腫」とつげられて
 
 町の集団検診で血液のガンの疑いを指摘された主人は、大学病院で「多発性骨髄腫」と告げられ、抗がん剤の処方を受けました。
 しかし、主人にも私たちにも抗がん剤に対する強い不安があって、その服用に踏み切れず、漢方医や気功師の門を叩いて、化学療法ではない治療法を探そうとしました。それというのも激しい副作用で体力を落とした友人の死を見たり、元来胃腸が弱く胃潰瘍の病歴があり、夏は夏バテ、冬は風邪引きという虚弱体質に加えて73才という年令の主人には、その副作用に耐えられないのでは という懸念からでした。
 
■ 病気の進行を示す数値は、倍以上に上がって
 
  その内に、やむを得ない事情である団体の責任者を引き受けることになり、そのストレスも加わったのでしょう、突然三叉神経に沿って帯状疱疹発症し「まるで震度7の激震だ」と主人が形容する激痛に長いこと悩まされ続け、体力、気力ともすっかり落ち込んでしまい「これでは仕方ない」と主人も意を決して再度大学病院を訪れたのです。しかし、病気の進行を示す数値は倍以上に上がり、即入院して徹底した化学治療をする以外にないことを肝に銘じさせられました。
 
■ インターネットで情報を集め、たくさんの情報の中から「AICPLUS」を選びました
    それにしても薬の副作用を少しでも軽減させるために、それまで飲用していた健康食品と共にアガリクスを服用してみてはと長男の嫁さんがインターネットで情報を集めて来てくれました。
 たくさんの情報の中から私達は「AICPLUS」を選びました。
 β-Dグルカンなど大切な成分を誰にもばらつきなく高い率で吸収できる事に目標を置いて製品化している点と主成分が非常に高密度に濃縮されているという二点が、主人の今の体調に最適ではないかと判断したからです。
 

吐き気や食欲不振などを訴える事も無く

 電話の向うの誠実な女性の対応がいっそうこの製品への信頼を深め、すぐに手配してくれた「AICPLUS」が、その翌日には我が家に届き、抗がん剤の点滴の始まるその日の朝、私はそれを持って病院にかけつけました。
 「大丈夫、きっとこのAICPLUSが薬の副作用からあなたを守ってくれるからね」と呟きながら。
ほんとうにその通りになりました。
医師よりの説明の時も、非常に強い薬だからと言われていたのにもかかわらず、吐き気や食欲不振などを訴える事も無く、良い状態で五十日間にわたる化学治療期間を無事乗り越える事が出来たのでした。
毎日6本ずつ飲みつづけた「AICPLUS」の力だと感じています。

■ 日常の生活は健康時と変わりなく、草刈り桟で畔草を刈る気力も戻って

 退院後一年近くなり、今では十週間に一度抗がん剤の注射を受けていますが一・二日のだるさ位で過ぎています。したがって日常の生活は健康時と変わりなく、無理にならない程度に草刈り桟で畔草を刈る気力も戻っています。
不思議なのは退院後の一年間、一度も風邪を引かなかった事です。
「AICPLUS」を3本から5本ずっと飲み続けて来たからなのでしょう。ただ残念なのはもっと早く「AICPLUS」に出会っていたらあの初期の貴重な時間を無駄にせず、体に与えたダメージももっと少なかった筈なのにと。
しかしこの頼もしい助っ人が傍らにいることで、私達は病気に立ち向かう勇気と安心を手に入れました。
これからでも遅くは無いと思っています。

          長野県   幅 房子

 
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