人は安定を求めたがる。安定した経済、安定した会社、安定した家庭、安定した恋愛・・・ 冒険を求めているようでも、必ず着地点を探しているし、居心地がよければ変化を望まない。では、安定とはどうしたら得られるのだろう? 今の時代にどうしたら「安定」を固着させることが出来るのだろう?
安定には何が必要なのか、何が安定という状態を創り出すのか? それが物であれ、組織であれ、内面的にも外面的にも変化する要素がなければ安定は得られる。たとえば宇宙の果ての−273.15℃の孤独な惑星があったとして、それはとてもとても安定している。
つまり、逆に言えばエネルギーがあり、エネルギーに関連する要素が多ければ多いほど不安定になっていく。社会を例に取るなら、人口が少なく、余計な物が少なく、活動する分野も少なく、他の社会との交流もないならば、その社会は安定する。だが、一方で人間が集まる場である以上、あまりにも刺激がなければ逆に刺激を渇望し不安定になる。人間には元々内在するエネルギーがあるのだから。
縄文時代は一万年続いた。それは現代から見れば非常に長期に渡って安定していたと言える。もしそれが同じ事の繰り返しで何の変化もなく、精神的文化がなにもない原始的な暮らしだとすればそんなに続くわけがない。彼等はこの時代に喜びを多々持っていた筈だ。恐らくは今の私たちには理解できない魂の喜びを。
では今の時代に生きる私たちはどうなのか? たったこの百年を振り返ってみてももの凄い変わり様である。縄文から弥生の変化どころではない。当たり前のことだ。地球の人口自体がまず爆発的に増えた。人間が創り出した“物”の数は数えきれず、情報という化け物が世界中を飛び交うようになった。それによって人間の欲望というエネルギーが巨大な力となって暴れ出し、枝分かれする先端が見えないほど多様化した。
結論を言えば、この状況の中で“安定”は存在し得ない。もし安定しているように見える物があるとすれば、それは間違いなく、外から見えない内部で外部以上に急速に変化し続けているが故である。
もしあなたが表面的な安定感のみにしがみつこうとするなら、それは間違いなく瓦解し、期待したものは得られない。絶対安定の会社はない。たとえ公務員といえど同じ。絶対安定の収入もない。表面的データで恋人を捜し求めてもそこに物質的幸せの安定は続かない。絶対安定の国もまたない。あらゆる要素が二次曲線を描いて激増した今日、世界秩序そのものが変容を求められる日が必ずやってくる。
だが、人間がそれに追いつければよいが、その前に自然秩序が変化する可能性も大きい。もしそれが回避できるとしたら、人間が自らの欲望のもとに本当に自由に出来るものはこの宇宙にはないのだと言うことに気付き、それを手放した時である。
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