10月12日:エッフェル塔(TOUR EIFFEL)
私の旅行記パート4!今日は、パリと言えばやはりエッフェル塔でしょう!
1889年パリで開催された万国博覧会のために、セ−ヌ河畔に建てられた展望塔で、建設者はアレクサンドル-グスタブ-エッフェルの名前からこの名が付けられました。3階までエレベ−タ−があり、高さにして273m。塔の天辺まではなんと312mもあります。1918年以降、フランス送信所として利用され、また、エッフェル塔周辺の公園では、いつも観光客と憩いの場を、求めて集まる市民の場として、賑わっています。かくいう私もエッフェル塔を眺めながら、コーヒーとフランスパンをかじったものです。パリに行って昼の一時を休憩するには、大変良い場所です。
参考文献 故事名言・由来・ことわざ総解説 自由国民社
10月6日:モンマルトルの丘, France
私の旅行記パート3今日は、モンマルトルの丘についてお話します。
私がパリに行くと必ずと言っていいほど、行く場所が、「モンマルトルの丘」。パリの北に位置して、頂上には、サクレク−ル寺院、サンピエ−ル教会、墓地、テルトル広場があります。モンマルトルとは、そもそも、「殉教者の山」という意味。そう、8世紀にパリ最初の司教聖デニスとラスチ−クおよびエルテ−ルの二人の高僧を含む約250人が拷問にかけられ、ここで処刑されました。しかし、19世紀に入り、この付近は生活費が安い上に景色が良いので、画家、彫刻家、作家、詩人などの芸術家が集まって住むようになりました。そして、言うまでもなく、数多くの芸術が生み出されたのです。いつも、モンマルトルの丘では、一流の芸術家を目指している若者や、陽気なおっちゃん達が、あたたかく、旅人を迎えてくれます。*スリが多いのが難点なんですけどね。(^o^;
参考文献 故事名言・由来・ことわざ総解説
自由国民社
10月2日:Heiderberg
昨日に引き続き、私の旅行記パート2についてお話します。
ハイデルベルグは、ドイツ南西部、ネッカー河沿いにある、わりと大きな都市です。人類の歴史的には、とても古く、8〜9世紀ごろ、村落として発達しました。この地にある古城には、巨大なワインの樽があり、如何に連日連夜で、人々がワインを飲み明かしていたかが、十二分に伺われます。また、この地には、1386年に創立されたドイツ最古の大学、ハイデルベルグ大学もあり、今日もなお学生の街としても、賑わっています。ドイツを東西に走る古城街道の拠点でもある、ハイデルベルグ。ぜひとも一度行ってもらいたい場所の一つです。
10月1日:CAEN, France
たまには、私の旅行記についてお話します。
フランスの北部ノルマンディー地方にカンと呼ばれる、わりと大きな都市があります。もともとは、スカンディナヴィア原住の北ゲルマン人により定着、建国され、11世紀には、イングランドを征服した、ノルマンディー公ウィリアムの居城があった地でもあります。現在は、カン大学が中心となっている、大学街となっています。私は半年ほど、ここの大学に通いました。現代的な建物の中に、昔、11世紀からの石作りの市庁舎や、教会が立ち並ぶ街で、とても、不思議な気分になります。ここは、皆様も御存知のとうり、第二次世界大戦において、アメリカ主体の大規模な上陸作戦が展開された地でもあります。エメラルドグリーンの海には、点々と、その上陸作戦で使用された、鉄の物体が並び、ちょっと物悲しくなります。戦争は嫌ですね。でも、ここは、カマンベールチーズと、シードルの産地。フランスに行った際には、ぜひ足を伸ばして欲しい土地の一つです。
6月19日:私の独断と偏見による歴史講座 パート1!
皆さん、いよいよワールドカップ第2戦が明日にせまりました。会場はナント。
ナントと言うと、やはり、ナントの勅令(Edit
de Nantes)でしょう!! 1598年アンリ世が発布。新教徒に旧教徒とほぼ同等の権利を与え、近代ヨーロッパで最初の個人の信仰の自由を認めた。これによって、ユグノー戦争は急速に治まり、フランスの国家統一の出発点となったのです。
(引用文献:山川出版、世界史)
5月29日:たまには旅行の話でも。ぱーと1
私の旅行記なぞお話しましょう。
一般的にフランス人はフランス語しか話さない。と言ったイメージが ありますが、それは、日本人の私たちも同じようなものだと思います。皆さんは、道を歩いていて、突然「Excuse
me.」なんて、言われて、「ドキドキ、おろおろした。」なんて、経験ありませんか?私が、一人フラフラとマルセイユに行ったときの話です。マルセイユはフランスの南、地中海に面した都市です。その昔から港町として栄え、夏目漱石が欧州入りしたのもここ、マルセイユでした。私は、すごく小さな博物館に行ったんです。とっても、有名な物なんか、ありそうにもないくらいの小さな家のような博物館でした。もちろん、説明は全部フランス語でしか書かれていません。私が、辞書を引きつつ見ていると博物館の館長らしき人がやってきました。その当時、私のフランス語のレベルはとても低く、何とか会話ができるかな程度でした。ですから、そのおじさんが近づいて来たときはもう、ドッキドキ。そのおじさんも、私があまりフランス語ができないのを知ってか、そう、まるで子供に話すように。ゆっくりと、展示物の説明を話しだしたでは、ありませんか。口からの言葉で話すというよりも、むしろ、大きな手振りで、体全体を使って。 もちろん、そのおじさんのフランス語は、全く分かりませんでした。でも、何を言おうとしているのかが、わかるのです。このとき、初めて、「コミュニケーションって心と心のつながりなんだ。」と、感動しました。もし、皆さんが道で、外国人の方に何か、聞かれたときは、日本語でいいです。心をこめて答えてください。きっと伝わるはずですよ。
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