『DD−NOS』に含まれる『擬似多重人格』は、多重人格ととてもよく似ていますが、ちょっとしたところが大きく違います。『大いに似ていて微妙に異なる』ってとこでしょうか。
まずその違いを挙げて行きます。
●明確に区別できるアイデンティティの違い=複数の人格がない。または
●個人に関わる大きな出来事の記憶の欠如がない。
●明確に区別できるアイデンティティ=別人格は存在するが、滅多に交代することはない
●日常の主導権は主人格が常に握っている。そのため、人格交代間の健忘はない。
……てなところでしょうか。ここでしっかり言っておきたいのは、状態象としては、多重人格も擬似多重人格もそう変わりはない、ということです。
実際、私は治療によって真性の多重人格から、この擬似多重人格に移行した者ですから、そのへんの厳密な違いというもの自体に「?」となってたりします。
個人的な見解ですが、要はこの両者、違いは特にないんじゃないか、という気もします。
とある人のHPで見たんですが、
『真性多重人格は鏡がばらばらに砕け散った状態。擬似多重人格は、その鏡にひびが入っていて、見え方が全然違う状態』
とありました。言い得て妙。だと思います。
私の場合は、日常の管理は、すべて私こと、『結(ゆい)』という人格が行っています。戸籍上の名前は集合名詞です。
結は交代人格でありながら交代人格ではありません。おかしな言い方ですが、こう表現するしかないのです。
どうして結という名がついたかというのは、『あしあと』や『治療録』を見ていただければ分かるんですが、ここでちょっと説明。
私は過去、13+α(長続きしなかった人格や、実在の人物を取りこんでしまったもの、動物の人格は『断片』として数えているので、こうなるのです)の人格を持っていました。実在の人物を取りこんでしまって、私自身や友人たちにマイナスになると判断された人格は、セラピストによって追い出されました。あるいはひどくネガ的で、治療開始後、自分から消えたいと言った人格もいます。
私の人格さんたちはすべて、鏡遊びから派生した者です。だから、治療に音を上げて、自分から鏡に返してくれと言い出した者もいるのです。
そして、最終的に残ったのが13人でした。この中には今も解離している『愛子』も含んでいます。
1999年春、最後まで残っていた『里湖』が統合し、やがて『僚』が加わりました。やっと『ひとり』になれた気がして、暫く戸籍上の名を名乗っていましたが、どうもしっくりきません。「コレは私の名前ではない」。そう思えて仕方ないのです。
そして、夏。
ちょっとしたきっかけで、『カモメ』と『ネコ』と愛子が呼んでいた感情のかたまりの中から、はっきりとした人格が表面化してきました。前者は自己嫌悪、否定といった『悲しい』感情、後者は他者への攻撃性や敵意といった『攻撃的な』感情でした。
『カモメ』からは『まゆ』と『恵(けい)』、『ネコ』からは、『雄也』がそれぞれ分離しました。両者の中間を取って現れたのが、『狂子』、『ミコト』。
ここでこんなことを言い出したのにはちょっと理由があります。
彼らは、完全な交代人格と言えないのです。
まず、必発とされている交代間の健忘がありません。なんとなく、夢の中の行動のように、私はまゆやミコトや狂子の行動を覚えています。
認知もこれまでのような一方通行ではなく、みんなが私を知っていて、私もみんなを知っています。もちろん、古い人格である愛子がはたした役割も大きいのでしょうが、内部の人格によってひとりでに連絡通路が出来ていた、というのは、これまでにない体験でしたし、自分でも「?」でした。
だから、私は『結』を名乗ることに決めたのです。私はまだ、戸籍上の名前を名乗れる『本人』ではないのです。
ここでは『不特定の解離性障害』に何が含まれるのか、ざざっと挙げてみましょう。
●憑依・トランス状態(催眠状態における意識変容など)●
●解離性同一性障害の亜型。近隣疾患としての自我意識障害●
など。
解離性障害にはこの他にも離人症や解離性遁走、全健忘(解離性健忘)などがあります。それらすべてを記述することは不可能ですので、次項以降、こちらもざざっとなぞるだけで勘弁してください(汗) m(_ _)m
