わたしの日記です 2001/1〜2   5/24-9/30   2000/10/1〜12/31

1月1日(月)   気持ちの良い目覚め。元気に2001年を迎えられた喜び。今年も良い年でありますように。風が少しあるけど、天気も良く、心地よく感じる中、お墓参り。身体もそろそろ節目。どうぞ今年も健康で居られますようにとお願いする。
1月3日(水)   えっ、うそっ〜?。ショック!年末から年始の間、体重計に乗って無かったので、計ったら2kgも肥えてた。どうしよう?えぇっと、あのスーツは入るかな,あのドレスは・・頭の中がくるくる廻る。今だかって痩せようとした事も無いし・・美味しく感じて、食べれて幸せ〜〜としよう。また少し心掛けて早足で歩こう。
1月5日(金)   頼まれたものを、郵送でも良かったけど、直接渡した方が早いということになって、帰りにお友達と会う。食事は、合鴨料理の”かもや”勤務先の近くのおそば屋さんに居た人が出したお店。初めて行く。”合鴨ロースたたき””牡蠣のポン酢””合鴨柳川煮””合鴨鍋”、あと雑炊・・美味しかった!!鴨も柔らかくて良い味。お値段も飲んで食べて5,000円位とお手頃。
1月6日(土)   部屋の中を少し整理して・・・と思ってたのに、整理してない写真が先に目についてしまい、日付順にコメントを入れ整理に半日以上かかった。写真のサイズが大き過ぎると、今使っているのには、入らないし、別にすると日付順で無くなるし・・結構たいへん。
1月7日(日)   16年前の”つくば博”を記念して、ポストカプセル郵便が、今年2001年の元旦に手元へ届いた人が多いと聞く。仕事関係の女性も、自分の書いたのが着いて、幼稚な事を書いてたと話してくれた。今朝の新聞の、ある女性の投稿で、突然病に倒れ、5年前に亡くなった娘からの、ポストカプセル郵便が届いたとのこと。とても悲しいけれど、20世紀から届いた最高のプレゼント。ご夫婦の宝物となったこと。企画した郵政省への感謝等が書かれてた。ご両親宛のは「私10才、お父さんお母さんお元気ですか、私も元気です」本人宛は「16年後の私は何をしているのでしょう。ポニーテールに憧れて髪を伸ばし始めた」と書いてあったそうです。読んで胸が詰まった。娘さんが帰ることはないけど、ご夫婦にとって思いがけないプレゼントになったことでしょう。
1月8日(月)   33年目に1度のご開帳とのことで、清水寺へ、昨年の11月に、2度も行って、今日また、新年早々初詣。3度もお参りしたら御利益があるかなぁ。清水寺から下って、産寧坂の途中にある「黒豆茶庵」へ。くずきりとクロマメコーヒー,みたらしだんごを食べた。みたらしだんごは、各テーブルに「石臼」が置いてあって、黒豆を自分で挽いて、みたらしだんごにかけて食べる。香ばしくて、とても美味しくいただいた。
1月13日(土)   明日の今日になって、あわててちょっと打球場へ。前日にしたってどうなるものでもないのに、しないよりましかと出かけた。どうしてもドライバーがまっすぐ行ってから右へ切れる。いいや、飛ばないよりいいかと、気楽に考えることにした。難しいなぁ〜。忘れた頃にするから仕方がない。
1月14日(日)   この冬一番の寒い日。よりによってゴルフ。あれもこれもと、だるまさんのように着て行ったが、寒〜い。半端じゃない寒さ。関西空港線が見え、泉佐野沖からの強風のなか・・歯もガチガチ、口もコワバッテうまくものが言えない。強風で身体が持って行かれそうになりながらのプレイ。スコアは気候条件の所為にと思ったけど、相変わらず私だけが悪く、他の3人は悪いといいながらまあまあ良い。結構たくさんの人が来てたのには驚いた。
1月15日(月)   粉雪が舞うなか、出勤。今日こそ、この冬一番の寒さかな、なんて思いながら。しばらくの間、毎日が「この冬一番の寒さ」と思いながら過ごすのかな。今日は、会う人ごとに「寒いねぇ〜〜」。どの位言ったか?・・・。
1月16日(火)   ある委員会の懇親会。席上で、「明日(17日)は、あの阪神大震災から6年目に当たる」という話しになり、ある方の話。神戸に住んでいて、家が半壊、食べ物でもと思って外へ出て、家の下敷きになっている人を見つけ、必死で3人助け出した、もう駄目な人も目にしたと。仕事上、家屋の倒壊の状況調べからポランテァ活動にも従事され、ご自分の家も気になりながらもそれどころではなかったと話されていた。大変な経験をされている。私たちも教訓として受け止め、何かが起こった時、その時、どう対処するかをよく考えなければ。 
