2章 手術/被害妄想との戦い

 手術は11月14日に決定した。前日は眠られないことを予想して看護婦から民剤をもらい服用してま  あまあ眠れた。朝9:30頃から準備に

 入り10:00頃には手術室に入った。すぐ麻酔により意識がなくなった。意識がもどったのが翌朝10: 00頃集中治療室であった。

 妻と面会して、手術が順調であったことを知った。

面会時間は10分程度に制限されていたのでその日は集中治療室のままであった。

麻酔がさめてからなかなか寝付かれなかった。夜も若干の胸部の痛みと臀部(寝たまま同じ姿勢のた め)の痛みで眠れなかった。

 翌朝手術室の集中治療室(5階)から4階の集中治療室に移動した。

その時から天井を見ると幻覚・幻聴が現れるようになった。

 

<幻覚・幻聴(被害妄想)との戦い>

 

幻覚はベッドで天井をみると、曖燦燦の文字と新催眠療法の勧め等、健常者には見えないものが、私 に見える現象であった。

  私自身は記憶がおかしくなったとは思えず、妻に住所、生年月日を告げ正常であることを確認したが、幻覚については本気にしてもらえず

 その夜を迎えた。

眼を閉じるといろんな模様が映し出され明るい世界から暗い世界へと模様も移りかわり、お墓の絵ま ででてきた。

また幻聴は、看護婦の会話や入院患者(痴呆老婆)の声が全て耳に入り、聞きなれない放送局の音  声も聞こえて、

とうとうこの世の最後かと思いながら結局この日は一睡もできず朝を迎えた。

 午後になって付き添いの妻が夕方まで、一度帰宅することになった。

妻が帰った後、隣の患者(痴呆の老婆)に、如何わしい出で立ち(ヤクザ風)の見舞い客がきた。

私を麻薬中毒にさせる相談話が聞こえてきた。

私の酸素マスクから異様な匂いがしたため、酸素マスクをはずした。

今度は葉巻の匂いが部屋全体に蔓延しはじめ息苦しさを感じた。

この部屋を出なければ殺されるような恐怖感になり大声で、看護婦を呼んだがなかなか駆けつけてく れなかった。

自分で逃げようと思いベェットから上半身起き上がったが、手術後体内の出血を排除するために腹部 から2箇所ビニール管が取り付けられ

ベッドの横のタンクに接続されていた。

したがって簡単に逃げることが出来ないことがわかった。

 恐怖感は極限となりベッド上のテーブルにあった吸入用のガラス器具とプラスチィックのコップを壊し鋭 な凶器とした。

そして叫んだ。[私は殺される、この部屋からすぐに出して欲しい、この要求がみたされなければここ  で自殺する。妻には、帰宅する前に

遺書(もし私が死亡したとき警察にC病院が何もしてくれなかった旨を自筆した書)を渡した。]

ただこの時不思議と自殺する気持ちはないのに自殺すると叫んでいた。

暫くして、医師が駆けつけ別の個室に移動してくれることになった 。

部屋を移動した後、妻も戻りやっと落ち着いた。

移動後医師も心配となったようで、体から外部のタンクに繋がっているビニール管(予定より早く)取り 除いてくれた。

しかしこの部屋へ移ってからも幻覚、幻聴は消えることはなかった。

その日の夜がきた、今夜は痴呆の老婆とテレビ局(曖燦燦名古屋電気テレビ)の人、それに看護婦を 加えた3人によるビデオ撮影が隣の

部屋と廊下を利用してスタートした。

この時テレビ局員が室内アンテナを持って移動する度、私の体に取り付けてある無線用モニター心電 図(胸に三角形に電極をつけたもの)

に強い電波が入り電気ショックを受け再び恐感を得ていた。

この状態で寝付かれぬまま零時を少し過ぎた頃、付き添いの妻が発作性心拍症(これは現実で、月  に一回ぐらい発作があり近くの病院で

点滴を受けると治まっていた)が起こし、当病院の別室にて治療を受けることになった。

その間私一人になることに不安を感じ、夜勤当直看護婦に付き添ってもらうことにした。

妻が治療から戻るまでは、出来る限り看護婦と世間話をするようにして外部からの幻聴を聞かないよ うにしたが電気ショックだけは引続き

起こったため看護婦にお願いして無線用心電図装置を取り外してもらった。

一時間半過ぎた頃やっと妻が治療から戻った。看護婦さんにお礼を言って床についたが、再び別室で テレビ局の人が持つアンテナが

移動する度に電気ショックが起きだした。

何故だろうと考えたところ無線用モニター装置は外したが胸に貼り付けている電極(5円硬貨ぐらいの 金属)が残っていることに気付き

自分で取り外したところ電気ショック小さくなった。(私は電気技術者で現在もその関係の仕事に従事 している。)

しかしこの金属を取り外しことによりテレビ局のビデオ撮影電波がおかしくなり右往左往する様子が私  の耳に聞こえてきた。

もちろん妻には私の妄想としか受け止めてもらえなかったが、私が余りにも恐怖感にとらわれている  様子をみて、ある程度信用して

くれたのが心強かった。

あくる日の朝、テレビ局の人が引き上げる時に、昨夜のテレビ電波の障害原因が私にあると決め付  私の胸にまだ一箇所無線用心電図のアース用電極(細い針金)が縫いこまれている。その個所に強い 電気ショックを感じ再び恐怖を感じた。

すぐに医師を呼ぶように妻に依頼した。

しばらくして医師が駆けつけてくれ事情を話したが、最所は余り信用してもらえなかった。

しかし私の恐怖感を察して電極を取り除いてくれた。

そのあと医師が廊下にいたテレビ局員に当病院への出入りを禁止する声が聞こえてきた。

それからは、電気ショックは不思議となくなった。

しかしこの日も、幻覚文字や幻聴はまだ消えなかった。

再び夜がきた、今夜は、痴呆の老婆が主役で、老婆がヘビースモーカーとなりタバコの煙が私の部屋 老婆の娘が盛んにタバコをやめるように注意するが、聞き入れず頻繁に吸うようになる。

私の向かいの部屋にも喘息の子供か入院しており、両親が付き添っていたが、部屋を変えてくれと文 句を言っている声が聞こえる。

しかし聞き入れてもらえない。

暫くこんな状況が続いたが、そのうち老婆が激しく咳き込む状態となり、吐血したようだ。

すぐに院内の手術室に運ばれ治療したが、帰らぬひととなった。

この老婆はこの病院の元婦長(妄想)であった。その娘は同病院の主任(妄想)であった。その夜に仮 通夜が行われあくる日が葬儀となった。

不思議なことに葬儀になった日、幻聴は無くなり、次の朝には幻覚も消え手術前の正常な状態に戻っ た。

5日間の幻覚・幻聴の戦いは終わった。

 

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