バキュラ帝國建国の辞
人間は、最も激しく争いあう動物である。
しかし同時に、それを避ける知恵も併せ持つ動物である。
―― ターブラス・H・パッザ卿    
人は争いあう宿命にある。しかしその都度戦争をやっていたのではたまらない。
そこで人はゲームやスポーツで勝負することを「発明」したのだろう。
これらの勝負は世界中の至る所で行われている。目的は様々だ。賭事。暇潰し。仲を深めるため。
いろいろあるが、ほとんどの場合は楽しむためにゲームは行われる。
たかがゲーム、と言うこともできるだろう。
しかし勝負事である以上、負ければ悔しい。
屈辱的な敗北を喫したり、逆にあまりに圧倒的な勝利を得た場合、時として気まずい雰囲気になることもある。
楽しむためのゲームで、気まずい思いをしてしまっては本末転倒だろう。

そこで我々は一大決起をした。
「勝敗はあっても、その結果とは関係なく楽しめるようにゲームを行おう」と。
我々は、既存のゲームを新たな観点から遊ぶことを提案する。
新たな観点とは、ずばり「叫ぶ」ことである。
人は大きな声を出すことによって、精神的な快楽を得ることができる。
これを利用して、ゲームの勝敗以上に叫ぶことに重点を置くのである。
「勝敗無用」「絶叫主義」この2点を我々の基本精神とする。

しかしそれでも、やはり負けると悔しいことがあるだろう。そこで我々はもう一つ新たな提案をする。
それは「爵位システム」である。
ゲームに負けても、懸命に叫んでいたプレイヤーをたたえて「爵位」を進呈するのだ。
勝ったものには「勝利」という名誉が、そして負けたものにも「爵位」という名誉が授けられるのである。
しかし爵位による差別行為が発生してしまっては、「楽しみを得る」という最大の目的が得られないだろう。
これを防止するために、国民は必ず爵位を授けられる。
「国民皆爵位」これが我々の第3の基本精神である。

3つの基本精神を掲げ、我々は活動を開始する。
この思想をいち早く世界に広めるために、代表的な世界中で行われているゲームである「モノポリー」を第1のターゲットとする。
モノポリーはマネーゲームという性質上、気まずい雰囲気に陥りやすいゲームである。
それを、我々は前述の思想を元にした新たなルールで遊ぶことにより、真のモノポリーを生み出すことを狙う。
真のモノポリー、その名前は「バキュラ」。「神の板(ボード)」という意味である。

世界中をこの思想が席巻し、そしていずれは「世界モノポリー革命」が起こることを信じて、
我々は今、ここに「バキュラ帝國」を建国する。

世界中の全ての民に、バキュラ神の加護のあらんことを…。

戻る