1月17日(水)   「これはいつかあったこと。/これはいつかあること。/だからよく記憶すること。/だから繰り返し記憶すること。/このさき/わたしたちが生きのびるために。」兵庫県明石公園の震災碑、高さ2mの青御影石に刻まれた、詩人−安水稔和さんの詩だそうだ。「これはわたしだけのこと/いいえわたしたちのこと/これはあなただけのこと/いいえわたしたちみんなのこと。」安水さんの詩は続く・・・。今日で6年目を迎える阪神大震災。新聞を読んでいて涙がこぼれた。みんな忘れることなく更めて肝に命じたい。
1月19日(金)   朝、起きようとして、突然腰の痛み・・激痛が走り動けなくなる。又か?5年位前にもぎっくり腰を。休ませてもらい、そろりと動き、先生の予約を取り、診てもらう。骨盤がヅレて、神経に触り炎症を起こしている。安静しかない。身体の急激な冷えは?疲れは?屈んでタンスの一番下の引き出しを屈んだ体制で何かしなかったか?重いものは持たなかったか?と次から次から聞かれる。全部思い当たる。ショック大。
1月20日(土)   絶対安静の一日。ただひたすら上を向いて寝ているしかない。腰に負担をかけないようにするには、上を向いて寝るのが一番。どうぞ早く治りますように、歩けますようにと祈るのみ。寝ながら、約束していた人へ、断りの電話をする。
1月21日(日)   もう3日目、じっと上を向いて寝るのもつらい。背中まで痛くなって、寝返りを打っても痛いし・・そろっと歩いても激痛が走ると不安が募る。年令の所為もあり、磨耗していて、前のように2〜3日では戻らないのかも・・・。 安静しかないんだからと自分に言い聞かせながらも、もう頭の中は不安でいっぱい。
1月22日(月)   先生に診てもらう。普通はもう痛みが取れてるはず・・と言われ、「ガーン」。丁寧に検査してくれて、「骨にも異常はない。あとはあせらずしばらく様子を見ましょう〜」。しばらくってどれくらい?と言いたい言葉を飲み込んだ。足を引きづって、行ったけど、帰ってからしばらくして大分楽になってきた。油断は出来ないけど少しほっとした。
1月23日(火)   夢を見た。「何か、昔乗ったことのある懐かしい電車に乗っている。空いていて、ふと連結の向こうを見ると、小学校の時のお友達の顔が見え、彼女も私を見つけ、連結まで両方から走り寄って手を取り合った。懐かしいネ!ちっとも変わってないネ!とお互いの顔を見つめて・・明るい光が当たって素敵な輝いた顔だった・・・。」夢だった〜。早く元気に、元通り、歩きたい、走りたいとの願望が、こんな夢を見てしまったのか?夢の中で思いっきり走ったけど、腰は痛くなかったなぁ。。。。。
1月24日(水)   先日、先生に診てもらった時の続き。頸椎,脊椎,腰椎,手首,足首,指先まで検査して大丈夫と言われ、でもこの腰の奥の奥の痛みは?いつになったら?いつまで?この先生にかかっていて大丈夫?本当に私の腰の状況を把握してくれて治療法も判った上での処置なのか?別の先生に診てもらう必要はないか?不安がよぎり、あれこれ考えてしまう。「腰が立てない、歩けない」は一大事、お友達にもついつい不安で色々訴えてしまって、あとで言っても仕方の無い事なのにと反省。でも聞いてくれるだけでもうれしい。上を向いて寝ながら「今日で何日目・・」と指折り数える。少しは歩けるようになったし、このまま少し様子を見る事にしよう。お蔭で食欲はあるので、美味しく頂き、この一週間、骨の為にと、コンドロイチン、カルシューム、プロティン等、補助食品をしっかり食べた。急に補っても無理と判っていても。充分休ませてもらったし、後は良くなるだけ、頑張らなくては。
1月25日(木) −毎日新聞朝刊− 岡山の研究所で形成遺伝子発見!葉から花を咲かせる事に成功。  上を向いて寝ているだけの毎日。テレビは見れず、ラジオを大分聞いた。FM放送。色々な人達からのメッセージあり、音楽をリクエスト。メッセージも10才,12才,受験生,主婦と年令も幅広い。本音をDJにぶつけて意見を聞いている。みんな真剣に現在の悩みを訴え、DJの意見を聞いて安堵し、好きな音楽をリクエストして涙し、またその音楽によってどれだけ苦しい立場から立ち直れたかとか。歌も聞いていると、「♪負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じる事、駄目になりそうな時それが一番大事、〜〜〜涙見せてもいいよ、それをわすれなければ・・・」ちょっと古い歌だったけど、昔と違って、セリフがそのまま歌になったようなのが多い。「人生まだまだこれからよ♪」と聞こえてきた。よくよく聞いているとなかなか面白い。
