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まず大きく言える事は、人体と精神は些細な動作や事柄、心理にいたるまで、
すべてつながっているということ。
だから精神的なリラックスとともに、
肉体的には柔軟体操などで筋を伸ばしてやると相乗効果が出てきます。
日本人が忘れやすいのはこの身体からのアプローチで、
禅宗の只管打坐なども本来はその一つだといえるでしょう。
苦しさに精神が打ち勝つために行うのではなく、
精神が肉体を認識するために行うわけです。
簡単に言うなら自然を知るには、
身体からのアプローチも忘れずに、ということです。
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気功と一口に言っても方法理論流派は数多く存在する。
これは靴のサイズやファッションが人それぞれ存在することと無関係ではなく
男女の出会いのように意識無意識下を問わず、
その人の好みが往々にしてそれを決する。
ただ原理的には同一の理論がなければならない。
難しい話はおいといて、最初に注意すべきといえることは、
気というものは循環させるべきものだということ。
そして凡そ初期の段階において出てくる感覚はこだわる必要はなく、
ただ自然を知ることが大切だといえるでしょう。
序文にかえて
まず世の中を見渡して、
それほど都合の良いものはなく、
およそ気功とか神秘の類も外れではない。
そこに立脚すれば道を踏み外すことも少なくとどめ、
自分に見合った効果を手に入れるだろう。