私的な考察
私的な病気に対する考察を記したもので医学的根拠はまったくありません。

躁と鬱の対称性

 この話は全くの参考程度に読んで欲しい。
 躁と鬱はもともと同じものなんだと、時々、精神科医は言う。その様な本を読んだ記憶もあ
る。例えばストレスなどへの反応として落ち込む人もいれば、逆に臨戦態勢に入る人もいる。こ
の場合の落ち込むタイプが鬱であり臨戦態勢にはいるのが躁であると考えると、例えば僕の
場合の躁がU型のかたの鬱であり、鬱がU型のかたの躁に当たると考えれば、見事に対称し
ているように見える。
 躁の先に鬱が有るのか、鬱の先に躁があるのかと言う問題はニワトリが先かタマゴが先かと
いう議論のようでもある。例えば僕の場合、躁を軽く治めればその後の鬱は比較的軽い。だか
ら、躁を治めるのに必死になる。ところが、過去の激躁はすべて軽い欝がしばらく続き、そこか
ら、急激に躁に駆け上がっていった。つまり、鬱の先に躁があったのである。
 リーマスなどは抗躁剤、躁を抑える薬であると理解していた。しかし、気分安定薬(ムードスタ
ビライザー)という命名のように脳内で起こるある変化、つまり、躁や鬱に変化する回路の働き
を抑制する作用なのだと理解する事も出来ると最近考える。むろん、推測である。いずれにし
ても、躁鬱病は不思議な疾患であると思う。
 T型だから躁の気配を感じるとメジャーを服用し始める。U型の方は鬱の訪れを感じると抗
鬱剤を飲み始めるだろう。躁も鬱も強い方は両方を飲むかも知れない。抗鬱剤は飲んだこと
がないので分からないが、メジャーは確かに鬱に傾かせる傾向にあると思う。しかしながら、躁
が高いと必然的に鬱は来る気がする。
 今は年2回軽躁と軽鬱が来るラピッド型なのだが、なんというか、一度、波紋が起こるとなか
なか静まらないなと感じていた。今年は春からメジャーを少し大目に盛って、仕事以外は何もし
ないようにしていたら、夏の鬱が軽かった。秋にはムードスタビライザーを増量したせいか、何
となく安定してきた。
http://www.yulisroom.jp/archives/2005/07/post_35.html
 上記のリンクを見て頂いた方は、ぼくが何を言いたいか、理解して頂けただろうか。実は3度
目の躁病の時、図書館でこの手の本を読んでいて、一番疑問だったのがこの点である。。躁
鬱病はストレスによってなるのか?。確かに、初発は大きな矛盾をかかえていたし、2度目も同
様である。だが、3度目はどうだろう。ストレスがかからないように細心の注意をして生活した。
それ自体、ストレス源だったかも知れないが、些細なことで再発した。だから、体質的なものと
して位置づけるしかなかったのだ。
 しかし、ストレスに対する対応の仕方が下手なのは確かである。躁的防衛あるいは鬱的防衛
(こんな言葉があるかどうか知らないが)になる前に、もうちょっと上手く対応すれば、避けられ
たかも知れない、と思うこともある。この辺も薬を使って上手にコントロールするしかないかも知
れない。
躁と鬱の非対称性

 以前からずっと疑問に思っていたのだが、躁うつ病は躁と鬱が順番に起こるものでは無いら
しい。この疑問に答えるために病相期と寛解期という考え方をして見る。病相期というのは、い
わゆるエピソードのことだ。躁病エピソード、鬱病エピソード、双極エピソード、ラピッドエピソー
ドと考えてみる。
ぼくの治療歴は

1.躁病エピソード→メジャーによる治療、その後、無治療で10年以上の寛解。(気分の波は
高かった)。
2.躁病エピソード→1年後に再発。(この時点では躁病という診断、リーマスの斬減)。
3.双極エピソード→その後約10年寛解。(リーマス800mg/d)
4.ラピッドエピソード→約3年、リーマスの増量で安定(診療レベルではずっと維持療法)。