1月26日(金)   先生に診てもらい、大分良くなったと言われた。ずいぶん長い間上を向いてじっと寝ていたような気がするなあ。時々通院して完治させようと言ってくれた時はうれしかった。座っても立ち上がる時に相当時間がかかり、腰もまっすぐにならない。何度このままでは?と思ったか。日数で言えば1週間ちょっとが、ずいぶん長く感じられた。これからは又前のようにしっかり歩く事、歩けば歩くほど良いと言われホッとした。しっかりと自分の身体の健康管理をしなければ・・たくさんの人に迷惑をかけてしまった。
1月27日(土)   いつもの時間に起きて、食事のあと部屋の掃除をした。腰に問いかけながら。無理はしない、でもこれも出来る、これをしても大丈夫・・出来る事、色々したい事、よく考えながら、でも出来る時にしないと、今日と言う日はもう来ないし・・・。朝から結構降っていた雨が、午後は小降りになったので、少し散歩をして身体を調整。歩けることの喜び、しっかり力を入れてどんどん歩ける事の喜び。嬉しかった!!
1月28日(日)   2001大阪国際女子マラソン(42.195キロ)初マラソン世界最高記録2時間23分11秒で”渋井陽子”優勝。すごい!!22キロ過ぎから独走。日頃からの努力の賜物だろうけれど、充分注意していても、その時の体調とかあるだろうし・・・えらいなぁ!見ていて気持ち良かった。
1月29日(月)   今日から出勤。少し刺すような痛みはまだ残るものの、今度は痛くても歩いて歩いて、どんどん歩いて筋力をつけて・・と言われているので、痛みと仲良くしながら、でもしっかりと歩くことを心掛けねば。出かける用事があり、バスを利用せず、往復40分頑張って歩いてみた。
1月31日(火) −インド大地震。50万人家を失う−   しっかり歩ける喜びで、どこへ行くにも歩くことなら苦にならなくなった。ちょっと出かけるのにも、車で行かずに歩くように心がけている。
2月2日(金)   帰宅後、お医者へ行くのに、久しぶりに車へ乗って行く。渋滞に巻き込まれ、腰にはよくないなぁ。先生からは大分良くなっていると言われ、ほっ。
2月3日(土)   今年の甲子園での高校野球の入場行進曲決定。ビートルズの「イエスタディ」他・・と。甲子園へ高校野球を観に行ったのが・・数えてみれば23年前.....。イエスタディが行進曲になると、どんなかも楽しみ〜〜。行って見たい気もする。
2月4日(日)   寒い寒いと思っていても、もう「立春」。雨戸を開けて、槙の木を見ると、葉の先の方が一面うっすらと若葉色。いつの間に・・・。「春がそこまで来ているんだ。」庭の落ち葉を掃き集めながらよく見ると、この間まで青かった、アオギの実も、いつのまにか真っ赤に色づいて、急に我も我もと赤いのが目立つ。寒いからと縮こまっていないで、外で歩く時も、もっと木々や草花をよく見なくては。
2月6日(火)   朝、雨音で目が覚めた。朝からバタバタすることが多くて、手袋を忘れて出て、「しまった」と思ったけど、さほど寒くない。まだ、雪も降ってないし、このままで2月が終わる事はないだろうし・・。通勤電車の中、風邪を引いているのか、咳をしている人が多い。
2月7日(水)   帰りデパートのチョコレート売場へ。なんだ、空いていると思ったのも束の間、あっと言う間にどこからか人が溢れ、ガラスケースのチョコが見えない位の人だかりになった。油断。遠方へ送る手続きをしてやれやれ〜。結構重労働。
2月8日(木)   帰りにデパート催し会場へ行った。富山、新潟、福井、石川の北陸4県味紀行が今日からの催し。どれもみんな美味しそう〜。うに・いくら・さけ・いかが乗り、さらに大きな蟹の足がどーんと乗った美味しそうなお弁当があったので、買おうと思ったら、もう今日の分はネタ切れで売り切れましたの札が。無いと余計に食べたくなる。
2月9日(金)   お友達が亡くなったと知らせが入った。同級生の中でも、彼は特に元気で、病気したこともなく、「私たちの中で、一番の長生きは彼ね」と、たえず話題になるほど元気だった。体育の先生をしていて、いつも身体には気をつけていたのに・・・脳血栓で1週間意識が無く、そのまま・・・と。人の寿命ってほんとにわからない。今夜の月はまた輝いてまん丸だった。胸が痛む。合掌。
