●今迄のランプ●
小さな小さな頃、両親が離婚した。今でもハッキリと、母が家を出て行く時の事を覚えています。僕はその最終的な夫婦喧嘩の現場に居ました。茶碗が飛び皿が飛び交ってた。両親はお互いを罵り合い、その結果、母が家を出た。何故かこれ以前の、幸せだったで有ろう日々の記憶は有りません(小さい頃の記憶は、この夫婦喧嘩を境に、それ以降しか有りません)。母が家を出てから、父は毎日大酒をのみ、僕ら子供に暴力を振るう様になりました(ベルトで叩かれるのが一番痛かった)。父が帰って来る時は、独特な足音ですぐ解ります。その音を聞くと、子供達は震え上がって居ました。それは、僕が中学に入り、体が父より大きく成る頃まで続きました。その後も、お酒の量は増える一方でしたが・・(その父も既に亡くなりました)。
高校生に成ったその春、長姉が当時付き合っていた男に殺害され、その直後、僕は、登校拒否児に成っちゃいました。その後、何とか2年生には進級出来たものの、出席日数が足りず、3年生には成れませんでした、いわゆる留年です。一級下の後輩達と一緒に居る事は、元々人と上手くやっていく事が下手だった自分には辛すぎ、それまでは多少でも出席しては居ましたが、留年を境に完全に学校へは行かなくなってしまいました。暫くすると、高校側から自主退学を迫られ、特に反論する理由も無く、辞める事に成りました。
高校を辞めた僕は、3ヶ月程ブラブラした後、幸いにも、有る会社に就職する事が出来ました。しかし、長くは続かず、2年程で退社。その後は数限りなく勤め先を変わる事に成りました。
24歳の時には、長野に有るペンションで冬の間だけのアルバイトを始めました。結局、そのペンションには3シーズン勤める事に成ったのですが・・。その3シーズン目は、大幅にアルバイトが入れ代わりました、僕と、もう一人だけが残ったのです。大部分が「新人」の中、オーナーは、「古株」である僕ら二人に、新人への指導を含む、多くの仕事を任せ様としました。しかし、先シーズン迄は、殆どのアルバイトがある程度の経験の有る人達ばかりで、仕事もキチンと役割分担が出来ていたし、いきなり全ての仕事を任されても、出来ない事ばかりだったのです。例えば「料理」とか・・・。しかし、僕ら二人はオーナーの期待に答えようと頑張りました。が、僕は、元々プレッシャーに弱い事も有り、色々な仕事をこなしたり、新人を指導するどころか、次第に、出来る筈の仕事さえ、ぎこちなく成って行ってしまいました。時には新人の方がテキパキと仕事をこなす場面も見られ、「先輩」としての、ちっぽけなプライドも傷付いて行ったのです。そんな日々を送る内、次第に僕は、皆に軽蔑されている様な、人としても嫌われている様な気がして来て、居場所を見つける事が困難に成って行きました。もう一人の「古株」の彼とは、とても仲良しだったのですが、その彼にも、僕のせいで、人間関係や、仕事の面で、物凄い負担をかけて居る様な感じもして、ドンドン萎縮して行った僕は・・・・そのペンションを逃げ出してしまったのです。誰にも告げずに・・。
29歳の頃勤めていた会社の先輩が、余りに欠勤を繰り返す僕に「心の病じゃないのか」と言いました。その時には、「病気と言う考え方も有るんだなぁ」位にしか思っていませんでしたし、精神科など、もし行ったとしても何の力にも成ってくれないものと思っていました。
31歳の頃にも、勤めていた会社を、何の前触れも無く、突然辞めてしまった事が有ります。その時に、一緒に働いていた人が「自分が原因で辞めたんじゃないのか?」と悩み、家に来てくれました。勿論「そんな事有りませんよ」と言ってあげましたが、彼は深く傷付いて居た様でした。彼は、僕にとても良くしてくれていましたし、とても良い人だった。そんな彼を深く傷つけてしまった事を切っ掛けに、今迄の事(ペンションでの事とか・・)も後悔して、もの凄く落ち込んでしまいました。
それから暫くは家の中に閉じこもり、一切外にでない日々が3ヵ月程続きました。その閉じ籠もりの中で、何故、仕事が続かないのかを考えました。答えは出ました・・と言うより、最初から解っていたんだと思います。人と一緒に居るのが、それが例え親しく成った人とでさえ辛く、楽しい筈の場面でも、楽しい「ふり」はするものの、実際には楽しめていない、また、「楽しいふり」をすればする程、緊張感は高まり落ち込んで行く、と言う事だったのです。それまでにも薄々感じては居たものの、ハッキリと対人恐怖症的な自分を自覚した後は、仕事に就く事も無く、今に至っています。
精神科へは1999年の9月から通い始めました。人と一緒に居るのが辛いとは言っても、独りぼっちは、やっぱり寂しいものです。そんな時、インターネットを始めて、色々なサイトを見て回りました。心系のページも数多くあり、そんなページ達を見ている内に、自分がAC(アダルトチルドレン)と呼ばれる概念に当てはまる事が多い事や、実際の症状としては、対人恐怖症、自律神経失調症、鬱病、等に近いのでは無いかな?と思うように成り、精神科へ行く決心が付きました。今では、不眠を含めた様々な体に出ていた症状は少しずつ緩和されて来ました。人と一緒に居る時には、まだまだ緊張感で一杯に成り、直ぐに逃げ出したく成りますが・・。しかし、その緊張感も、少しずつでは有りますが、薄れて来ている様な気がしてます。2001年現在では、多数のお友達も出来て、かなり回復して来ました。
ただ、回復して来たと言っても、現実は厳しいです。仕事に就こうとしても、なかなか職が有りません。今はDTPを勉強しながら、再就職に向けて努力しています。
最後まで読んで下さって有り難う御座います。