 こう記してみると、鬱病単独エピソードがない。実はぼくのような病型の人が晩年、躁に駆け
上がるエネルギーをなくして、しばしば、ひどい鬱病に陥るそうだ。これはかなり怖い話なので
良く覚えている。それはともかく、躁うつ病のエピソードがひとつのエピソードの後にどのような
エピソードが来るか分からないというのは興味深い。
 これは診療レベルの話であろうと思っている。鬱が目立つか躁が目立つかと言う問題かも知
れない。あくまでも躁うつ病は躁と鬱の病気だろうと思うのだが・・。ラピッド病相というのも初め
て経験したが、まず、抗しがたいと思った。気分安定薬を調整したら軽減した。ひどい鬱病相
が現れたら、抗鬱薬を服用せざるを得ないだろう。その後のエピソードがラピッド化しなければ
いいのだが・・。いずれにしても、未経験の世界ではあるが十分に可能性はあるらしい。
 躁うつ病の人は躁の要素も鬱の要素も持っていて、しかも、同時に起こる可能性もあると言
うのが経験則のようで精神科医はしばしば口にする。これが、現在考えている躁鬱の非対称
性である。対称性には論理が成り立つが非対称性には論理が成り立たない。つまり、次に何
が起こるか分からない。
 これに対処しうるものが、現在のところ、維持療法期における気分安定薬の服用であろう。
寛解期においては気分安定薬が病相を抑えているわけではない。しかし、リーマスなどには離
脱作用が知られていて中断すると再発の危険が著しく増すらしい。これはちょっとした悪魔との
取引である。
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/psyqa050.html

躁鬱病は治らないか?

 病歴はおよそ30年である。そのうち病相期はおよそ6年かな。厳密には病相期4年、寛解期
10年くらいだろうか。 病相期の大部分と寛解期の時は少なくとも外見上は普通の社会人とし
て生活している。
 およそ80%は病気ではなかったと思う。これをどう捉えるかだ。特に初発からの10年間は
病気だとも思わなかった。2度目の躁以降からリーマスを飲み始めて、3度目躁の時、少し勉
強したら、リチウム療法は離脱作用で再発し易く、また、エピソードを繰り返すと再発しやすくな
り、、しかも、それが1年後なのか10年後なのか予測はつかないから、飲み始めたら一生飲
むことが望ましいと知る。
 その後の10年間が病気だったかというと違うと思う。3度目の病相期が来たのは約3年前
だ。躁鬱病は治らない病気かと問われれば経験的に治る病気だと言えるだろう。ただ、なりや
すい傾向は体質的なものだから治らない。それといかに付き合うかだと思う。(体質=例えば
糖尿病になりやすい体質というような意味で使っている。)
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/mdi0.html
 似たような病気で人格障害があるが、性格的な欠点は誰しも持っているが、、それが病的に
なったものかも知れない。これは体質障害とは異なると思うので、カウンセリング等が有効だと
思う。 どこで線引きするか難しいと思うが、どちらも、しっかりとした病識を持つことが大切な
のではないかと思う。
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/border0.html
2006.1125カゼ

躁うつ病と抗うつ薬 

 この問題はぼくが書くべきではないのかも知れない。ご存じのように、抗うつ薬を処方された
ことがないからだ。うつは無いのかと聞かれればあるの だ。その内で希死念慮を伴うような重
篤な状態は2週間から4週間である。この期間だけをう つと呼んでいる。何故なら、どうせ抗う
つ薬は出ないのだから、耐えるしかないからだ。上記の期間だけを耐え得れば後はなんとかな
る。しかし、躁の薬だけは出るから、それで、躁を抑えることに必死になる。なぜならばある程
度の躁のエピソードを実行してしまったら必ず嫌なうつ が来るからだ。
 実のところ、ぼくの処方は少し極端なのではないかと思っている。希死念慮の激しい症状を
無理に耐えることは危険だと思うのである。むかし、読んだ本の中に抗うつ薬の理想的な使い
方と言うのがあった気がする。それによると、うつがある程度激しくなってから投与して正常気
分に戻 ったら切るのである。当然、また、落ちてくるが自然に持ち上がるのを待つのだ。多
分、三環系 だと思う。いまの治療法とは大部違っている気がする。ぼくが抗うつ薬を飲むとし
たらこの方法かなとも思うが、結局、医師の指示通りかな。要するに慎重投与と言いたいので
ある。いずれにしてもそうならないようにリーマスとロドピンで躁を抑えねばと思う。

http://home.p02.itscom.net/kibunnet/BP2.htm

2006.12.9 カゼ

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


戻る



  ≫
ドーパミンシステムの脆弱性仮説