2月10日(土)   思い切って部屋の模様替えをした。と言ってもほんの少し。和室なので余程思い切らないと使い勝ってが悪い。片づけ、整理、整頓から。う〜ん、なかなか思い切って捨てられない。部屋は広く使いたいし、捨てきれないし・・この間から注文していたチェスタが着いたので納めて、少しは片づいたかな。
2月11日(日)   父の顔を見にゆく。10日程前、庭の植木に水をやりに行こうとして、じゃりで転んだと、ひじ、手、すね、あちこちけがのあと。自分ではしっかり歩いているつもりでも、足元が狂うのか、よく転ぶ。「よく来てくれた!顔も見れてうれしい!もうこれで見納めかもしれない」と弱気なことを言うようになった。「はい、は〜い、それってお正月にも聞いたから、もう言わなくてもいいよ。でもここ2〜3年の運気はとても良いそうよ。まだまだ死なないから、春になって暖かくなったら、何をしたいか考えておいてね」と言ったけど、気が弱くなったなぁ。
2月12日(月)   天気が良く暖かい。往復1時間位、早足で散歩した。歩きながら、手袋を取り、マフラーを取り、帰りはジャケットも脱いで持って歩いた。タクシーの運転手さんの話し。腰痛で困っていて、タクシー運転の勤務以外は、車には絶対乗らずに、しっかり歩いたり、出来るだけ、山登りをしていると話してくれた。自分で腰を、腰の筋力を鍛えるしかないと。私がお世話になっている先生の言われる事と一致したので、私もしっかり歩いて腰を鍛えて、治さないといけない。
2月14日(水)   パレンタインデー。チョコを職場の人へ。何となんとたくさんの種類があったけど、ごくシンプルなのにした。帰り、コート、手袋をして、ショールをしっかり首に巻いても、風が冷たく、顔に当たり痛い程寒い。
2月15日(木)   夜、久しぶりに焼き肉の美味しいお店へ。腰を痛めてから、冷やしてはいけないとずーとビールを飲んでいない。焼き肉をビール無しで食べてみて、やっぱり「焼き肉にはビール!」とつくづく思った。美味しさが違う気がする。でもビールをどうしても飲みたいと全然思わないから不思議。
2月16日(金)   昨日に続いて、今夜も美味しいお店へ。店の若主人のお父さんが、黒門市場で45年も魚を商っているので、いい魚が安く手に入るとのこと。寒ぶり・まぐろ・イカ・うに・お造りの盛り合わせも一切れが大きく、厚くて、お鍋が来る前にお腹がいっぱい。お鍋も帆立て・足赤エビ・穴子、魚すり身他・・最後のおうどんがまた手打ちでとても美味しかった。お値段安くて大満足・大満腹。
2月17日(土)   映画「ハート・オブ・ウーマン」を観た。シカゴの広告代理店のクリエィティブ・ディレクター役(メル・ギブソン)、その上司に突然ライバル社から引き抜き、配属された女性(ヘレン・ハント)が来る。自分がそのポストにと思ってたメル・ギブソンは穏やかではない。女性向けの商品の広告は気持ちのわかる女性でということで。広告のアイディアを考え中、アクシデントに見舞われ、翌日から周りの女性達の考えている事が、声になって聞こえてしまい・・上司となった女性の、外見とは違った、想像のつかない心の動き、懸命に頑張っている健気さに心動かされ、互いに惹かれていくストーリー。メル・ギブソンのダンスもステキ、かっこよくて、音楽も大好きなフランク・シナトラ,サミーディビス・JR,トニー・ベネット,ペギー・リー他、名曲もふんだんに使われていて余計楽しく見れた。監督が女性と言う事も何気ない部屋の雰囲気とかにも表れ、心配りが感じられ良かった。
2月18日(日)   朝、いつも通り早く起きたのに、探している本が見つからなくて、この間、たしか整理して、どこへ・・・自分で整理したので、言って行くところがない。そのうちに次の事に目移りして片づけ始め、とうとう出無精になって、一日家にいる事になってしまった。時間を作って少しでも歩こうと思ってたのに・・・。
2月19日(月)   テレビで「氷筍」(ひょうじゅん)というのを見た。岩手県のどこか?で、冬の期間だけ、洞窟の天上から水が落ちて自然に出来る。それがまるで、たけのこの形にそっくりで、その名のとおり氷のたけのこ。つららはよくあるけど、下に落ちて、たけのこのようになるのは、初めて見た。まるでメルヘンの世界!かわいい!
2月20日(火)   お友達とイタリア料理のお店へ。まず赤ワインを注文。ビールは私がドクターストップがかかっていて、赤ワイン少しならと先生からお許しをもらっているのを、お友達が気をつかい、乾杯だけにしようと。花の香りの・・・というのを注文したのに、何か変な臭さ、花の香りどころか、ちっとも美味しくない。1ケ月以上飲んでいない私だけかと思ったら皆まずいと。私の口だけがまずいのかと心配した。料理は美味しかった。イカスミと野菜のリゾット、生ハムと有機野菜のサラダ(白菜の生が甘くて美味しい)、手長えびのトマトクリームスパゲティ(これが最高に美味しい!)・・・等々、話しに花が咲いて、気がついたら3時間近く。女3人よれば、とかく姦しい。
2月21日(水)   我が家のさざんかは、散々楽しませてくれて、もう終わりに近い。まだ、さざんかがいっぱい咲いている家があって、そのお家は、さざんかの真っ赤な花と、キンカンの黄色い実がぎっしり成った木が、寄り添うように並んでいる。いろどりも良く、キンカンがまた可愛い。デジカメを持ってくれば良かった〜。重いのでついつい置いてきてしまう。これは撮っておきたかった。
2月22日(木)   奈良の「法隆寺の七不思議」を新聞で読んだ。クモが巣をかけない、境内の地面は雨だれの穴があかない、スズメが建物に糞をしない等々、それも不思議だけど、法隆寺五重の塔の成り立ち。日本書紀に670年4月30日火災で残らず焼失し、現在の法隆寺は再建されたと。ところが解体修理の時、保存していた心柱(しんばしら)の一部をX線撮影し、調べると、594年に伐採したヒノキ材とわかった。当時は伐採した木材をすぐ使うのが普通とすると・・・・。それにしても、1400年前のヒノキにも驚くが、正確な年輪がわかるのにも、さらに驚いた。
2月23日(金)   夜、腰を診察してもらう。大分良くなっていると言われ、ホッとする。自分で出来ること、しっかり歩いて腰の筋力をつける事、冷やさない事・・は最低守らなくては。
2月24日(土)  
部屋中でちょっと暗いけど濃いピンク梅
樹齢40年の”枝垂梅”
薬師寺 ”東塔 ”(国宝・白鳳時代) 薬師寺 ”西塔”
急に思いつき、雨の中、「薬師寺玄奘三蔵院大壁画」を見に行った。平山郁夫画伯によって制作され、20世紀最後の2000年12月31日除夜の鐘とともに、最後の絵筆を添え、開眼されたもの。はるばる経典を求め、中国からインドへ、「西遊記」を通じて、今も人々に知られる玄奘三蔵の西域紀行。その偉大な旅のあとと、平山画伯が30年にわたって描かれた壁画。見事な物であった。各一枚一枚、正面だけでなく、ナナメからも見るようにお寺の方が勧めてくれた。立体的に浮かび上がった壁画が、又少し違うように描かれている感じがして、別な感動を覚えた。
2月25日(日)   映画「ペイ・フォワード」を見た。母親は働きづめでアル中、父親はどこへ行ったかわからない。そんなトラブルだらけの家庭に育った11才の少年トレバー。社会科の先生の影響で ”ペイ・フォワード 可能の王国”のアイディアを考え出す。1人が3人に、3人が9人に、27人にと広がっていく、と。母親役のヘレン・ハント、先生役のケビン・スペイシイも素晴らしいが、少年トレバーに扮するハーレイ・ジョエル・オスメントの演技が光った。眼で色々表現するのが、また素晴らしかった。

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